愛に変わるのに劇的なキッカケは必要ない

かんだ

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 ――俺がお前のオメガになる。
 馬鹿みたいなことを言い出したと思ったけど、志貴はそれ以降アルファのフェロモンを出すことはなかった。今まで多少感じていたフェロモンがなくなったことが気になり聞いてみれば、「そういう薬があるんだ」とのことだった。それだけでなく、家では俺にくっ付いて回ったし、時間が出来ればデートに行こうと誘われることが多くなった。何かと理由を付けて夜遅くまで引き止めたかと思うと「もう遅いから泊まっていけ」と一緒にいたがるようになった。
 優性アルファが馬鹿なことを言い出した、としか思わなかったのに、志貴は自分に出来る限りでアルファ感を消し、オメガのように愛されたがりな姿を見せた。
「セナ、抱き締めてくれ」
「やだよ」
「お前に愛されないと元気が出ないんだよ」
「愛したことねえだろ」
「お前がそばにいる間は愛されているって思うことにしているから」
「すげえ自分勝手だな」
 俺が抱き締めなくても、志貴は勝手に触れて抱き締めてくる。たまに俺もその背に腕を回すことはあるけど、そうすると志貴がうるさいくらい喜ぶから殆ど抱き締め返さない。
「セナ、どこか行きたいところはあるか?」
「ないよ」
「じゃあ俺の行きたいところに行こう」
「どこだよ」
 志貴があげた候補先はどこも行ったことがない。どこにあるかも知らない。どんなところなのかも。
「良いんじゃねえの」
「良かった。きっと楽しめるぞ。出掛ける前に服も一式買いに行こうな」
「また買うの? そんな要らねえんだけど」
「お揃いは買ってないだろ?」
 呆れた。何でこいつとお揃いを買わないといけないのだ。
「やだよ。恥ずかしい」
「大丈夫。誰も気にしないから」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ。絶対嫌だからな」
「じゃあせめてお揃いの小物を付けたい。ダメか?」
「……」
「じゃなきゃお前の服全部俺とお揃いに入れ替えちゃうかも」
「めんどくせえな。好きにしろよ」
 志貴は実行力がある。全てを処分してお揃いに変えることくらい容易い。それで俺がブチギレることを思うより、小物くらいで妥協した方がマシだ。
「嬉しい。服以外は全部お揃いにしておこうな」
「お前、それもオメガの真似なの?」
「ん? それって?」
「そういうめんどくせえところ」
 志貴は俺の膝の間に座る。デカい男が邪魔でしかない。前は座るだけでなく俺の肩口に頭を置きたがって何度も試していたが、身長差があったせいで上手く収まらず、今は諦め普通に座るだけになっている。
「面倒か?」
「うん」
「ははは、元々の俺の性格かな。面倒なんて思わないでくれよ」
「面倒だろ」
 志貴は嬉しそうに笑いながら、俺を抱き締めてくる。
「面倒なのに怒らないなんて、愛だな」
「お前って馬鹿だよな」
 志貴の馬鹿はすぐに終わるだろうと思ったけど、俺の予想を裏切るように志貴は常に馬鹿だった。
 ――頸にキスしてくれないか? そしたら欲しがっていた限定スニーカー買ってやるから。
 ――たまには一緒に寝てくれ。俺のこと抱き締めて。
 ――今日はデートだぞ。デートでは必ず手を繋ぐ約束をしただろ?
 ――ヒートがきても、俺も病院に泊まるから安心しろ。何かあればすぐに駆け付けるから。
 馬鹿みたいに俺を大切にして何よりも優先しつつ、自分の欲望を押し付けてきた。
 オメガなんかに全く見えないのに、愛されたがるような姿はオメガに見えなくもなく、自分の目が腐ってきたのかと本気で不安になるくらいだった。
 どうして志貴が、優性アルファが、俺を尊重するのか分からず、居心地も悪かった。責任を取ることは分かるが、以前高嶋圭人が言っていたように、慰謝料を払うだけでも充分過ぎるほどだと思う。この世はどうしてもアルファ優先の社会だから、オメガとの間に問題が起きてもアルファ有利に事が進む。だから今回の件だって、慰謝料を払ってくれるだけでも充分だと言うことは俺でも分かっていた。
 なのに、バイト先の斡旋や来る発情期のケア、日々の生活、何から何まで志貴は口を出し、面倒を見た。感情的になって俺の心配までしている。
 理由は分からないし、知ろうとも思わない。知りたくないし、知らなくて良い。どうせいつまで続くか分からないし。
 ただ――
「……志貴」
「どうした?」
 どんなに小さな声でも拾って、俺を見て、応える姿は、言葉に出来ない気持ちにさせた。
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