上 下
17 / 17

17

しおりを挟む
 一方、看護学科棟では。
 試験を無事終えたフロレンティア・ショアは、退出していく生徒の間を縫って先生の方に向かって足を進めていた。

 いつもの彼女ならさっさと試験会場となっている実習室を出て、復習を始めている。
 しかし、今日の彼女は、違った。
 
 「先生、少しよろしいですか??」
 「ショアさん、今はまだ試験は終わってないですよ。退出までが試験です」
 「わかってます」

 「それならなぜ??」
 「大事な話があるんです」
 
 フロレンティアはいつになく真剣で、恐ろしいオーラを放っていた。
 彼女の迫力に先生は、圧倒され、「な、なんでしょう??」と答える。
 
 「ルナメア・バーンについてです。急用の要件なんです」
 「バーンさん?? 彼女、試験を受けにこなかったけれどどうしたの?? もしかして、大けがでもしたの??」
 「いえ、そういうわけではございません」
 
 フロレンティアは、首を横に振る。そして、すぐにルナメアから聞いたことを先生に説明した。
 先生は、困惑顔を浮かべながらも、彼女の話を最後まで黙って聞いていた。
 
 「学部長に今すぐお伝えしてもらえませんか??」
 「ええ、もちろんです」
 「はい」
 「ショアさん、少しここで待っていてくれる?? 他の先生たちにも伝えてくるわ」

 先生は、試験監督をしていた他の教員を呼び止め、数分話し合うと、それぞれが動き始めた。
 フロレンティアはその様子をじっと見ていた。いつも冷静な先生たちが少し動揺していたので、今回のことが緊急事態なんだと実感した。
 先ほど説明した先生は、話し終えるとフロレンティアの所に戻ってきた。
 
 「幸い、バーンさん以外の試験は終えました。きっと教室で待機していることでしょう。でも、ルナメアさんのことが心配だからといって、勝手に動かないように、いいですね??」
 「………はい」
 
 フロレンティアは、浮かない顔で、小さく頷いた。
 
 
 
 ★★★★★★★★
 
 
 
 「お前は………………ルナメアか??」
 
 私と分かったクローディアスは、眉間にしわを寄せる。相変わらず態度が露骨だった。

 「貴様、こんな所で何をしている??」
 
 彼と会うのは卒業以来ね………………。
 立ち止まっていると、近くにいた女の子が、ギュッと私の服を引っ張っていた。
 
 「お姉ちゃん、早く行こう?? 置いていかれるよ??」
 
 私が時間稼ぎをすればいい。女の子の方を見て、私は優しく微笑んだ。
 
 「さ、先に行っておいてくれる?? 後でついていくから」
 「うん、分かった」
 
 先を走っていく女の子をちらりと見送ると、再度彼に向き合った。
 そして、丁寧にお辞儀をする。
 
 「お久しぶりです、殿下」
 「そんな挨拶はどうでもいい。私の質問に答えろ、ルナメア・バーン」
 「それは………………」
 
 この人にここに来た目的をはっきり述べるべきかしら?? 
 今、感染したような症状がないとはいえ、今後子どもたちの体に異常が出たら??
 ————————————————きっとクローディアスは殺すわ。
 
 「私は、殿下を止めに参りました」
 「なんだとっ!?」
 
 トッ、トッ、トッ。
 後ろから軽やかな足音と、小さな足音が聞こえてきた。
 振り向くと、走って来ていたのは、さっきの女の子と、ヴェス王子。
 なんでヴェス王子?? あの女の子まで??
 
 「殿下!?」
 「兄さん!?」

 ヴェス王子は、息を切らしながらやってきて、私の隣に来ると足を止めた。
 
 「兄さん、ここに何してきているんですか。私は、自分の手で感染者を排除すると言ったはずですが」
 「うん。だから、ここに来たんだ」
 
 クローディアスは、さらにムッとした表情を浮かべる。
 相手が王子であろうと、銃を持つ相手だろうと関係ない。とりあえず止めないと。
 私は、ひるまずクローディアスに言った。
 
 「殿下、感染者を排除するなどおかしなマネはお止めください」
 「おかしなマネ?? ふざけるな、俺は真剣だ。感染の拡大を止めに来たんだ」
 「人を殺しても、問題の解決になりません」
 
 すると、クローディアスは、隣にいる女の子を指さす。
 
 「その子どもをよこせ。感染の可能性がある」
 「彼女は………関係ありません」 
 「関係ない?? その子どもが感染していないと断言できるのか??」
 「………」

 そんなの、今の私にも、誰にも、分かるはずがない。
 でも、もし仮に、この女の子が感染しているのなら、私たちはとっくのとうに感染している。
 殺したって意味はない。犠牲者を生み出すだけだ。
 黙っていると、クローディアスは呆れたようにため息をつき、話し始めた。
 
 「断言できないのなら、どけ。感染者を放っておいて、感染が広がり、多くの犠牲者を出すより、犠牲者を少なくできる私の選択の方がマシだ」
 
 ただ自分の軍隊を守りたいだけでしょ??
 自己中心的なクローディアスの発言は、私をムカつかせた。
 
 「………どきません」
 
 隣の女の子をぎゅっと抱き寄せる。女の子は声を上げて泣きはしないものの、体は震えていた。
 ウルリカは、ただただ突っ立って、下唇を噛んでいる。
 
 「お前がどかないのなら、撃つまで」
 
 クローディアスは、私の横にいる女の子に銃口を向けた。
 私は、守るように女の子を自分の背後に回す。
 銃口は完全に私の胸に向いていた。

 ………………女の子が撃たれるより、私が撃たれた方がいい。
 少なくとも手はあるから。
 クローディアスを警戒していると、意外な人物が声を上げた。
 思わず目を見開き、彼女を見つめる。

 「止めてください!! クローディアス様!! 人に銃口を向けるなど!!」
 「お前の願いを叶えるためでもあるんだ!! ウルリカ、許してくれ!!」
 
 ウルリカは、クローディアスの銃を奪おうとするが、クローディアスは彼女をのけ払い、銃を放さなかった。
 ウルリカは泣き崩れ、「こんなはずじゃなかったのに………」と呟く。

 クローディアスは、私たちの方に銃を向け直す。
 彼にはウルリカの声すら届かないのか………………。
 しかし、彼の銃口は少し揺れ、動揺が見えていた。

 いや………クローディアスは私を殺すつもりなんてないのかも??
 私は、最後の賭けに出る。銃を向ける彼に向かって叫んだ。

 「殿下、その銃を、手を下ろしてください!! 止めてください!!」
 「これ以上感染者を出すわけにはいかない!! 国を守るためだ!!」
 
 隣にいるヴェス王子もクローディアスに叫んで、訴える。
 お願い………誰も殺さないで。
 
 パンっ!!
 
 その瞬間、時間がゆっくり動き始めたように、全てが見えた。
 私に電撃のような痛み。

 左腕を見ると、銃の玉が突き通っている。
 そして、服が赤く染まっていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...