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第1章 下積み編

5 悪役令嬢、初めて作品を見せる

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 デインに魔法を見せてもらった後、私たちはずぶ濡れの状態になってしまった。
 そんな姿の私を見たママは激怒。
 私と同じく服を濡らしてしまったデインにも怒っていた。

 そんなデインに、私は「大丈夫。ママは鬼だからよく怒るの」とこそっと言うと、デインはくすり。
 しかし、それが聞こえていたのか、ママはまた怒ってきた。

 「もう、全くママは地獄耳ね」

 でも、デインはそれでまた笑ってくれた。本当に可愛いな。
 ママを再度怒らせちゃったけど。

 そうして、着替えた後、廊下でデインと鉢合せた。デインも着替えたようで、白のカッターシャツに茶色のハーフパンツを着ていた。

 「えーと。エステル様、その服を濡らしてしまってごめんなさい」

 デインはぺこりと頭を下げる。

 「楽しかったからいいのよ。むしろ私が魔法を見せてって言ったんだし、私が謝んなくちゃならないわ」

 ほとんど私のせいね。
 デインはこれぽっちも悪くないわ。
 
 「…………」
 「…………」

 でも、なんだろうこの距離感。
 さっきからデインとの距離を感じるわ。

 …………はっ! 
 まさかこれが嫌がらせのきっかけとなってるんじゃないかしら。
 距離置かれてるとか思われているんじゃないかしら!

 「その……敬語はやめて普通に話しましょ。姉弟になるんだから堅いままは嫌だわ」

 デインは戸惑いながらも答える。
 まだ私のことが怖いのかしら。

 「ええと……分かりました」
 「コラ」

 無意識のうちに敬語で話していたことに気づいたデイン。
 思わず私たちは笑い声をあげてしまう。

 「うん。分かった……えーと」
 「姉さんでもエステルでもいいわ」
 「姉さん!」

 私の名前を呼ぶとデインは太陽のように眩しくにっこり笑う。
 何、この天使は! 
 かわいすぎる!

 「姉さんも僕のことデインって呼んで!」
 「分かったわ、デイン!」

 私はデインに笑顔を見せる。
 よかった。
 さっきよりデインと距離が縮まった気がする。

 うん。ゲームの時と同じような展開になってしまうと、私は殺されてしまうからこれが正解ね。
 でも、もっと仲良くなっておきたいわ。

 なんせ……デインが天使にみたいで可愛くて仕方ないし。
 愛でたいわ。
 何かいい方法はないかしら。
 私はうーんと唸って考えていると、あることを思いついた。

 「デイン! こっちに来て!」
 「姉さん! ちょっ!」

 私はデインの手首を掴み、廊下を掛ける。
 通り過ぎるメイドたちは私が外にいることに驚いていたようだけど、私が笑うとにこやかに微笑んでくれた。

 目的地に着くと、足を止める。
 手を掴んでいたのでついてこざるを得ないデインはハァハァと息を上げていた。
 あ、夢中になって全力で走ってしまったわ。

 「デイン……ごめんなさい。急に走り出しちゃって。大丈夫?」
 「大丈夫だよ、姉さん。でも、なんで急に走り出しちゃったの?」
 「あのね。この部屋に私の大切なものがあって、それをデインに見せたいと思ったの」

 絵は私の宝物。
 その宝物をいつか誰かに見せたかった。
 自分では満足しても、他の人になんて思われるのか少し怖いけど、でも、見てほしい。

 ――――――――家族になったデインに。

 「この部屋に……姉さんの宝物が?」
 「そうよ」

 私はドアノブを手にし、扉を開く。
 すると、窓を開けっぱなしにしていたせいか、風が部屋から出てきた。
 私とデインの髪は大きくなびく。
 髪を耳に掛けると、部屋に入った。

 「デイン。ここはね、私のアトリエ」
 「アトリエ?」
 「そう! 私ね、画家になるの!」
 「姉さんが画家……?」

 部屋の入り口で突っ立ったままのデインは目を見開く。
 その綺麗な桃色の瞳はこちらを真っすぐ向けていた。
 この世界はどうも女性の画家は少ない。

 ほとんどの画家は男性だ。
 だから、デインが驚くのも無理はない。
 それでも、私は画家になりたい。

 「えーと。私もそんな簡単になれ……」
 「姉さん! すごい!」
 「へ?」
 
 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
 デインは私の予想とは違い、キラキラと輝かせた目を向けて私の両手を取っていた。
 なんとなく顔が近い……よ。
 可愛い子にそんな瞳で見られると私、死んじゃう。

 「姉さん! 姉さんには夢があるんだね!」
 「え、ええ。そうよ。女だけど私は画家になりたいの」
 「そっかぁ……」

 デインは感嘆の声を漏らす。
 彼の瞳は宝石のように輝きを見せていた。
 デインも私と同じ年だし、夢ぐらいありそう。

 「デインは何かなりたいものでもあるの?」
 「うん。いつか騎士になりたいんだ」

 騎士か。
 そういや、ゲームのデインも騎士を目指しているって聞いたことがある。
 この時からもう目指していたのか。凄いわ。
 楽しそうなデインは部屋のあたりをぐるりと歩いて、アトリエを見渡した。

 「この絵は?」

 足を止めたデインは壁にある絵を指さす。
 その絵は前世での記憶をもとに最近描き上げた作品だった。
 手を差し伸べる妖精の少女と魔法使いの少年が描かれている。

 「ああ。これ? これは私が最近描き上げたの……」

 どうかしら? 
 デインはどう思うかしら?
 恐る恐るデインの顔を覗いてみると、彼はウキウキな笑顔で絵を見ていた。

 「姉さん……すごいよ。姉さん! 画家になれるよ!」
 「ほんと!?」

 もちろん、デインは画家じゃないし、そんなに絵を目にしたことはないだろう。
 それでも、誰かに「すごい!」と言ってもらえるのは本当に嬉しかった。

 「姉さん! この絵は売れる! 売れるよ!」
 「ほんとっ!? やったわぁ――!」

 私は思わずデインをぎゅっと抱きしめる。
 彼は少しドキッとしていたが、すぐに抱き返してくれた。
 デインの頬を見ると、少し赤い。
 照れているのかしら…………可愛い。

 私は天使のような弟をさらに抱きしめると、彼はごにょごにょと何か言っていた。
 しまった。
 可愛いすぎてぎゅっとし過ぎちゃった。

 「ごめんなさい。ぎゅっとし過ぎたわ」
 「大丈夫だよ、姉さん」

 デインはにっこりと笑う。

 「僕も、姉さんみたいに頑張って、騎士になるね!」
 「そう! 私もデインを応援するわ!」

 デインが騎士に……いいわね。
 絵になるわ。きっとカッコイイ騎士になるわね。
 そう言うと、デインはよほど嬉しかったのか、にっこり笑った。

 「ほんと!? じゃあ、僕、絶対に星光騎士になるから!」
 「え?」

 驚いてしまい、思わず声を漏らしてしまう。

 デインが――――星光騎士になるですって!?
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