19 / 190
第一章
屈辱*
しおりを挟む
殿下の親指がわたしの口の中を探り、舌に触れる。
わたしは恐怖と屈辱で涙が滲んできて、瞬きもできずに殿下の顔を見つめる。
――どうして、こんな――
抗議したかったけれど、殿下は金色の目を眇め、もう一度冷酷に命じる。
「早くしろ。……命令が、聞けないのか?」
殿下の顔がわたしの耳元に近づき、熱い息を吹きかけるようにして、言う。
「以前に言っただろう。秘書官である以上、俺の命令に従え、と。お前は何でも命じろと言ったじゃないか」
――でも、こんな、酷い――
とうとう、わたしの目から涙が零れ落ちる。
何をさせられるのかわからなかったけれど、それがとても屈辱的で――そして、決定的な意味を持つことだと、わたしは理解した。
わたしは、性的なことはほとんど教えられずに育った。
貴族の子女として、結婚するまでは純潔を守る。それが当然のことと、折に触れて祖母にも、そして家庭教師にも言われてきたが、具体的にどうなると純潔でなくなるのかは、教えてもらえなかった。
貴族の娘は十七歳になれば王都に出かけて社交界にデビューする。そうして、結婚相手を探し、父や家族の認めた相手と結婚する。結婚相手が見つかるまでは、男女のことなどに興味を持ってすらいけないと言われ、読む本なども祖母の厳しいチェックが入った。少しでも性の匂いのするものは全て、わたしの身近からは遠ざけられていた。そもそも周囲には男性もおらず、愛も恋も結婚も、何もかも遠い世界のことのように思って、ただ祖母が認めた本を読み、外国語を学び、刺繍とレース編みの技術を祖母に習い、趣味と言えば庭いじりとピアノだけだった。広大で狭いリンドホルム城、それが、わたしの世界のすべてだった。
――結婚が決まれば、祖母は誰かから多少のレクチャーはあったのだろうが、父の戦死と弟の急死で、私は何も知らないまま、王都に出てきた。
今まで知らなかった不躾な男たちの視線、街角に立つ売春婦たち。司令部で、声をかけてくる男たち、同僚たちの恋の噂話。仕事の合間に目にするゴシップ紙。――すべて、リンドホルムの城にいた時ならば、わたしから遠ざけられていた、性にまつわる物事――性なんて言葉をわたしが知っていると祖母が知ったら、きっと卒倒するに違いない。
祖母はわたしを守るために、わたしを無知なままにとどめておいた。でも今、何も知らないに等しいわたしには、この苦境を逃れる術もない。
わたしは、観念して殿下の白いシャツを震える手で捲る。その下から現れたのは、赤黒い、見たこともない醜い何か。あまりに恐ろしくて、思わず顔を背けてしまう。身体の震えが止まらない。
「まず、手で握れ。それから、目を逸らすな。――俺の、分身だからな」
分身と言うが、これが殿下の身体の一部だなんて信じられなかった。いったい何のためにこんな部分があるのか。
殿下は明らかに、何も知らない愚かなわたしのことを、面白がっている。知らない場所に連れてこられ、恐怖で怯える子猫を甚振るかのように、金色の瞳でわたしを見下ろして――。
「早くしろ」
急かされて、恐る恐る手で触れると、皮膚とは違う不思議な感触がする。血管が浮いて波打つ。やはり人体の一部なのだろうが、わたしにはこんな部分はない。……弟にはあっただろうか?……わたしはたぶん、弟の裸ですら、見たことはなかった……。
「そんな風にこわごわじゃなくて、もっと強く握れ。両手でだ。……俺を焦らすな」
言われるままに両手で握ると、殿下がホッと溜息をつく。
「……そうだ……握ったまま、ゆっくり、動かせ……」
そのグロテスクなものを両手で握り、ゆるゆると動かす。殿下の顔を下から見上げれば、眉根を寄せていた。
「……痛いのですか?」
「まさか! もっと強く握れ……そうだ……いいぞ」
しだいに殿下の呼吸が荒くなってくるのだが、このまま続けて大丈夫なのだろうか。
「殿下、これ……どうなるんです?」
「……どうって?」
殿下が閉じていた目を薄く開け、わたしをちらりと見る。
「……この作業に、なんの意味があるんですか?」
「意味って……そりゃあ、俺が、気持ちよくなるためだ」
「気持ちいい? これ、気持ちいいんですか?」
「お前、これを見たことないのか?」
わたしが頷けば、殿下は少し呆れたような表情をした。
「お前、十九って言ってたな。その年まで、誰にも教わらなかったのか?」
「だって……わたしの身体には、こんなモノはないから……」
「当たり前だっ」
殿下は身体を揺すって笑うと、ギラギラした目で言った。
「……そろそろ、口でしろ」
「……口で?……これを?」
口で、と言われて、わたしは両手の中のものを見る。さっきよりも心なしか大きく、硬くなっていて、反り返って血管が浮いて、しかも先端の割れ目から、何か透明な液が零れてきた。――これ、いったい何?
「はやく舐めろ。……お前のその、可愛い舌で」
これを舐める? まさか。きっと悪い冗談――そんな風に思って殿下の顔を見上げるが、まるで飢えた肉食獣のような目で見つめられるだけで、命令を撤回してくれそうもない。
「何をためらう。……俺の快楽に奉仕するのも、お前の仕事だ」
わたしは大きく息を吸って覚悟を決める。
――よくわからないけど、大きなキノコだと思えば――
わたしは目をつぶると、舌だして、その妙なものの先端を舐める。
「もっと……そうだな、キャンディか何かみたいに、全体を舐めろ」
頭上から命令が飛んで、わたしは薄眼を開けて見る。……変な色の、キノコ型のキャンディだと思えば……。吐き気を堪えながら舌を這わせ、全体を舐めていく。殿下の、溜息か漏れる。殿下の両手がわたしの頭を包み込むように抱え、髪を撫でる。先端は割れていて、そこから零れる透明な液体は、少し苦い。裏側の筋を舐めると、殿下の全身がビクリと反応する。
「そろそろ、咥えろ……」
わたしが、上目遣いに殿下を見上げると、殿下はどこか恍惚とした表情で、荒い呼吸をしていた。その大きな先端を口に含む。
「もっと奥まで……咥えろ……」
さらに要求が飛んで、わたしは懸命に奥まで含んだ。大きすぎて苦しい。
――いったいいつまで――
顎が疲れてきたけれど、殿下の両手で頭を押さえつけられて、やめることができない。やがて、殿下の腰がゆるゆると動き、しだいに激しく、喉の奥まで突き上げられて、吐きそうになる。苦しくて、涙が溢れてくる。
「はあっはあっ……エルシー、いい、いいぞ……くっ……もうっ出る、出る……俺の子種だ。一滴残らず、飲み干せよ……ううっ……」
やがてわたしの口の中で、殿下のものがさらに大きさを増す。わたしの耳元で、殿下は荒い息の合間に何度も何度もわたしの名を呼ぶ。
まるで愛しているかのように何度も。
愛の対極にあるような行為をわたしに強いているのに、なぜ――。
ついに殿下の分身がぶるりと震え、熱くてドロリとしたものが口の中に吐き出される。むせ返るような臭いと、苦み。吐き出すことも許されず、わたしは泣きながらそれを飲み下した。
頭上で、殿下の荒い息と、笑い声が響く。屈辱で、わたしの心の中が塗りつぶされていく――。
『君の尊厳が奪われても、君は泣き寝入りするしかない――』
ハートネル中尉の声が、頭の中にこだました。
あの後、どこでどうやって過ごしたのか、ほとんど覚えていない。それでも退勤時刻になって、わたしは荷物をまとめて司令部を出た。
たぶん、いつもよりもずっと、わたしの足取りは弱々しかったのだろう。背後から声をかけられたが、わたしはそれが自分を呼ぶ声だと認識できず、腕を掴まれて初めて気づいた。
「ミス・エルスペス・アシュバートン!」
驚いて振り返れば、それはハートネル中尉だった。
目の前を、馬車が走り抜けていく。……ギリギリで、助けられたらしい。
「どうしたの。……あの後、殿下と何かあったのか?」
返事もできずに茫然と見上げるだけのわたしの表情は、きっとそうだとしか読み取れなかっただろう。
「何があったんだ? ……朝の、返事もまだ聞いていない。俺は本気だ。君を、救いたいんだ」
二の腕を掴まれたままそんなことを言われ、わたしはどうしていいかわからない。
「馬車を呼ぼう。……君の家まで行って、君のおばあ様と話してもいい。だから――」
その時のわたしの心は折れる寸前で、助けてくれる人なら誰でも、その腕に縋りつきそうになっていた。
だがその時。――わたしの背後から、絶対に聞きたくない声が、わたしの名を呼んだ。
「エルシー!」
わたしはびくりと飛び上がるようにして振り返る。路上に停まっているのは、朝も見た、王家の紋章入りの馬車。
扉が開き、中の暗がりから、殿下がわたしをもう一度呼ぶ。
「エルシー、送って行く。乗れ」
わたしは、ほとんど無意識に緩く首を振っていた。
怖かった。殿下の側に行きたくなかった。――もうあんな目に遭わされたくなかった。
「エルシー、こっちへ来い」
再び殿下に呼ばれ、ハートネル中尉がわたしを庇うように前に出た。
「アルバート殿下、彼女は行きたくないと――」
「お前には聞いていない。俺はエルシーと話している。口を出すな」
殿下がハートネル中尉の口を封じ、わたしに向かい、もう一度呼びかける。
「エルシー、来い。わかっているだろう?」
その声は言外に言っていた。――命令に背くことは許さない、と。
わたしがフラフラと殿下の馬車に近づくと、馬車の中から腕が伸びてわたしの腕を掴み、ぐいっと中に引きずり込まれる。柔らかな座面に倒れ込むと、殿下は乱暴に扉を閉め、馭者に命じた。
「出せ。フォード街七番地だ」
ピシリと馬の鞭の音がして、馬車がガラガラと走り出す。チラリと窓の外に目を向ければ、ハートネル中尉が悔しそうに立ち尽くしていた。
わたしは恐怖と屈辱で涙が滲んできて、瞬きもできずに殿下の顔を見つめる。
――どうして、こんな――
抗議したかったけれど、殿下は金色の目を眇め、もう一度冷酷に命じる。
「早くしろ。……命令が、聞けないのか?」
殿下の顔がわたしの耳元に近づき、熱い息を吹きかけるようにして、言う。
「以前に言っただろう。秘書官である以上、俺の命令に従え、と。お前は何でも命じろと言ったじゃないか」
――でも、こんな、酷い――
とうとう、わたしの目から涙が零れ落ちる。
何をさせられるのかわからなかったけれど、それがとても屈辱的で――そして、決定的な意味を持つことだと、わたしは理解した。
わたしは、性的なことはほとんど教えられずに育った。
貴族の子女として、結婚するまでは純潔を守る。それが当然のことと、折に触れて祖母にも、そして家庭教師にも言われてきたが、具体的にどうなると純潔でなくなるのかは、教えてもらえなかった。
貴族の娘は十七歳になれば王都に出かけて社交界にデビューする。そうして、結婚相手を探し、父や家族の認めた相手と結婚する。結婚相手が見つかるまでは、男女のことなどに興味を持ってすらいけないと言われ、読む本なども祖母の厳しいチェックが入った。少しでも性の匂いのするものは全て、わたしの身近からは遠ざけられていた。そもそも周囲には男性もおらず、愛も恋も結婚も、何もかも遠い世界のことのように思って、ただ祖母が認めた本を読み、外国語を学び、刺繍とレース編みの技術を祖母に習い、趣味と言えば庭いじりとピアノだけだった。広大で狭いリンドホルム城、それが、わたしの世界のすべてだった。
――結婚が決まれば、祖母は誰かから多少のレクチャーはあったのだろうが、父の戦死と弟の急死で、私は何も知らないまま、王都に出てきた。
今まで知らなかった不躾な男たちの視線、街角に立つ売春婦たち。司令部で、声をかけてくる男たち、同僚たちの恋の噂話。仕事の合間に目にするゴシップ紙。――すべて、リンドホルムの城にいた時ならば、わたしから遠ざけられていた、性にまつわる物事――性なんて言葉をわたしが知っていると祖母が知ったら、きっと卒倒するに違いない。
祖母はわたしを守るために、わたしを無知なままにとどめておいた。でも今、何も知らないに等しいわたしには、この苦境を逃れる術もない。
わたしは、観念して殿下の白いシャツを震える手で捲る。その下から現れたのは、赤黒い、見たこともない醜い何か。あまりに恐ろしくて、思わず顔を背けてしまう。身体の震えが止まらない。
「まず、手で握れ。それから、目を逸らすな。――俺の、分身だからな」
分身と言うが、これが殿下の身体の一部だなんて信じられなかった。いったい何のためにこんな部分があるのか。
殿下は明らかに、何も知らない愚かなわたしのことを、面白がっている。知らない場所に連れてこられ、恐怖で怯える子猫を甚振るかのように、金色の瞳でわたしを見下ろして――。
「早くしろ」
急かされて、恐る恐る手で触れると、皮膚とは違う不思議な感触がする。血管が浮いて波打つ。やはり人体の一部なのだろうが、わたしにはこんな部分はない。……弟にはあっただろうか?……わたしはたぶん、弟の裸ですら、見たことはなかった……。
「そんな風にこわごわじゃなくて、もっと強く握れ。両手でだ。……俺を焦らすな」
言われるままに両手で握ると、殿下がホッと溜息をつく。
「……そうだ……握ったまま、ゆっくり、動かせ……」
そのグロテスクなものを両手で握り、ゆるゆると動かす。殿下の顔を下から見上げれば、眉根を寄せていた。
「……痛いのですか?」
「まさか! もっと強く握れ……そうだ……いいぞ」
しだいに殿下の呼吸が荒くなってくるのだが、このまま続けて大丈夫なのだろうか。
「殿下、これ……どうなるんです?」
「……どうって?」
殿下が閉じていた目を薄く開け、わたしをちらりと見る。
「……この作業に、なんの意味があるんですか?」
「意味って……そりゃあ、俺が、気持ちよくなるためだ」
「気持ちいい? これ、気持ちいいんですか?」
「お前、これを見たことないのか?」
わたしが頷けば、殿下は少し呆れたような表情をした。
「お前、十九って言ってたな。その年まで、誰にも教わらなかったのか?」
「だって……わたしの身体には、こんなモノはないから……」
「当たり前だっ」
殿下は身体を揺すって笑うと、ギラギラした目で言った。
「……そろそろ、口でしろ」
「……口で?……これを?」
口で、と言われて、わたしは両手の中のものを見る。さっきよりも心なしか大きく、硬くなっていて、反り返って血管が浮いて、しかも先端の割れ目から、何か透明な液が零れてきた。――これ、いったい何?
「はやく舐めろ。……お前のその、可愛い舌で」
これを舐める? まさか。きっと悪い冗談――そんな風に思って殿下の顔を見上げるが、まるで飢えた肉食獣のような目で見つめられるだけで、命令を撤回してくれそうもない。
「何をためらう。……俺の快楽に奉仕するのも、お前の仕事だ」
わたしは大きく息を吸って覚悟を決める。
――よくわからないけど、大きなキノコだと思えば――
わたしは目をつぶると、舌だして、その妙なものの先端を舐める。
「もっと……そうだな、キャンディか何かみたいに、全体を舐めろ」
頭上から命令が飛んで、わたしは薄眼を開けて見る。……変な色の、キノコ型のキャンディだと思えば……。吐き気を堪えながら舌を這わせ、全体を舐めていく。殿下の、溜息か漏れる。殿下の両手がわたしの頭を包み込むように抱え、髪を撫でる。先端は割れていて、そこから零れる透明な液体は、少し苦い。裏側の筋を舐めると、殿下の全身がビクリと反応する。
「そろそろ、咥えろ……」
わたしが、上目遣いに殿下を見上げると、殿下はどこか恍惚とした表情で、荒い呼吸をしていた。その大きな先端を口に含む。
「もっと奥まで……咥えろ……」
さらに要求が飛んで、わたしは懸命に奥まで含んだ。大きすぎて苦しい。
――いったいいつまで――
顎が疲れてきたけれど、殿下の両手で頭を押さえつけられて、やめることができない。やがて、殿下の腰がゆるゆると動き、しだいに激しく、喉の奥まで突き上げられて、吐きそうになる。苦しくて、涙が溢れてくる。
「はあっはあっ……エルシー、いい、いいぞ……くっ……もうっ出る、出る……俺の子種だ。一滴残らず、飲み干せよ……ううっ……」
やがてわたしの口の中で、殿下のものがさらに大きさを増す。わたしの耳元で、殿下は荒い息の合間に何度も何度もわたしの名を呼ぶ。
まるで愛しているかのように何度も。
愛の対極にあるような行為をわたしに強いているのに、なぜ――。
ついに殿下の分身がぶるりと震え、熱くてドロリとしたものが口の中に吐き出される。むせ返るような臭いと、苦み。吐き出すことも許されず、わたしは泣きながらそれを飲み下した。
頭上で、殿下の荒い息と、笑い声が響く。屈辱で、わたしの心の中が塗りつぶされていく――。
『君の尊厳が奪われても、君は泣き寝入りするしかない――』
ハートネル中尉の声が、頭の中にこだました。
あの後、どこでどうやって過ごしたのか、ほとんど覚えていない。それでも退勤時刻になって、わたしは荷物をまとめて司令部を出た。
たぶん、いつもよりもずっと、わたしの足取りは弱々しかったのだろう。背後から声をかけられたが、わたしはそれが自分を呼ぶ声だと認識できず、腕を掴まれて初めて気づいた。
「ミス・エルスペス・アシュバートン!」
驚いて振り返れば、それはハートネル中尉だった。
目の前を、馬車が走り抜けていく。……ギリギリで、助けられたらしい。
「どうしたの。……あの後、殿下と何かあったのか?」
返事もできずに茫然と見上げるだけのわたしの表情は、きっとそうだとしか読み取れなかっただろう。
「何があったんだ? ……朝の、返事もまだ聞いていない。俺は本気だ。君を、救いたいんだ」
二の腕を掴まれたままそんなことを言われ、わたしはどうしていいかわからない。
「馬車を呼ぼう。……君の家まで行って、君のおばあ様と話してもいい。だから――」
その時のわたしの心は折れる寸前で、助けてくれる人なら誰でも、その腕に縋りつきそうになっていた。
だがその時。――わたしの背後から、絶対に聞きたくない声が、わたしの名を呼んだ。
「エルシー!」
わたしはびくりと飛び上がるようにして振り返る。路上に停まっているのは、朝も見た、王家の紋章入りの馬車。
扉が開き、中の暗がりから、殿下がわたしをもう一度呼ぶ。
「エルシー、送って行く。乗れ」
わたしは、ほとんど無意識に緩く首を振っていた。
怖かった。殿下の側に行きたくなかった。――もうあんな目に遭わされたくなかった。
「エルシー、こっちへ来い」
再び殿下に呼ばれ、ハートネル中尉がわたしを庇うように前に出た。
「アルバート殿下、彼女は行きたくないと――」
「お前には聞いていない。俺はエルシーと話している。口を出すな」
殿下がハートネル中尉の口を封じ、わたしに向かい、もう一度呼びかける。
「エルシー、来い。わかっているだろう?」
その声は言外に言っていた。――命令に背くことは許さない、と。
わたしがフラフラと殿下の馬車に近づくと、馬車の中から腕が伸びてわたしの腕を掴み、ぐいっと中に引きずり込まれる。柔らかな座面に倒れ込むと、殿下は乱暴に扉を閉め、馭者に命じた。
「出せ。フォード街七番地だ」
ピシリと馬の鞭の音がして、馬車がガラガラと走り出す。チラリと窓の外に目を向ければ、ハートネル中尉が悔しそうに立ち尽くしていた。
53
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる