【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂

文字の大きさ
60 / 190
第二章

廃園

しおりを挟む
 祖母の葬儀は三日後に定められた。

 葬儀の告知はすでに出しているが、遠方から駆け付ける人もいないわけではない。ストラスシャーに到着する長距離列車は一日一便しかない。遠方からの参列者の都合を考えると、明日いきなり、というわけにもいかないからだ。

 わたしは夕食までのわずかな時間、懐かしい庭を散歩して歩いた。
 幾何学庭園の中を突っ切り、噴水の脇を通って散歩道プロムナードを行けば、壁に囲まれた薔薇園ローズ・ガーデンに出る。今はもう、薔薇の季節は終わっているけれど――。

 幼い日に毎日のように通った小道を進んで、しかし、懐かしさにときめいていたわたしの胸は、何とも言えない不安に塗りつぶされていく。

 かつて、一部の隙もなく管理されていた庭は妙に寂れ、樹々は剪定もロクにされずに伸び放題に伸びている。雑草がはびこり、何も植えられていないかに見える花壇が続く。

 ――これでは、まるで廃園のよう。

 わたしが眉を顰めた時、薔薇園へと続くはずの垣根のアーチが、有刺鉄線で閉ざされているのを見て、息を飲む。

「なにこれ……」

 茫然と立ち尽くしていると、突然、背後から声をかけられた。

「その先は行けないよ。……今、売りに出してる」

 ハッとして振り向けば、ひょろっとした背の高い男が咥え煙草で立っていた。帽子もかぶらず、タイは半ば緩んで、上着も微妙に着崩して、伊達男を気取って失敗した感じの。

「久しぶり、エルシー。ようやく、俺と結婚する気になって帰ってきたか」
「……ダグラス……」

 わたしと祖母がこの城を出る原因になった男だ。

「三年ぶりだな? あの頃より、今はさらに綺麗になった。昔の、何も知らない固い蕾のような雰囲気もよかったが、ずいぶん、色っぽくなったな。もしかして、男を知ったか」
「何の話?」

 下衆の勘繰りに、わたしがムッとして睨みつけると、ダグラスはおかしそうに肩を竦める。

「ガンコ婆さんもようやく死んだか。……大人しく俺との結婚を承知しておけば、お前も無駄な苦労をしなくてすんだのに。もうわかっただろう? 王都でなんて、お前は暮らせない。お前は田舎の、薔薇の花だからな」
「お生憎様、それなりに楽しくやってきたわ。余計なお世話です」

 ダグラスはわたしの服装を上から下までじっと見る。

「……ふーん。やっぱり、男か。ずいぶんと、金回りのいいのを捕まえたらしいな。でも、結婚はしてない。つまり、愛人か?」
「下世話な想像はやめて」
「……もしかして、あのマクガーニ中将か? そうでもなきゃ、婆さんの葬式のために、わざわざこんな田舎までこないよな?」
「ふざけないで!」 

 ダグラスは右手で煙草を挟んで、ぷはーと煙を吐く。煙草の匂いにわたしが眉間に皺を寄せる。

 でも、それよりも気になることがあった。

「どういうことなの? 売るって? この庭を?」
「だって、こんな無駄に広い庭、どうしようもないだろう。その奥は数年間、ほったらかしの庭園と果樹園しかない。……世話をしていた庭師の爺さんがくたばって、代わりの庭師を補充する金もないし、戦争で庭師も手が足りない。税金はガバガバかかるし、親父はおかしな投資話に引っかかって大損するし……借金を抱えて、庭の一部を切り売りする以外になくなっちまった」
「……サム爺、亡くなったの……」

 わたしが鉄条網の向こうの荒れ果てた庭に目を遣る。
 あの庭を守った人はもう、いなくなってしまった。――わたしの大切な薔薇園も……。

 しばし茫然と立ち尽くしていると、不意に腕を引っ張られて、わたしは悲鳴を上げた。

「きゃあ!」
「ああ、エルシー……本当に帰ってきたんだな……」

 ダグラスの、ギラギラした茶色い瞳に至近距離で見つめられて、わたしは恐怖と嫌悪感で身を竦める。

「やめて、触らないで!」

 わたしはダグラスの手を振り払い、その場から逃げ出した。

「なあ、エルシー! 俺と結婚するなら売らずにおいてやってもいいぞ!」

 背後からダグラスの声が追いかけてきたが、わたしは無視して走った。







 

 着換えて正餐室ダイニング・ルームに降りた時には、時刻ギリギリだった。マクガーニ閣下もサイラス夫妻も、もう席に着いていた。それから、ジェーンおば様の姪の、ヴィクトリア。相変わらず派手な赤毛で、それに合わせたのか、鮮やかなオレンジ色のドレスを着ている。――二十歳を過ぎてもまだ、嫁にも行かず、当然、ダグラスとも結婚していないと聞き、わたしは嫌な予感しかしなかったけれど、とりあえず目礼はしておく。

「すみません。……つい、懐かしくて庭を見ていたので……」

 葬儀の打ち合わせも兼ねて、その日の夕食には教区の牧師様をも城に招いていた。わたしは、弟の葬儀でも世話になった、教区の牧師様に挨拶をする。

「エルシー……ずいぶん綺麗になって! 見違えたよ」
「牧師様、お久しぶりです」
「おばあ様は残念だったね」
「ええ……ずっと入院していましたが、急に悪くなって……」

 わたしは最後の一人ではなくて、わたしの後からダグラスが咥え煙草でやってきた。

「ダグ! 遅かったじゃないの!」

 ヴィクトリアが立ちあがり、赤い髪を靡かせてダグラスに走り寄り、首筋に抱き着いた。そして牽制するようにわたしを見る。

「ああ、悪い、ちょっと散歩してて……何しろ懐かしい人に会ったからね」

 ダグラスがニヤリと、意味ありげにわたしに笑いかけ、ヴィクトリアがわたしを睨みつける。

「……エルシーと一緒にいたの?」
「ちょっとね」
「偶然、すれ違っただけでしょう。へんな言い方はよしてくださる?」

 逢引きしていたかのような言われように、わたしがムッとして否定する。しかし、ヴィクトリアは嫉妬心剥き出しにしてわたしを威嚇するように睨んでくる。……本当に不愉快。そんなにその男が好きなら、とっとと結婚すればいいのに。

「まあまあ、ヴィクトリア、お行儀悪いわよ?」

 まだダグラスの首に縋りついたままのヴィクトリアを、ジェーンおば様が窘めるが、本気でやめさせる気があるとは思えない。……こういう不作法さを、祖母はとても嫌った。この家族と一緒に暮らすのは、きっと無理だっただろう。

 食事が始まり、わたしと牧師様、サイラス、そしてマクガーニ閣下で葬儀について打ち合わせる。

「――さきほど電報が届いてね。アルバート殿下の方からも、代理人を葬儀に寄越すそうだ。列車は一日一便なので、明日の午後に着く。この町にはたいしたホテルもなさそうだし、こちらの館に泊めてもらうことは可能かな。……いや、男性二人だそうだから、たいした世話も必要ないとは思うが」
「アルバート殿下……というと、第三王子の?! ……そんな方が、なぜ、ウルスラ夫人の葬儀に?」

 サイラスがギョッとしてマクガーニ閣下に尋ねれば、閣下は何でもないことのように言った。

おおやけにはされていなかったが、先代伯爵のマックス・アシュバートン中佐はアルバート殿下の護衛でした。マックスはあの時、殿下のお命を守る形で死んだ。殿下はマックスの代襲相続の勅許が下りていないことに非常に驚かれて、当時の事情の再調査を命じられた」
 
 その言葉に、サイラスがガチャンとフォークを取り落とした。

「……な、それは……もしかして、調査の結果によっては、爵位が取り上げられることも……?」

しおりを挟む
感想 289

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

処理中です...