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第二章
狂犬と花束*
個室に戻ると、殿下はガシャンと鍵をかけ、わたしを座席に突き飛ばすようにして強引に座らせると、窓と背もたれで囲うように、大きな身体でわたしを閉じ込めてしまう。
「……ジョナサンに聞いた。あの女は俺に結婚を迫られて、アルティニアの皇子のもとに逃げるつもりだったと」
ギラギラ光る瞳に射すくめられ、わたしは慌てて頷く。
「え、ええ……どうやら、彼女の周囲の方が、ランデルの王子が結婚を強要していると、ウソをついていたらしくて……」
「ふざけやがって……! ハーケンの野郎、なんて言いやがったと思うか? アバズレ女の身体にもそろそろ飽きただろ、グリージャの王女と真っ当な結婚をして、少しは国の役に立て、なんぞと抜かしやがった! 戦争でグリージャの奴らに殺されそうになった、俺や部下たちの前でな! あのクソ野郎! 本気で殺してやろうかと思った!」
殿下はわたしの上に覆いかぶさって、唇を塞ぐ。強引に舌が差し込まれ、舌を絡めとられ、すべてを食いつくそうとするかのように蠢き、唾液を吸い上げられる。殿下の手が荒々しくスカートを捲り上げ、膝から太ももの奥へと侵入してくる。今日はドロワースを穿いているのを、忌々しそうに手探りで紐を緩め、乱暴に引きずりおろす。
こんな明るい時間から、やめて!
わたしは身を捩って抵抗するけれど、殿下に抑え込まれ、口も塞がれてなすすべもない。
殿下の長い指が的確にその場所を探りあて、秘裂を割ってくる。
「んんっ……んっ……ン―――っ」
舌と指で同時に二か所をかき回され、わたしの中の熱が強制的に高められる。汽車が山道を走っているのでカーブのたびに大きく揺れ、時々、真っ暗なトンネルを通り過ぎる。
ゴオオオオオ……
周囲を取り巻く列車の音に、淫らな水音と、わたしの鼻から抜ける嬌声がかき消される。ふいに敏感な突起を強く刺激されて、わたしは否応なく上り詰め、殿下に縋りつくようにして、達した。
「はあっはあっ……」
「エルシー……誓ってくれ、俺から離れないと。一生、俺のものだと。エルシー……」
トンネルを抜けて、汽車に明るさが戻ってきた。窓の外は一面の深緑――時に、白いものが後ろに飛んでいくのは、溶け残った数日前の雪か。
「愛してる、エルシー……エルシー……」
ガタン、ゴトン……と揺れる列車の音の切れ目に、殿下がわたしの中をかき回す、いやらしい水音が響く。
「いや、もう……やめ……ああっ……」
内部の敏感な場所を刺激され、わたしはあっけなく、もう一度達してしまう。
「ああああっ……だめぇ……」
わたしはただ、がくがくと震える両手で、殿下の上着を握りしめることしかできない。反らして露わになった首筋を、殿下の唇がねっとりと這う。
「はあっ……はあっ……もう……」
そのうちに、列車のスピードが緩まっているのに気づく。――駅に、停車するのだ!
カーテンが開けっぱなしなのを見て、わたしは渾身の力で殿下を突き飛ばした。
「いや、こんな昼間から! 最低!」
……たぶん、殿下がわたしから離れてくれたのは、殿下も停車することに気づいたからだろう。殿下はチッと舌打ちして、金色のギラギラした瞳でわたしを睨めつけながら、わたしの中から抜いた二本の指をペロリと舌で舐め上げた。その仕草があまりに淫靡で、わたしは羞恥に耐えきれず、目を逸らして窓の外を見る。
山の中の小さな駅。……静かにスピードを落としていって、列車は止まった。
わたしは荒い呼吸のまま、殿下を睨みつけ、ドロワースを引き上げ、捲れてしまったスカートを直す。
本当にプラットホーム以外、何もない小さな駅。なぜこんなところに停まるのだろうかと考えていると、ずっと座席に膝をついた状態だった殿下が、ポツリと言った。
「……列車が、すれ違うんだ」
しばらく停車していると、警笛の音がして、ホームの向こう側に列車が滑り込んでくる。
殿下は溜息を一つつくと、わたしの隣の座席にドサっと腰を下ろし、ぐったりと背もたれに身体を沈める。
「……駅に気づくのがもう少し遅かったら、確実に最後までヤってた。……ヤバかった」
「もう、この、狂犬!」
「結婚してくれ、エルシー」
「はああ? それ、今言うことですか? ふざけてるの?!」
「本気だ。……何度もプロポーズしているのに、いつも返事を誤魔化されてる。……チクショウ!」
ガバリ、と殿下が身体を起こすと、ギラギラした金色の瞳で、わたしをじっと見つめた。
「お前はリンドホルム伯爵だったマックス・アシュバートンの娘で、第三王子の俺と結婚するのに、何も問題のない身分のはずだった。ステファニーと公爵が大人しく婚約を諦めてくれていれば、そしてお前がちゃんと代襲相続を認められていれば、俺とお前の結婚を阻むものは何もないはずだったんだ! それなのに、お前は王子の愛人呼ばわりされて、あまつさえ、外交部の木っ端役人までアバズレだのビッチだの、言いたい放題言いやがって! 許せねぇ!」
「……リジー……」
わたしもようやく、いったい何が、殿下をここまで怒らせたのか、理解した。……ハーケンは、わたしを爵位と玉の輿を狙った売春婦紛いの女だと思い込んで、下品な言葉で罵ったのだろう。……そして、グリージャの王女をこそ娶るべきだなどと、余計なことを言ったに違いない。でもそれは――。
「リジー、仕方ないわ。傍から見たら、わたしは愛人にしか見えないもの。要するにそれは――」
「ああ、俺が悪い。俺が我慢しきれなくてお前を抱いちまったからだ。貴族令嬢に結婚を申し込む作法通り、結婚式まで手を出さず、清い仲でいるべきだったんだ。でも、そんな悠長なことしてたら、お前はハートネルの求婚を受け入れちまっただろうが!」
「それは――」
わたしは目を逸らす。……わからない。わたしは正直に言えばハートネル中尉のような人は、個人的には好きではない。チャラチャラしているし、散々、からかわれた記憶しかない。突然、掌を返されて、信じられないという気持ちの方が大きい。
でも、おばあ様が、彼との結婚を認めていたら、たぶんわたしは――。殿下は溜息をついて言う。
「……わかってる。爵位を失ったお前が、王子の俺とじゃ釣り合わないって尻込みするのも、仕方ない。だからこそ、俺は――どうしても、奪われたくなくて、お前を手に入れるためならと、自分自身に言い訳してた。……それが、ここまでお前を貶めることになるなんて、想像できなかった。だから俺は、事情も知らずにお前を貶める奴らも、何より自分自身が許せない」
「リジー……」
グシャリと黒髪を掻き毟って頭を抱えてしまった殿下を見て、わたしは何と言っていいかわからなかった。……今さら、彼の愛を疑うつもりもないけれど、でもどれだけ愛されていたとしても、この恋が実るという、道筋は全く見えていない。……この狭い個室の中に二人だけでいる時間、わたしたちは許された恋人であるかのように錯覚してしまうけれど、一歩世間に出れば、わたしは王子を色仕掛けで誑し込んだ愛人に過ぎない。いずれ王子は正道に立ち戻って相応しい相手を妃に迎え、愛人は捨てられる。おそらく誰もが、そう思っているのだろう。……他ならぬ、わたし自身ですら、過去も現在も変わらず愛していると自覚はしても、未来を信じることはできていない。
だから――プロポーズの返事はまだ――。
コンコンと窓を叩く音がして、ギョッとして窓の外を見れば、ホームに地元の子供が二人、バスケットに入れた何かを掲げている。
「物売りだ」
殿下が立ちあがって窓を開ける。ひゅう、と冷たい風が吹き込んで、わたしは思わず身を縮める。……外は、小雪がちらついていた。少し背の高い、十歳くらいの男の子が、古びた蔓で編んだバスケットの中から、白い花束を見せる。ツイードの上着は襟も裾も擦り切れ、肘にはパッチがついて、袖丈は少し短い。黄ばんだシャツに、やはり接ぎの当たった毛織のズボン、ボロボロの布靴を履いている。女の子は少しだけ背が低く、栗色の髪をお下げにし、臙脂の毛織のショールの下は、やはり毛織の茶色いワンピースを着ている。日に一度か二度か停まる列車を目当てに、この寒空の下で待つのだろうか。
『お兄さん、そのキレイなお姉さん、恋人? お花はどう?』
『花? こんな時期に?』
『布で作った造花だよ! いつまでも枯れないよ!』
男の子が窓の隙間から、小さな白い薔薇の花束を差し出してくる。端切れを糊で固め、細い針金を芯にして精巧に作られたそれは、遠目には本物の花のように見えた。殿下がそれを受け取り、花びらを摘まんで眺めていると、女の子がわたしに言う。
『手作りの木彫りの馬もあるわよ! 父さんはここらでは名人なの!』
差し出された木彫りの馬は、白く塗られて、青と赤の彩色が施され、丁寧だが素朴な造り。反射的に手にとってしまい、もう買うしかなくなって、わたしが戸惑っていると、殿下が微笑んで、男の子のカゴからもう一つ、青い小花の花束を選ぶ。
『青いのは勿忘草だよ! この辺りに春になると咲くんだ』
殿下はその二つの花束を持ってにやりと意味ありげに笑うと、突然、わたしの前に膝をついて、わたしに花束をささげた。
『俺と結婚してれ、エルシー。一生、お前だけを大切にする』
突然、目の前で繰り広げられるプロポーズに、子供たちは二人とも榛色の目を丸くし、一方のわたしは木彫りの馬を抱きかかえて茫然とする。……ちょっと、こんな場所でやめて!
『え……えっと……』
ちらりと子供たちを見れば、二人は頬を上気させ、期待に満ちた目で見つめている。……この状況で、断れる人がいるだろうか?
『……はい……』
わたしが躊躇いがちに花束を受け取ると、殿下が拳を天に突き上げて叫んだ。
『やったぞ! お前たちも聞いただろ? 何度もプロポーズして、やっと了解をもらったんだ! お前たちの花のおかげだな!……ホラ、代金だ!』
殿下はポケットからピカピカ光る金貨を取り出して、ポイっと男の子に投げ、男の子が両手でガッチリ受け取る。
『こんなに!』
『金貨なんて見るの初めて!……兄ちゃん、これで母さんの薬が買えるね!』
『祝儀込みだ。俺の幸せのお裾分けだ! 二人で仲良くわけるんだぞ?』
『ありがとう、お幸せにー!』
発車のベルが鳴り、シューッと蒸気が上がって、汽車がゆっくりと動き始める。子供たち二人が手を振ってくれたが、汽車はどんどんスピードを上げて、二人の姿はあっという間に見えなくなった。
「……ジョナサンに聞いた。あの女は俺に結婚を迫られて、アルティニアの皇子のもとに逃げるつもりだったと」
ギラギラ光る瞳に射すくめられ、わたしは慌てて頷く。
「え、ええ……どうやら、彼女の周囲の方が、ランデルの王子が結婚を強要していると、ウソをついていたらしくて……」
「ふざけやがって……! ハーケンの野郎、なんて言いやがったと思うか? アバズレ女の身体にもそろそろ飽きただろ、グリージャの王女と真っ当な結婚をして、少しは国の役に立て、なんぞと抜かしやがった! 戦争でグリージャの奴らに殺されそうになった、俺や部下たちの前でな! あのクソ野郎! 本気で殺してやろうかと思った!」
殿下はわたしの上に覆いかぶさって、唇を塞ぐ。強引に舌が差し込まれ、舌を絡めとられ、すべてを食いつくそうとするかのように蠢き、唾液を吸い上げられる。殿下の手が荒々しくスカートを捲り上げ、膝から太ももの奥へと侵入してくる。今日はドロワースを穿いているのを、忌々しそうに手探りで紐を緩め、乱暴に引きずりおろす。
こんな明るい時間から、やめて!
わたしは身を捩って抵抗するけれど、殿下に抑え込まれ、口も塞がれてなすすべもない。
殿下の長い指が的確にその場所を探りあて、秘裂を割ってくる。
「んんっ……んっ……ン―――っ」
舌と指で同時に二か所をかき回され、わたしの中の熱が強制的に高められる。汽車が山道を走っているのでカーブのたびに大きく揺れ、時々、真っ暗なトンネルを通り過ぎる。
ゴオオオオオ……
周囲を取り巻く列車の音に、淫らな水音と、わたしの鼻から抜ける嬌声がかき消される。ふいに敏感な突起を強く刺激されて、わたしは否応なく上り詰め、殿下に縋りつくようにして、達した。
「はあっはあっ……」
「エルシー……誓ってくれ、俺から離れないと。一生、俺のものだと。エルシー……」
トンネルを抜けて、汽車に明るさが戻ってきた。窓の外は一面の深緑――時に、白いものが後ろに飛んでいくのは、溶け残った数日前の雪か。
「愛してる、エルシー……エルシー……」
ガタン、ゴトン……と揺れる列車の音の切れ目に、殿下がわたしの中をかき回す、いやらしい水音が響く。
「いや、もう……やめ……ああっ……」
内部の敏感な場所を刺激され、わたしはあっけなく、もう一度達してしまう。
「ああああっ……だめぇ……」
わたしはただ、がくがくと震える両手で、殿下の上着を握りしめることしかできない。反らして露わになった首筋を、殿下の唇がねっとりと這う。
「はあっ……はあっ……もう……」
そのうちに、列車のスピードが緩まっているのに気づく。――駅に、停車するのだ!
カーテンが開けっぱなしなのを見て、わたしは渾身の力で殿下を突き飛ばした。
「いや、こんな昼間から! 最低!」
……たぶん、殿下がわたしから離れてくれたのは、殿下も停車することに気づいたからだろう。殿下はチッと舌打ちして、金色のギラギラした瞳でわたしを睨めつけながら、わたしの中から抜いた二本の指をペロリと舌で舐め上げた。その仕草があまりに淫靡で、わたしは羞恥に耐えきれず、目を逸らして窓の外を見る。
山の中の小さな駅。……静かにスピードを落としていって、列車は止まった。
わたしは荒い呼吸のまま、殿下を睨みつけ、ドロワースを引き上げ、捲れてしまったスカートを直す。
本当にプラットホーム以外、何もない小さな駅。なぜこんなところに停まるのだろうかと考えていると、ずっと座席に膝をついた状態だった殿下が、ポツリと言った。
「……列車が、すれ違うんだ」
しばらく停車していると、警笛の音がして、ホームの向こう側に列車が滑り込んでくる。
殿下は溜息を一つつくと、わたしの隣の座席にドサっと腰を下ろし、ぐったりと背もたれに身体を沈める。
「……駅に気づくのがもう少し遅かったら、確実に最後までヤってた。……ヤバかった」
「もう、この、狂犬!」
「結婚してくれ、エルシー」
「はああ? それ、今言うことですか? ふざけてるの?!」
「本気だ。……何度もプロポーズしているのに、いつも返事を誤魔化されてる。……チクショウ!」
ガバリ、と殿下が身体を起こすと、ギラギラした金色の瞳で、わたしをじっと見つめた。
「お前はリンドホルム伯爵だったマックス・アシュバートンの娘で、第三王子の俺と結婚するのに、何も問題のない身分のはずだった。ステファニーと公爵が大人しく婚約を諦めてくれていれば、そしてお前がちゃんと代襲相続を認められていれば、俺とお前の結婚を阻むものは何もないはずだったんだ! それなのに、お前は王子の愛人呼ばわりされて、あまつさえ、外交部の木っ端役人までアバズレだのビッチだの、言いたい放題言いやがって! 許せねぇ!」
「……リジー……」
わたしもようやく、いったい何が、殿下をここまで怒らせたのか、理解した。……ハーケンは、わたしを爵位と玉の輿を狙った売春婦紛いの女だと思い込んで、下品な言葉で罵ったのだろう。……そして、グリージャの王女をこそ娶るべきだなどと、余計なことを言ったに違いない。でもそれは――。
「リジー、仕方ないわ。傍から見たら、わたしは愛人にしか見えないもの。要するにそれは――」
「ああ、俺が悪い。俺が我慢しきれなくてお前を抱いちまったからだ。貴族令嬢に結婚を申し込む作法通り、結婚式まで手を出さず、清い仲でいるべきだったんだ。でも、そんな悠長なことしてたら、お前はハートネルの求婚を受け入れちまっただろうが!」
「それは――」
わたしは目を逸らす。……わからない。わたしは正直に言えばハートネル中尉のような人は、個人的には好きではない。チャラチャラしているし、散々、からかわれた記憶しかない。突然、掌を返されて、信じられないという気持ちの方が大きい。
でも、おばあ様が、彼との結婚を認めていたら、たぶんわたしは――。殿下は溜息をついて言う。
「……わかってる。爵位を失ったお前が、王子の俺とじゃ釣り合わないって尻込みするのも、仕方ない。だからこそ、俺は――どうしても、奪われたくなくて、お前を手に入れるためならと、自分自身に言い訳してた。……それが、ここまでお前を貶めることになるなんて、想像できなかった。だから俺は、事情も知らずにお前を貶める奴らも、何より自分自身が許せない」
「リジー……」
グシャリと黒髪を掻き毟って頭を抱えてしまった殿下を見て、わたしは何と言っていいかわからなかった。……今さら、彼の愛を疑うつもりもないけれど、でもどれだけ愛されていたとしても、この恋が実るという、道筋は全く見えていない。……この狭い個室の中に二人だけでいる時間、わたしたちは許された恋人であるかのように錯覚してしまうけれど、一歩世間に出れば、わたしは王子を色仕掛けで誑し込んだ愛人に過ぎない。いずれ王子は正道に立ち戻って相応しい相手を妃に迎え、愛人は捨てられる。おそらく誰もが、そう思っているのだろう。……他ならぬ、わたし自身ですら、過去も現在も変わらず愛していると自覚はしても、未来を信じることはできていない。
だから――プロポーズの返事はまだ――。
コンコンと窓を叩く音がして、ギョッとして窓の外を見れば、ホームに地元の子供が二人、バスケットに入れた何かを掲げている。
「物売りだ」
殿下が立ちあがって窓を開ける。ひゅう、と冷たい風が吹き込んで、わたしは思わず身を縮める。……外は、小雪がちらついていた。少し背の高い、十歳くらいの男の子が、古びた蔓で編んだバスケットの中から、白い花束を見せる。ツイードの上着は襟も裾も擦り切れ、肘にはパッチがついて、袖丈は少し短い。黄ばんだシャツに、やはり接ぎの当たった毛織のズボン、ボロボロの布靴を履いている。女の子は少しだけ背が低く、栗色の髪をお下げにし、臙脂の毛織のショールの下は、やはり毛織の茶色いワンピースを着ている。日に一度か二度か停まる列車を目当てに、この寒空の下で待つのだろうか。
『お兄さん、そのキレイなお姉さん、恋人? お花はどう?』
『花? こんな時期に?』
『布で作った造花だよ! いつまでも枯れないよ!』
男の子が窓の隙間から、小さな白い薔薇の花束を差し出してくる。端切れを糊で固め、細い針金を芯にして精巧に作られたそれは、遠目には本物の花のように見えた。殿下がそれを受け取り、花びらを摘まんで眺めていると、女の子がわたしに言う。
『手作りの木彫りの馬もあるわよ! 父さんはここらでは名人なの!』
差し出された木彫りの馬は、白く塗られて、青と赤の彩色が施され、丁寧だが素朴な造り。反射的に手にとってしまい、もう買うしかなくなって、わたしが戸惑っていると、殿下が微笑んで、男の子のカゴからもう一つ、青い小花の花束を選ぶ。
『青いのは勿忘草だよ! この辺りに春になると咲くんだ』
殿下はその二つの花束を持ってにやりと意味ありげに笑うと、突然、わたしの前に膝をついて、わたしに花束をささげた。
『俺と結婚してれ、エルシー。一生、お前だけを大切にする』
突然、目の前で繰り広げられるプロポーズに、子供たちは二人とも榛色の目を丸くし、一方のわたしは木彫りの馬を抱きかかえて茫然とする。……ちょっと、こんな場所でやめて!
『え……えっと……』
ちらりと子供たちを見れば、二人は頬を上気させ、期待に満ちた目で見つめている。……この状況で、断れる人がいるだろうか?
『……はい……』
わたしが躊躇いがちに花束を受け取ると、殿下が拳を天に突き上げて叫んだ。
『やったぞ! お前たちも聞いただろ? 何度もプロポーズして、やっと了解をもらったんだ! お前たちの花のおかげだな!……ホラ、代金だ!』
殿下はポケットからピカピカ光る金貨を取り出して、ポイっと男の子に投げ、男の子が両手でガッチリ受け取る。
『こんなに!』
『金貨なんて見るの初めて!……兄ちゃん、これで母さんの薬が買えるね!』
『祝儀込みだ。俺の幸せのお裾分けだ! 二人で仲良くわけるんだぞ?』
『ありがとう、お幸せにー!』
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