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15、王気
アルベラの決意
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その直後、息を切らして階段を駆け上ってきたシリルが、短剣を握りしめたままのアルベラを見て、小さな叫び声をあげた。
「アルベラ! やっぱり今! 賊が来たんだね! 変なことされなかった?!」
シリルが素早く蝋燭を灯し、部屋を明るくする。
「……大丈夫。怪我はしてないわ。でも……」
アルベラは改めて、テセウスの短剣を見下ろして、言った。
「シリル、やっぱりわたし、アデライードに会わなくちゃ。会って、わたしは彼女の即位に賛成してるって、きちんと伝えないとだめだわ」
「アルベラ?」
不審者がいないか見回っていたシリルが、素っ頓狂な声を出す。
「……このままだと、東の属国になるから反旗を翻せって、説得に来たわ。……厚かましい。アデライードのおかげで結界が修復されたっていうのに!」
アルベラが悔しくて地団駄を踏む。あのパウロスという男、本当にいけ好かない。何が東の男にいいようにされる、だ。今まで散々、女王家の女たちをいいようにしてきたくせに! 少なくとも、シウリンはアデライードを愛しているし、ゾーイもゾラもトルフィンも、アルベラを女王家の姫として尊重してくれている。
確かに、アルベラは女王になるために頑張ってきた。でもそれは、アルベラは自身が正当な王位継承者だと信じていたからだ。ユウラ女王は病弱でギュスターブの邸から出て来ず、アデライードは聖地に籠っていてナキアには不在だった。自分が女王にならなければ、誰がなるのだと思っていた。――ただ少しばかり想像力が欠如していて、二人が表舞台に立たない理由を考えなかったからだ。
今、アルベラはイフリート家の過去を知り、自分が女王に相応しいなんて、これっぽっちも思っていない。〈王気〉のないことがずっとコンプレックスだったけれど、イフリート家の秘密を知れば、仕方のないことだ。むしろアデライードがいなかったら、どうなっていたかと、ゾッとしている。
アデライードがずっと不幸だったのは、アルベラに〈王気〉がなかったせいだ。アデライードが結界を修復したら、そのアルベラに〈王気〉が出現するなんて、あまりにも理不尽だと、アルベラも思う。アルベラの〈王気〉に気づいたアデライードは、罵ることもできないくらいのショックを受け、危うく魔力暴走を起こすところだった。――やはり会いに行くべきでなかったと、密かに後悔していたのだが。
がっちりと東の皇帝の保護下に入っているアデライードに対し、元老院の、特に世俗派の貴族たちが不満を抱いている。魔物の害に怯えている間はおとなしくしていても、喉元過ぎればなんとやらで、またぞろ、自分の意のままにできる女王を据えようと画策を始めている。
(あんな奴らの言うままにされる女王になんて、誰がなるか!)
アルベラは唇を噛む。パウロスの言いざまは全く、アルベラを馬鹿にしている。――いいや、そうじゃない。あの男たちはずっと、女王そのものを馬鹿にしてきたのだ。
アルベラがなすべきことは、自分がアデライードを支持していることを、公に表明することだ。たとえ命を奪われても、あるいは神殿に押し込められても、または意に染まぬ結婚を強いられても、アルベラはそれを受け入れるつもりでいる。――強い〈王気〉を持ち、みずから始祖女王の結界を修復したアデライードこそが、女王となるべきだと。元老院のクズどもが、アルベラを担ぎ上げる余地なんてないと、国中に知らしめなければ!
「この前はこっそり会いに行ったけど、あれじゃダメよ。わたしは、アデライードの即位を支持している。イフリート家が滅ぼされてしまったけれど、それも因果応報だと、受け入れる。アデライードの対抗するつもりはないって、きちんと公に表明したいの。そうするべきだと思うのよ。――だから」
アルベラは一瞬だけ、赤味がかった金色の睫毛を伏せて、それから目を開けてまっすぐシリルを見つめた。
「アデライードはわたしに会うのは辛いかもしれないけど、わたしはきちんと会いたいの。……女王国の、安定のために。そう、伝えて」
アルベラの決意を込めた言葉に、シリルは圧倒されながら、辛うじて頷いた。
アルベラとアデライードとの対面は、アデライードの戴冠式の直前に設定された。
前回とは異なり、元老院の重鎮をも招いた公式の会談において、アルベラは自ら、正式にアデライードに継承権の放棄を申し出ることになった。
「アルベラ! やっぱり今! 賊が来たんだね! 変なことされなかった?!」
シリルが素早く蝋燭を灯し、部屋を明るくする。
「……大丈夫。怪我はしてないわ。でも……」
アルベラは改めて、テセウスの短剣を見下ろして、言った。
「シリル、やっぱりわたし、アデライードに会わなくちゃ。会って、わたしは彼女の即位に賛成してるって、きちんと伝えないとだめだわ」
「アルベラ?」
不審者がいないか見回っていたシリルが、素っ頓狂な声を出す。
「……このままだと、東の属国になるから反旗を翻せって、説得に来たわ。……厚かましい。アデライードのおかげで結界が修復されたっていうのに!」
アルベラが悔しくて地団駄を踏む。あのパウロスという男、本当にいけ好かない。何が東の男にいいようにされる、だ。今まで散々、女王家の女たちをいいようにしてきたくせに! 少なくとも、シウリンはアデライードを愛しているし、ゾーイもゾラもトルフィンも、アルベラを女王家の姫として尊重してくれている。
確かに、アルベラは女王になるために頑張ってきた。でもそれは、アルベラは自身が正当な王位継承者だと信じていたからだ。ユウラ女王は病弱でギュスターブの邸から出て来ず、アデライードは聖地に籠っていてナキアには不在だった。自分が女王にならなければ、誰がなるのだと思っていた。――ただ少しばかり想像力が欠如していて、二人が表舞台に立たない理由を考えなかったからだ。
今、アルベラはイフリート家の過去を知り、自分が女王に相応しいなんて、これっぽっちも思っていない。〈王気〉のないことがずっとコンプレックスだったけれど、イフリート家の秘密を知れば、仕方のないことだ。むしろアデライードがいなかったら、どうなっていたかと、ゾッとしている。
アデライードがずっと不幸だったのは、アルベラに〈王気〉がなかったせいだ。アデライードが結界を修復したら、そのアルベラに〈王気〉が出現するなんて、あまりにも理不尽だと、アルベラも思う。アルベラの〈王気〉に気づいたアデライードは、罵ることもできないくらいのショックを受け、危うく魔力暴走を起こすところだった。――やはり会いに行くべきでなかったと、密かに後悔していたのだが。
がっちりと東の皇帝の保護下に入っているアデライードに対し、元老院の、特に世俗派の貴族たちが不満を抱いている。魔物の害に怯えている間はおとなしくしていても、喉元過ぎればなんとやらで、またぞろ、自分の意のままにできる女王を据えようと画策を始めている。
(あんな奴らの言うままにされる女王になんて、誰がなるか!)
アルベラは唇を噛む。パウロスの言いざまは全く、アルベラを馬鹿にしている。――いいや、そうじゃない。あの男たちはずっと、女王そのものを馬鹿にしてきたのだ。
アルベラがなすべきことは、自分がアデライードを支持していることを、公に表明することだ。たとえ命を奪われても、あるいは神殿に押し込められても、または意に染まぬ結婚を強いられても、アルベラはそれを受け入れるつもりでいる。――強い〈王気〉を持ち、みずから始祖女王の結界を修復したアデライードこそが、女王となるべきだと。元老院のクズどもが、アルベラを担ぎ上げる余地なんてないと、国中に知らしめなければ!
「この前はこっそり会いに行ったけど、あれじゃダメよ。わたしは、アデライードの即位を支持している。イフリート家が滅ぼされてしまったけれど、それも因果応報だと、受け入れる。アデライードの対抗するつもりはないって、きちんと公に表明したいの。そうするべきだと思うのよ。――だから」
アルベラは一瞬だけ、赤味がかった金色の睫毛を伏せて、それから目を開けてまっすぐシリルを見つめた。
「アデライードはわたしに会うのは辛いかもしれないけど、わたしはきちんと会いたいの。……女王国の、安定のために。そう、伝えて」
アルベラの決意を込めた言葉に、シリルは圧倒されながら、辛うじて頷いた。
アルベラとアデライードとの対面は、アデライードの戴冠式の直前に設定された。
前回とは異なり、元老院の重鎮をも招いた公式の会談において、アルベラは自ら、正式にアデライードに継承権の放棄を申し出ることになった。
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