【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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9、棄てられた皇子

気付け薬

 ソファに頽れたアデライードを、恭親王が慌てて抱き起こす。

「アデライード!」
「姫君!!」

 アデライードの顔色は蒼白で、長い睫毛を伏せてまぶたを閉じ、ぐったりと恭親王に身体を預けている。近づいたメイローズが脈を取る。

「アデライード姫! おい!」
「揺すってはいけません!……そうっと……少しだけ頭を高くして……すっかり手足が冷えていますね、何か……気付け薬を……」

 異常な事態にエールライヒがバサバサと落ち着かない羽ばたきを繰り返し、漆黒の羽根が飛び散る。恭親王が咄嗟とっさに袖なしの上着を脱いでアデライードの身体にかけ、手を鳴らして侍女を呼んだ。

「お呼びですか……て、ああっ! やっぱり油断も隙もない!」

 部屋に入ってきたアンジェリカの目には、ソファに押し倒されたアデライードの上に圧し掛かる恭親王の図に見えたらしい。目を三角に釣り上げて睨みつける。

「違うっ!やましいことはしていない!」
「……メイローズさんも、殿下には甘いから……!婚約者とはいえ、無理矢理は駄目です!」
「違うと言っているだろう! だいたい、押し倒してから侍女を呼んだりするかっ!」

 アンジェリカと恭親王の応酬に、メイローズが冷静に口を出す。

「アンジェリカさん、気付け薬をお願いします。それと、暖かい毛布を」
「あんな短時間で気絶させるって、すごい能力ですね」

 それでも憎まれ口を叩いて、アンジェリカは指示を充たすために下がっていった。

「あの女……」

 忌々し気に黒髪を掻き上げる恭親王に対し、アデライードの脈を診ながらメイローズが言った。

「本当ですよ。たった一言で、姫君の意識を奪ったのですからね」

 恭親王が反応できずに沈黙していると、ばたばたと毛布を抱えたアンジェリカと、薬箱を抱えたリリアが戻ってきた。リリアは薬箱をメイローズに渡し、薄暗くなりかかっていた部屋の魔力灯をつけていく。アンジェリカはアデライードの身体に掛けられていた恭親王の上着を忌々し気に剥ぎ取って、それを無言で恭親王に突っ返し、毛布でアデライードをくるんだ。メイローズは薬箱を漁ってハッカ油の小瓶を取り出した。

「蒸留酒を使う方法もありますが、姫君はお酒には強くないでしょうから、こちらにしましょう。……殿下、頭をしっかり抱えてください」

 恭親王は突っ返された上着を羽織ると、ソファに腰かけてアデライードの頭を膝に乗せるように抱え、白金色の髪を丁寧に梳いて、蒼白な美貌を露わにする。金色の長い睫毛がびっしり伏せられ、頬にさらなる翳をつくる。メイローズがアデライードの上に屈みこんで、ハッカ油の小瓶を鼻の下に当てた。
 数瞬後、アデライードの薄い紫色を帯びた瞼がピクリと動き、深い呼吸が起こって頬にほんのり赤味がさす。ぴくぴくと軽く瞬きするのに、恭親王が静かに声をかける。

「姫……アデライード姫……」

 ゆっくりと意識が戻ってきて、翡翠色の瞳が現れ、見下ろしていた三人の顔が彼女の視界に入る。しばらく不思議そうに瞬きを繰り返すアデライードに、メイローズが静かに語り掛けた。

「姫君、わかりますか……?」

 慌てて身を起こそうとするアデライードを軽く制止して、にっこりと微笑む。

「ご気分はいかがですか? 吐き気などは……そうですか、……お身体がすっかり冷えてしまいましたね、何か温かいお飲みものを用意いたしましょう」

 メイローズの言葉を聞いたリリアが、素早く飲み物の準備のために部屋を出ていった。少し乱れたアデライードの髪を、アンジェリカが丁寧に撫で付け、その間、アデライードは茫然とした様子で、周囲を眺めまわしていた。
 程なくして、戻ってきたリリアが湯気の立つカップをアデライードに差し出す。

「さ、姫様、生姜のお茶です。蜂蜜とミルクを少し加えてありますの。……熱いですから、ゆっくり召し上がってください」

 リリアが微笑んで差し出すカップを、アデライードは頷いて受け取り、ふうふう吹きながら、長い時間をかけて飲み干した。
 恭親王はその間に肩衣を着直す傍ら、アデライードの様子を食い入るように見つめていたが、その視線に気づいたアデライードが恭親王を見て、二人の視線が合う。
 アデライードは飲み終えたカップをリリアに渡し、恭親王の方に腕を伸ばして、その上衣の裾を掴んだ。

「……シウ、……リンを……知って……?」

 絞り出すようなその声に、その場の者たちはただならぬものを感じるが、恭親王はわずかに唇の端を持ち上げて笑みを作る。

「知っている……だが、……人前では話せない」

 恭親王の上衣をぎゅっと掴んだまま、アデライードは周囲を見回す。

「今すぐ、聞きたいのか?」

 恭親王の声に、アデライードが大きく頷く。

「姫、今日は随分お疲れでいらっしゃる。お話はまたの機会に――」

 直後、アデライードはぶんぶんと大きく首を振る。両手で恭親王の上衣を握りしめ、話を聞くまでは絶対に離すまいとするかのようだ。

「わかった……少しの間外してくれるか?」
「殿下……」

 メイローズも侍女たちも、精神的に不安定なアデライードを、婚約者とはいえ若い男と二人きりにすることに難色を示したが、アデライードの思い詰めた様子にそっと部屋から出ていった。

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