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一竅
17、お茶会
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年が改まったが、シウリンの暮らしは相変わらずであった。午後のお茶の時間になると、厨房から例によって大量の菓子が届けられる。竹の蒸籠に入った蒸し菓子に、窯で焼いた焼き菓子。正月らしく派手な吉祥文様を描いた赤いに紙に載せられ、形も色も華やいで美しい。
ちょうどゲルが来ていた時だったので、休憩にしてお茶にすることにした。侍女にゲルの分と二人分、お茶を頼もうとして、ふと思いついた。
「どうせたくさんお菓子があるのだから、ここにいる全員でお茶を飲もう」
宦官二人に言いつけ、宦官三人と侍女三人を合わせた人数分の榻を用意させ、侍女には人数分のお茶を淹れるように頼んだ。
メイローズが泡を食って言う。
「わが主よ、側仕えの者とお茶を飲むなど、あまりよろしいこととは思えません」
宦官も侍女も口々に遠慮する。
「いいじゃないか、お正月だし。少しくらい付き合ってくれても」
ゲルは予想外の展開に、制止するのも忘れて立ち尽くす。もたもたしている従者たちを横目に、自分でどんどん榻を並べ、菓子を出して卓に並べ始める。
「ひい、ふう、みい、……一人二個ずつ食べても、まだ余るぞ」
シウリンが引かないことを知っているメイローズは言った。
「……では、よい機会ですから、大勢の会食の際の作法のお勉強もいたしましょう。まず、こういう場では席順が重要です。間違うと大変な失礼に当たりますから、注意してください」
まず、この中でもっとも身分が高いのはシウリンだが、これは主人役である。客の中ではゲルが最も高いので、ゲルが主客となる。
「わが主の席がそちら、ゲル様はそのお隣に。あとは、年齢順としましょう」
そうしてメイローズが席を決めていく。一番末席の侍女と宦官がお茶を淹れることになった。
人数が多いので椅子も茶器も数だけを揃えたバラバラのものだったが、それもまた楽しい。
「こんな茶碗があったんだな、この絵はどうやって描くの?」
シウリンがゲルに尋ねる。
「これは南方の窯で焼いた色絵です。絵をつけてから釉をかけ、焼きます。……こちらは磁器です。この色はロンチュン窯の特有の色です」
ゲルは茶器の産地、窯、焼き方の違いなどを語る。シウリンは帝国の地図を頭に浮かべながら、興味深く話を聞く。
お菓子が配られた。貴重品である砂糖を惜しげもなく使った、甘い菓子だ。しっとりとした口触りの蒸し菓子に、さっくりと香ばしく焼き上がった焼き菓子。どれも上品な甘さだが、甘い物を食べつけないシウリンにとっては、歯が溶けるのではないかと思うほど甘く、一つでもうお腹いっぱいになってしまう。
「これは、……ものすごく甘いね。蜂蜜ではない? 何だろう?」
ゲルが答える。
「砂糖でございましょう。南方の、ある黍から取る汁を煮詰めて固めたものです」
砂糖は貴重品だ。とてもじゃないが、聖地にいたころのシウリンの口には入らなかった。そもそもシウリンの僧院の厨長は質実剛健な男で、甘い菓子など絶対に作ってくれなかった。甘い物と言えば干した果物と一部のふかし芋くらいしか食べたことがない。水車番の男が内緒でくれた蜂蜜は、天上の甘露だと思ったくらいだ。だから、手伝いに行く尼僧院で、尼僧がくれた蜂蜜入りの焼き菓子は大変なご馳走だった。蜂蜜も申し訳程度にしか入っておらず、ぱさぱさした食感に、ほんのりもいいところの甘味。それでも二か月前のシウリンにとっては世界一の美味だった。シウリンにとって、宮中の菓子は少し甘味が強すぎた。
「この焼き菓子は綺麗な色だな。……以前食べたことあるのは、もっと灰色で……黒いぶつぶつがあって、もさもさしていた。何がちがうのだろう」
この話を聞いていた末席の侍女、カリンが言った。
「それは、蕎麦粉入りなのではありませんか? 私の母が焼く焼き菓子が、そんな感じです」
「蜂蜜も入れる?」
「はい。貧乏なので、ちょっとだけですけど」
その話を聞いたシウリンが、黒い切れ長の目元を緩めて微笑む。あまりに美しいので、侍女たちは心なしか顔を赤らめている。
「いいなあ、僕はそれが食べたい。これも美味しいけれど、少し甘すぎる」
「では、休暇で帰った時に作ってもらいましょうか」
「本当?」
シウリンが黒い瞳を煌めかせると、侍女たちだけでなく、宦官たちもどぎまぎしてしまう。
そこから自然に、侍女たちは自分たちの家の菓子の話になった。一番年上のマーヤは南方の出身で、その家では甘い芋を使った蒸し菓子を作るらしい。
「黄金芋、と申しまして、熱を加えると甘くなるのです。それを賽の目に刻んで茹で、一部は裏ごしして、固めて蒸します。お腹にも溜まっておいしいのです」
「いいなあ、それも休暇で帰った時、持って帰ってきてよ」
侍女がすまなそうに目を伏せる。
「うちは遠くて往復十日かかりますので、帰れないのです」
休暇は一月に一日だという。それもあるだけまだましで、下っ端の宦官にはそもそも休暇がない。シウリンの僧院にも休暇という概念はなかったが、労働時間が不定な宦官は大変だろうと思う。
「……そうか……僕もいつまでここに閉じ込められるのかな」
シウリンが何気なく呟くと、ゲルとメイローズが言った。
「年も明けましたことだし、もう少し、暖かくなりましたら……」
「大分お体の方も安定していらっしゃいましたし」
本当の理由は髪の毛が伸びるまでだったが、それはほぼ解決した。真っ黒で艶のある髪は帽子を被らなくても不自然でない程度まで伸び、手のあかぎれも綺麗に治った。
「そろそろ、剣と馬の稽古も始めませんと」
ゲルの言葉にシウリンが眉間に皺を寄せる。
「剣の稽古か……」
シウリンは無理やり還俗させられた形になっているが、どこかで僧院の戒律を気にする心がある。剣に触れるのは、戒律に悖る。できればやりたくないと思ってしまう。剣の稽古をするには、外に出なければならない。外に出れば、以前のユエリン皇子を知る人にも出会うだろう。
シウリンは溜息をつきながら、蒸し菓子を口に放り込む。甘味の奥に、ほんのり苦い味がした。
ちょうどゲルが来ていた時だったので、休憩にしてお茶にすることにした。侍女にゲルの分と二人分、お茶を頼もうとして、ふと思いついた。
「どうせたくさんお菓子があるのだから、ここにいる全員でお茶を飲もう」
宦官二人に言いつけ、宦官三人と侍女三人を合わせた人数分の榻を用意させ、侍女には人数分のお茶を淹れるように頼んだ。
メイローズが泡を食って言う。
「わが主よ、側仕えの者とお茶を飲むなど、あまりよろしいこととは思えません」
宦官も侍女も口々に遠慮する。
「いいじゃないか、お正月だし。少しくらい付き合ってくれても」
ゲルは予想外の展開に、制止するのも忘れて立ち尽くす。もたもたしている従者たちを横目に、自分でどんどん榻を並べ、菓子を出して卓に並べ始める。
「ひい、ふう、みい、……一人二個ずつ食べても、まだ余るぞ」
シウリンが引かないことを知っているメイローズは言った。
「……では、よい機会ですから、大勢の会食の際の作法のお勉強もいたしましょう。まず、こういう場では席順が重要です。間違うと大変な失礼に当たりますから、注意してください」
まず、この中でもっとも身分が高いのはシウリンだが、これは主人役である。客の中ではゲルが最も高いので、ゲルが主客となる。
「わが主の席がそちら、ゲル様はそのお隣に。あとは、年齢順としましょう」
そうしてメイローズが席を決めていく。一番末席の侍女と宦官がお茶を淹れることになった。
人数が多いので椅子も茶器も数だけを揃えたバラバラのものだったが、それもまた楽しい。
「こんな茶碗があったんだな、この絵はどうやって描くの?」
シウリンがゲルに尋ねる。
「これは南方の窯で焼いた色絵です。絵をつけてから釉をかけ、焼きます。……こちらは磁器です。この色はロンチュン窯の特有の色です」
ゲルは茶器の産地、窯、焼き方の違いなどを語る。シウリンは帝国の地図を頭に浮かべながら、興味深く話を聞く。
お菓子が配られた。貴重品である砂糖を惜しげもなく使った、甘い菓子だ。しっとりとした口触りの蒸し菓子に、さっくりと香ばしく焼き上がった焼き菓子。どれも上品な甘さだが、甘い物を食べつけないシウリンにとっては、歯が溶けるのではないかと思うほど甘く、一つでもうお腹いっぱいになってしまう。
「これは、……ものすごく甘いね。蜂蜜ではない? 何だろう?」
ゲルが答える。
「砂糖でございましょう。南方の、ある黍から取る汁を煮詰めて固めたものです」
砂糖は貴重品だ。とてもじゃないが、聖地にいたころのシウリンの口には入らなかった。そもそもシウリンの僧院の厨長は質実剛健な男で、甘い菓子など絶対に作ってくれなかった。甘い物と言えば干した果物と一部のふかし芋くらいしか食べたことがない。水車番の男が内緒でくれた蜂蜜は、天上の甘露だと思ったくらいだ。だから、手伝いに行く尼僧院で、尼僧がくれた蜂蜜入りの焼き菓子は大変なご馳走だった。蜂蜜も申し訳程度にしか入っておらず、ぱさぱさした食感に、ほんのりもいいところの甘味。それでも二か月前のシウリンにとっては世界一の美味だった。シウリンにとって、宮中の菓子は少し甘味が強すぎた。
「この焼き菓子は綺麗な色だな。……以前食べたことあるのは、もっと灰色で……黒いぶつぶつがあって、もさもさしていた。何がちがうのだろう」
この話を聞いていた末席の侍女、カリンが言った。
「それは、蕎麦粉入りなのではありませんか? 私の母が焼く焼き菓子が、そんな感じです」
「蜂蜜も入れる?」
「はい。貧乏なので、ちょっとだけですけど」
その話を聞いたシウリンが、黒い切れ長の目元を緩めて微笑む。あまりに美しいので、侍女たちは心なしか顔を赤らめている。
「いいなあ、僕はそれが食べたい。これも美味しいけれど、少し甘すぎる」
「では、休暇で帰った時に作ってもらいましょうか」
「本当?」
シウリンが黒い瞳を煌めかせると、侍女たちだけでなく、宦官たちもどぎまぎしてしまう。
そこから自然に、侍女たちは自分たちの家の菓子の話になった。一番年上のマーヤは南方の出身で、その家では甘い芋を使った蒸し菓子を作るらしい。
「黄金芋、と申しまして、熱を加えると甘くなるのです。それを賽の目に刻んで茹で、一部は裏ごしして、固めて蒸します。お腹にも溜まっておいしいのです」
「いいなあ、それも休暇で帰った時、持って帰ってきてよ」
侍女がすまなそうに目を伏せる。
「うちは遠くて往復十日かかりますので、帰れないのです」
休暇は一月に一日だという。それもあるだけまだましで、下っ端の宦官にはそもそも休暇がない。シウリンの僧院にも休暇という概念はなかったが、労働時間が不定な宦官は大変だろうと思う。
「……そうか……僕もいつまでここに閉じ込められるのかな」
シウリンが何気なく呟くと、ゲルとメイローズが言った。
「年も明けましたことだし、もう少し、暖かくなりましたら……」
「大分お体の方も安定していらっしゃいましたし」
本当の理由は髪の毛が伸びるまでだったが、それはほぼ解決した。真っ黒で艶のある髪は帽子を被らなくても不自然でない程度まで伸び、手のあかぎれも綺麗に治った。
「そろそろ、剣と馬の稽古も始めませんと」
ゲルの言葉にシウリンが眉間に皺を寄せる。
「剣の稽古か……」
シウリンは無理やり還俗させられた形になっているが、どこかで僧院の戒律を気にする心がある。剣に触れるのは、戒律に悖る。できればやりたくないと思ってしまう。剣の稽古をするには、外に出なければならない。外に出れば、以前のユエリン皇子を知る人にも出会うだろう。
シウリンは溜息をつきながら、蒸し菓子を口に放り込む。甘味の奥に、ほんのり苦い味がした。
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