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1、傀儡の反逆

咲かぬ蕾

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 テセウスに聞かれ、アルベラは当たり前だとばかりに頷く。

「そりゃ、憶えているわよ。ロマンザ侯爵と、アリオス侯爵の嫡男のパウロス、それからラルー侯爵の次男のオレステスだったけど、彼は病欠だとか言って、代わりにラルー侯爵に挨拶されたわ」

 アルベラはその時のことを思い出してつい、眉を顰めてしまう。会えなかったオレステスはともかく、どちらも素直に喜べないような男たちだったのだ。

 まず、ロマンザ侯爵は肥った四十男で論外なのだが、アリオス侯爵の嫡男パウロスも、いけ好かない男だった。年は二十七で妻も二人だけ、条件的には一番だし、銀髪に長身で見かけも悪くない。だが、とにかく態度がよくない。あからさまに上から目線でアルベラを見下していて、とても不愉快な男であった。もう一人のオレステスは三十だそうで、父親のラルー侯爵が病欠の無礼をくどくどと詫びてきて、それはそれで鬱陶しかった。

 テセウスが少しばかり躊躇ためらうようにして、馬車の周囲を気にする。

「ここからは、極秘の話だ。……その三人には、ある共通点があると、俺は調査していて気づいたのだ」
「共通点?」

 テセウスの様子に、アルベラは何か、嫌な予感がした。

「まず、ロマンザ侯爵は先年妻を失った後、たがが外れたようにナキアの花街で遊び歩いてね……それで、どうも怪しい薬に手を出したらしいのだ」
「……怪しい薬?」
 
 テセウスは言いにくそうに顔を顰める。
 
「その、年甲斐もなく若い娼婦を満足させようと、あれこれと薬を買い込んだらしいのだ。で、さらに悪いことに、服用方法を間違った。……結果、危うく死にそうな目に遭って、その後、不能になってしまったらしい」
「不能……」

 アルベラは首を傾げる。経験のないアルベラには、「不能」の状態が理解できないのだ。

「不能、ってのは、何が不能なの?」

 無邪気に尋ねられ、テセウスが黒く短い髪を掻き毟る。

「……だからその、なんだ、ようはできないってことだ」
「何が?」

 なおもアルベラが首を傾げているのを見て、テセウスが絶望的な表情をし、見かねたシリルが横から助け舟を出した。
 
「要は、正しい夫婦生活が送れないってことだよ」
「……正しい夫婦生活……」
「つまり、子供を作る行為ができないって意味。もう二十歳なんだから、これくらい知っておけよ」

 シリルに指摘され、アルベラはぷうっと頬を膨らませる。ここまで言われても、アルベラは究極的にはできる、できないの意味が理解できていなかった。

 テセウスは切り捨てるように、次の話題に移る。

「アリオス侯爵の嫡男パウロスだが……これはものすごい堅物というか、むしろ女嫌いなのだ。その……男色家だという噂も流れているが、まだそこまでは調査が及んでいない。以前はそんなことはなく、二人の奥方とも円満だったらしいのだが……奥方の浮気が発覚して、その後あんな風に……」

 アルベラは妙に居丈高だったパウロスを思い出す。

「つまり、浮気されたせいで、女を軽蔑しているってこと?」
「奥方に裏切られたショックが大きかったらしい」
「それで男色に……」

 女たらしも困るが、男色はさらにまずい。何より、天と陰陽に対する、最大の冒涜ではないか。
 この世界において同性愛は禁忌ではあるが、それでも密かに行われて廃れることはないと言われる。

「男色は、まあ、いいのだ。いや、よくはないけれど、問題はそこじゃない。……あの総督だって、若いころは男色家だとの噂が流れたらしいからな」
「そうなの?」

 アルベラが、さっき見た、仮面を着けていてもわかるほどの、金の〈王気〉に包まれた男の美貌を思い描く。

「今でもあの美貌なんだぞ。十五、六の時など、そこらの女が裸足で逃げ出すくらいの美少年だっただろう。だが、〈処女殺し〉だのなんだの言われているけれど、つまりは女とまともに関係できるわけだから、結婚も妊娠も可能だ。男色家の中には、女性はまったく受け付けないというのもいるからな。そういう相手と結婚すると、女は白い結婚を強いられるし、当たり前だが子もできない。男色癖は隠されていることも多いから、ひどい場合は子のできないことをも妻のせいにされてしまうこともある。パウロスは少なくとも、その手のタイプではないらしいのだが……」
「じゃあ、何が問題なの?」

 咄嗟に意味が理解できず、眉間にしわを寄せて考え込んでいるアルベラを差し置いて、シリルが問いかける。

「どうも、パウロスには子供をつくる能力がないらしい。子供のころにおたふくかぜのひどいのを患ってね。あれをやると子種がなくなることがあるんだよ。パウロスには妻は二人だが、子がいるのは一人だけ。子どもは三人もいるが 、誰一人として彼にも、さらに奥方にも似ておらず、訝しんだ親戚が調査したところ、奥方が複数人と関係を持っていたことが判明したんだ」
 
 テセウスが続ける。

「問い詰められた奥方が言うには、子供のできないことを夫の両親に責められて、自分の方に問題があるのかと、産婆や、さらには怪しい祈祷師のような者にまで相談して、いかがわしい秘儀にのめり込むようになったらしい」
「いかがわしい秘儀……」

 アルベラが眉を顰めて聞き返すと、テセウスが溜息をつきながら言う。

「デュオニソスの秘儀――というのを聞いたことはないか? とくに貴族の女性たちの間に熱狂的な信者がいるらしいのだが、身分も、立場も忘れて飲んで騒いで、果ては……その、乱交におよぶという教団で、閣下も幾度か禁止令を出しているが、地下に潜って禁絶することができていない」
「らんこう……」
「もしかして、アルベラ、乱交も知らない?」

 シリルに図星を指され、アルベラがぐっと詰まる。

「まあ、俺たちにも多少は責任があるかもしれないけどさー、アルベラってあんまり女友達いないよね? 下ネタは同性の友達から仕入れるのが普通だし」
「うっ……」

 同性の友達がいないのは、アルベラの密かなコンプレックスであった。乳母の娘であったレベッカが嫁いだ後、頻繁に入れ替わる侍女たちはどこかよそよそしく、何となく距離を置かれているのを感じていた。母が生きている時は、王城でお茶会やパーティーなどを頻繁に開いて、同じ年頃の少女たちと触れ合う機会もあったが、母の死後は女王になるための勉強や、ユウラ女王の代理として公務をこなすことに忙しく、いつの間にか疎遠になってしまった。

 アルベラも西の女性たちの風習に従って、月に数日のお籠りの際には、幾人かの令嬢や貴族の夫人たちを王城に招待して無聊を慰めなければ。女王の月一のお籠り茶会への招待は、ナキア貴族女性の一種のステイタスなので、アルベラの意志に関わりなく、順番に、そして平等に選定される。この茶会を通じて親しい友人を作るなんてことは、期待するだけ無駄である。招待される女性たちも女王の私室に招かれて緊張するのか、その手のきわどい話が出る雰囲気ではない。せいぜいナキア貴族の噂話や、ナキアの長衣の最新流行や、ナキアの野外劇場で今かかっている歌劇なんかの話をする程度だ。
 
 恋愛に興味がなく、堅くて真面目一方のアルベラは、かくして女友達からも、そして性的な知識からもすっかり隔絶されてしまったというわけだ。

「そんなんじゃあ、結婚してから旦那の他の奥さんたちとうまくやっていけるの?」
 
 シリルの辛辣な指摘に、内心、忸怩たる気分であったが、アルベラはツンと横を向いて言った。

「今はわたしのことはどうでもいいでしょ?……それで、そのパウロスの奥さんてのは、ヘンテコな秘儀に参加して、旦那さん以外の男の子供を産んだってわけ?」

 アリオス侯爵家の若夫人であれば、アルベラの茶会に招待されていても不思議はないけれど、記憶を辿ってみても、それらしき人を思い出せず、アルベラは考えるのを諦めてテセウスに先を促すと、テセウスが頷いた。
 
「そうだ。子供たちは一応、アリオス侯爵家の籍には入っているが、早晩、どこかに養子に出されるか、あるいは聖地に入れられるだろうと言われている。子種の方は確証はないけれど、数年内に子ができなければ、家督はパウロスの弟が継ぐことになるだろう」
「そ、そうなの。なんだか少しお気の毒ね。……そのこと、お父様は?」
「俺に調べがつくことくらい、閣下は当然、ご存知だろう。アリオス侯爵家では、奥方の不祥事は必死に取り繕って、奥方は病気療養中ということにして実家に帰しているけれど」
 
 それで王城で見たことはないのね、なんて納得する一方で、侯爵家を継がないかもしれない男が、なぜ女王の夫候補に上がっているかと、アルベラが首を傾げた時。隣で骨付きチキンを齧っていたシリルが、探るようにテセウスに尋ねる。

「もしかして、ラルー侯爵の次男ってさ、俺も一度も王城で見かけたことないけれど……」
 
 テセウスが苦い顔で頷く。

「幼少から病気で、家からほとんど出たことがないらしい。ラルー侯爵は領地に良質の鉄を産する鉱山を所有していてね。どうもアルベラとの結婚はその利権目当てのようなのだが……」
「つまり、姫様の婿候補三人とも、まともに子供が期待できない人ばっかりじゃん」

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