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1、傀儡の反逆
イフリート家の娘
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シリルの指摘に、アルベラはようやくテセウスの懸念を理解し、翡翠色の瞳を見開く。
「よりによって三人ともだ。他にもふさわしい男はたくさんいるのに、あえてこの三人を候補に選ぶあたり、俺は、閣下の意図を疑わざるを得ないのだ」
アルベラは声が震えないように腹に力を入れた。
「要するに……お父様は、私に子供を生ませたくなくて、わざとそういう男ばかりを選んでいるって、テセウスは言いたいの?」
「俺もそんな風には考えたくないが、実際、そうとしか思えないのだ」
「嘘よ!お父様がそんな……!」
敬愛する父親を侮辱されたような気がして、アルベラの頭に血が昇る。だが、その一方で、妙に冷静なアルベラがいて、その脳裏に新年祭の夜に聞いた父の言葉がよみがえった。
『古き女王家は滅び、新しき王家が起つ』
アルベラが、ぐっと両手で膝の長衣を握りしめる。
「でも……そんな……もし、わたしに子が生まれなければ、女王位はアデライードに……」
「だからこそ、アデライード姫の暗殺に躍起になっているのだとすれば?」
アルベラは翡翠色の瞳をいっぱいに見開き、テセウスの黒い瞳を見つめる。そんなはずはない、父は、そんな人ではない、そういう思いの奥底から、だがどうしようもない黒い疑惑がじわじわとアルベラの心に沁みだしてくる。
テセウスがなおも言う。極力、普段通りの声を出そうとしているらしいが、彼の声もわずかに震えていた。
「以前……俺が言ったことを憶えているか?俺は以前から、なぜ閣下が〈王気〉のないアルベラの即位にここまで拘るのか、理解できないと思っていたと。……たしかに、アルベラはアライア女王の第一王女で、執政長官にして女王国唯一の公爵家の姫だ。血筋だけ言えば、何の問題もない女王候補だ。それに比べれば、ユウラ女王は亡き女王ゼナイダの第二王女で、もともとの継承順位はアルベラよりも低い。さらにその娘で辺境伯の娘であるアデライード姫は、本来であれば女王候補にはならないはずなのだ。……そもそも、ユウラ女王もアデライード姫も、普通の貴種の男では子を望めないほどの〈王気〉の持ち主だと聞いている。そういう王女はナキアの月神殿か、聖地の太陰宮に入って、天と陰陽にその身を捧げるのが慣例なのだ。だから、閣下がアルベラの女王位を要求すること自体は、全くおかしいというわけではない。ただ――〈王気〉だけがない」
その言葉を、アルベラは長衣の皺も気にせずに、ただそれを両手で握りしめ、唇を噛んで聞いている。
「俺は、アルベラが五歳の時に護衛官に任じられ、今までずっとそばで見てきた。アルベラに〈王気〉がないことを、亡きアライア陛下はずっと気にしておられた。ただ、まさかあれほど早くに自分が逝くとは思っていなかったのだ。おそらく陛下のおつもりとしては、貴種の強い魔力を持つ夫をアルベラに娶せれば、〈王気〉を持つ王女を生むかもしれないと期待をかけたんだ。もし、アルベラの産んだ王女に〈王気〉があれば、その王女の後見役として中継ぎ的に女王として立てるだろうと。――だが、アライア陛下亡き後、閣下はまだ九歳のアルベラを強引に即位させようとし、結果、〈禁苑〉に認証を拒否され、渋々ユウラ女王の即位を受け入れた」
〈王気〉の見えぬ者にしてみれば、幼いとはいえ正統な血筋を享けた王女を差し置き、すでに辺境に嫁いだ王女が位を継ぐのは理不尽にも思える。だが、〈王気〉こそ女王たるべき龍種の証だと考える者にしてみれば、〈王気〉のない、それもわずか九歳の女児を即位させようとするイフリート公爵の要求は無理なのだ。
「俺もあの時はアルベラが女王になれぬのはおかしいと思った。だが、その後のユウラ女王やアデライード姫への閣下のやり口は、まるで龍種の血を絶とうとするかのようにしか、見えなかった。……俺は、閣下が何を望んでおられるのか、ずっと理解できなかった。ただ、アルベラを娘として溺愛しているせいなのかとも考えたが、だが、日ごろの閣下の行動とあまりに合わない気がして、ずっと何か、大きな石でも飲み込んだような気持ちだったのだ」
テセウスはそこで大きく息を吸い込むと、黒い瞳でまっすぐにアルベラを見すえて続けた。
「新年祭の日の、閣下の言葉を憶えているか?――我がイフリート家の宿願のために、アルベラには女王になってもらわねば困る、と」
アルベラが蒼白な顔で頷く。
「アルベラに謂われて婚約者候補たちを調査して、出てきた結果がこれだ。閣下が望むもの、それは、イフリート家の王権だ。〈王気〉のない女王を傀儡として即位させ、その後、イフリート家の者に王位を伝える。一度、〈王気〉のない者が王位に即くという前例を作ってしまえば、女王国を実質的に支配しているイフリート家に王権を移すことはそれほど難しくない。〈禁苑〉は黙っていないだろうが、閣下は〈禁苑〉と決別するための〈教会〉組織をすでに組み上げている。――ただ、そのためには、アルベラの子は邪魔だ」
はっきりと宣告され、アルベラはガタガタと震え始めた。
信じたくはなかった。だが、そう指摘されれば、それは真実味を持ってアルベラの前にさらされてくる。父の、あの時の言葉がよみがえる。
『イフリート家の赤い髪を持つ娘。火蜥蜴の紋章に守られた我が血を享けた娘』
『我がイフリート家の繁栄のためにも、そなたの女王即位はどうしても必要だ』
声もなく蒼白な顔で座っているアルベラを、テセウスとシリルがじっと見つめる。ガラガラと、馬車の車輪の音が響く。シリルが、アルベラに問いかけた。
「……アルベラは、イフリート家の娘なの?それとも、女王家の娘なの?」
「よりによって三人ともだ。他にもふさわしい男はたくさんいるのに、あえてこの三人を候補に選ぶあたり、俺は、閣下の意図を疑わざるを得ないのだ」
アルベラは声が震えないように腹に力を入れた。
「要するに……お父様は、私に子供を生ませたくなくて、わざとそういう男ばかりを選んでいるって、テセウスは言いたいの?」
「俺もそんな風には考えたくないが、実際、そうとしか思えないのだ」
「嘘よ!お父様がそんな……!」
敬愛する父親を侮辱されたような気がして、アルベラの頭に血が昇る。だが、その一方で、妙に冷静なアルベラがいて、その脳裏に新年祭の夜に聞いた父の言葉がよみがえった。
『古き女王家は滅び、新しき王家が起つ』
アルベラが、ぐっと両手で膝の長衣を握りしめる。
「でも……そんな……もし、わたしに子が生まれなければ、女王位はアデライードに……」
「だからこそ、アデライード姫の暗殺に躍起になっているのだとすれば?」
アルベラは翡翠色の瞳をいっぱいに見開き、テセウスの黒い瞳を見つめる。そんなはずはない、父は、そんな人ではない、そういう思いの奥底から、だがどうしようもない黒い疑惑がじわじわとアルベラの心に沁みだしてくる。
テセウスがなおも言う。極力、普段通りの声を出そうとしているらしいが、彼の声もわずかに震えていた。
「以前……俺が言ったことを憶えているか?俺は以前から、なぜ閣下が〈王気〉のないアルベラの即位にここまで拘るのか、理解できないと思っていたと。……たしかに、アルベラはアライア女王の第一王女で、執政長官にして女王国唯一の公爵家の姫だ。血筋だけ言えば、何の問題もない女王候補だ。それに比べれば、ユウラ女王は亡き女王ゼナイダの第二王女で、もともとの継承順位はアルベラよりも低い。さらにその娘で辺境伯の娘であるアデライード姫は、本来であれば女王候補にはならないはずなのだ。……そもそも、ユウラ女王もアデライード姫も、普通の貴種の男では子を望めないほどの〈王気〉の持ち主だと聞いている。そういう王女はナキアの月神殿か、聖地の太陰宮に入って、天と陰陽にその身を捧げるのが慣例なのだ。だから、閣下がアルベラの女王位を要求すること自体は、全くおかしいというわけではない。ただ――〈王気〉だけがない」
その言葉を、アルベラは長衣の皺も気にせずに、ただそれを両手で握りしめ、唇を噛んで聞いている。
「俺は、アルベラが五歳の時に護衛官に任じられ、今までずっとそばで見てきた。アルベラに〈王気〉がないことを、亡きアライア陛下はずっと気にしておられた。ただ、まさかあれほど早くに自分が逝くとは思っていなかったのだ。おそらく陛下のおつもりとしては、貴種の強い魔力を持つ夫をアルベラに娶せれば、〈王気〉を持つ王女を生むかもしれないと期待をかけたんだ。もし、アルベラの産んだ王女に〈王気〉があれば、その王女の後見役として中継ぎ的に女王として立てるだろうと。――だが、アライア陛下亡き後、閣下はまだ九歳のアルベラを強引に即位させようとし、結果、〈禁苑〉に認証を拒否され、渋々ユウラ女王の即位を受け入れた」
〈王気〉の見えぬ者にしてみれば、幼いとはいえ正統な血筋を享けた王女を差し置き、すでに辺境に嫁いだ王女が位を継ぐのは理不尽にも思える。だが、〈王気〉こそ女王たるべき龍種の証だと考える者にしてみれば、〈王気〉のない、それもわずか九歳の女児を即位させようとするイフリート公爵の要求は無理なのだ。
「俺もあの時はアルベラが女王になれぬのはおかしいと思った。だが、その後のユウラ女王やアデライード姫への閣下のやり口は、まるで龍種の血を絶とうとするかのようにしか、見えなかった。……俺は、閣下が何を望んでおられるのか、ずっと理解できなかった。ただ、アルベラを娘として溺愛しているせいなのかとも考えたが、だが、日ごろの閣下の行動とあまりに合わない気がして、ずっと何か、大きな石でも飲み込んだような気持ちだったのだ」
テセウスはそこで大きく息を吸い込むと、黒い瞳でまっすぐにアルベラを見すえて続けた。
「新年祭の日の、閣下の言葉を憶えているか?――我がイフリート家の宿願のために、アルベラには女王になってもらわねば困る、と」
アルベラが蒼白な顔で頷く。
「アルベラに謂われて婚約者候補たちを調査して、出てきた結果がこれだ。閣下が望むもの、それは、イフリート家の王権だ。〈王気〉のない女王を傀儡として即位させ、その後、イフリート家の者に王位を伝える。一度、〈王気〉のない者が王位に即くという前例を作ってしまえば、女王国を実質的に支配しているイフリート家に王権を移すことはそれほど難しくない。〈禁苑〉は黙っていないだろうが、閣下は〈禁苑〉と決別するための〈教会〉組織をすでに組み上げている。――ただ、そのためには、アルベラの子は邪魔だ」
はっきりと宣告され、アルベラはガタガタと震え始めた。
信じたくはなかった。だが、そう指摘されれば、それは真実味を持ってアルベラの前にさらされてくる。父の、あの時の言葉がよみがえる。
『イフリート家の赤い髪を持つ娘。火蜥蜴の紋章に守られた我が血を享けた娘』
『我がイフリート家の繁栄のためにも、そなたの女王即位はどうしても必要だ』
声もなく蒼白な顔で座っているアルベラを、テセウスとシリルがじっと見つめる。ガラガラと、馬車の車輪の音が響く。シリルが、アルベラに問いかけた。
「……アルベラは、イフリート家の娘なの?それとも、女王家の娘なの?」
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