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2、イフリートの野望

解呪の方法

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 カイトと恭親王のやり取りを聞いて、メイローズがさすがに青い顔をして、聞いた。

「……それは……つまりわが主に、その……刺客と?」
 
 何でもないことのように、カイトが頷く。

「拷問して縛り付けてありますから。挿入して、出すだけで結構です。術式構築や解呪後の尋問も我々で行います」
「……どこの世界に主人に強姦を強要する暗部がいる! 無理だから! だいたい、お前たち暗部がソアレス家に仕えて皇家に直接仕えないのは、皇家の者に汚れ仕事をさせないためなんだろうが! なぜ私にそんな仕事を押し付ける!」
「強姦することを気に病まれる必要はありませんよ。何せ堅気ではなくて暗部の者なのですから。これまでも散々、命令とはいえ悪行に手を染めてきた女ですからね。――サウラの侍女に化ける際も、何の罪もない善良な女を殺してそれにすり替わっている。だいたい尋問した限り、両手の指でも足りないくらいの人間を残虐に手にかけているのですよ。女だって、捕らえられた以上、覚悟の上でしょう。普通の女であれば、俺だって殿下に無理強いは致しません」

 しれっと答えるカイトに、恭親王は叫ぶ。

「そういう問題じゃない! なぜ私がそんな不快なことをしなければならないのだ。汚らわしい!」
「しかし、解呪できなければ、イフリート公の目的を聞き出すことはできません。アデライード姫をなぜ、あそこまで執拗に狙うのか、〈禁苑〉と争ってまで、何を求めているのか。知らなければ、アデライード姫を守ることはできませんよ」

 痛いところを突かれて、恭親王がぐっと詰まる。カイトがさらに畳みかけた。

「ユリウス卿経由でイフリート家と泉神殿の因縁を知り、その方面から調べてみましたが、泉神殿が〈禁苑〉の支配下に組み入れられた後も、王都の泉神殿の組織はイフリート家の出身者によって占められています。――イフリート公が新たに構築した〈教会〉組織のトップはナキアの月神殿ではなく、泉神殿なのです。しかし、ここから先、神殿と〈黒影〉の関係にまでは踏み込めませんでした」

 おそらくカイトも、泉神殿とイフリート家との関わりから、恭親王と同じ疑いを抱いているのだろうが、女王国の筆頭公爵家が魔族だなどという闇が、そう簡単に明らかにできるわけがない。捕らえた〈黒影〉の契約魔術を解呪できるとすれば、それは千載一遇の好機なのだ。

「しかし! 末端の暗部が知っていることなど、どうせたいしたことじゃあるまい」
「もちろんですよ。でも我々は、末端の暗部が知っていることすら、探り切れていないのですから。どんな小さな情報でも集めろと、仰ったのは殿下ご自身ですよ」
 
 正論を吐かれて不愉快そうに唇を歪める恭親王に、カイトが無表情に続ける。

「それに、要するに契約の上書きですから、目論み通りに行けば、絶対的な忠誠を約束された女の暗部が手に入りますな。……どうしても我々は、女の暗部の養成に立ち遅れていましてね。以前から、アデライード姫の影の護衛をというお話でしたが、なかなか人材がいないのです。ですが……」
「ちょっと待て、私に強姦させて、しかもその後にアデライードの影にするというのか? やめてくれないか、そういうの。私だって、それなりに繊細な部分があるんだぞ?」

 カイトのあまりの言いざまに、恭親王が思わず肘掛を両手でつかみ、身を乗り出す。

「もちろん、殿下が人一倍繊細であることなど、十分承知しておりますとも。……そして、殿下がそれに耐えられる強靭な心をお持ちであることも」

 メイローズがさすがに右手で胸を押さえ、大きく息を吸った。
 昔から、この暗部のカイトという男は、恭親王の夜の生活に対し、何の斟酌しんしゃくも行わない。命の危険さえないと判断すれば、彼が犯されようが、女色に耽溺しようが、あるがままに放置するだけである。
 
「殿下はアデライード姫を守りたいのでしょう? 命に代えても」
「当たり前だ!」 
「でしたらなぜ、躊躇ちゅうちょされるのです。あの女の中に殿下の精液さえ流し込めは、あとは我々が術式を展開させますし、別にイカせたりする必要もないんですよ……以前にかけられた術式のせいなのか、無意味に感じやすくて……」
「まさかお前も試したわけじゃあるまいな」
「俺は女に興味がありませんのでね。……もちろん、男にもですが」
「そうじゃなくて……」

 恭親王はぐったりと肘掛椅子に沈み込み、背もたれに背中を預けるようにして、天井を仰ぐ。

「……そういうんじゃなくて……その……無理、だから……アデライード以外は、無理。アデライードと約束したんだ。他の女は抱かない、愛のないセックスはしないと!私はアデライードを裏切りたくないんだ!」

 絞り出すように言った恭親王に、メイローズが驚愕の眼を見開く。この主が、たとえ唯一と決めた妻のためとはいえ、貞操を守ろうとするなんて!

 かつて、無理矢理のような形で純潔を奪われた後、強制される閨房の学びに主が精神的に疲弊していたのを、メイローズは知っている。だがその時期を乗り越えれば、主は心と身体は別物だとばかりに、愛のないセックスも淡々とこなしていった。さらにはデュクトとの関係によって何かが切れてしまったのか、あるいは押し付けられる意に染まぬ結婚にささやかな反旗を翻すためなのか、夜ごと行きずりの相手との仮初の情事を繰り返し、放蕩を極めた。貞操なんて言葉は、主の辞書からは抹消されたとばかり思っていたのに――。

「ああ、アデライード姫以外では、たなくなってしまったんでしたね。でも、その心配は不要ですよ。超強力な媚薬を準備してありますから」
「!!カイト、お前、それ知ってて、まだ私に強制するつもりなのか!」

 メイローズがその会話にさらに紺碧の瞳を瞬く。

「……もしかして、姫君以外では、物理的にたなくなってしまわれたのですか?」
「う……男のプライドの問題だから、知られたくはなかったのだがな。それなのに、媚薬まで使って他の女となんて、嫌だよ! どうしてお前たちは、私の気持ちを無視して無茶ばっかり要求するのだ!」
「龍種として生まれ、皇子として生きているのですよ。平民を踏みつけ、収奪し、この世界の頂点に立っているのです。望まぬことを押し付けられるのも、運命でしょう。汚れなきアデライード姫に相応しい、せめてきれいな男でいたいなんて、そんな甘っちょろいことをまさか考えてはおられないでしょうね?アデライード姫を愛して、姫を守りたいのであれば、泥は殿下が被るべきです。――姫君を汚したくないのなら、あなたが汚れる以外にどうしろというのです」

 カイトの言葉は、以前にユリウスが言った言葉と似ていた。
 アデライードを持ち出され、恭親王は拒むこともできずに、唇を噛んでひじ掛けを握りしめる。その表情は紙のように白かった。

「わが主よ……」

 メイローズが硬直している主を気遣って声をかける。だがカイトは畳みかけるように恭親王に言い放った。

「それ以外に方法はありません。あの〈黒影〉の女を手に入れる以外、イフリートの秘密に迫る手段はないのです」
 
 恭親王は屈服した。 
 彼はアデライードを愛していたから、彼女を護るためならば、彼女を裏切る以外にない。

 ――恭親王は、自分がシウリンであることを、生涯アデライードには明かすまいと、あらためて誓った。
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