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3、開戦に向けて

聖騎士たち

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 翌日、恭親王は書斎に傅役と侍従官を集め、ユリウスとマニ僧都を交えてイフリート家の秘密を告げた。

「――つまり、イフリート公爵は魔族で、このまま女王位を乗っ取って、そんでもって結界を壊して魔物を引き込み、〈混沌〉の世を蘇えらせようとしてるってことっすか? それ、信じろって言われても」
「王位簒奪さんだつまではわかりますが、結界を壊して魔物と共存って、頭おかしいでしょう?!」

 ゾラとトルフィンが口々に言い、その場にいたテムジンやアート、ユーエルも同調して頷いている。彼らはみな、帝国の北方辺境と南方辺境で魔物に遭遇し、魔物に魔力を吸い取られた者の悲惨な末路を目の当たりにしていたから、魔物との共存など、あり得ないと思っている。

「南方の戦の時もそうだったが、いつの世にも魔物への信仰は消えず、いつしか民衆の中に入り込んでしまうものなのだ」
 
 帝国南方の異民族でも、魔蛇ヴリトラへの信仰が復活して帝国に反旗を翻し、その中心にはその地の旧王家があった。龍種と貴種を頂点とする身分社会に反発を抱く平民は多い。それらの不満をうまく取り込んで、邪神信仰は気づかぬうちに根を張り、蔓延はびこり、突如芽吹いて瞬く間に世を覆ってしまう。

「イフリート公爵は現実主義の世俗主義者だと聞いています。魔物なんて迷信で、信ずるに足りないと鼻で笑う合理主義者だとも。女王の結界の件は初めて聞きましたが、本当に魔物が国土に雪崩なだれ込んで来たら、政権も簒奪さんだつもくそもないでしょう? 私は魔物なんてもの、見たことはありませんが、話の通じる相手なのですか? 共存なんて可能なんですか?」

 世の中で一番厄介なのは人間だと思っているエンロンも、理解不能という表情で恭親王を見る。

「……まあ、これが普通の反応だと思うよ? 僕だって、正直信じられないし。魔物なんて本当にいるの」
「女王国を魔物から守るべき四方辺境伯が、何言っている。――まあ、あんな聖地のド真ん前に、魔物が出現したら、人類は終わりだがな」

 ユリウスの発言に、恭親王が溜息をつく。ユリウスは気障きざったらしい仕草で、殊更に肩を竦めてみせた。

「まあねー。もともと、レイノークス辺境伯は、魔物退治というよりは、聖地への連絡役だし。どうしょうもなくなったら、うちとソリスティアの港だけは死守して、聖地に逃げるっていう、超後ろ向き戦略のための基地だから」
 
 黙って話を聞いていたゾーイがユリウスに尋ねる。

「帝国では皇子の巡検と辺境騎士団で魔物に備えますが、女王国では始祖女王の結界と四方辺境伯とで魔物に備えていた。二つの備えが破られた場合、内地のナキア周辺は魔物に対してどの程度、対処できるのでしょう。魔物には聖別された武器しか効きませんが、それを扱える聖騎士は女王国にはどれくらいいるのでしょうか」

 その問いに、マニ僧都は露骨に金色の眉を顰め、ユリウスは首を傾げる。

「四方辺境伯たる僕ですら、魔物を退治する訓練なんてしたことないね。少なくともうちの領内には誰もいないと断言できる」
「……ユリウス、それは威張ることなのか?」
「ガルシア辺境伯領には、聖騎士もそれなりにおりましたよ。ただし、帝国の聖騎士よりも、魔力が少ないです。基本、領内の聖騎士同士でしか婚姻を結ばず、貴種の血を温存してはいますが、それも限度がありますから」

 隅に控えていたメイローズが言う。女王国の辺境を護る、四方辺境伯。西南のガルシア辺境伯、西北のルートガー辺境伯、東南のヴァリウス辺境伯、そして東北のレイノークス辺境伯。このうち東北のレイノークス辺境伯領は聖地に最も近く、陰陽の気が調和しているので魔物はまず発生しない。もっぱら聖地やソリスティアとの連絡役だ。しかし、メイローズの故郷、西南辺境のガルシア伯領は最も聖地から遠く、〈陰〉の気が弱まる夏近くになると、毎年のように魔物が発生する。頻度の差こそあれ、西北のルートガー辺境伯領でも同様に、夏は魔物狩りのシーズンである。

「東南のヴァリウス辺境伯領について詳しくは知りませんが、この三辺境伯領では、聖騎士の育成は行われているはずですよ。――私の父もそうでしたから」
「……魔力があるとは知っていたが、メイローズは貴種だったのか」
 
 恭親王が驚きに目を瞠ると、メイローズが少しだけ照れたように笑った。
 
「ずいぶんと血も薄まってしまいましてね、魔力を感知する能力は高いのですが、私自身は聖騎士となる天分はなくて……それで陰陽宮に入ったのです」
「万一、結界が破壊された場合、まずは辺境から魔物の侵蝕が開始されるでしょうから、辺境の聖騎士はそれにかかりきりになりましょう。辺境伯領が破られて内地に魔物が及んだ時、内地に討伐できる聖騎士がいるのかどうか」
 
 ゾーイの言葉に、書斎には沈黙が降りる。辺境伯領であるレイノークス家でさえ、すでに聖騎士を養成していないのだ。内地の者がそんな備えをするはずがない。

「……まさか聖騎士の養成など馬鹿馬鹿しいと思わせるために、魔物は迷信だと、イフリート家は言い続けたわけじゃあるまいな?」
「だとしたら悪辣あくらつすぎるっしょ!てゆーか、女王をたらしこんで政権の中枢に入り込むとか、やることなすことえげつねぇってレベルじゃねーし!」

 ゾラが叫び、恭親王も絶望的な気分になるのだが、しかし上に立つ者として、簡単に諦めるわけにはいかない。

「そう簡単に結界は破れないと聞いている。イフリート公爵が何を企んでいたとしても、とにかくアデライードを即位させて、ナキアの月神殿で認証式さえしてしまえば、結界が壊れる危機は去るはずだ。イフリート家と泉神信仰は、その後で時間をかけて排除すればいい。あまり拙速にすると、地下に潜ってしまうからな」

 恭親王が配下の侍従たちを叱咤するように言い、基本的な方針を確認する。

 まず、イフリート公爵と元老院に対し、最後の勧告を行う。アデライードの即位を認めよ。さもなくば、開戦する――と。

 それは一種の形式だ。イフリート公爵家の野望が暗部の言う通りであれば、今更、引くことはあり得ない。彼らはこちらの要求を突っぱねるだろう。わかっていても、形式は踏まなければならない。
 今すぐにでも、帝都では禁軍の編成が始まる。今回は特に、南方と西方の辺境騎士団に、艦隊の派遣を要請した。南方騎士団のガレー船の到着を待って、シルルッサ周辺の海港都市の艦隊をも編成して、一気にカンダハルを落とす。

 マニ僧都とユリウスはカンダハルを狙うことに反対した。

「有史以来、一度も陥落かんらくしたことがないんだよ。陸路の方がいいんじゃないか?」
 
 ユリウスの言葉に、恭親王は頑として首を振る。

「陸路は補給が厄介だ。ネタもいろいろと仕込んであるし、大丈夫、カンダハルは落ちる。いや、絶対に落とす」

 そう宣言して、次いでゲルとゾーイ、マニ僧都に言う。

「ナキアを落としたら、アデライードを海路でナキアに寄こしてくれ。すぐに、認証式を行う。カンダハルが落ちた時点で、〈禁苑〉に連絡を入れ、認証官と神官に待機してもらうように」
「イフリート側の合意が得られぬ時点で、即位を強行するのですか?」

 ゲルが心配そうに眉を曇らせるが、恭親王ははっきりと言った。

「こちらは〈禁苑〉の承認もある。とにかく結界を強化しなければ。――現在の結界の状況がわからないし」
「認証式をしてしまえば、元老院も黙るさ。何しろ、アルベラには〈王気〉がないから。現に、〈王気〉のある女王が立って、〈禁苑〉も認めた。ある意味効果的だと思うがね」
 
 マニ僧都は恭親王の策に賛成した。

「その後の、ナキアの処置だが――」
「本当にイフリート家が魔族なのだとしたら、ナキアには精脈を絶つ処置が必要です。魔族の血を引くと考えられる、アルベラ王女もーー」

 ゲルの言葉に、恭親王も周囲もぎくりと硬直した。
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