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3、開戦に向けて

アルベラへの対応

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 ナキアで精脈を絶つ処置が必要だとの言葉に、恭親王は不快げに顔を歪める。
 
「それは――さすがにナキア市民が黙ってはいまい。アデライード即位への反発が起こるのはまずい」
「しかし、イフリート家は女王国の筆頭公爵家として、貴族たちと婚姻関係を結んでおりましょう。魔族の血は絶たねばなりません」

 重ねてゲルが言えば、さすがに西の貴族であるユリウスとマニ僧都の顔色が変わる。

「――イフリート家は少し変わった家で、娘は皆、泉神殿に入って奉仕に生きるんだよ。他家に嫁に行くことはほとんどない。だから、あれだけの家だけれど、姻戚はとても少ない」

 マニ僧都が言い、ユリウスもそれに同意する。

「精脈を絶つって、要するに民族浄化目的の集団強姦ってヤツだよね? そういう野蛮な行いは、僕は反対だよ。女が必要なら、ナキアにも神殿娼婦も娼館もあるから」

 ユリウスの言葉に、恭親王は眉間に深い皺を刻む。「精脈を絶つ」のは魔物信仰が入り込んだ土地の、魔をはらうために行う宗教的な処置であり、兵士の性欲処理のために行うわけではない。だがそれを説明したところで、西で理解を得られることはないだろう。恭親王が無言のまま唇を引き結んでいると、さらに彼の胃が痛くなるような、問題を指摘される。

「……アルベラ姫も、当然――」

 ゾーイの問いかけに、恭親王の眉がピクリと動いた。アデライードがアルベラの処遇を気にしているからだ。

 朝食の後で、アデライードにも掻い摘んで事情を説明した。泉神殿とイフリート家の関係と、イフリート家の目的について。イフリート家が魔族だと聞いて、アデライードは息もできないほどに驚き、手に持った茶杯を取り落とした。

 アデライードが動揺するのも、無理はない。
 イフリート家は女王国の筆頭公爵家。何代にもわたって、女王の側に侍り、その夫として執政長官インペラトールを輩出してきた。イフリート家と女王家の婚姻関係は代々続いていて、今や第二の王家とも言えるほどである。

『……では、アルベラ姫は――』

 アルベラも魔族の血を引いているのか。アデライードの声はか細く掠れて、最後まで口にすることができなかった。
 
『暗部の話が本当であれば、そういうことになるな。これまで、イフリート家の父を持つ女王家の姫は、すべて、流産か、死産か、生まれても間もなく夭逝したという。魔力の性質が違い、胎児が育たないと言っていた。あなたの母上が何度か流産したというのも、おそらくはそのせいだ。――アルベラは、イフリート家にとって、いわば奇跡だ』

 恭親王は自らに言い聞かせるように言った。――暗部の女が語ったという、カイトの言葉が恭親王の胸に蘇える。

 完全なる者。

 アルベラが、そう、なのか。それはどんな意味があるのか。

『アルベラが魔族の血を引くとわかった以上は――』

 そこまで話したところで、アデライードがショックのあまり過呼吸を起こしかけたので、そこで話を打ち切らざるを得なかった。

「アルベラ姫、もしかして殺しちゃうんすか?」
「魔族といっても色々あるが、強い魔力を持つ一族であるとすれば、その血は絶たねばなるまい」

 朝のことを思い出していた恭親王の思索を、ゾラとゾーイの会話が引き裂いた。

「でも、そのお姫様は親父の思惑も、自分の血筋についても、何も知らねぇんでしょ? いくら何でも、殺すのは可哀想じゃねぇっすか?」
「可哀想……」

 恭親王は困惑した表情でゾラを見た。ゾラは馬と娼婦には妙に同情的ではあるが、お姫様と名のつく者には全く容赦しないタイプだと思っていた。

「だって、一応龍種の血も引いてんでしょ? もしかしたら、ちゃんと〈王気〉のある子を生むかもしれねぇ。貴重な、陰の〈王気〉持ちをさ、ほら」

 ゾラはこの前ナキアで会ったストロベリー・ブロンドに翡翠色の瞳の女は、あるいはアルベラではないかと疑っていた。瞳の色がアデライードと同じだったし、何より〈王気〉が視えるらしいから。確証もなく、主にも告げていなかったが、もし彼女がアルベラだとすれば、何とか助けてやりたいと思う。――だって、素直でイイだったし、ちょっと子供っぽいけど、美人だった。何より、暗がりで抱きしめた体つきは、予想以上に魅力的で、百戦錬磨のゾラを欲情させるのに十分だった。

 ――あれを殺しちゃうなんて、勿体ないお化けが出るぜ。

「魔族というだけで即、殺すということはないが、魔力があるということは、かなり魔の血が濃いのだろう。……実物を見てみないと何とも言えないが」

 横から、ゲルが生真面目に言う。魔物が憑依しているのなら、見つけ次第討伐が決まりだ。
 恭親王が沈黙していると、メイローズが言った。

「イフリート家が魔族だという事実は、ひとまずは伏せておかれるのでしょう。そのことを明らかにせずに、アルベラ姫に危害を加えたり、ナキアで精脈を絶つようなことはできますまい。アルベラ姫の為人ひととなりもわからぬ今の段階で、決めるべきではありません」

 イフリート家が魔族であったなどと公表すれば、ナキアは大混乱に陥るし、なにより女王家の権威も失墜してしまうだろう。魔族を筆頭公爵家として国の中枢に置き続けたなど、公にできるはずがない。理由も明らかにせずにアルベラを殺したり、ナキアで精脈を絶つ処置を取ることは不可能だ。そんなことをすれば一気に民心を失う。
 
「メイローズの言う通りだな。アルベラの件は、しばらく置こう。まだ、わからないことが多すぎる。まずはナキアを落とすことに注力する。……アルベラは仮にも女王家の姫だ。身柄を確保する際にも、礼に適った扱いをするように」

 恭親王の宣言に、一同頷いた。
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