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4、カンダハルの海戦

女王の瑕

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 アデライードが紙に書き出した女王は八名。最も最近は、ユウラ女王、そしてアライア女王。――いずれも、イフリート公爵を夫に持つ、女王たち。みな短命で、流産を繰り返す。ある時、一気に体調を崩し、数か月から一年程床について、死亡する。

「ただの体調悪化からの魔力減退と思われていたので、魔力を積極的に補給する治療が取られていません。もっとも、龍種の魔力欠乏には神殿の魔法水薬ポーションは効果が出にくいので、たとえ水薬を飲んでも、治癒は望めなかったでしょう」
「ユウラ女王の死因は流産ではないと、アデライードは言うのか?」

 恭親王がアデライードを見つめると、アデライードが翡翠色の瞳を少し揺らす。

「流産に限らず、何か身体に不調があると魔力を大量に消費して自己治癒をかけます。すぐに治ればいいのですが、魔力量がもともと減退していた場合、魔力ばかり消費して効果が出ません。そのうちに魔力量の減退がある限界を超えると一気に流出に傾いて、魔力を再び蓄えることができなくなる。……その体調不良のきっかけが、母の場合は流産だったようです。アライア女王の場合は、ちょっとした風邪が長引いて肺炎を起こし、いったん回復に向かったものの、そのまま――」

 ゼクトの場合は、魔族によって魔力を吸い取られたことがわかっていたので、最初から神殿の魔法水薬ポーションを取り寄せて治療にあたった。しかし、女王たちは単なる体調不良と思っているうちに、どんどんと魔力が欠乏して、気づいたときにはもはやどうにもならない状態に陥って死に至るのだ。
 アデライードは続ける。

「魔族に魔力を奪われるというのは、魔族と魔力をやり取りするということです。我々龍種や、貴種の魔力は天界の魔力。陰陽のことわりの力です。ですが、魔族の魔力は全く性質が違います。それは、この世界にもともとあった魔力で、陰陽の理とは異なる力です。魔力の質が異なるものの間で無理に魔力をやり取りすると、瑕が残るのではないでしょうか」

 アデライードがじっと、ゼクトの魔力の流れを見つめながら言う。

「もともと、この世界には魔力のある魔物とその眷属である魔族、魔力のない平民ヒトしかいなかった。そこへ龍種と貴種が降り立ち、世界から魔物を排除する。つまり、貴種以外で魔力を持つ一族があるとすれば、それは魔物由来の魔力でしかあり得ません」

 魔物そのものは排除されたが、眷属である魔族の家系は辺境には細々と残っていて、彼らの先祖である魔物を信奉するか、もしくは魔物への信仰を捨てて〈禁苑〉の教えを奉じている。

「つまり、イフリート家が、そうだと……」
 
 マニ僧都の問いかけに、アデライードが頷く。

「その、イフリート家の話を聞いて、かなり本腰を入れて記憶庫に潜ってみたんです。イフリート家をナキアに連れて帰った女王が誰なのか、最初に叙爵されたのはいつか。なかなか見つけられず、おかしいと思いました。歴代女王の記憶の中で、最初に現れるイフリート伯爵は、すでに五代目なのです。……それで、やり方を変えて、同じような魔力欠乏の症状の見える女王がいないか、探したのです。そうして見つけたのが――」

 アデライードが長く細い指で、一番下に書かれた女王の名を指し示す。

「この――カリゲニア女王です。この人は王統には残っていますが、事績はほとんど知られていません。とても短命で――でも、西南辺境の異民族反乱の後、新たに開発した土地の視察を行った記録を見つけました」
「西南辺境……」

 恭親王が復唱する。イフリート家の出身は、西南辺境のへパルトス――。

「彼女自身の記憶は残っていません。――まるで、自ら消し去ったかのように、彼女の治世の六年ほどが、空白になっています。私は彼女の妹である次のナタリア女王の即位前の記憶から、彼女のことを割り出しました。カリゲニア女王が生前、辺境出身の騎士を常に身近に置いていたことを、ナタリア女王は記憶していました。そして、カリゲニア女王の病についても」
「記憶が、故意に消されているというのか?」
「……もしかしたら。それから数代して、イフリート伯爵と結婚したオルティア女王の時代には、イフリート伯爵は貴種だと認められて、侯爵位を賜っています。二百年前に世襲の公爵位を賜ったのは、その次の代。本当に、突然出てきたような印象です」 

 マニ僧都が、不快そうに頬を歪める。

「なぜ、あんな成り上がりの一族が、貴種と認められたのか」
「三百年前、カリゲニア女王が身近に置いた辺境の騎士が、イフリート家の祖だという証拠はありません。でも――とにかく、イフリート家が魔族であるならば、龍種の魔力とイフリート家の魔力は質が異なるはずです。魔族をつがいとした女王に共通して、魔力欠乏の症状が出ているとすれば――その原因が、あの瑕なのではないかと」
「つまり、魔族との交接によって、魔力の壁に瑕ができるというのか……」

 アデライードは恭親王をまっすぐに見て言う。

「わたしと殿下は同じ龍種ですから、触れるだけで〈王気〉として魔力を交わすことが可能です。龍種と貴種は魔力の質が同質なので、貴種でも強い魔力を持つ人なら、ある程度は受け取ることも可能かもしれません。――例えば、同じソアレス家のフエルの念話なら受け取ることができましたから」

 フエルとの念話の話を聞いて、恭親王はいつか、四阿あずまやで見つめあっていた二人を思い出し、不快そうに顔を歪めたが、アデライードは恭親王の嫉妬心などには頓着しない。

「魔族との魔力のやり取りがどんな感じかは、わたしはわからないのですが、きっと何か――」
「つまり、魔物由来の魔力を持つ者と交接すれば、こちらに瑕が残る。故に、イフリート公爵を夫に持つ女王が、同様に魔力欠乏で短命に終わっている、というわけか」

 だが、恭親王は少し首を傾げる。同じ魔物の末裔でも、蛇女や狗女などの獣人は問題ないのか?
 恭親王の問いに、マニ僧都がこともなげに言った。

「獣人は魔力を持たないから、魔力のやり取りが発生しない。もともとの〈気〉の質が違うから、龍種の魔力にも耐性があるが、魔力のやり取りがないから子もできないのだ。魔族は獣人と違い、魔物由来の魔力を持つ。だからそこに魔力のやり取りが発生し、貴種となら子を生すことも可能なのだろう。ただ魔力が強い龍種とは、打ち消し合ってしまい、子ができないのだと思う」

 メイローズがアデライードを見て、尋ねた。

「その、瑕を塞ぐことはできますでしょうか?」
 
 アデライードが首を傾げ、マニ僧都を見る。

「魔力の膜ですから……魔法水薬ポーションではなく、治癒魔法なら効くのでは。ただそういう魔法陣があるかまではちょっと……」
「そんなのは聞いたことはないよ。たぶん、新たに構築することになるだろうな」

 マニ僧都が眉尻を下げる。新たな魔法陣を組み込んだ術式の構築は、相当、陰陽理論に通じていなければ無理で、アデライードには手に余る。その話を聞いていたゼクトが言った。

「その……廉郡王殿下も、あの時は魔族の――チャーンバー家の娘と……その……。先ほどの姫君のお話しでは、普段は問題なくとも、何か体調を崩すようなことがあれば、一気に魔力が減退すると……」

 それに対してマニ僧都が答えた。

「皇子ってことは龍種で、自己治癒能力があるのだろう? 現在、魔族を近づけていないのであれば、大丈夫だと思うけれど。アデライードは便宜的に魔力の膜だと言ったけれど、厳密に膜があるわけではない。魔力を持つ者の身体を覆う、魔力の層と言ったらいいのか……その最も強力な者が〈王気〉で、体調が悪くなれば影響がすぐに表れるけれど、十分に魔力がある状態であれば、いつの間にか勝手に修復してしまうよ。その修復機能が働かなくなったときに、綻びができるのだ――まあ、一度診察だけはしてもいいけれどね」

 その言葉にゼクトがほっとして力を抜くのがわかる。やはりゼクトにとって、最も心配なのは廉郡王であるらしい。
 しばらく話をして、ゼクトの治療計画についてはメイローズに一任して、恭親王はアデライードを促し、二人で部屋を辞した。
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