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5、白虹 日を貫く

聖勅

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 ソリスティアを出て四日。帝都の南郊外にある太陽神殿の転移門ゲートを降り立った恭親王は、近づいてきた神官から、帝都からの使者が待っていると告げられる。嫌な予感がするが、横にいた廉郡王に目で合図し、ゲルだけをともなって神官についていく。
 
 太陽神殿の貴賓室で待っていたのは、恭親王も皇宮で幾度も見かけた、太監たいかんのフォツォズ――皇帝付きの宦官と、太陽神殿の大神官ミレルパ――ゲスト家の出身で、トルフィンの叔父にあたる――だった。

「フォツォズ?――お前、陛下のお側を離れても、いいのか?陛下のご容態はーー」
万歳爺わんすいいえの御下命でございます。殿下に密勅をお届けするように、と――」
 
 両膝を絨毯について、恭しく漆塗りのはこを差し出す老宦官に、恭親王がはっとする。

「密勅、だと?」
「――は。万歳爺はついに、皇太子殿下の廃嫡をご決意遊ばされました。それで、これを殿下にと――」

 ただごとでない雰囲気に、恭親王はちらりと視線をゲルと大神官ミレルパに向け、詔勅の入った函を受け取る。黒漆の長細い函には赤い紐がかかり、結び目は封蝋で固められ、璽印が押されている。
 
 あまりの物々しさに、恭親王が思わず眉を寄せる。まず封蝋の璽印を確かめ――間違いなく皇帝の玉璽であった――、腰に下げた小刀で紐を切る。璽印を壊さないよう懐にしまい、箱を開けて中の密勅を取り出す。皇帝が御筆の詔勅に使用する、黄色を帯びた紙が丁寧に折り畳まれていた。長い指でそれを開いて、恭親王は黒曜石の瞳を見開く。

「――な! これは、どういうことだ! 陛下は――っ」
 
 あまりのことに次の句が継げなかった。茫然とした表情でフォツォズを見つめるが、老宦官はさも当然というように言う。

「皇太子――第二皇子ロウリン様の次の継承順位は殿下にございます。殿下を皇太子に、というのはある意味当然です」
「私は〈聖婚〉の皇子で、ソリスティアの総督だ。もう私の即位の芽はなくなったはずだ! だいたい、何だって皇太子を廃嫡になど――」
「例の、サウラの一件で、帝都におけるイフリートの〈黒影〉について調査した結果、一部が皇太子宮と繋がりのあることが明らかになったためです。廃嫡には十分な理由であるかと存じます」

 フォツォズが淡々と告げた言葉に、恭親王だけでなく、ゲルも、そしてミレルパも絶句した。

「今頃は皇太子宮にも勅使が参り、廃嫡の聖旨を伝えているはずでございます。殿下は急ぎ禁中に入り、陛下の御前にて皇太子位を拝するようにとの、詔でございます」
「私は皇帝になどなりたくない!」

 恭親王は秀麗な顔を蒼ざめさせて、ただ聖勅を眺める。
 皇帝はついに皇太子のすげ替えを決意した。――譲られる彼の意志を無視したまま。

 皇太子、そしてさらに皇帝になれば、アデライードの側にいることはできない。彼女と引き離されるくらいなら、死んだほうがましだ。
 恭親王は目まぐるしく考える。いっそソリスティアに逃げ帰ってしまおうか。だが、皇太子が廃位されたのであれば、今頃皇宮は混乱に陥っているはずだ。

「陛下のご様子はどんな風か。お話はできそうか?」
「はい。まだお言葉もしっかりしておられ、殿下のご到着を一日千秋の想いで待っておられます。やはりご愛子でございますれば、わざわざ奴才やつがれに使いを命じられました」

 皇帝が待ち焦がれる程愛しているのは、シウリンではなく、ユエリンなのだが。恭親王は苦笑する。彼は目の前に慇懃いんぎんに下げられた、フォツォズのごま塩頭に命ずる。

「とりあえず皇宮には参る。だが、即位はしたくない。私には、万乗ばんじょうの位は重すぎる」
「――陛下の聖旨にあらがわれますか」
「――私は〈聖婚〉の皇子だ。それは帝国の事情に優先するのではないのか。……トルフィンを、これへ」

 すぐに呼ばれてきたトルフィンが足元に跪くのに、恭親王が密勅を函ごと手渡して命じた。

「これはお前に預けておく。大切なものだ。落とすな」
 
 トルフィンが、真面目に頷く。

「命にかえましても――」
 
 トルフィンがそれを背嚢はいのうに入れるのを確認してから、恭親王は配下に命じる。

「皇宮へ――陛下がお呼びだ。疲れているだろうが、あと一息頑張ってほしい」

 貴賓室を出ると、廉郡王らはすでに支度を整えて待っていた。恭親王の許に太監が使いに訪れたことで、鋭い廉郡王は何かを察したらしい。

「帝都は大騒ぎになってるだろうな」
「――君は何か聞いていたのか?」
「最近、親父には会ってねぇよ。身体の調子が悪くて、陛下より先にくたばるんじゃねぇか、なんて噂さえあった」

 廉郡王がさすがに、表情を曇らせる。父の皇太子が廃嫡とされれば、当然、彼の即位の芽もなくなる。

「前から言ってるが、俺はガラじゃないから。ユエリンの方が向いている」

 廉郡王の言葉に、恭親王は思わず吐き捨てるように言った。
 
「勘弁してくれ。私はアデライードを手放すつもりはないんだ」

 五百年前、聖帝は〈聖婚〉の皇子でありながら、帝位に即いた。しかし、聖帝の妻は女王になる必要のない王女だった。唯一の銀の龍種の生き残りである、アデライードとは状況が異なる。もし恭親王が皇帝に即位するのなら、龍騎士と始祖女王と同様、別れるしかない。

 最愛の人を失ってまで、望まない玉座に即く。こんな理不尽な話はあるまい。何とかして、皇帝には彼への譲位を諦めてもらわなければ。
 ほぼ一年ぶりに、太陽神殿と帝都を結ぶ街道を走り抜けながら、恭親王の心は遠いソリスティアの妻のもとに飛んでいた。欲しいのは彼女だけ。他は何もいらない――。

 整備された街道を、途中休憩もほとんど挟まずに馬で走り続ければ、帝都の城壁と門が視えてきた。
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