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6,夏至

後宮からの脱出

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 夜明け前の一番闇の深い時刻。
 ゾラ、トルフィン、アート、テムジンの四人は、こっそりと監禁場所を出た。少し離れた回廊のところに見張りがいたが、眠っているようだった。そっと、足音を立てないように通り過ぎる。以前、皇宮近衛騎士をしていたゾラを先導役に、後宮へと向かう。

 残りの聖騎士たちは他の部屋に監禁された者たちと連携し、後宮とは逆方向、南側外朝の方角へ脱出して、派手に騒ぎを起こす手筈になっていた。それぞれ皇宮を抜け出し、市街にある皇宮騎士団と帝都騎士団に駆け込む計画だ。叛乱に参加しているのは、騎士団のごく一部と思われるからだ。

 聖騎士たちが監禁されていた場所は太極殿から南東にあり、鴛鴦宮は太極殿から北西――つまり、ほぼ対角線にあたる。太極殿の周囲にはまだ、衛士がうろついていて、彼らは幾度も柱の陰で息を殺し、衛士らが通り過ぎるのをやり過ごした。

 太極殿の周囲の警戒が厳しく、通り抜けることができない。見つかることを覚悟の上で強行突破するしかないのかと、四人がタイミングを計っていた時、建物の陰から手招きする者がいた。

 ゾラが近づいてみると、それは以前、恭親王の下にいた小宦官であった。

「おめぇ……」
「しいっ。……こちらに抜け道があります。僕に着いてきてください」

 小宦官が導き入れたのは、天井が低く、人がようやくすれ違える程度の細い道だ。ゾラやトルフィンはやや小腰を屈めなければならない。

煖坑オンドルの掃除と点検用の通路なんです。僕たち宦官しか知りません」
「こいつはすげぇや」
 
 通路はちょうど太極殿の下を回り込むようになっていて、次に出てきたところは乾坤宮の脇であった。

「ここから鴛鴦宮はすぐそこです。少し先に、太監たいかん様がお待ちです」
 
 宦官はそれだけ言うと、そっと頭を下げ、通路に戻って行こうとする。

「助かったよ。――その、気を付けて」

 トルフィンが礼を言うと、宦官は真剣な表情で言った。

「恭親王殿下の行方は我々で探し出します。騎士様方も、ご武運を」

 四人は頷きあうと、足音を立てぬように先に進んだ。




 鴛鴦宮の周囲も警備の騎士が多く取り巻いて、近づくのは容易でなかった。バタバタと足音がして、騎士たちが忙しなく行きかう。

「外朝の方で、聖騎士たちが……」
「何だと?」
「皇子付きの禁軍のやつらだ」
「とにかく制圧を――」

 四人は顔を見合わせる。聖騎士たちが脱出を始めたのだ。この機を逃さず強硬突破しようかと彼らがタイミングを計っていると、背後から小声で呼び止められ、太監のフォツォズが手招きする。

「お早く――抜け道はこっちです」
「助かったよ、ほんと後宮は迷路みてぇだな」

 ついて行くと、回廊の一角の磚がはがされ、下に続く階段が見えた。

「ここから殿下のいる部屋まで直で行けます」
 
 鴛鴦宮で監禁の手伝いをさせられた宦官に手を回し、あえて抜け道の通じる部屋に賢親王を幽閉したという。

「さっきまで、娘娘にゃんにゃんのお部屋が大変なことでした。――ご自害、なさいましたので」
「!!」

 四人が息を飲む。

「恭親王殿下が贋の皇子であると証言せよと、新帝に迫られ、拒否して毒薬を呷られました」

 フォツォズの肩が心なし落ちている。

「せめて賢親王殿下だけでもお救いしなければ、この国は亡びてしまいます」
 
 階段を一度降り、ぐるりと回ってから再び梯子のような細い階を上る。

「こちらです――開けますよ」

 フォツォズがぐぐっと壁を押すと、音もなく扉が開いた。
 魔力灯が淡く灯る部屋で、賢親王は椅子に座っていたが、突如現れた太監と四人の騎士に目を瞠る。だがさすがに声をあげたりはしなかった。

「殿下――奉宝殿に術者が待機しております。太陽神殿に脱出を」
「しかし、皇后陛下を置いては――」

 賢親王の言葉に、太監が目を伏せ、首を振る。

「さきほど、ご自害なさいました」
「!!」

 賢親王が絶句して目を閉じる。

「……そうか。わかった」

 決断をすれば動きは速い。太監は後宮内の隠し通路を熟知しており、先ほどとは別の道から、奉宝殿の龍皇帝の祭壇の下に出た。

 ちょうど、夜明けの光が東の窓から差し込んで、闇を切り裂いていく。
 彼ら五人が魔法陣に乗ると、待機していた術者の宦官が二人、結跏趺坐けっかふざして印を結び、真言マントラを唱える。魔法陣の周囲に光が立ち昇り、頭を下げて見送る太監の姿がゆらりと揺れる。

「この後、この魔法陣は使用できないよう、処置しておきます。お気をつけて――どうか……」

 太監の姿がぐにゃりと歪み、見えなくなる。――次の瞬間、朝日に照らされた太陽神殿の転移門ゲートの上に、五人は立っていた。
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