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6,夏至

ゲセル家

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 夏至の太陽が昇る中、ゲセル家の次男ウーフェイは日課の木刀の素振りをしていた。

 ウーフェイが何気なく見上げた夜明けの空から、バサリと一羽の鳩が飛び込んできた。彼の頭に止まり、「ボーボー、クッルク―」と例の妖し気な声で鳴く。

「うわっ、な、なんだお前!……って、お前、クーフェイの鳩か!」

 彼の弟クーフェイは、修行を兼ねて帝都騎士団の騎士をしている。もともと動物好きのクーフェイは、州騎士団で連絡用に飼育していた鳩を手懐け、数羽、帝都の宿舎に連れていったのだ。

 慌てて鳩を頭の上から降ろしてくると、足首には手紙をつける筒がついていて、ウーフェイが手紙を外すのを大人しく待っている。

「よしよし、お手柄だったな、すぐに褒美をやるからな……」

 彼は邸へと向かう道すがら、筒の中の手紙を取り出した。中の手紙の字はかなり乱れていたが、弟のものだ。

「逆賊叛し、父拘束さる。本日正午、宣陽門外で斬首とのこと。帝都の有志で奪還せん。助力を請う 三弟」

 ウーフェイは黒い目を見開き、髪の毛が逆立つのを感じた。

「ビート! 兄上と叔父上を呼べ、今すぐだ!たたき起こせ!」

 邸に飛び込むと、まだ寝惚けまなこの家令を怒鳴りつける。家令がただならぬ様子に飛び上がって、即刻踵を返して走っていくのを見送って、ウーフェイは唇を噛んでずっと手紙を眺め、頭の中で帝都への道筋を考える。

 宣陽門は帝都の皇宮の南門。

(――今すぐに出たとして、間に合うか?)

 長兄のルーフェイもすぐに出てきた。

「兄者、大変だ。皇宮が逆徒に制圧され、親父殿が拘束されたらしい。正午に処刑されると」
「何だと?」
「それで、三弟クーフェイが有志と奪還するつもりらしい。助力をと――」

 ウーフェイが手紙を示すと、ルーフェイがひったくるように奪って、素早く一瞥する。

「なんと……だが、今から間に合うか?」
「死ぬ気で飛ばせば何とか……」
 
 ルーフェイは顎に指を添えて考え、言った。

「よし、緊急に百騎を招集し、おぬしが率いて帝都に走れ。とにかく親父殿を助ければいいわけだから。――俺と叔父上は騎士団の残りを編成して、その後に備える」
「了解した」

 ウーフェイは即座に頷き、百騎を招集するために部屋を出る。ルーフェイは家令に母や妻たちを起こすように命じ、自分も武装するために部屋に戻ろうとした。そこへ従僕の一人が駆け込んでくる。

「若様、太陽神殿から急使です。……フォーラ家のゾラ卿だとか」
 
 従僕の背後から、見たことのある騎士らしい男がやってきた。さらにその後ろには、もう一人、如何にも筋骨隆々とした、無精ひげも濃いガッチリした男。

「……ゾラ卿? フォーラ家の?」

 ルーフェイは素早く考える。フォーラ家のゾラは恭親王殿下の配下で、ソリスティアにいるはずだ。――かなり前だが彼とは巡検で同じ組になったことがある。その頃はまだ十六かそこらだったはずが――。彼の記憶にあるよりはずいぶんと男っぽい、短髪のいかにも騎士然とした男を見て、だが面影があるとルーフェイは思う。

「えっと、ルーフェイ殿だっけ、クーフェイにはいつもお世話になってるっすよ。俺はフォーラ家のゾラ、こっちはマフ家に連なる聖騎士のテムジン。……単刀直入に言うけど、騎士を百騎ほど貸して欲しいんっすよ、おたくの親父さんと、俺の親父の命がかかってんだ」

 一瞬、虚を突かれるが、だが先ほどの弟からの手紙を思い出し、すぐにこの男の目的に気づく。フォーラ家の当主も拘束されているのだ。

「正午に宣陽門外で、というやつか?」
「えっ何で知ってんの?」
「今、クーフェイの鳩が来た」

 ルーフェイが手紙を示すと、ゾラは目を瞠った。

「すげえ、さすがに話早ぇや!俺たちは賢親王殿下と皇宮を脱出してきたんす。殿下は州騎士団に拠って、逆賊に対して兵を挙げるつもりっす。でも、俺はその前にまず、親父たちを取り戻したい。今からなら間に合うかもしれねぇから……」
「ウーフェイら百騎が今から向かう。もう、門を出るぞ!」
「まじで! 言いにくいんだけどよ、馬も剣もねぇんだよ、貸してもらえねぇ?」

 図々しい男だな、と内心舌打ちしたくなったが、叛乱軍に制圧された皇宮から脱出してきたのだから、無理はないと思い直し、家令に命じて支度させる。

「先に厩舎でウーフェイと合流し、馬を選んでくれ。剣は厩舎に持って行かせる」
「すまねぇ、恩に着るぜ、アリナ姐さんの兄さん!……あ、それから太陽神殿で賢親王殿下が待ってるっすよ! んーじゃーね!」

 厩舎に向かって小走りに走っていく男たちを見送ってから、彼も武装して太陽神殿に向かう。

 ルーフェイが邸の門を出ようとしたところで、ちょうどウーフェイら百騎と行き会った。

「ウーフェイ! ゾラ卿! 親父殿を頼む」
「承知!」
「りょーかいっ!」

 騎士たちは馬上でルーフェイに敬礼すると、帝都に向かう街道を一斉に走り出す。早朝の出撃に砂塵が舞い、烏たちが何事かと上空で騒いでいた。
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