上 下
76 / 171
6,夏至

再起

しおりを挟む
 ルーフェイは手の中にクーフェイの手紙を握りしめ、単騎、太陽神殿に向かう。
 
 通された大神官の応接室で、ルーフェイは賢親王に拝謁した。

「ゲセル公爵の嫡男、ルーフェイにございます」
「ああ、よい。楽にせよ。早朝から済まぬ。――ゾラとテムジンには、兵を貸してくれたか?」
「は――ちょうど愚弟に百騎をつけて親父殿の奪還に向かわせるところでしたので、馬と剣だけを貸しました」
「もう、こちらまで情報が?」
「帝都騎士団にいる三弟が、鳩を飛ばしまして。あちらはあちらで動くようですので」
「うむ。他にもマフ公爵、ソルバン侯爵が拘束されている。せめて彼らは助けたい」

 文官家の当主は軒並み殺害された、と賢親王は表情を歪める。
 
「彼奴等、貴種を根絶やしにせんと目論んでおるフシがある」
 
 ルーフェイは片膝をついて賢親王を見上げ、尋ねる。

「他の皇族方は……」
「両陛下は崩御された。わが異母弟、恭親王は皇太子配下の魔術師に連れ去られ、行方が知れぬ。廉郡王は東宮に謹慎中だ。昨日のうちに諸王(皇子)たちには先帝の崩御と新帝即位が伝えられ、参内が申し渡され、ほとんどの皇子たちは後宮に幽閉されている」

 賢親王がトルフィンに顎をしゃくると、トルフィンが聖勅の入った函を持ってきて賢親王に手渡す。

「亡き陛下による、皇太子を廃嫡し、恭親王を立太子する聖勅だ。これを根拠に皇太子の即位の正当性を否定し、兵を起こす」

 それを有り難そうに押し頂き、一読して賢親王に返してから、ルーフェイが言う。

「しかし、恭親王殿下が行方不明では……殿下が御位を継がれた方が……」
「それではだめだ」

 ばっさりと賢親王が切って捨てる。

「余ではロウリンよりも継承順位が低い。ユエリンは皇后所生で、何より聖敕が存在する。まずはユエリンを探し出し、即位させる。余はあくまで、親王にして軍機大臣として兵を率いる。その方が、形としてもロウリンの悪逆を非難しやすい」
「……なるほど」
「まず、州騎士団を中心に編成する。……公爵たちを救出できたら、帝都騎士団の叛乱に与していない者たちも含め、軍を纏める。――皇宮騎士団も、全てが叛乱に加わっているわけではない」

 ルーフェイが、賢親王に尋ねる。

「いったいなぜ、叛乱などを」
「妙な邪教と繋がって、十二貴嬪家と貴種への特権廃止と、平民の復権、公平な登用を訴えているとか」

 ルーフェイが首を傾げる。

「騎士団の上層部が、貴種によって独占されるのは、昔からのことです。今更……」
「そう、今更だ。だが、地の底にくぐるように不満はあったのであろう。それを、焚きつける者がいたのだ。問題は、その邪教と、皇太子が結んだことだ。龍種として貴種を纏める立場にあるはずの、皇太子が。――思えば、あの異母兄は十五歳で成人とともに皇太子位に冊立され、巡検に出たことがない。龍種と貴種の義務である巡検を経験せず、魔物の脅威も知らぬまま、四十年も儲貳あとつぎとして暮らしてきた。廃嫡の危機に怯えるあまり、龍種と貴種の本意を忘れたのだ。――愚かなことだ」

 賢親王は溜息をつき、しばし睫毛を伏せ、思いに沈む。恭親王の言葉が頭をよぎる。

 〈混沌〉の再現――。

 イフリート家の真の狙いがそうだとすれば、いったいいつから、かの公爵は帝都で工作を行っていたのか。

「背後には、西の筆頭公爵家、イフリート家がいる。女王家を乗っ取り、魔物と平民ヒトの交わる〈混沌〉の世の再現を目論んでおる。――天と陰陽ではなく、泉神の支配する世界の」

 ルーフェイが目を見開く。

「まさか……」
「間違いない。ユエリン……恭親王が女王国の王都ナキアに侵攻せんとするタイミングを見計らったように、叛乱は起きた。皇族同士が殺し合い、貴種を斬殺し、龍種を滅ぼす。――何たることか!ユエリンを失えば、ユエリンの番(つがい)たる、陰の龍種である王女の魔力は制御することができぬ。一日も早くユエリンを取り戻さねばならぬ。帝国のためだけではない。天と陰陽と、その調和によって成り立つ、世界すべてのために」

 賢親王が悔し気に奥歯を噛みしめる。乾坤宮で、皇太子がふっかけた無意味な論争に気を取られ、奴を捕らえる機会をみすみす逃したのだ。皇子の入れ替わりに最初から関わっていた賢親王は、秘密を指摘されて動揺し、議論の引き際を誤ったのだ。

(余のミスだ――)

 異母弟はあの魔術師の技量を見て、せめて再起の道を残そうとした。
 絶対に救い出さねばならぬ。――この世界のために。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

本物の悪女とはどういうものか教えて差し上げます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:49

堕ちた神の王

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

男子校の姫は生徒会長に愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:272

私より今貴方の隣にいるひとが良いのですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:16

俺で妄想するのはやめてくれ!

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:971

そばにいる人、いたい人

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:20

庭師見習いは見た!お屋敷は今日も大変!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:17

処理中です...