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8、不完全なるもの

皇子の処刑

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 叛乱から三日。夏至を過ぎ、真夏へと向かう帝都は、気温も湿度もうなぎ上りであった。
 
 二つの陣営に割れた帝都では、新帝に反旗を翻した騎士団と、新帝についた平民の義兵との小競り合いが散発的に起こる他は、膠着状態に陥っていた。

 皇城内は新帝を戴く叛乱側が制圧していたが、それ以外の帝都は、賢親王が率いる反・叛乱側の支配下にあった。救出された武官家の当主たちは皇宮騎士団と帝都騎士団の指揮権を取り戻し、一方の叛乱分子は皇城の内に逃げ込み、皇城の城壁を挟んでにらみ合う形になる。

 太極殿内で十二貴嬪家・貴種家の当主が殺害された一件は中流貴族にも衝撃をもたらし、中流以上の貴族層は皆、賢親王支持に回る。下級の、新興の貴族家は新帝支持に回ったものの、皇城以外の帝都は賢親王が制圧しており、逼塞ひっそくするしかない。新帝は全土に詔勅を出し、州軍と辺境騎士団を招集しようとしたが、十二貴嬪家の傍系によって占められた地方長官が同調するはずもなく、また辺境騎士団も賢親王支持を表明した。身分社会に不満を持つ平民の騎士たちが義勇軍を編成して皇城に集まったけれど、帝都三騎士団の聖騎士の精鋭とでは、技量に差がありすぎる。さらに太陽神殿および〈禁苑〉が皇帝弑殺しいさつを理由に、皇太子とその周辺の破門を宣告したことで、信仰に篤い平民の支持も失われた。

 賢親王としては武力によって一気に皇城を制圧したかったが、だが皇城内に数多くの皇族や妃嬪たちが拘束されたままであり、その中には賢親王の五人の皇子たちも含まれていた。
 夏至の早朝に太陽神殿に転移した賢親王は、すぐさま州騎士団の一部を帝都のやしきに派遣したのだが、皇子たちは前夜のうちに先帝崩御と新帝即位の報せを受け、父親が監禁されているとも知らずに皇宮に参内して、拘禁されていた。
 賢親王は正室を数年前に亡くし、現在は三人の側室を置いていたが、賢親王の脱出に気づいた新帝の手の者が早朝に邸を急襲し、側室たちは収監されるのを拒否し、全員自害してしまった。

 現在、新帝の手に落ちていないことが明らかなのは賢親王の他には、門前の諍いを見て馬首を返して逃亡した第十二皇子の穆郡王ぼくぐんのうフォリンと第七皇子の礼郡王オーリン、そして廉郡王れんぐんのうら新帝の皇子たち、後は高齢でやしきに籠っている皇子や、地方の軍府にいる傍系の皇子だけである。ちなみに穆郡王と礼郡王はすでに帝都騎士団に逃げ込み、今は賢親王の下で動いている。

 ゾラは帝都騎士団の士官の扮装に身をやつし、帝都の見回りのような顔をして皇城近くの一角にやってきた。普段ならば人馬や荷車の往来が激しい大路だが、人影もまばらだった。 

 口笛らしい音を聞いて、ゾラがさりげなく周囲を見回す。排水溝と濠を兼ねた、小さな流れがあって、両側には柳の木が等間隔に植えられていた。その木陰に、大柄な男が立っているのを見つけ、何事もないかのようにのんびりと馬を進める。

 木の影にいたのは、地味な藍染めの上着を着たリックだった。

「よう、元気かよ」
「まあまあだな」

 新帝の皇子である廉郡王は大っぴらに賢親王側につくことはせず、現在は東宮に逼塞している。宦官や暗部を通して、密かに皇宮の情報を流してくれているのだ。

「例の――居場所はわかったか?」

 ゾラがリックに尋ねるが、リックは太い首を微かに振る。

「まだわからねぇ。とんでもなく分厚い魔術障壁がかかって、暗部も入り込めねぇそうだ。――それから、後宮内にいる親王の一部も行方がわからねぇって」
「親王――」
「具体的には順親王と襄親王じょうしんのうの二人っすよ。最初の夜は居場所が掴めていたが、次の夜までにどこかに移送されたって」
「殿下が一緒にいる可能性は?」
「高いっすけど、可能性の話っすから」

 リックが大きな身体をゾラに寄せるようにして、耳元に口を寄せた。ただでさえ蒸し暑いのに、むさくるしい男に近くに寄られてゾラはオエっと思ったが、重大な話なのだろうと我慢した。

「うちの殿下から、賢親王殿下にお願いがあるっすよ」
「お願い――?」
「弟君たちを、太陽神殿で預かって欲しいって」
「――弟? 何人いたっけ?」
「四人。でも、下の二人は瀕死の重態で、動かすのも難儀なんすけど――上の二人もあんまりよくねぇ」

 ゾラが思わず至近距離でリックの顔をまじまじと見た。二十三歳の廉郡王の弟ということは、だいたい二十歳前後から、十代前半くらいだろう。それが四人とも身体を悪くしているというのは、あまりに異常だ。 

「流行り病かなんかか? だったらーー」
「うつる病気じゃあねぇ。何でも、〈王気〉がひどく減退して、一刻も早く神殿の治療を受けさせないと、間違いなく助からねぇって殿下が……」

 ゾラが精悍な眉を顰める。

「四人とも、同じ症状なのかよ? 何だってそんな……」
「とにかく、近日中に暗部に送らせて太陽神殿に寄こす、って殿下のご伝言っす。一番上の弟君はまだしっかりしているから、話はその殿下から聞いて欲しいって」

 それから、リックが皇宮内の情報をいくつか伝達している時に、ガヤガヤと人のざわめきが風に乗ってやってきた。

「なんだ――」
「処刑だ――生首だ!」
「皇子たちの――」

 皇子の生首と聞いて、リックとゾラは思わず顔を見合わせ、取る者取りあえず騒ぎの方に足を向ける。

「ゾラ、気を付けろよ。目立つ行動すると、正体がバレちまう」

 リックが注意すると、ゾラも言った。

「おめぇこそ、無駄に図体がデカいってだけで余計に目立つんだ。注意しろよ?」

 念のためにお互い離れて、騒ぎの出どころである宣陽門せんようもんの方に向かう。先日、高官たちの処刑に失敗したその場所は、新帝側の皇宮騎士によって厳重に固められていた。

 宣陽門の前には胸ほどの高さの木の机が置かれ、そこに血の痕も生々しい生首が五つ、並べられる。まだ若い、男の首――。

 鳩尾みぞおちをギュッと掴まれるような感覚を覚えながら、ゾラは遠目を凝らす。彼の主に似ているような気もするが、だが――。

「逆賊エリンの息子たちの首級だ! 新帝陛下に忠誠を誓わぬ者は、いずれすべての首を野に曝すことになる!」

 城門脇の騎士が、声を張り上げる。

「賢親王殿下の――」

 ゾラのはらわたが煮える程の怒りが沸き上がる。賢親王の皇子たちは恭親王とはやや年が離れているのでそれほどの交流はなかったが、穏健な人柄で、武芸の腕もそこそこだと評判だった。だまし討ちのような形で拘束し、父親に対するみせしめとして殺害して首を曝しものにするなんて、およそ人のすることと思えなかった。

「ひでぇ……」

 いつの間にか側に寄ってきたリックが囁いた。

「一番下の殿下は確か今年成人したばかりっすよ。まだ、十五歳なのに……あんまりだ」

 ゾラがギリと奥歯を噛みしめる。戦場も経験し、子供の遺体だって見慣れているが、何の咎もない少年が害に遭うのはやるせなかった。ゾラはリックに目配せすると、そっとその場を離れる。

「まず、殿下に報告して、場合によっては首級とご遺体を奪還する。……例の、弟の件は伝えとくぜ」

 リックが頷いたのを見て、ゾラは馬を繋いである場所に向かって足を速めた。
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