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8、不完全なるもの
新帝の目的
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帝都南郊外の州騎士団の指令室で、ゾラの報告を聞いた賢親王はさすがに立ち上がり、暫しの間、両の瞼を伏せ、額に右手を置いて立ち尽くした。
「さすがに俺一人じゃあ、首を五つも奪って逃げられないんで、その場での奪還は諦めたんすけど……」
「よい。ことさらに首級を曝したのは、その方らを誘き寄せるためであったかもしれぬ。いずれ皇宮を落とせば、改めて葬ることもできよう。今は、捨ておけ」
ゾラが申し訳なさそうに言うのに、賢親王は首を振る。
「遅かれ早かれ、そういう手段に出るのではないかとは思っていた。だがこれで、ユエリンがまだ殺されてはいないことが明らかになった」
殺したと言う通告も、首級も曝されていない。もっとも効果的なタイミングでの処刑を狙っているのかもしれないが、ひとまず今はまだ生きているということだ。
「廉郡王の侍従武官が言っていた、順親王と襄親王の行方もわからぬという話が気にかかる」
賢親王は息子たちの死の衝撃を振り切るように言う。
「皇位継承権のある皇子殿下を、一カ所に集めているんじゃないでしょうか」
トルフィンの言葉に、賢親王も頷く。
「それはあるかもしれぬ。だが――何とも嫌な予感がしてならぬ。やはり一刻も早くユエリンの居場所を突き止め、強硬突破をかけて救出するよりほかない」
恭親王の暗部すら、幾重にもかけられた魔術師による魔術障壁に邪魔されて、主の気配すら感知できていない。同じソアレス家の、ゼクト配下の暗部にも協力を求めて行方を追っているけれど、恭親王の所在は杳として知れぬままである。
何よりも、魔術師が恭親王を攫った理由が不気味であった。
その理由は意外にも、廉郡王が密かに保護を求めてきた彼の幼い弟皇子たちによって明らかになった。
闇に紛れ、暗部の者が密かに太陽神殿に連れてきた、廉郡王の異母弟たち――つまり、新帝の息子たち――は四人。うち下の二人は命も危うく、最年少のノイン皇子は意識がない。彼らを目にした太陽神殿の大神官ミラルパは絶句した。
――下の二人の皇子には、ほぼ〈王気〉が視られず、上の二人も〈王気〉の減退が甚だしいという。まるで、魔物に〈王気〉を吸い取られて死んだ、成郡王のようだ、と。
さらに、上の皇子が語った内容は、賢親王を怒りと絶望の淵に突き落とした。
――父上は、自分の消えかけた〈王気〉の代わりに、僕たちの〈王気〉を奪ったのです。
辛うじて自力で起き上がることのできる、十九歳の栄郡王リイン皇子が言った。彼の証言によれば、皇太子ロウリンの〈王気〉は減退してほとんど消えかけて、このままでは皇太子位はおろか、皇籍までも剥奪されかねない状態であったという。
「それで、その魔術師の術で、〈王気〉を息子から奪い、自らの〈王気〉を維持したと申すのか」
あまりのことに賢親王は吐き気すら覚える。そんな魔術が可能か否かはさておき、息子を犠牲にしてまで、皇太子の地位に縋りつきたかったのか。
老齢や病の進行によって、龍種であっても〈王気〉が視認できなくなる例もなくはない。だが一般にそれは死の予兆であって、大抵は療養を申し出たり、神殿に入ったりして静かに余生を送るのだ。息子の〈王気〉を奪うなどと、賢親王には想像もつかなかった。
「僕たち兄弟の母はいずれも貴種ではありませんので、どうしても〈王気〉は強くない。ですからそんなに長くは保たないようです。初めはノインとユイン二人だけだったけれど、彼らのを吸いつくして足りなくなったと、僕とメインにも――」
栄郡王は痩せた瞼を伏せて疲れたように言う。
極限まで〈王気〉を搾り取られた下の弟二人は、弱って死を待つばかりの状態であった。まだしも体力の残る上の二皇子は、宦官がついて自室で療養していたが、容態は思わしくない。その様子を見た廉郡王が、ソリスティアの総督府でマニ僧都とアデライード姫の治療を受け、劇的に回復した正傅のゼクトを思い出し、何とか治療を受けさせられないかと、密かに太陽神殿に送り出したのだ。
賢親王に呼び出され、四人の皇子たちを見たトルフィンが言った。
「――俺は、あの治療の仕組みはよくわからないのですが、何でも〈瑕〉?を塞がないと完治はしないとか、何とか。魔法陣自体はマニ僧都が構築して、いずれはそれを各神殿に配布するつもりだと聞いていますが」
賢親王も苦い顔で頷く。西の貴種であるマニ僧都やアデライード姫をこちらに招くのは無理だ。だが、四皇子はソリスティアへの移動にも耐えそうもない。マニ僧都の魔法陣を伝授してもらい、神殿の術者で治療を施す以外になさそうであった。
「それは今度の報告の折に頼んでみよう。――それより、ユエリンや、コーリン、フリンといった、特に〈王気〉の強い、親王たちが一カ所に集められているのは、まさか、あれらの〈王気〉をも奪おうと言うのではあるまいな」
あまりに不吉な考えに、賢親王だけでなく、周囲の者たちも、思わず背筋を震わせる。
「狂ってるっすよ――自分の息子の〈王気〉を横取りするなんて」
ゾラが如何にも不気味そうに言うのに、賢親王も全く同感であった。
「――とにかく、後宮の動きに気をつけよ。僅かな動きも見落としてはならぬ」
配下に命じて、賢親王は重い疲労に眉間を指で押さえた。
「さすがに俺一人じゃあ、首を五つも奪って逃げられないんで、その場での奪還は諦めたんすけど……」
「よい。ことさらに首級を曝したのは、その方らを誘き寄せるためであったかもしれぬ。いずれ皇宮を落とせば、改めて葬ることもできよう。今は、捨ておけ」
ゾラが申し訳なさそうに言うのに、賢親王は首を振る。
「遅かれ早かれ、そういう手段に出るのではないかとは思っていた。だがこれで、ユエリンがまだ殺されてはいないことが明らかになった」
殺したと言う通告も、首級も曝されていない。もっとも効果的なタイミングでの処刑を狙っているのかもしれないが、ひとまず今はまだ生きているということだ。
「廉郡王の侍従武官が言っていた、順親王と襄親王の行方もわからぬという話が気にかかる」
賢親王は息子たちの死の衝撃を振り切るように言う。
「皇位継承権のある皇子殿下を、一カ所に集めているんじゃないでしょうか」
トルフィンの言葉に、賢親王も頷く。
「それはあるかもしれぬ。だが――何とも嫌な予感がしてならぬ。やはり一刻も早くユエリンの居場所を突き止め、強硬突破をかけて救出するよりほかない」
恭親王の暗部すら、幾重にもかけられた魔術師による魔術障壁に邪魔されて、主の気配すら感知できていない。同じソアレス家の、ゼクト配下の暗部にも協力を求めて行方を追っているけれど、恭親王の所在は杳として知れぬままである。
何よりも、魔術師が恭親王を攫った理由が不気味であった。
その理由は意外にも、廉郡王が密かに保護を求めてきた彼の幼い弟皇子たちによって明らかになった。
闇に紛れ、暗部の者が密かに太陽神殿に連れてきた、廉郡王の異母弟たち――つまり、新帝の息子たち――は四人。うち下の二人は命も危うく、最年少のノイン皇子は意識がない。彼らを目にした太陽神殿の大神官ミラルパは絶句した。
――下の二人の皇子には、ほぼ〈王気〉が視られず、上の二人も〈王気〉の減退が甚だしいという。まるで、魔物に〈王気〉を吸い取られて死んだ、成郡王のようだ、と。
さらに、上の皇子が語った内容は、賢親王を怒りと絶望の淵に突き落とした。
――父上は、自分の消えかけた〈王気〉の代わりに、僕たちの〈王気〉を奪ったのです。
辛うじて自力で起き上がることのできる、十九歳の栄郡王リイン皇子が言った。彼の証言によれば、皇太子ロウリンの〈王気〉は減退してほとんど消えかけて、このままでは皇太子位はおろか、皇籍までも剥奪されかねない状態であったという。
「それで、その魔術師の術で、〈王気〉を息子から奪い、自らの〈王気〉を維持したと申すのか」
あまりのことに賢親王は吐き気すら覚える。そんな魔術が可能か否かはさておき、息子を犠牲にしてまで、皇太子の地位に縋りつきたかったのか。
老齢や病の進行によって、龍種であっても〈王気〉が視認できなくなる例もなくはない。だが一般にそれは死の予兆であって、大抵は療養を申し出たり、神殿に入ったりして静かに余生を送るのだ。息子の〈王気〉を奪うなどと、賢親王には想像もつかなかった。
「僕たち兄弟の母はいずれも貴種ではありませんので、どうしても〈王気〉は強くない。ですからそんなに長くは保たないようです。初めはノインとユイン二人だけだったけれど、彼らのを吸いつくして足りなくなったと、僕とメインにも――」
栄郡王は痩せた瞼を伏せて疲れたように言う。
極限まで〈王気〉を搾り取られた下の弟二人は、弱って死を待つばかりの状態であった。まだしも体力の残る上の二皇子は、宦官がついて自室で療養していたが、容態は思わしくない。その様子を見た廉郡王が、ソリスティアの総督府でマニ僧都とアデライード姫の治療を受け、劇的に回復した正傅のゼクトを思い出し、何とか治療を受けさせられないかと、密かに太陽神殿に送り出したのだ。
賢親王に呼び出され、四人の皇子たちを見たトルフィンが言った。
「――俺は、あの治療の仕組みはよくわからないのですが、何でも〈瑕〉?を塞がないと完治はしないとか、何とか。魔法陣自体はマニ僧都が構築して、いずれはそれを各神殿に配布するつもりだと聞いていますが」
賢親王も苦い顔で頷く。西の貴種であるマニ僧都やアデライード姫をこちらに招くのは無理だ。だが、四皇子はソリスティアへの移動にも耐えそうもない。マニ僧都の魔法陣を伝授してもらい、神殿の術者で治療を施す以外になさそうであった。
「それは今度の報告の折に頼んでみよう。――それより、ユエリンや、コーリン、フリンといった、特に〈王気〉の強い、親王たちが一カ所に集められているのは、まさか、あれらの〈王気〉をも奪おうと言うのではあるまいな」
あまりに不吉な考えに、賢親王だけでなく、周囲の者たちも、思わず背筋を震わせる。
「狂ってるっすよ――自分の息子の〈王気〉を横取りするなんて」
ゾラが如何にも不気味そうに言うのに、賢親王も全く同感であった。
「――とにかく、後宮の動きに気をつけよ。僅かな動きも見落としてはならぬ」
配下に命じて、賢親王は重い疲労に眉間を指で押さえた。
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