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8、不完全なるもの
女王の力
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「アデライード! よく来てくれた!」
すかさずユリウスが立ち上がって歩み寄る。アデライードの足元に広がっていた魔法陣は瞬時に消え、彼女は海の情景を描いたモザイクタイルの上に立っていた。
「お兄様!……ミリアム姉さまにはお目にかかれますか? わたし、ルイーズのお祝いをまだ渡せていなくって」
よく見れば、アデライードはレース編みの手の込んだおくるみを抱えていた。少し遅れた出産祝いなのである。
何もない場所から突然現れた美少女と、当たり前のように会話するその兄――。状況を理解した領主たちは、それこそ椅子から転げ落ちそうなほど驚愕した。
「アデライード、その前に皆に挨拶を。シルルッサのカリスト殿は以前にも会っているはずだが、その他の面々はお前の即位を支持する領主たちだ」
兄に窘められ、アデライードは周囲の領主たちに少しはにかんだように微笑んだ。
「はじめまして――先日の戦のことはうかがっております。みなさんのお力添えに感謝いたします」
その挨拶を聞いて、マニ僧都は女王にしては威厳が足りないとは思ったが、もともと表に出ることのない彼女が、急に尊大に振る舞うのも無理なこと。
(女王然とした振舞はおいおい、だな――)
多少頼りないが、それを補って余りある魔力がある。
「……いや、その、いったい……どこから?」
カリストがしどろもどろになって問いかけると、アデライードは首を傾げて不思議そうに言った。
「ええ、今、ソリスティアから参りましたけれど」
早船でも半日以上かかる距離だが、それを一瞬で飛び越えてきたと言われ、皆言葉もない。
想像を絶する女王の力を見せつけられ、領主たちは茫然とアデライードを見つめている。
予想通りの反応を示す領主たちを見ながら、マニ僧都が満足そうに口角を上げる。
(転移魔法は、示威としては絶大な威力があるのだがな。他にはあまり使いようがないな)
何しろ本人一人しか転移することができない。転移先の状況が不明の状態では危険すぎて使えないし、これが屈強な男ならばともかく、女王を使いッ走りにするわけにもいかないからだ。
「姫君がこれほどの力も持っておられたとは――」
レヴェーネの領主が感激のあまりアデライードの前に跪いて瞳を潤ませる。取りすがらんばかりの領主を見て、マニ僧都が慌てて割り込むようにして領主を宥める。
「普通、女王は魔力が強すぎると夫の魔力と釣り合わなくて、子を生すことができないのだ。だがアデライードは強い魔力を持つ龍種の夫を得た。だから力の強い女王として立つことができる。現在の女王家の危機を乗り切るために、〈禁苑〉は〈聖婚〉によって東の皇子を女王に娶せたのだ。だが結局のところ、帝国は援助をするだけで、本来ならば女王を盛り立てるべきは我々西の人間であるべきだ。そうだろう?」
ユリウスも言った。
「東の軍隊があまりに強かったから、我々はどうしてもそれを頼りにしてしまうけれど、本来ならばソリスティアの軍隊は西には足を向けることはないんだ。殿下はアデライードの夫として、西の王権に干渉しているけれど、これは二千年で初めてのことだ。アデライードを支えるのは、我々、西の諸侯であるべきだよ。殿下はけしてアデライードを手放したりはしないが、今しばらく自由が効かない。イフリート公爵はその隙を狙ってくるだろう。でも、本来、彼らと戦うべきは我々なのだ。イフリート家の独裁を打倒し、正統なる女王を戴き、ナキアの政治を正道に戻す。これは、天と陰陽の意志だ」
シルルッサの領主カリストも、感激のあまりその場に跪く。
「正統なる女王に、生涯の忠誠をお誓いする。我らが陰の女王国に栄光あれ!」
その場の領主たちが次々と膝をついてアデライードに忠誠を誓っていく。その様子を、アデライードは内心慄きながら眺めているが、幸いにも表情がもとから乏しいために、その動揺を知られずに済んだ。
アデライードは言葉少なに周囲の領主たちに挨拶を振りまき、隣室にいた姉に出産祝いを手渡し、ひとしきり赤子を抱っこしてから、再び魔法陣を呼び出してかき消すように消えた。
広間が改めて興奮の坩堝となったのは、言うまでもない。
すかさずユリウスが立ち上がって歩み寄る。アデライードの足元に広がっていた魔法陣は瞬時に消え、彼女は海の情景を描いたモザイクタイルの上に立っていた。
「お兄様!……ミリアム姉さまにはお目にかかれますか? わたし、ルイーズのお祝いをまだ渡せていなくって」
よく見れば、アデライードはレース編みの手の込んだおくるみを抱えていた。少し遅れた出産祝いなのである。
何もない場所から突然現れた美少女と、当たり前のように会話するその兄――。状況を理解した領主たちは、それこそ椅子から転げ落ちそうなほど驚愕した。
「アデライード、その前に皆に挨拶を。シルルッサのカリスト殿は以前にも会っているはずだが、その他の面々はお前の即位を支持する領主たちだ」
兄に窘められ、アデライードは周囲の領主たちに少しはにかんだように微笑んだ。
「はじめまして――先日の戦のことはうかがっております。みなさんのお力添えに感謝いたします」
その挨拶を聞いて、マニ僧都は女王にしては威厳が足りないとは思ったが、もともと表に出ることのない彼女が、急に尊大に振る舞うのも無理なこと。
(女王然とした振舞はおいおい、だな――)
多少頼りないが、それを補って余りある魔力がある。
「……いや、その、いったい……どこから?」
カリストがしどろもどろになって問いかけると、アデライードは首を傾げて不思議そうに言った。
「ええ、今、ソリスティアから参りましたけれど」
早船でも半日以上かかる距離だが、それを一瞬で飛び越えてきたと言われ、皆言葉もない。
想像を絶する女王の力を見せつけられ、領主たちは茫然とアデライードを見つめている。
予想通りの反応を示す領主たちを見ながら、マニ僧都が満足そうに口角を上げる。
(転移魔法は、示威としては絶大な威力があるのだがな。他にはあまり使いようがないな)
何しろ本人一人しか転移することができない。転移先の状況が不明の状態では危険すぎて使えないし、これが屈強な男ならばともかく、女王を使いッ走りにするわけにもいかないからだ。
「姫君がこれほどの力も持っておられたとは――」
レヴェーネの領主が感激のあまりアデライードの前に跪いて瞳を潤ませる。取りすがらんばかりの領主を見て、マニ僧都が慌てて割り込むようにして領主を宥める。
「普通、女王は魔力が強すぎると夫の魔力と釣り合わなくて、子を生すことができないのだ。だがアデライードは強い魔力を持つ龍種の夫を得た。だから力の強い女王として立つことができる。現在の女王家の危機を乗り切るために、〈禁苑〉は〈聖婚〉によって東の皇子を女王に娶せたのだ。だが結局のところ、帝国は援助をするだけで、本来ならば女王を盛り立てるべきは我々西の人間であるべきだ。そうだろう?」
ユリウスも言った。
「東の軍隊があまりに強かったから、我々はどうしてもそれを頼りにしてしまうけれど、本来ならばソリスティアの軍隊は西には足を向けることはないんだ。殿下はアデライードの夫として、西の王権に干渉しているけれど、これは二千年で初めてのことだ。アデライードを支えるのは、我々、西の諸侯であるべきだよ。殿下はけしてアデライードを手放したりはしないが、今しばらく自由が効かない。イフリート公爵はその隙を狙ってくるだろう。でも、本来、彼らと戦うべきは我々なのだ。イフリート家の独裁を打倒し、正統なる女王を戴き、ナキアの政治を正道に戻す。これは、天と陰陽の意志だ」
シルルッサの領主カリストも、感激のあまりその場に跪く。
「正統なる女王に、生涯の忠誠をお誓いする。我らが陰の女王国に栄光あれ!」
その場の領主たちが次々と膝をついてアデライードに忠誠を誓っていく。その様子を、アデライードは内心慄きながら眺めているが、幸いにも表情がもとから乏しいために、その動揺を知られずに済んだ。
アデライードは言葉少なに周囲の領主たちに挨拶を振りまき、隣室にいた姉に出産祝いを手渡し、ひとしきり赤子を抱っこしてから、再び魔法陣を呼び出してかき消すように消えた。
広間が改めて興奮の坩堝となったのは、言うまでもない。
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