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10、正真のつがい

太極殿破壊

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 吹っ飛ばされたトルフィンが絶叫した次の瞬間、アデライードの白金色の髪がぶわりと広がり、巨大な白い光の魔法陣が出現して、光の粒子の壁が天にも届くほどつき上がり、その壁に触れた火蜥蜴サラマンダーが一瞬にして消滅する。

 バチーン!ビリビリビリビリ!

 衝撃波が同心円状に広がって、殿庭にいた者は敵も味方も全て吹っ飛ばされた。

「うっひゃあっ!」

 ゾラは咄嗟とっさに受け身を取ったが、トルフィンはそのまま回廊まで吹き飛ばされ、柱でしたたかに背中を打って、一瞬、息が止まる。
 楼上の穆郡王はさすがに足を踏ん張り、両手で欄干らんかんを掴んで無事だったが、横に立っていた副官は衝撃波に煽られて後ろにひっくり返る。
  
 恭親王を抱えていたリックが彼の上に覆いかぶさって飛来する破片を防ぎ、廉郡王は隣のユキエルを庇って体勢を低くして、何とか爆風の直撃をまぬがれる。魔術師アタナシオスの魔術もすごいが、アデライードの魔力はそれを凌駕していた。

「な、なんだ今の!」
「魔術師の攻撃を、あのお姫様がかわして、反撃したみたいです」
 
 ユキエルに解説されても、廉郡王は今目にした光景が、納得できない。

 アデライードが引き起こした爆風は太極殿上にもおよび、新帝は吹き飛ばされて玉座の下のきざはしに頭をぶつけ、飛んできた瓦礫の破片が額を直撃して、スコンと間抜けな音を立てる。

 殿上の混乱を無視して、アタナシオスは次の攻撃に移る。殿庭の小石が宙に浮かび、つぶてとなってアデライードを襲う。しかしアデライードもまた、殿上のアタナシオスを睨みつけ、叫んだ。

「そっちがそのつもりなら!――最後までお相手するわ!」
 
 アデライードは自身の周囲にもう一つ魔法陣を呼び出すと、自分に向かって降ってきた石礫いしつぶてを怒りにまかせて四方八方へと飛び散らせた。

 結果、アタナシオスだけでなく、廉郡王ら味方の騎士たちにもつぶてが雨あられと降り注いで、悲鳴が上がる。

「うわっ! 痛ぇ! 味方のこともちったあ考えろよ!」
「痛い! 痛い! 姫さまの反撃の方がダメージがデカいって!」
「あっごめんなさい、つい!」

 味方からの非難囂々の声に、慌ててアデライードは魔法陣を切り替えて、礫を全て消滅させた。だがその隙を狙い、アタナシオスは何匹もの赤い光の火蜥蜴サラマンダーを繰り出し、波状的にアデライードに攻撃を加える。アデライードは味方の騎士を守るための防御の魔法陣を張ったまま、攻撃用の魔法陣は身体の前面に楯になるように、呼び出した。

 ゾラははっとした。この魔法陣はおそらく、以前、サロンで暴発させた奴だ。

「よくも殿下を――! 許さない!!」

 アデライードの翡翠色の瞳は、怒りで爛々と燃えていて、魔法陣の周囲をバチバチと飛び交う青白い火花に、時に赤い色が混じっている、
 
(うわ、姫様、マジ怒ってる? 抑制リミッターぶち切れってる? 頼むから暴走させんなよ)

 今度は暴発させるようなこともなく、アデライードが呼び出した青い光の龍は、バチバチと火花をまき散らし、咆哮ほうこうを上げて、お互いに絡まり合いながら殿上のアタナシオスを狙っていく。アタナシオスはその威力を目にして、自身の防御魔法陣では防ぎきれないと判断し、物理的に身をかわして龍の攻撃をけた。目標を失った龍は大きく旋回しながら太極殿の柱をかすめ、玉座の上に掲げられた扁額へんがくを直撃した。大音響とともに扁額が木っ端みじんに砕け散る。

「うわ、威力すげぇけど、哀しいほど制御不能ノーコン! ユエリンの女房、落ち着けっ!」

 廉郡王が叫ぶが、女は避けられたことでさらに怒りをたぎらせ、何十匹もの光の龍を出現させて、次々に太極殿上に送り出す。さらに右手を頭上に掲げると、そこに魔法陣を呼び出した。

 上空に垂れこめる黒々とした雲から、時折地を這うような雷鳴が轟いている。その黒雲から、アデライードの掲げられた右手の魔法陣めがけて、幾筋もの雷光が流れ下り、丸く巨大な光のエネルギーとなって集積されていく。アデライードの半身ほどの大きさに成長した眩ゆい光の玉を見て、ゾラが叫ぶ。

「ちょ、姫様! それ見るからにやべぇ! あれの直撃喰らったら、確実に死ぬ!」
「えええええっ! 姫様、まじ? 太極殿が壊れるって! やめて―――っ!」

 トルフィンが両の拳を口元にあて蒼白な表情で叫ぶが、アデライードは巨大な光の玉を躊躇なくアタナシオスに向かって投げつけた。真っすぐに、ぎゅんぎゅんスピードを上げて太極殿に迫っていく。

 バリバリバリバリバリ、ドガーン!

 避けきれないと思ったアタナシオスが防御魔法を展開するが、雷光とまともにぶつかり合ってアタナシオスの魔法陣は粉砕された。爆発の衝撃と、轟音。青白い光と、火花と、閃光が揺らめき、太極殿の一部が大破し、瑠璃瓦や塗りの木片が周囲に飛び散る。屋根瓦が崩れ落ち、軒に下がった燈籠がガシャンガシャンと床を貫いて落ち、漆喰しっくいの壁が剥がれ、崩れて白煙が立ち昇る。

 内部に立てこもっていた新帝側の者たちが、わらわらと逃れてきて、あまりの惨状に腰が抜けたようになり、その場にぺったりと座り込んでしまう。突風で引きちぎられ、垂れ下がっていた幕に引火して、メラメラと燃え始めるのを見た廉郡王が叫ぶ。

「やべえ! 火を消せ! こんな大風の日に! 火事とか洒落になんねぇ!」

 太極門の二階で状況を見守っていた穆郡王は、アデライードの頭上の光の玉を目にした段階で、次なる惨状を予測し、すぐさま太極門を駆け下りて、配下を差配しながら殿庭を横切って太極殿に向かっていた。

「延焼させるな! 火を消せ! それから歯向かう者は斬り捨てていい! 新帝とあの魔術師を捕獲せよ! 突っ込め―――っ!」

 周囲の人々が慌てふためくのを見て、アデライードはようやく、自分が怒りに任せて必要以上の魔術を振るってしまったのだと気づく。

「姫様! あとは俺たちで何とかするから、今は殿下を!」

 トルフィンに言われ、アデライードは慌てて、恭親王が横たわる場所に駆け寄る。これから治療もしなければならないのに、頭に血がのぼって余計な魔力を消費してしまった。

「殿下! 殿下!」

 廉郡王はリックを太極殿にやり、穆郡王と共に事態の収拾に向かわせると、自ら恭親王を膝に乗せ、額に唇を寄せて自分でも魔力を入れてみる。

(――だめだ。全然入らねぇ。まるで、拒否されているみたいだ)
「わたしが――」

 横で膝をついたアデライードが引き継ごうとするが、廉郡王が首を振った。

「たぶん、ただ魔力を入れただけじゃダメだ。魔力そのものを受け入れようとしねぇ」

 アデライードが目を見開く。

「意識はねぇから、身体が辛いってことはないはずだ。冷やさないようにして、とにかく静かな場所で治療を。太陽神殿には、太陽宮の偉い阿闍梨あじゃりがいるはずだ。そこまで運べば――」

 アデライードが潤んだ瞳で首を振る。

「ソリスティアに帰ります。わたしと、伯父様でーー」

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