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10、正真のつがい

運命の女

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 茫然として、その場に固まる廉郡王に、遠くから走ってきたユキエルが言った。

「ああー行っちゃった! 聖剣見せてもらいたかったのに!」

 その言葉に、夢から醒めたような気分になった廉郡王は、太極殿の方を見上げて、言った。

「どうなった。親父は」
「賢親王殿下も、乾坤宮の方で落雷の騒ぎに気づいて、北側から侵入して内部を制圧していたんです。残党はあらかた穆郡王殿下が。あんな魔術の戦い見せつけられて、平民の義兵なんかは戦意喪失どころじゃないみたいで、みんな腑抜けたみたいになってますよ」
「平民じゃなくても腑抜けになりそうだぜ」

 銀の龍種の力を目の当たりにして、廉郡王も溜息をつく。

「でも美人でしたよねー。……殿下も〈聖婚〉の候補には上がってたんでしょ? 勿体ないって思ったりしてます?」
 
 少年らしい率直さでユキエルが尋ねるのに、廉郡王は眉を顰めて首を振る。

「あの太極殿の惨状を目にしても、女房にしたいと思うやついんのか? 命がいくつあっても足りねぇよ」
「さっきゾラさんに聞いたんですけど、恭親王殿下、すでに二回も、あのお姫様の魔力暴走で死にかけてるそうですよ?」

 素直に感心するユキエルに、廉郡王は再度溜息をつく。

「まあ、なんつーか、割れ鍋にとじ蓋って奴なんだろう。あの女のせいで死にかけて、あの女がいなくても生きていけない……まあ、あれも一種の運命の女ファム・ファタルだな」
 
 自分の命を削ると知っていても、愛さずにはいられない相手。廉郡王は少しだけ、胸の奥がチリチリと痛んだ。彼もかつて、それを手に入れて、そして永遠に失った。今、友は命の瀬戸際にあって、再びつがいの手を取ることができるのか。

 薄い煙を上げる破壊された太極殿を見上げて、廉郡王は少しだけ精悍な眉を顰めた。 

  
 
 

 数時間後、皇宮制圧の事後報告を兼ねて、賢親王は後宮から魔法陣を利用してソリスティア総督府と立体映像ホログラムを繋ぎ、だが告げられた事実に仰天する。

「何だと、現れていないだと? 太極殿の破壊については責めるつもりはない故、隠さずともよい」

 賢親王としては、恭親王の救出はアデライードがアタナシオスの魔力障壁を破壊したおかげであると認識しているので、太極殿の破壊については目を瞑るつもりであった。だが、ゲルフィンは意味が理解できず、卒倒しそうであった。

「いやそもそも、隠すも何も、姫君も殿下も戻ってきていませんよ! 太極殿を破壊? あの人はいったい何を……」
「アデライード姫は太極殿で魔術師と壮絶な死闘を繰り広げ、太極殿はほぼ全壊であった。その後、ユエリンを急ぎ治療すると称して、魔法陣を発動して転移したはずだが――」
 
 皇宮も総督府も騒然となる。

「だっ……あの、ドジっが! あの魔法陣は一人用だと何度言ったか!」
 
 慌てて呼び出されたマニ僧都が、思わずテーブルに拳を叩きつける。

「どうしてみんな止めないんだ!」
「そんなこと言われても! 一人用だなんて知りませんよ!」

 立体映像に映し出された向こう側で、トルフィンが慌てて言う。

「つまり、……どっか変なところに行ってしまったってことですか……?」

 不安そうにエンロンが呟き、ゲルフィンがぴっちりと分けた額に片手を置いて、眩暈めまいを堪える。しかし全身を貫く怒りとも絶望とも呆れとも知れぬ感情は、抑えきれない震えとなって、ゲルフィンの指先を伝っていく。

(何が――何が見かけほど馬鹿じゃないだっ! あの、妹狂シスコンがっ! 見かけ通りの馬鹿女じゃないかっ……!)
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