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12、古き神の名のもとに
ゾーイの激怒
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カンダハルの禁軍を預かるゾーイは報告を聞き、危うくユリウスの襟首を締め上げそうになって、すんでのところで詒郡王に止められた。
帝国の十二貴嬪家、マフ公爵家の六男にして、ソリスティア総督である恭親王の副傅ゾーイと、女王国の東北辺境を守る、レイノークス辺境伯ユリウス。家格、役職、そして年齢を総合的に判断すれば、二人の立場はほぼ同等であるが、何しろユリウスは恭親王の正室にして女王国の王女アデライードの異母兄。ゾーイの主恭親王の義兄にあたる。その意味で、ユリウスはゾーイよりも格上であり、その襟首を締め上げるのはまずい。――詒郡王の判断は、正しい。
賢親王を中心とした反・新帝派は州騎士団、帝都騎士団、そして皇宮騎士団を率いて皇宮を奪還し、新帝は捕らえられ、人質となっていた諸王、公主、妃嬪らは皆な救出されたという。最初の報告では、彼の主、恭親王はトルフィン、ゾラ、そして廉郡王らによって救い出され、帝都に現れたアデライード姫によってソリスティアに転移した、と言う話だった。
なぜ、そこにアデライード姫がいるのか、ソリスティアに転移とはどういうことか、さっぱり理解できなかったが、無事だと聞いて胸を撫で下していたのに。
ところが、その翌日には殿下もアデライード姫も行方不明だ、というとんでもない報せが入る。
機密に関わることであるので使者はユーエルだったのだが、意味がわからなくて襟首を掴んでガンガン揺すりあげてしまった。――まあ、ユーエルは彼の武術の弟子のようなものなので、周囲は見て見ぬふりをした。
そうして今日、ようやく新たな情報が入る。それを齎したのが、レイノークス辺境伯ユリウスだったのと、その内容に対するユリウスの態度に問題があり過ぎて、ゾーイの限界を突破したのである。普段は冷静かつ温厚なゾーイだが、主に関する事柄だけは、極めて狭量である。
「つまり――アデライード姫が一人乗りの魔法陣に、間違えて二人乗りした結果、わけのわからない場所に飛ばされたと、言うことなのか?」
「わけのわからない場所ではなくて、マニ僧都の魔力追跡によれば、西南辺境のへパルトスという場所らしいよ?」
「十分にわけのわからない場所だろうが!」
ゾーイは雄叫びを上げる。普段はユリウスに対して敬語を使っているが、そんな気遣いなどとっくに粉砕されていた。
「つまり、帰りは魔法陣を使うことができない。――殿下は女王国を縦断して、ソリスティアまで帰らねばならないという意味ではないか!」
「まあ、もう一回二人乗りして、異界に飛ばされるよりは、マシだよね?」
ユリウスが肩を竦めるその態度が、ゾーイの神経を逆撫でして憤死寸前だ。詒郡王がまあまあと、ゾーイを宥める。
ゾーイは決然として言う。
「すぐに、そのヘパなんとか言う土地に向かう! 殿下をそのような、怪しげな場所に護衛もないままに置いておくなんて!」
「暗部がもう、向かっているよ。――まあたぶん、一か月は優にかかると思うけど。土地勘もなく、見るからに東方人の君が、無事にたどり着けるかどうか、わからないよ?」
ユリウスの無神経な言葉に、ゾーイはさらに激昂するばかりだ。
「じゃあ、殿下だってどう見ても東方人だ! しかも、話によれば相当に身体の状態が良くないと!」
「それはアデライードがついているから」
「どの面下げてそれを言うか!」
さすがに今度という今度は、ゾーイはアデライードに対してブチ切れた。以前にも魔力を暴走させて、主に瀕死の重傷を負わせているのだ。それも二回も。うち一回は魔法陣を間違えるという、凡ミスで。そして今回もまた、一人乗りの魔法陣に二人乗りで転移するという、馬鹿馬鹿しいミスで。――一歩間違えれば、二人して異界に飛ばされていたのだ。
無駄に魔力の強いドジっ娘。――悪気はないのだろうが、いったい何度目だ!
ゾーイの中には明確な優先順位があって、一番大切なのはやはり恭親王である。アデライードはもちろん、嫌いではないが、いくら主の最愛の妻とはいえ、主に迷惑をかけ続けるにも程があると思う。
「辺境に探しに行くのは勝手にすればいいけれど、その前にやるべきことをやってからにしてくれよ?」
詒郡王の言葉に、ゾーイが黒い眉を上げる。
「やるべきこととは、なんです?」
ゾーイが睨みつけると、詒郡王は悪戯っぽい表情で言った。
「まずは、目の前に陣取るイフリートの奴等をコテンパンにしてしまおうぜ? カンダハルを取り返すために、帝都で叛乱まで起こさせるなんて、汚い手にもほどがある。俺たち東の龍種に舐めた真似しやがって、相応の報いをくれてやる必要があると思わないか?」
詒郡王が、やや薄い、形のよい唇をペロリと舐める。貴公子めいた風貌をしているだけに、そういう表情をするといっそう、酷薄さが強調されて、ユリウスなどは背筋がゾクリとした。
それに対して、ゾーイが何でもないことのように言い切った。
「とっととケリをつけ、二度とカンダハルを取り戻そうなどと、思わせないほどにしてやりますよ。それで、後顧の憂いなく、辺境まで殿下を探しに行く。そうと決めたらとっとと片づけましょう」
そう言って、ゾーイは武神像のような端麗な顔の唇の端を少しだけ上げた。相当に怒っているな、とユリウスはその表情にも背筋を凍らせたのであった。
帝国の十二貴嬪家、マフ公爵家の六男にして、ソリスティア総督である恭親王の副傅ゾーイと、女王国の東北辺境を守る、レイノークス辺境伯ユリウス。家格、役職、そして年齢を総合的に判断すれば、二人の立場はほぼ同等であるが、何しろユリウスは恭親王の正室にして女王国の王女アデライードの異母兄。ゾーイの主恭親王の義兄にあたる。その意味で、ユリウスはゾーイよりも格上であり、その襟首を締め上げるのはまずい。――詒郡王の判断は、正しい。
賢親王を中心とした反・新帝派は州騎士団、帝都騎士団、そして皇宮騎士団を率いて皇宮を奪還し、新帝は捕らえられ、人質となっていた諸王、公主、妃嬪らは皆な救出されたという。最初の報告では、彼の主、恭親王はトルフィン、ゾラ、そして廉郡王らによって救い出され、帝都に現れたアデライード姫によってソリスティアに転移した、と言う話だった。
なぜ、そこにアデライード姫がいるのか、ソリスティアに転移とはどういうことか、さっぱり理解できなかったが、無事だと聞いて胸を撫で下していたのに。
ところが、その翌日には殿下もアデライード姫も行方不明だ、というとんでもない報せが入る。
機密に関わることであるので使者はユーエルだったのだが、意味がわからなくて襟首を掴んでガンガン揺すりあげてしまった。――まあ、ユーエルは彼の武術の弟子のようなものなので、周囲は見て見ぬふりをした。
そうして今日、ようやく新たな情報が入る。それを齎したのが、レイノークス辺境伯ユリウスだったのと、その内容に対するユリウスの態度に問題があり過ぎて、ゾーイの限界を突破したのである。普段は冷静かつ温厚なゾーイだが、主に関する事柄だけは、極めて狭量である。
「つまり――アデライード姫が一人乗りの魔法陣に、間違えて二人乗りした結果、わけのわからない場所に飛ばされたと、言うことなのか?」
「わけのわからない場所ではなくて、マニ僧都の魔力追跡によれば、西南辺境のへパルトスという場所らしいよ?」
「十分にわけのわからない場所だろうが!」
ゾーイは雄叫びを上げる。普段はユリウスに対して敬語を使っているが、そんな気遣いなどとっくに粉砕されていた。
「つまり、帰りは魔法陣を使うことができない。――殿下は女王国を縦断して、ソリスティアまで帰らねばならないという意味ではないか!」
「まあ、もう一回二人乗りして、異界に飛ばされるよりは、マシだよね?」
ユリウスが肩を竦めるその態度が、ゾーイの神経を逆撫でして憤死寸前だ。詒郡王がまあまあと、ゾーイを宥める。
ゾーイは決然として言う。
「すぐに、そのヘパなんとか言う土地に向かう! 殿下をそのような、怪しげな場所に護衛もないままに置いておくなんて!」
「暗部がもう、向かっているよ。――まあたぶん、一か月は優にかかると思うけど。土地勘もなく、見るからに東方人の君が、無事にたどり着けるかどうか、わからないよ?」
ユリウスの無神経な言葉に、ゾーイはさらに激昂するばかりだ。
「じゃあ、殿下だってどう見ても東方人だ! しかも、話によれば相当に身体の状態が良くないと!」
「それはアデライードがついているから」
「どの面下げてそれを言うか!」
さすがに今度という今度は、ゾーイはアデライードに対してブチ切れた。以前にも魔力を暴走させて、主に瀕死の重傷を負わせているのだ。それも二回も。うち一回は魔法陣を間違えるという、凡ミスで。そして今回もまた、一人乗りの魔法陣に二人乗りで転移するという、馬鹿馬鹿しいミスで。――一歩間違えれば、二人して異界に飛ばされていたのだ。
無駄に魔力の強いドジっ娘。――悪気はないのだろうが、いったい何度目だ!
ゾーイの中には明確な優先順位があって、一番大切なのはやはり恭親王である。アデライードはもちろん、嫌いではないが、いくら主の最愛の妻とはいえ、主に迷惑をかけ続けるにも程があると思う。
「辺境に探しに行くのは勝手にすればいいけれど、その前にやるべきことをやってからにしてくれよ?」
詒郡王の言葉に、ゾーイが黒い眉を上げる。
「やるべきこととは、なんです?」
ゾーイが睨みつけると、詒郡王は悪戯っぽい表情で言った。
「まずは、目の前に陣取るイフリートの奴等をコテンパンにしてしまおうぜ? カンダハルを取り返すために、帝都で叛乱まで起こさせるなんて、汚い手にもほどがある。俺たち東の龍種に舐めた真似しやがって、相応の報いをくれてやる必要があると思わないか?」
詒郡王が、やや薄い、形のよい唇をペロリと舐める。貴公子めいた風貌をしているだけに、そういう表情をするといっそう、酷薄さが強調されて、ユリウスなどは背筋がゾクリとした。
それに対して、ゾーイが何でもないことのように言い切った。
「とっととケリをつけ、二度とカンダハルを取り戻そうなどと、思わせないほどにしてやりますよ。それで、後顧の憂いなく、辺境まで殿下を探しに行く。そうと決めたらとっとと片づけましょう」
そう言って、ゾーイは武神像のような端麗な顔の唇の端を少しだけ上げた。相当に怒っているな、とユリウスはその表情にも背筋を凍らせたのであった。
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