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12、古き神の名のもとに

カンダハル再戦

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 イフリート公爵と元老院の宣言によって、ナキアと聖地の緊迫はさらに深くなる。その最前線であるカンダハルもまた、一触即発の緊張に包まれていた。だがあくまでも、帝国軍は傲然と、動く兆しもなく砦の中に鎮座していた。

(動かぬのなら、こちらから動くまでのこと――!)

 約束の満月の夜、地下牢の中で、レイモンドは密かに集めた騎士たちと最後の打ち合わせを行う。

「夜明けとともに――」
 
 まず、見張りの兵を襲って武器を奪い、武器庫を襲撃する。武器庫で武装を奪還して、その後にまっすぐ司令部を襲い、おそらく騒ぎを聞いて司令部に集まっているはずの皇子たちら幹部を拘束する。同時にナキアの包囲軍も呼応するから、内と外からの攻撃で砦を奪回する――。
 手筈を確認し、逸る気持ちを抑えて牢内で身体を休めていたとき。

 まだ、夜半であるのに、牢の外から喧騒が聞こえる。窓の外が妙に明るい。

「何事だ――?」
「さあ――でもこれは……」

 地下牢の天井近くにある窓の外を、騎士たちが慌ただしく往復する足が見えた。篝火が焚かれているのか、松脂まつやにの燃える臭いが流れてくる。牢内に騎士がやってきて、見張りの騎士に何か命じると、見張りたちもみな、後に続いて出て行く。

「まさか、決起が知られたんじゃ――」
「そんな馬鹿な――」

 レイモンドが顎に手をあてて思案する。見張りは手薄になっている。これは、チャンスかもしれない。

「少し、時間は早いが決起するぞ! まっすぐ武器庫に突入し、司令部を襲う!」

 実はレイモンドは、牢の鍵を所持していた。――地下牢は、副長官である彼の管轄だったからだ。自宅や金庫の鍵と一緒に腰に下げていたのだが、簡単に検査されただけで、取り上げられることはなかった。レイモンドは牢内から手を伸ばして、ちょっとの苦労の末に鍵を開ける。そして音を立てぬように、捕虜たちは牢内を抜け出した。

 いくつかに分かれた牢内の鍵を開けて捕虜を全て解放し、牢全体の入口の見張りを始末しようと向かう。

「うわっ……何で……!」

 牢内に分かれて閉じこめられているはずの、捕虜が大挙してやってきたことに驚いた二人の歩哨は、信じられないことに踵を返して逃げ出した。

 ――当然、不自然だと思うべきだったのだが、レイモンドが不審に思うより先に、血気に逸った部下たちは地下牢から地上へ続く階段に殺到する。

「武器庫へ――!」

 もともと、自分たちの砦であるから、場所はわかっている。地上へ走り出ると、庭には松明が焚かれ、東の騎士たちは攻撃を仕掛けてきた包囲軍への対応に追われ、内部の彼らには気づかないようであった。

(夜明けのはずだったのに、なぜ――!)

 内心、レイモンドは眉を顰めるけれど、文句をつけても仕方がない、東の騎士たちに見つからないように気を付けて、だが急いで武器庫に向かう。

「静かに! 我々に気づかぬうちに、司令部を急襲したい。悟られないように、早く武器を――」

 鉄の扉を開けて、武器庫に入る。武器庫は陥落前と変わらず、管理されているようであった。彼ら捕虜から没収された剣は、ひとまとめにして置いてあった。レイモンドは愛用の剣を見つけ、さっと刃を確かめてから、それを剣帯に着ける。他の騎士たちも自分の剣を見つけるか、そうでなければ砦に保管されている剣をそれぞれ選んで武装する。

「そろそろ行くぞ!」

 小声でレイモンドが言ったとき、見張りに立っていた部下が言う。

「こちらに向かう一団がいます!」
「気づかれたか? 灯りを消せ」

 灯りを消し、息を詰めているとかなりの足音が近づいて、どうやら囲まれたらしい。

「畜生――!」

 レイモンドの部下が悪態をつく。

「大丈夫だ、奴等が撃って出てきたときに、切り結んで反撃する。この中は狭いから、人数が少ない俺たちの方が有利だ」

 レイモンドが言い、敵の攻撃を待つ。

 ギイ……扉が開き、僅かな明かりに剣が煌めいた。

「今だ! 掛かれ!」

 レイモンドの号令で、捕虜たちは暗がりから一斉に攻撃にかかる。

 ガキーン! ガシャーン!
 
 カンダハルの砦が落ちて以来、捕虜たちは味わった鬱屈を晴らすかのように勇戦した。
 海戦でも負け、奇襲の前にあっさりと砦を奪われる。二千年来の難攻不落を誇る、カンダハルの守備部隊としては、屈辱の陥落。

 自分たちはけして、弱い騎士ではないと、証明しなければ――。

「何だ、やるのか!」
「うるさい、腰抜けめが!」

 暗闇の中で、怒号と剣撃の音が響く。何人かを自身の剣にかけて、レイモンドはふと、違和感を覚える。

 ほぼ同時に、相手方も誰からともなく攻撃を止める。

「――今さらだが、そちらの名を聞こう」

 攻撃側の指揮官らしい男が、不意に尋ねる。その、言葉遣いも作法も、彼らに馴染み深いものだった。

「――カンダハル守備隊の副長官、サージェル準男爵、レイモンド」
「何?――なぜ、守備隊のものがここにいる!」
「なぜって、ここは武器庫だからな。蜂起するには武器が必要だ」 
「武器庫だと? 司令部ではないのか?ーー堅牢な建物を好んで、場所を、移したと」
「どういうことだ……? つまり、我々は同士討ちを……?」

 レイモンドも攻撃部隊も、はっとして動きを止めたその瞬間。

 ボシュッ!

 魔石によって、松明に火が入れられ、周辺は昼間のように明るくなる。そして、武器庫を取り囲むように居並んだ、帝国の騎士たち――。

 中央には一際長身の偉丈夫が、金属鎧で松明の灯を弾いて、戦神さながらに聳え立つ。

「ものども、こそこそと小細工を好む鼠どもを、一掃しろ!」

 長大な剣を抜き放って言うその言葉に、レイモンドも攻撃部隊も、思わず息を飲む。

「……な、何故こんなっ! 卑怯な!」
「あんたたちが、帝都に対してもっと大がかりにやったことの、ほんの意趣返しさ。東の龍種に殺し合いをさせて、さぞかし親玉のイフリート公爵は高笑いしているだろうな。その尻拭いをあんたたちにさせるのは気が咎めないでもないが、少しくらいやり返したって、天と陰陽はお許しくださると思うぜ?」

 偉丈夫の背後から、少し軽い感じの声が響く。

「お前は――」

 レイモンドが激昂すると、声の主である、軽薄そうな貴公子が肩を竦める。
 
「おおいやだ、仮にも皇子である俺に向かってお前ときたよ。気安いのと礼儀知らずをはき違える、世俗主義者にはうんざりだ」
「皇子――」

 レイモンドがぎょっとする横で、攻撃側の隊長が嘯く。

「皇帝が死んで、皇子は帝都に帰っているはずだ!」
「皇子にもイロイロいるんでね! 俺はここの守備を任されてんの!……てゆーか、一介の騎士のくせに情報が早すぎるって言うの。帝都の騒乱の出どころがどこなのか、語るに落ちるというやつだね」

 郡王は死んだ皇帝の従弟にあたり、直系ではないために帝都からの招集がかからなかったのだ。さすがに西の騎士たちは、そのあたりの皇家の系図にまでは詳しくない。

「暗黒三皇子の代表として、ちょっとばかし同士討ちってやつを演出してみたんだけど、感想はどう? 味方を自分で殺しちゃうって、どんな気分? ねえ、どんな気分?」

 揶揄からかううような詒郡王の軽薄な言いざまに、西の騎士たちは自身の血塗られた剣を見て、ぎょっとする。――そして自身の足元で呻く、本来の味方の姿にも。

「おのれ、卑怯な――!」
「暗黒三皇子としては、最高の誉め言葉、あざーっす!……ついでに言うと、君らの宿営地にも兵力送っておいたから、生き残っても帰る場所ないから、よろしくね!」

 あくまでも悪辣に、パチンと片目まで瞑ってことさら挑発的な物言いで、詒郡王が追い打ちをかける。
  
「――ものども、制圧せよ!」

 ゾーイが命令を下し、東の騎士たちが一斉に攻撃にかかる。西の騎士たちの、一度途切れてしまった戦意はもう、戻ることはなく、やすやすと討ち取られていく。

 そんな中、レイモンドは一人気を吐いたけれど、彼の渾身の攻撃は、長身の騎士にあっさりと躱され、剣を叩き折られる。

 振り下ろされる豪剣の平に、頬をしこたま殴られ、レイモンドの意識が吹っ飛ぶ。

(――つまり、謀られたわけか。あの、商人も――すべて――)
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