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13、世界樹
眠れぬ夜
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アデライードとシウリンの二人は、数日間、繭の中で過ごした。
アデライードがソリスティアから持ち込んだのは、数日分の食糧と水、塩、魔力補給用の魔法水薬、エールライヒのための生肉、あとは恭親王の着替え、ナイフ、魔導ランタン、発火用の魔石、剃刀と小さな鏡、とそんなところであった。
完全に見習い僧侶のシウリンに戻ってしまっている恭親王は、アデライードが差し出す衣服に困ったような顔をする。
「下帯は?」
「普段はこれだけしか着ていらっしゃらないです」
「でも、下帯着けずに直接、脚衣穿くの?」
この世界、下帯を着けるのは裸に近い姿で労働する下層民だけである。見習いの僧侶は薄い貫頭衣のような僧衣しか着ないから、下帯を着けないと中がスカスカになってしまう。下帯があるはずと、言い張るシウリンに対し、しかしアデライードは断言する。
いつも、脚衣の下は何も着けてはいらっしゃいません」
なぜ、彼の下着に対して、アデライードが自信満々なのだ。シウリンは納得いかない気分であったが、ないものは仕方ないので、麻のシャツと黒い脚衣を身に着ける。黒革の長靴が用意されていたが、シウリンはそれを履かず、鏡を見ながらこわごわ髭を剃る。玻璃でできた鏡など超のつく高級品で、シウリンは初めて目にした。改めて十年後の自分の顔に向き合い、感慨を新たにする。別に自分の顔にそれほど興味はなかったが、見惚れるほど美しいアデライードに、見劣りしない程度の顔でよかったと、少しだけ天と陰陽に感謝した。
アデライードから治癒術の施術を受けて、シウリンは劇的に回復した。アデライードによれば、〈王気〉はまだ弱く万全ではないというが、頭痛も解消され、あとは自身の自己治癒力で回復できそうである。
しかし、身体が回復すると、今度は記憶を封印したことによる、精神的な影響が出始める。
身体は大人なのに、中身は十二歳。その上、彼は女性の全くいない僧院での記憶しかない。二十三歳の青年としては普通に存在する肉体の欲を、彼は自覚していなかった。アデライードの柔らかい膝に頭を預け、魔力を循環させてもらうのはとても気持ちがいい。だが、だんだんと体中熱くなって心臓がドクドクと脈打ち、股間に血が集まってくる。心がざわついて、理由もわからず苛々して、大声をあげて走り回りたくなる。
もともと、シウリンは穏やかな性格で、声を荒げたりすることなど、ほとんどなかった。
だからこそ、この苛々を持て余してしまう。
一方のアデライードは、中身だけ思春期男の葛藤など知る由もない。ふとした拍子に触れるアデライードの肌の滑らかさ、彼女の髪の香りが、凶器のようにシウリンの中枢神経を侵していることなど、微塵も気づかない。シウリンの中で何かが嵐のように荒れ狂っているなんて、思いもしないのだろう。
特に、眠る時が辛い。アデライードの姿が目に入るだけで、何かがせり上がってきて発狂しそうになる。ひどく狂暴な気分が沸き起こってきて、シウリンはそれはまずいと、ごろんと寝がえりを打ってアデライードに背を向ける。すると、背後からアデライードが不安そうに尋ねる。
「殿下……?」
「……デンカじゃなくてさ、シウリンって呼んで?」
「――シウリン?」
アデライードの白い手が背後から伸びて、彼女が彼の背中にピタリと抱き着く。シウリンの心臓が、ドキリと跳ねた。
「わたしのこと、嫌いになっちゃった?……わたしが、ドジばかりしたから」
シウリンはびっくりして、肩越しにアデライードを振り返り、慌てて言う。
「まさかっ!……そんなことはないよ」
「じゃあ……」
アデライードの細い腕が、彼の胸に回され、絡みつく。甘い香りが鼻をくすぐり、背中が柔らかいものに包まれる。カッと頭の芯が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。どくどくと血が逆流し、彼の脚の間に集まってくる。アデライードの繊細な掌が彼の胸を撫でて、そのまま腹の方に降りていく。
「!!……だめ、そ、そこはだめ! 触らないで!」
シウリンは悲鳴を上げ、アデライードの腕を振り払って拘束を抜け出す。冷や汗を流し、肩で息をして耐える彼を、アデライードが茫然と見つめる。
「でん……シウリン?」
「その……ごめん、ちょっと、僕の身体おかしいから……その……触られると……」
アデライードに触れられると、あの醜いものがさらに膨張して硬くなってしまう。それをアデライードに知られたくなくて、シウリンは必死だった。だがアデライードの方は振り払われたことにショックを受け、みるみる瞳に涙が溜まっていく。
「あ……違うんだ、その……」
「どうして……ようやく会えたのに、ずっと、抱きしめても下さらない……」
「だ……抱きしめる……ぅ?」
我知らず語尾が裏返ってしまう。抱きしめる。――現在のシウリンにはハードルが高すぎた。
(そんなことしたら、脳の血管が破裂して死んでしまう!)
「そ、そ、その……手を……手を握るから、それで、我慢して」
「シウリン……」
アデライードがひどく哀しげな顔をしたけれど、シウリンはそれ以上、アデライードに近づいたら気が狂うと思った。戒律とかそんなのじゃなくて、シウリンはアデライードに触れたら、何を仕出かすかわからないと思った。触れてはいけない。もし触れたら、シウリンはアデライードにきっと〈ひどいこと〉をしてしまう。――ただ、その〈ひどいこと〉が何か、シウリンはわからないのだけれど。
シウリンは、繭の中で眠れぬ夜を過ごした。
アデライードがソリスティアから持ち込んだのは、数日分の食糧と水、塩、魔力補給用の魔法水薬、エールライヒのための生肉、あとは恭親王の着替え、ナイフ、魔導ランタン、発火用の魔石、剃刀と小さな鏡、とそんなところであった。
完全に見習い僧侶のシウリンに戻ってしまっている恭親王は、アデライードが差し出す衣服に困ったような顔をする。
「下帯は?」
「普段はこれだけしか着ていらっしゃらないです」
「でも、下帯着けずに直接、脚衣穿くの?」
この世界、下帯を着けるのは裸に近い姿で労働する下層民だけである。見習いの僧侶は薄い貫頭衣のような僧衣しか着ないから、下帯を着けないと中がスカスカになってしまう。下帯があるはずと、言い張るシウリンに対し、しかしアデライードは断言する。
いつも、脚衣の下は何も着けてはいらっしゃいません」
なぜ、彼の下着に対して、アデライードが自信満々なのだ。シウリンは納得いかない気分であったが、ないものは仕方ないので、麻のシャツと黒い脚衣を身に着ける。黒革の長靴が用意されていたが、シウリンはそれを履かず、鏡を見ながらこわごわ髭を剃る。玻璃でできた鏡など超のつく高級品で、シウリンは初めて目にした。改めて十年後の自分の顔に向き合い、感慨を新たにする。別に自分の顔にそれほど興味はなかったが、見惚れるほど美しいアデライードに、見劣りしない程度の顔でよかったと、少しだけ天と陰陽に感謝した。
アデライードから治癒術の施術を受けて、シウリンは劇的に回復した。アデライードによれば、〈王気〉はまだ弱く万全ではないというが、頭痛も解消され、あとは自身の自己治癒力で回復できそうである。
しかし、身体が回復すると、今度は記憶を封印したことによる、精神的な影響が出始める。
身体は大人なのに、中身は十二歳。その上、彼は女性の全くいない僧院での記憶しかない。二十三歳の青年としては普通に存在する肉体の欲を、彼は自覚していなかった。アデライードの柔らかい膝に頭を預け、魔力を循環させてもらうのはとても気持ちがいい。だが、だんだんと体中熱くなって心臓がドクドクと脈打ち、股間に血が集まってくる。心がざわついて、理由もわからず苛々して、大声をあげて走り回りたくなる。
もともと、シウリンは穏やかな性格で、声を荒げたりすることなど、ほとんどなかった。
だからこそ、この苛々を持て余してしまう。
一方のアデライードは、中身だけ思春期男の葛藤など知る由もない。ふとした拍子に触れるアデライードの肌の滑らかさ、彼女の髪の香りが、凶器のようにシウリンの中枢神経を侵していることなど、微塵も気づかない。シウリンの中で何かが嵐のように荒れ狂っているなんて、思いもしないのだろう。
特に、眠る時が辛い。アデライードの姿が目に入るだけで、何かがせり上がってきて発狂しそうになる。ひどく狂暴な気分が沸き起こってきて、シウリンはそれはまずいと、ごろんと寝がえりを打ってアデライードに背を向ける。すると、背後からアデライードが不安そうに尋ねる。
「殿下……?」
「……デンカじゃなくてさ、シウリンって呼んで?」
「――シウリン?」
アデライードの白い手が背後から伸びて、彼女が彼の背中にピタリと抱き着く。シウリンの心臓が、ドキリと跳ねた。
「わたしのこと、嫌いになっちゃった?……わたしが、ドジばかりしたから」
シウリンはびっくりして、肩越しにアデライードを振り返り、慌てて言う。
「まさかっ!……そんなことはないよ」
「じゃあ……」
アデライードの細い腕が、彼の胸に回され、絡みつく。甘い香りが鼻をくすぐり、背中が柔らかいものに包まれる。カッと頭の芯が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。どくどくと血が逆流し、彼の脚の間に集まってくる。アデライードの繊細な掌が彼の胸を撫でて、そのまま腹の方に降りていく。
「!!……だめ、そ、そこはだめ! 触らないで!」
シウリンは悲鳴を上げ、アデライードの腕を振り払って拘束を抜け出す。冷や汗を流し、肩で息をして耐える彼を、アデライードが茫然と見つめる。
「でん……シウリン?」
「その……ごめん、ちょっと、僕の身体おかしいから……その……触られると……」
アデライードに触れられると、あの醜いものがさらに膨張して硬くなってしまう。それをアデライードに知られたくなくて、シウリンは必死だった。だがアデライードの方は振り払われたことにショックを受け、みるみる瞳に涙が溜まっていく。
「あ……違うんだ、その……」
「どうして……ようやく会えたのに、ずっと、抱きしめても下さらない……」
「だ……抱きしめる……ぅ?」
我知らず語尾が裏返ってしまう。抱きしめる。――現在のシウリンにはハードルが高すぎた。
(そんなことしたら、脳の血管が破裂して死んでしまう!)
「そ、そ、その……手を……手を握るから、それで、我慢して」
「シウリン……」
アデライードがひどく哀しげな顔をしたけれど、シウリンはそれ以上、アデライードに近づいたら気が狂うと思った。戒律とかそんなのじゃなくて、シウリンはアデライードに触れたら、何を仕出かすかわからないと思った。触れてはいけない。もし触れたら、シウリンはアデライードにきっと〈ひどいこと〉をしてしまう。――ただ、その〈ひどいこと〉が何か、シウリンはわからないのだけれど。
シウリンは、繭の中で眠れぬ夜を過ごした。
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