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4、望まぬ知らせ
カイトへの悪態と三倍返し
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ふぁさり、と背後に黒い影が降りてきて、ひそやかな声がした。
「我々は万能の千里眼ではありません。イフリートの〈黒影〉について探るので人手を割かれているのです。とてもじゃないが、帝都のことまで手が回りませんよ――だいたい、我々の一番の目的は殿下の安全を守ることなんですから。側室が孕んだところで、殿下が危険に晒されるわけでなし、どうでもいいことです」
かつて、遠征中に帝都の邸で起きていた出来事も、カイトは報告しなかったのだ。命令が下ったことと、恭親王の安全に直結すること以外では、暗部は干渉しない。側室が死のうが孕もうが、カイトには興味がないのだ。カイトの冷たい言葉に、恭親王が面白くもなさそうに言う。
「その割には、以前から命令している、イフリートの〈黒影〉の、あの何だかいう修道女の行方も、ギュスターブの行方もまだ掴めていないではないか」
「組織の大きさが違い過ぎます。あちらはイフリート家全体で抱えていて、全部でどれだけいるかすら、わからない。言っておきますが、我々ソアレス家の暗部は横の連携がないんです。私が差配できる人間なんてたかが知れています。巨大組織に個人営業で、敵う訳ないでしょ?しかも慣れないアウェイな土地ですよ。子供は要するに殿下のミスです。八つ当たりはやめてください」
嫌味に三倍返しを喰らって、恭親王はいっそう顔を歪める。
「……だが、なんとも嫌な予感がするのだ。サウラの周囲を探れないか?」
「明日のお披露目に入り込もうとした鼠を数匹、捕まえました。それですべてなのか、漏れがあるのか、明日の警備にも手は抜けません。しかも、その後レイノークス伯領に行くのでしょう?そちらの事前調査と警備でいっぱいいっぱいですよ。暗部が無限にいると思ったら大間違いです。正直申し上げて、ご側室の周辺なんて緊急性の薄そうなところに、手は割けません」
にべもなく言われ、恭親王は渋い顔をする。
「……イフリートの〈黒影〉について、手こずっているのは本当です。送り込んだ者がすでに二人、犠牲になっています。我々もソアレス家の人間とは特別な心理的紐帯がありますが、〈黒影〉のイフリート家に対する忠誠は少しレベルが違います。何かわからないのですが、秘密結社というか、もっと宗教的な――」
これまで、カイトら暗部は聖地の別邸や総督府に入り込もうとした〈黒影〉の手の者と思しきを何人も捕えてはいるが、いずれも絶対に口を割らず、薬を使って無理に吐かせようとしても、体内から崩れて命が絶えてしまうという。恭親王は月蝕祭で襲ってきた〈黒影〉が、死後、自然に崩壊する呪術的な入れ墨を施されていたという話を思い出す。溜息をついてカイトの長広舌を制して、言った。
「……わかった。そちらの件はお前に任せる。何か明らかになったら報告しろ。――それから、フエルにはもう、接触したのか?」
「我々暗部の者がソアレス家の者と契約を結ぶのは、成人後と決まっております」
「説得して帝都に連れ帰って欲しいのだが……」
「その説得は殿下がなさってください。我々はソアレス家の方に指図はできません」
ぴしゃりと言い捨てると、カイトの気配はかき消すように消えた。
恭親王がガシガシと髪を掻き毟るのを、メイローズが宥めるように言った。
「とにかく、サウラ様の件は早いうちに姫君の耳には入れておかれるべきだと思いますよ。口止めしても、こういう話は回るのが早いですからね」
「……やっぱり言わなきゃだめか」
「アンジェリカ辺りの耳に入って、余計な尾ひれ背ひれをつけて悪しざまに言われるよりは、ご自分でお話しになられた方がよろしいかと思いますが」
「よりによってこんな時に……」
頭を抱える主に、メイローズは続ける。
「先ほど姫様にお会いした様子では、変わりなく見えました。エイロニア侯爵やヴェスタ侯爵ら、初対面の方との会食でややお疲れのようでしたが。何か、気持ちの行き違いがありましたのなら、まずしっかり謝罪された上で、改めてサウラ様のことをお伝えなさるべきでしょう。姫様はおっとりしておられますが、ああ見えてやはり生粋の王女でいらせられます。殿下のご事情についてはきちんと理解して、取り乱したりはなさらないと思いますよ」
むしろ取り乱してくれれば、まだ宥めようもありそうだが、アデライードは全て、内にため込みそうな気がして、恭親王はそれも怖かった。
「……わかった。明日を乗り切れば、その後はレイノークス伯領への旅行で、少しゆっくり過ごせるはずだ。とりあえず土下座でも何でもして、許してもらえるよう、努力する」
恭親王は残った酒を一息に呷ると、大きく息を吐いて立ち上がり、アデライードの寝室へと続く扉に向かって歩いて行った。
「我々は万能の千里眼ではありません。イフリートの〈黒影〉について探るので人手を割かれているのです。とてもじゃないが、帝都のことまで手が回りませんよ――だいたい、我々の一番の目的は殿下の安全を守ることなんですから。側室が孕んだところで、殿下が危険に晒されるわけでなし、どうでもいいことです」
かつて、遠征中に帝都の邸で起きていた出来事も、カイトは報告しなかったのだ。命令が下ったことと、恭親王の安全に直結すること以外では、暗部は干渉しない。側室が死のうが孕もうが、カイトには興味がないのだ。カイトの冷たい言葉に、恭親王が面白くもなさそうに言う。
「その割には、以前から命令している、イフリートの〈黒影〉の、あの何だかいう修道女の行方も、ギュスターブの行方もまだ掴めていないではないか」
「組織の大きさが違い過ぎます。あちらはイフリート家全体で抱えていて、全部でどれだけいるかすら、わからない。言っておきますが、我々ソアレス家の暗部は横の連携がないんです。私が差配できる人間なんてたかが知れています。巨大組織に個人営業で、敵う訳ないでしょ?しかも慣れないアウェイな土地ですよ。子供は要するに殿下のミスです。八つ当たりはやめてください」
嫌味に三倍返しを喰らって、恭親王はいっそう顔を歪める。
「……だが、なんとも嫌な予感がするのだ。サウラの周囲を探れないか?」
「明日のお披露目に入り込もうとした鼠を数匹、捕まえました。それですべてなのか、漏れがあるのか、明日の警備にも手は抜けません。しかも、その後レイノークス伯領に行くのでしょう?そちらの事前調査と警備でいっぱいいっぱいですよ。暗部が無限にいると思ったら大間違いです。正直申し上げて、ご側室の周辺なんて緊急性の薄そうなところに、手は割けません」
にべもなく言われ、恭親王は渋い顔をする。
「……イフリートの〈黒影〉について、手こずっているのは本当です。送り込んだ者がすでに二人、犠牲になっています。我々もソアレス家の人間とは特別な心理的紐帯がありますが、〈黒影〉のイフリート家に対する忠誠は少しレベルが違います。何かわからないのですが、秘密結社というか、もっと宗教的な――」
これまで、カイトら暗部は聖地の別邸や総督府に入り込もうとした〈黒影〉の手の者と思しきを何人も捕えてはいるが、いずれも絶対に口を割らず、薬を使って無理に吐かせようとしても、体内から崩れて命が絶えてしまうという。恭親王は月蝕祭で襲ってきた〈黒影〉が、死後、自然に崩壊する呪術的な入れ墨を施されていたという話を思い出す。溜息をついてカイトの長広舌を制して、言った。
「……わかった。そちらの件はお前に任せる。何か明らかになったら報告しろ。――それから、フエルにはもう、接触したのか?」
「我々暗部の者がソアレス家の者と契約を結ぶのは、成人後と決まっております」
「説得して帝都に連れ帰って欲しいのだが……」
「その説得は殿下がなさってください。我々はソアレス家の方に指図はできません」
ぴしゃりと言い捨てると、カイトの気配はかき消すように消えた。
恭親王がガシガシと髪を掻き毟るのを、メイローズが宥めるように言った。
「とにかく、サウラ様の件は早いうちに姫君の耳には入れておかれるべきだと思いますよ。口止めしても、こういう話は回るのが早いですからね」
「……やっぱり言わなきゃだめか」
「アンジェリカ辺りの耳に入って、余計な尾ひれ背ひれをつけて悪しざまに言われるよりは、ご自分でお話しになられた方がよろしいかと思いますが」
「よりによってこんな時に……」
頭を抱える主に、メイローズは続ける。
「先ほど姫様にお会いした様子では、変わりなく見えました。エイロニア侯爵やヴェスタ侯爵ら、初対面の方との会食でややお疲れのようでしたが。何か、気持ちの行き違いがありましたのなら、まずしっかり謝罪された上で、改めてサウラ様のことをお伝えなさるべきでしょう。姫様はおっとりしておられますが、ああ見えてやはり生粋の王女でいらせられます。殿下のご事情についてはきちんと理解して、取り乱したりはなさらないと思いますよ」
むしろ取り乱してくれれば、まだ宥めようもありそうだが、アデライードは全て、内にため込みそうな気がして、恭親王はそれも怖かった。
「……わかった。明日を乗り切れば、その後はレイノークス伯領への旅行で、少しゆっくり過ごせるはずだ。とりあえず土下座でも何でもして、許してもらえるよう、努力する」
恭親王は残った酒を一息に呷ると、大きく息を吐いて立ち上がり、アデライードの寝室へと続く扉に向かって歩いて行った。
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