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9、あなただけ
一人だけの妻
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昼食の席でユリウスに遠乗りに誘われ、恭親王はアデライードと離れることを厭って断ろうとするが、すかさずイリスがアデライードに話かける。
「帰郷しているあなたの姉上たちが、殿下がいるとゆっくり話ができないと零していたから、ちょうどいいわ」
異母姉たちとは厨房続きのテラスで会ったけれど、たしかに姉たちは恭親王に遠慮して、あまり話しかけてこなかった。
「ヴェスタ侯爵も前から狩りがしたいと言っているし、大がかりなものでなくて、遠乗りを兼ねて狩場を回ってみようと思うんだ」
男だけの気軽な集まりだから、と強いて誘われ、恭親王は断るタイミングを逸する。ちろりとアデライードを見て、彼女が頷くのを確認して、了承した。
その場でユリウスが馬の用意を命じ、恭親王はゾーイとゾラにも同行するように命じる。アデライードの側にはアリナと、ランパを残していけば問題はないであろう。
「じゃあ、行ってくるよ、アデライード」
彼女のこめかみに口づけてから、恭親王が肩に黒い鷹を止まらせて歩き去ると、待っていたように異母姉たちが誘いに来る。冬ながら花の咲き乱れる、噴水のある家族用の居間に引っ張られるように連れていかれ、アデライードは十年ぶりの家族水入らずのお茶会の席に連なった。
その場にいたのは父の妻であるマリアンナ夫人とレダ夫人、異母姉たち四人。上から、ミリアム、エカテリナ、マティルダ、そしてステファニア。ミリアムとエカテリナはそれぞれ身重で、大きなお腹を抱えている。長姉のミリアムは海港都市シルルッサの領主のもとに嫁ぎ、ユリウスは彼女を通じて海港都市の領主たちをアデライード派に寝返らせる工作を行っている。それからユリウスの妻、エウロペとマリア。そこにイリスがいないことに、アデライードは少し嫌な予感がした。
「よく、無事で帰ってきてくれたわ、アデライード」
「本当よ。手紙のやり取りはしていたけれど、こちらにはもう、帰っては来れないかと思っていたわ」
「それよりも、〈聖婚〉という形であれ、あなたが結婚できたことは奇跡のようよ」
女たちは口々にアデライードに言う。
ミリアムとエカテリナだけは、嫁ぐ前の神殿詣でに託けて一度だけ、聖地の修道院を尋ねてくれたことがあるが、エイダが彼女たちに危害を加えるのを恐れたアデライードは、気分がよくないと言って早々に面会を切り上げたのだった。アデライードの命が幾度も狙われていることをユリウスから聞かされた姉たちは、それ以後、聖地を尋ねることも諦めていた。
だいたいが、西の女たちの結束は恭親王が驚くほど堅い。母の違う姉妹であるのに、彼女たちは末の妹であるアデライードをとりわけ可愛がっていた。広大な辺境伯領全体はレイノークス家の本家と分家、そして姻戚によって支配され、軍も行政も、そして農業生産や流通も、すべてレイノークス本家を中心に動いている。領内を動かすのはレイノークス家の女たちであり、彼女たちは血縁による強固な紐帯で結ばれている。
外から嫁いでくる女にとって、夫を共有する妻たちはライバルであると同時に、立場を同じくする盟友でもある。夫の愛を奪い合っていがみ合っていては、大量にいる姑や小姑に対抗できないし、仕事にも差し支えて、自分の立場をかえってあやうくしてしまう。勢い、お互いそれなりに上手くやっていくしかないし、夫の方も複数の妻を分け隔てなく捌く器量が要求されるのだ。
西の貴族階級の女にとって、夫の妻が一人だけというのは、ある種、敵陣の中に孤立無援で放り込まれるのに等しい。
「あの、〈聖婚〉の皇子様は、アデライードのことを本当に大切に思っているのね」
「幸せだわ、あんなに愛されて」
「他の女なんて目に入らないって感じですものね」
異母姉たちや義母たちに口々に言われ、アデライードが頷く。しかし、マリアンナ夫人がアデライードをじっと見て、言った。
「でも……このまま一人だけの妻でなんて、やっていけないでしょう?」
なんとなく、その話なのではないかと、アデライードも予想していた。ここ数日、折りに触れて厨房脇のテラスに誘われていたのも、その話のためだったのだろう。だが、アデライードの側を恭親王が離れないために、口に出せなかったのだ。
「……いえ、わたしは特に何も……。殿下は、他の妻を娶るつもりはないと、仰っていますが……」
アデライードがいかに鈍くて子供じみているとはいえ、幼少時から一夫多妻を当たり前とする社会で暮らしてきたのだ。恭親王がアデライード一筋を貫こうとしても、それが困難であることは予想できた。
「そもそも、あなたは女の子しか産めないでしょう?」
女王家の姫が女しか生めないというのは、この世界の常識だ。
「……殿下が仰るには、それは普通の貴種の男と結婚した場合で、龍種である東の皇子と結婚した場合は、男の子も産めると……」
「でも、総督閣下はアデライードを女王にするつもりなんだろう? 女王の夫君の妻が一人だなんて、聞いたこともないよ。だいたい、どうやって領地とナキアとの経営を両立させるおつもりなんだい。全部の仕事をアデライード一人に押し付けたら、あんたみたいな細っこいのはすぐに過労死しちまうよ!」
レダ夫人が呆れたように言う。どうしても妻を領地経営との関連で考えてしまう彼女たちに、アデライードは、東では妻が領地の経営に関わること自体、あり得ないことなのだと説明する。
「殿下には優秀な配下がいらっしゃるので、わたしは妻だけれど、ソリスティアのことに一切関わる必要がないのです。たぶん、その延長で、西のことも考えていらっしゃるのかも……」
アデライードの言葉に、マリアンナ夫人も姉たちも、顔を見合わせる。
今日、ここにイリスを呼ばなかったのは、ユリウスが殿下の夫人にと、イリスの妹のどちらかを考えているからなのよ。あと、強引にあなたについてきたヴェスタ侯爵も、妹御のベルナデット様を殿下にと、考えていらっしゃる。……あなたが嫌がって、拒否しているわけではないのね?」
「帰郷しているあなたの姉上たちが、殿下がいるとゆっくり話ができないと零していたから、ちょうどいいわ」
異母姉たちとは厨房続きのテラスで会ったけれど、たしかに姉たちは恭親王に遠慮して、あまり話しかけてこなかった。
「ヴェスタ侯爵も前から狩りがしたいと言っているし、大がかりなものでなくて、遠乗りを兼ねて狩場を回ってみようと思うんだ」
男だけの気軽な集まりだから、と強いて誘われ、恭親王は断るタイミングを逸する。ちろりとアデライードを見て、彼女が頷くのを確認して、了承した。
その場でユリウスが馬の用意を命じ、恭親王はゾーイとゾラにも同行するように命じる。アデライードの側にはアリナと、ランパを残していけば問題はないであろう。
「じゃあ、行ってくるよ、アデライード」
彼女のこめかみに口づけてから、恭親王が肩に黒い鷹を止まらせて歩き去ると、待っていたように異母姉たちが誘いに来る。冬ながら花の咲き乱れる、噴水のある家族用の居間に引っ張られるように連れていかれ、アデライードは十年ぶりの家族水入らずのお茶会の席に連なった。
その場にいたのは父の妻であるマリアンナ夫人とレダ夫人、異母姉たち四人。上から、ミリアム、エカテリナ、マティルダ、そしてステファニア。ミリアムとエカテリナはそれぞれ身重で、大きなお腹を抱えている。長姉のミリアムは海港都市シルルッサの領主のもとに嫁ぎ、ユリウスは彼女を通じて海港都市の領主たちをアデライード派に寝返らせる工作を行っている。それからユリウスの妻、エウロペとマリア。そこにイリスがいないことに、アデライードは少し嫌な予感がした。
「よく、無事で帰ってきてくれたわ、アデライード」
「本当よ。手紙のやり取りはしていたけれど、こちらにはもう、帰っては来れないかと思っていたわ」
「それよりも、〈聖婚〉という形であれ、あなたが結婚できたことは奇跡のようよ」
女たちは口々にアデライードに言う。
ミリアムとエカテリナだけは、嫁ぐ前の神殿詣でに託けて一度だけ、聖地の修道院を尋ねてくれたことがあるが、エイダが彼女たちに危害を加えるのを恐れたアデライードは、気分がよくないと言って早々に面会を切り上げたのだった。アデライードの命が幾度も狙われていることをユリウスから聞かされた姉たちは、それ以後、聖地を尋ねることも諦めていた。
だいたいが、西の女たちの結束は恭親王が驚くほど堅い。母の違う姉妹であるのに、彼女たちは末の妹であるアデライードをとりわけ可愛がっていた。広大な辺境伯領全体はレイノークス家の本家と分家、そして姻戚によって支配され、軍も行政も、そして農業生産や流通も、すべてレイノークス本家を中心に動いている。領内を動かすのはレイノークス家の女たちであり、彼女たちは血縁による強固な紐帯で結ばれている。
外から嫁いでくる女にとって、夫を共有する妻たちはライバルであると同時に、立場を同じくする盟友でもある。夫の愛を奪い合っていがみ合っていては、大量にいる姑や小姑に対抗できないし、仕事にも差し支えて、自分の立場をかえってあやうくしてしまう。勢い、お互いそれなりに上手くやっていくしかないし、夫の方も複数の妻を分け隔てなく捌く器量が要求されるのだ。
西の貴族階級の女にとって、夫の妻が一人だけというのは、ある種、敵陣の中に孤立無援で放り込まれるのに等しい。
「あの、〈聖婚〉の皇子様は、アデライードのことを本当に大切に思っているのね」
「幸せだわ、あんなに愛されて」
「他の女なんて目に入らないって感じですものね」
異母姉たちや義母たちに口々に言われ、アデライードが頷く。しかし、マリアンナ夫人がアデライードをじっと見て、言った。
「でも……このまま一人だけの妻でなんて、やっていけないでしょう?」
なんとなく、その話なのではないかと、アデライードも予想していた。ここ数日、折りに触れて厨房脇のテラスに誘われていたのも、その話のためだったのだろう。だが、アデライードの側を恭親王が離れないために、口に出せなかったのだ。
「……いえ、わたしは特に何も……。殿下は、他の妻を娶るつもりはないと、仰っていますが……」
アデライードがいかに鈍くて子供じみているとはいえ、幼少時から一夫多妻を当たり前とする社会で暮らしてきたのだ。恭親王がアデライード一筋を貫こうとしても、それが困難であることは予想できた。
「そもそも、あなたは女の子しか産めないでしょう?」
女王家の姫が女しか生めないというのは、この世界の常識だ。
「……殿下が仰るには、それは普通の貴種の男と結婚した場合で、龍種である東の皇子と結婚した場合は、男の子も産めると……」
「でも、総督閣下はアデライードを女王にするつもりなんだろう? 女王の夫君の妻が一人だなんて、聞いたこともないよ。だいたい、どうやって領地とナキアとの経営を両立させるおつもりなんだい。全部の仕事をアデライード一人に押し付けたら、あんたみたいな細っこいのはすぐに過労死しちまうよ!」
レダ夫人が呆れたように言う。どうしても妻を領地経営との関連で考えてしまう彼女たちに、アデライードは、東では妻が領地の経営に関わること自体、あり得ないことなのだと説明する。
「殿下には優秀な配下がいらっしゃるので、わたしは妻だけれど、ソリスティアのことに一切関わる必要がないのです。たぶん、その延長で、西のことも考えていらっしゃるのかも……」
アデライードの言葉に、マリアンナ夫人も姉たちも、顔を見合わせる。
今日、ここにイリスを呼ばなかったのは、ユリウスが殿下の夫人にと、イリスの妹のどちらかを考えているからなのよ。あと、強引にあなたについてきたヴェスタ侯爵も、妹御のベルナデット様を殿下にと、考えていらっしゃる。……あなたが嫌がって、拒否しているわけではないのね?」
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