【R18】陰陽の聖婚Ⅱ:銀龍のめざめ

無憂

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10、女狐来襲

拒絶されたフエル

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「その……習字の練習のお手伝いを……」
「習字?」

 たしかに、ここ数日、アデライードが毛筆習字に凝っているのは聞いていた。デュクトに扱かれたおかげで習字が大嫌いだった恭親王は、そんなものに凝り始めたアデライードに呆れていたが、咎めるつもりはなかった。もっとも、習字の道具をミハルが準備したというのは気に入らないと思っていた。なぜ、そこで自分に強請らないのだ、と不満であったのだ。ただ、ミハルが取り寄せたという、華麗な蒔絵を施した美しい硯箱を見て、自分だったら飾り気のない無骨なものを注文してしまっていただろうと気づき、不満は飲み込んだ。

 が、ミハルが教授するならともかく、なぜ、デュクトの息子がアデライードに対し、文字通り手を取って指導しているのだ。まだ十三歳の子供とはいえ、男がアデライードの白い手に触れているのである。

「誰の許しを得て私のアデライードの手に触れている。触るな!」

 低い声で凄む恭親王に対し、メイローズが呆れたように言う。

「習字の教授法としては普通のやり方でしょう。減るものじゃありませんし、心が狭いですよ」
「いいや、減る! 断固触るな!」
「殿下、わたしは触られたくらいでは、減りません」
 
 アデライードがフエルを取りなすのも、気に入らなかった。

「嫌だ。本当は男を部屋に入れるのも嫌だ。触るなんて、とんでもない」

 そう言うと、アデライードの手から筆を奪い取り、立ち上がらせてお茶の準備のできているテーブルに移動すると、アデライードを抱き上げて膝の上に座らせた。

「殿下! 人がいるときにはやめてくださいって!」
「いいや、あなたが私のものだってことを、フエルにきちんと見せつけておかなければ」

 恥ずかしそうに膝の上で暴れるアデライードを恭親王は押さえつけ、首の付け根にちらりと見えている赤い痣にそっと口づける。その様子を目にして、フエルはその痣が虫刺されの痕でないことに、ようやく気付くのだった。

 目の前でいちゃつかれて、真っ赤になったフエルがおろおろしているのを、恭親王の黒い瞳がじっと睨みつけた。

「いつまでそこで見物しているつもりだ? 空気の読めないのは親父譲りだな」

 要するに出て行けと言われ、フエルの心が冷える。アデライード姫に対する露骨な独占欲と嫉妬心。なぜ、この主は自分にこれほど冷たいのだろうか。自分の父はこの人を教え導くために家に帰ることも稀で、フエルには父親の記憶などほとんどなかった。この人の盾となって父は死んだと聞いているのに、そうまでして守った皇子は、父のことを蛇蝎のように嫌っている。

 なぜ――。

 無言でぺこりと頭を下げ、踵を返して居間を後にするフエルを追いかけて、廊下に出てきたアンジェリカがすまなそうに言った。

「ごめんね、殿下って姫様に対する執着が、度を越しているから……」
「大丈夫です……」

 辛うじて口にすると、そのまま速足で歩いて宿舎にしている部屋に向かう。
 納得できない気持ちと、先ほど聞かされたサウラの話が頭をよぎる。
 〈聖婚〉の王女の虜になって、それまでの女も何もかも忘れた男。昔の女に子ができても、疎ましいとしか思えなくなるほど、恋に狂った男。

 心変わりは仕方のないことだとしても、子に対する責任は、取らせるべきじゃないのか。

 フエルの目の前で、やや狂気じみた愛をぶつけられて戸惑っている姫君だって、殿下の心変わりのために罪のない子供が不幸になるのは望んでいないだろうに。

 その後、宿舎にしているゲルの家まで、姫君の命を受けたアンジェリカが、菓子の箱と姫君からのお詫びの手紙を持ってやってきた。
 
『今日はごめんなさい。またよければお習字を教えてください。アデライード』

 羊皮紙のカードに硬筆で丁寧に書き込まれた手紙を見て、フエルは少しばかり頬が熱くなった。

「カードもらったなんて、殿下にバレるとまたうるさいから、内緒にしておいた方がいいわよ。実は殿下はずっと、手紙の返事すらもらえなくて拗ねていたんだから」

 アンジェリカに耳打ちされ、フエルはまじまじとカードを見る。
 本当は、恭親王に会って、サウラのことを話さなければと考えていた。でも、あの冷たい目で見つめられて、フエルには彼に打ち明ける勇気がなくなっていた。
 美しくて優しくて、無邪気な姫君。あの人なら、事情を話せばきっと、父親に望まれぬサウラの腹の子だって、受け入れてくれるだろう。

 ――フエルはいつの間にか、主に拒絶されている自分を、サウラの腹の子に重ね合わせていた。
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