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壱、比翼連理
二、
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きまり悪そうに下を向いてしまった紫玲の顎を、伯祥がもう一度とらえる。
「顔を上げて。私は、詩文の才のある女性を好ましいと思っているよ」
「伯祥さま……」
それから、二人で一句ずつ順に諳んじていくのを繰り返し、最後の二句まで続けていく。
「我も亦た苦士を貞し、君と新たに婚を結ぶ」
「庶わくは貧と素を保ち、偕老にして欣欣を同にせん」
最後の句を紫玲が口ずさめば、伯祥が軽やかな笑い声を立てた。
「本当に、私は心からそれを願うよ。紫玲……」
伯祥が新妻の手を取り、両手で包み込んだ。
「今日は早朝から疲れたのではないか? 無理をさせたくはないが、だが――」
臥床の上で向かい合い、伯祥が囁く。紫玲の手を包み込むほど大きな両手は熱い。
夫の気遣いと体温に、紫玲の心臓の鼓動が早まる。確かに、婚礼は夕方であるのに、準備は早朝から続き、儀式が始まるころにはすっかり疲れていた。
しかし、これから夫婦の間でなさねばならぬことの、重要性は理解しているつもりだ。
だから、紫玲は慌てて首を振る。
「だ、大丈夫です! わたし、身体は丈夫だから……!」
言ってしまってから、これでは閨事をしたがっているように聞こえはしまいかと、紫玲は真っ赤になって俯いた。その様子に、伯祥が破顔一笑した。
「ハハハッ……」
「そ、そ、その……そう言う意味では。その、殿下、いえ、伯祥さまのよろしいように……」
消え入りそうに恥ずかしがる紫玲の、滑らかな頬に手を添え、そっと上を向かせて伯祥は微笑む。
「そうか、では……紫玲」
伯祥が紫玲を抱き寄せ、耳元に口を寄せて言った。
「遠慮なく抱いても……?」
「は、は……はい」
伯祥の整った顔が降りてきて、唇がふさがれ――紫玲はそのまま、褥に沈められた。
「紫玲は、温かいね」
月の光が差し込む臥床の上で、新妻の肌を撫でながら伯祥がしみじみを言った。
「辛くなかった?」
夫の裸の胸にもたれかかった状態で問われて、紫玲は顔をあげ、首を振る。
――正直に言えば、破瓜の痛みは相当にあった。それでも――
「いえ、わたしは、幸せです」
「私も幸せだ。こんな風に、誰かに抱きしめてもらったのは、母上が亡くなってからは初めてだ。……本当に、私の妻になってくれたんだね」
「伯祥さま……」
伯祥が、両腕で紫玲を抱きしめ、深いため息をつく。
「父上には感謝してもしきれない。こんな、美しくて優しい妻を寄越してくれた。どんな性悪女が送りこまれてくるかと、内心、戦々恐々としていた」
くすくすと笑いながら、伯祥は紫玲の艶やかな黒髪を指で梳く。
「綺麗だ。……紅蓋頭をめくって顔を見たときは、本当に美して、仙女かと思った。小躍りしそうになるのを押さえるのに必死だった」
「そんな……褒めすぎです」
「そんなことはない。……きっと父上はそなたの顔を知らぬのだ。そなたを目にしていたら、私のようなどうでもいい息子の妻になどせず、後宮に入れて我が物となさったに違いない」
「ご冗談を。たいした取り柄もない下級官吏の娘ですもの。親王妃だなんて、わたしこそ過分なご沙汰に怯えておりましたのに」
紫玲が目を伏せ、伯祥の胸に顔を寄せる。
「わたしは果報者です」
「……お互い、これからも末永く添い遂げたいな。『生きては同室の親と為り、死しては同穴の塵と為る』」
「はい。……伯祥さま」
伯祥の手が紫玲のうなじに回され、顔が引き寄せられる。そのまま伯祥の口づけを受けて――
この夜、紫玲は伯祥と鴛鴦の契りを交わし、偕老同穴を誓った。
死しても離れることはなく、生涯、互いだけ――
「顔を上げて。私は、詩文の才のある女性を好ましいと思っているよ」
「伯祥さま……」
それから、二人で一句ずつ順に諳んじていくのを繰り返し、最後の二句まで続けていく。
「我も亦た苦士を貞し、君と新たに婚を結ぶ」
「庶わくは貧と素を保ち、偕老にして欣欣を同にせん」
最後の句を紫玲が口ずさめば、伯祥が軽やかな笑い声を立てた。
「本当に、私は心からそれを願うよ。紫玲……」
伯祥が新妻の手を取り、両手で包み込んだ。
「今日は早朝から疲れたのではないか? 無理をさせたくはないが、だが――」
臥床の上で向かい合い、伯祥が囁く。紫玲の手を包み込むほど大きな両手は熱い。
夫の気遣いと体温に、紫玲の心臓の鼓動が早まる。確かに、婚礼は夕方であるのに、準備は早朝から続き、儀式が始まるころにはすっかり疲れていた。
しかし、これから夫婦の間でなさねばならぬことの、重要性は理解しているつもりだ。
だから、紫玲は慌てて首を振る。
「だ、大丈夫です! わたし、身体は丈夫だから……!」
言ってしまってから、これでは閨事をしたがっているように聞こえはしまいかと、紫玲は真っ赤になって俯いた。その様子に、伯祥が破顔一笑した。
「ハハハッ……」
「そ、そ、その……そう言う意味では。その、殿下、いえ、伯祥さまのよろしいように……」
消え入りそうに恥ずかしがる紫玲の、滑らかな頬に手を添え、そっと上を向かせて伯祥は微笑む。
「そうか、では……紫玲」
伯祥が紫玲を抱き寄せ、耳元に口を寄せて言った。
「遠慮なく抱いても……?」
「は、は……はい」
伯祥の整った顔が降りてきて、唇がふさがれ――紫玲はそのまま、褥に沈められた。
「紫玲は、温かいね」
月の光が差し込む臥床の上で、新妻の肌を撫でながら伯祥がしみじみを言った。
「辛くなかった?」
夫の裸の胸にもたれかかった状態で問われて、紫玲は顔をあげ、首を振る。
――正直に言えば、破瓜の痛みは相当にあった。それでも――
「いえ、わたしは、幸せです」
「私も幸せだ。こんな風に、誰かに抱きしめてもらったのは、母上が亡くなってからは初めてだ。……本当に、私の妻になってくれたんだね」
「伯祥さま……」
伯祥が、両腕で紫玲を抱きしめ、深いため息をつく。
「父上には感謝してもしきれない。こんな、美しくて優しい妻を寄越してくれた。どんな性悪女が送りこまれてくるかと、内心、戦々恐々としていた」
くすくすと笑いながら、伯祥は紫玲の艶やかな黒髪を指で梳く。
「綺麗だ。……紅蓋頭をめくって顔を見たときは、本当に美して、仙女かと思った。小躍りしそうになるのを押さえるのに必死だった」
「そんな……褒めすぎです」
「そんなことはない。……きっと父上はそなたの顔を知らぬのだ。そなたを目にしていたら、私のようなどうでもいい息子の妻になどせず、後宮に入れて我が物となさったに違いない」
「ご冗談を。たいした取り柄もない下級官吏の娘ですもの。親王妃だなんて、わたしこそ過分なご沙汰に怯えておりましたのに」
紫玲が目を伏せ、伯祥の胸に顔を寄せる。
「わたしは果報者です」
「……お互い、これからも末永く添い遂げたいな。『生きては同室の親と為り、死しては同穴の塵と為る』」
「はい。……伯祥さま」
伯祥の手が紫玲のうなじに回され、顔が引き寄せられる。そのまま伯祥の口づけを受けて――
この夜、紫玲は伯祥と鴛鴦の契りを交わし、偕老同穴を誓った。
死しても離れることはなく、生涯、互いだけ――
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