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「お前を愛することはない!」

 藪から棒に何なのかしら、この人。
 返答のしようがなくて、無言でジロジロ見つめてしまう。それが不愉快だったのか、エドウィン卿は眉間に皺を寄せ、言った。

「なんだ、何か文句あるのか?」
「あるに決まってるでしょう? 馬鹿なの?」

 思わず口走ってしまい、旦那様の端麗な眉が上がる――せっかく賢そうな外見でいらっしゃるけど、開口一番で馬鹿がバレちゃってるわ。

「ば、馬鹿とはなんだ! この俺のどこが馬鹿だと……」
「新婚初夜にまともな挨拶もなく、いきなり『お前を愛することはない!』なんて、普通の脳みそと常識があったら言わないと思いますよ? そんなことをわざわざ宣言して、いったい何がしたいんです?」
「何って……?」

 反論されると思わなかったのだろう、固まっている彼に、わたしは肩を竦め、懇切丁寧に説明した。

「正式に婚約が決まってから、何度も顔合わせの機会があったのに、貴方は一度もいらっしゃらなかった。お仕事が忙しいと、執事さんは言い訳してましたけど、結婚が不本意なら断ればよかったのに。どうして無為に逃げ回るばかりだったんです? わたしの方から断って欲しかったんですか? でも、爵位が下のうちからは断れませんよ」

 はっきり言ってやると、エドウィン卿はぐぬぬと口をへの字に歪めた。

「……別に、結婚自体が嫌なわけでは……」
「じゃあ、結婚する気はあったんですね? でも半年間一度も顔合わせに来なくて、当日になってやっぱり気に入らないって、馬鹿じゃない? 事前に確認しておくべきでしょう?」

 やっぱり馬鹿じゃない、とわたしが言えば、彼は眉を逆立てて怒った。

「さっきから馬鹿、馬鹿、うるさい!」
「ちゃんと顔合わせに来ていらしたら、どんな女かおわかりになったのに、自分が悪いんじゃありませんか」
「しょうがないだろう! 父上が……」
 
 エドウィン卿はちょっとだけ目を伏せて、声を落とす。

「父上が……その、実はもう、あまり長くないから――」
「せめて息子の結婚式は見せてやりたくて?」

 わたしが問えば、彼は渋々頷く。

「親孝行はご立派な心掛けですけど、他人を巻き込まないでほしかったですわね。ともかく、お義父さまを安心させるために、好きでもない相手と結婚を決めた。それは貴方のご事情ですよね?」
「……どういう意味だ?」
「この結婚は、貴方が自分の利益のために自ら選択した、そういう意味です」
「利益……」
「父親を安心させるために、とりあえず結婚する、というのは貴方が御自分で決めたんですよね? 別に刃物で脅されたわけでもなく」
「当たり前だ!」
「でも、別に好きでもない相手だし、面倒くさいから顔合わせは全部、ドタキャンした。どうせぱっとしない田舎の子爵令嬢だし、断られることはないと甘く見ていた。そうですね?」
「う……」

 わたしが断言してやれば、図星を突かれたのか、エドウィン卿がぐっと詰まる。

「わたしが理解できないと思うのは、ここからです。好きでもない相手と仕方なく結婚する。……世の中にはよくあることですわ。で、仏頂面で結婚式も済ませ、初夜のベッドの上で藪から棒に、『お前を愛することはない!』……これ、初対面の相手にどや顔で宣言する理由はなんですの?」
「それは――妙な期待をされても困るから……」
 
 もごもごと口の中で言うエドウィン卿にわたしは畳みかけた。

「期待? 何を期待されたら困るんです?」
「その……俺に期待していたら、まずいと思って……」

 わたしは思わず彼をマジマジと見てしまった。

「ええ? わたしが、貴方を愛し、愛されると期待したら困ると思ったんですか? 馬鹿じゃないの?」
「ば、馬鹿って……さっきからお前は……」
「だって貴方、婚約してから半年間、顔合わせ全部ドタキャンしといて、愛されると思ったんですか? どんだけ面の皮が厚いんですか。結納以外の贈り物だって一っつも寄越さないし、手紙は明らかに誰かの代筆で、とんでもないケチだなって思っていましたよ。……確かにうちは田舎の子爵家で、王都の社交界には無縁でしたけど。わたし、わざわざ何度かこちらのお宅にだってお邪魔しましたのに、挨拶すらなくて。そんな無礼な男を好きになるわけないでしょう?」

 はっきり言ってやると、エドウィン卿は露骨に衝撃を受けたような表情をした。
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