2 / 13
二、不釣り合いな婚約者
しおりを挟む
実際、フランシスとの婚約が公になると、エドナはあちこちの社交場で令嬢たちの敵意と陰口にさらされることになった。
『特に美女でもないくせに……』
『たいした家柄でもありませんのにね……』
『いったいどんな手を使ったのかしら』
『田舎の人はなりふり構わないと言うから』
同時に、フランシスの派手な女関係の噂が耳に入ってくる。どうやら、フランシスは相当、遊んでいたらしいのだ。
学院在学中から女が途切れたことはないと――
(まあ、それはそうよね……ずいぶんおモテになるみたいだし……)
美貌と地位にあかせて好き放題していたが、ようやく身を固める気になった。その相手として選ぶなら、当たり障りなく地味な女がよかったのか。
――そういうことか。
不思議なことに、エドナの不安は泡が融けるように解消された。
一分の隙もない完璧な男に、平凡な自分が選ばれるのはいかにも裏がありそうで恐ろしかったのだ。女遊びが収まらない身持ちの悪い男だった、という欠点に、エドナはかえって安心した。
遊び人が身を固めるに及んで、地味な女を敢えて選んだというなら、むしろ納得だ。
平凡な自分は浮気されるかもしれないが、貴族の家ではよくあることだし――
ちょうど、王太子殿下も幼少からの婚約者と結婚した。
側近であるフランシスも、妻帯する必要を感じたのだとすれば、不自然ではなかった。
結婚式を間近に控えたある時、フランシスはやや改まってエドナに言った。
「エドナ、これから君は僕の妻として、いずれはウォートン侯爵夫人として我が家を切り盛りしていくことになる。知っていると思うが、うちは代々、王家の側近を務める家だ」
紫色の瞳は穏やかだが、いつもより真剣なまなざしでエドナを見つめている。
エドナは姿勢を正し、フランシスをまっすぐに見返す。
「はい。存じております」
「我が家の家訓は、王家には絶対の忠誠を――我が身のすべてを捧げる覚悟で、というものだ。王家にはすべて、命も、命より大切なものもすべて差し出す。その覚悟でお仕えしている」
「……そうなのですね」
エドナは頷いた。田舎の緩い伯爵家に育ったエドナは、王家に忠誠心がないわけではないが、そこまで真剣に考えたことはない。代々側近を務める家ならではの覚悟なのだろう。
フランシスは黒く長い睫毛を伏せる。
「すべてにおいて、王家の意向を尊重し、自分を犠牲にすることもある。……もちろん、王家に近しい我々は、それだけの恩恵も受けているけれど。王家のためならに自分の一番大切なものを差し出すのは、幼い頃から叩き込まれていて、習い性になっている。君も戸惑うことはあると思うけれど、我が家に嫁ぐ以上は覚悟してほしい」
そう言われて、エドナは少々不安になった。
「そんな、無茶な要求があるのですか? ……突然、死ねとか……」
フランシスが笑った。
「殿下はそんなことはおっしゃらないよ。ただ――僕にとってはなんでもない殿下の命令が、僕の身近にいる人には理解できないこともあるかもしれない」
「はあ……」
「僕のものは、殿下のものなんだよ。大切にしているものならばなおのこと、殿下が欲しいと言えば差し上げることになる。それに、戸惑う人もいるから……」
少し困ったように眉尻を下げるフランシスに、エドナは微笑んだ。
「わかりました。何事も、殿下に対して惜しんだりはいたしません。フランシス様が思う通り、殿下のご希望に添うよう、なさってください」
「そう、ありがとうエドナ。やはり君は僕が思う通りの素晴らしい女性だ」
フランシスの眩しいほどの微笑みに、エドナはすでに魅了されていた。
どんな理由であれ、こんな美しく素敵な人に伴侶として選ばれた。
自身の幸福をようやく、素直に喜ぶ気持ちになっていた。
『特に美女でもないくせに……』
『たいした家柄でもありませんのにね……』
『いったいどんな手を使ったのかしら』
『田舎の人はなりふり構わないと言うから』
同時に、フランシスの派手な女関係の噂が耳に入ってくる。どうやら、フランシスは相当、遊んでいたらしいのだ。
学院在学中から女が途切れたことはないと――
(まあ、それはそうよね……ずいぶんおモテになるみたいだし……)
美貌と地位にあかせて好き放題していたが、ようやく身を固める気になった。その相手として選ぶなら、当たり障りなく地味な女がよかったのか。
――そういうことか。
不思議なことに、エドナの不安は泡が融けるように解消された。
一分の隙もない完璧な男に、平凡な自分が選ばれるのはいかにも裏がありそうで恐ろしかったのだ。女遊びが収まらない身持ちの悪い男だった、という欠点に、エドナはかえって安心した。
遊び人が身を固めるに及んで、地味な女を敢えて選んだというなら、むしろ納得だ。
平凡な自分は浮気されるかもしれないが、貴族の家ではよくあることだし――
ちょうど、王太子殿下も幼少からの婚約者と結婚した。
側近であるフランシスも、妻帯する必要を感じたのだとすれば、不自然ではなかった。
結婚式を間近に控えたある時、フランシスはやや改まってエドナに言った。
「エドナ、これから君は僕の妻として、いずれはウォートン侯爵夫人として我が家を切り盛りしていくことになる。知っていると思うが、うちは代々、王家の側近を務める家だ」
紫色の瞳は穏やかだが、いつもより真剣なまなざしでエドナを見つめている。
エドナは姿勢を正し、フランシスをまっすぐに見返す。
「はい。存じております」
「我が家の家訓は、王家には絶対の忠誠を――我が身のすべてを捧げる覚悟で、というものだ。王家にはすべて、命も、命より大切なものもすべて差し出す。その覚悟でお仕えしている」
「……そうなのですね」
エドナは頷いた。田舎の緩い伯爵家に育ったエドナは、王家に忠誠心がないわけではないが、そこまで真剣に考えたことはない。代々側近を務める家ならではの覚悟なのだろう。
フランシスは黒く長い睫毛を伏せる。
「すべてにおいて、王家の意向を尊重し、自分を犠牲にすることもある。……もちろん、王家に近しい我々は、それだけの恩恵も受けているけれど。王家のためならに自分の一番大切なものを差し出すのは、幼い頃から叩き込まれていて、習い性になっている。君も戸惑うことはあると思うけれど、我が家に嫁ぐ以上は覚悟してほしい」
そう言われて、エドナは少々不安になった。
「そんな、無茶な要求があるのですか? ……突然、死ねとか……」
フランシスが笑った。
「殿下はそんなことはおっしゃらないよ。ただ――僕にとってはなんでもない殿下の命令が、僕の身近にいる人には理解できないこともあるかもしれない」
「はあ……」
「僕のものは、殿下のものなんだよ。大切にしているものならばなおのこと、殿下が欲しいと言えば差し上げることになる。それに、戸惑う人もいるから……」
少し困ったように眉尻を下げるフランシスに、エドナは微笑んだ。
「わかりました。何事も、殿下に対して惜しんだりはいたしません。フランシス様が思う通り、殿下のご希望に添うよう、なさってください」
「そう、ありがとうエドナ。やはり君は僕が思う通りの素晴らしい女性だ」
フランシスの眩しいほどの微笑みに、エドナはすでに魅了されていた。
どんな理由であれ、こんな美しく素敵な人に伴侶として選ばれた。
自身の幸福をようやく、素直に喜ぶ気持ちになっていた。
174
あなたにおすすめの小説
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
離縁希望の側室と王の寵愛
イセヤ レキ
恋愛
辺境伯の娘であるサマリナは、一度も会った事のない国王から求婚され、側室に召し上げられた。
国民は、正室のいない国王は側室を愛しているのだとシンデレラストーリーを噂するが、実際の扱われ方は酷いものである。
いつか離縁してくれるに違いない、と願いながらサマリナは暇な後宮生活を、唯一相手になってくれる守護騎士の幼なじみと過ごすのだが──?
※ストーリー構成上、ヒーロー以外との絡みあります。
シリアス/ ほのぼの /幼なじみ /ヒロインが男前/ 一途/ 騎士/ 王/ ハッピーエンド/ ヒーロー以外との絡み
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
最強魔術師の歪んだ初恋
る
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。
けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?
愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜
あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる