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六、夜会の夜
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「失礼、ご婦人がた……ちょっと妻を返していただければ」
そう言いながらフランシスが迎えに来た時は、エドナは本当にホッとした。
「あら、まだお話を始めたばかりじゃない。エドナは王都に慣れないのだから、わたくしたちがいろいろと教えて差し上げようと思っていたのに」
クラリッサがエドナを引き留めるのを、フランシスがにこやかにいなす。
「いえ、ちょっと別のところにも挨拶に行かないといけませんので、また次の機会に」
「残念だわ……」
なんとか貴婦人たちから引きはがされ、エドナがほっと息をつく。フランシスが心配そうに言った。
「顔色がよくないね、ごめん、もっと早く迎えに来ればよかった」
「いえ、だいじょうぶ……」
「次からはこんなことがないように、殿下には釘を刺してあるから」
釘を刺す、と言われてエドナが驚いてフランシスを見ると、エドナに微笑みかけた。
「今夜はもう、部屋に戻ろう」
「殿下にご挨拶しなくてよろしいの?」
「ああ、事情はわかってくださっているから」
そのまま夜会会場を抜け、ウォートン侯爵家が王宮内に賜っている専用の控室に戻る。
代々、側近官を務める家柄で泊まり込むことも多いので、複数の寝室を特別に占有することが許されているのだった。
寝室は広く豪華で天井も高く、立派な装飾のある四本柱の天蓋付きベッドが備えつけられていた。
「疲れただろう、先に一風呂浴びてベッドに入っていてくれ。僕は一度戻って殿下と打ち合わせることがあるかあら」
「はい。すみません。早くに退出してしまって。王太子妃殿下はご不満そうでした……」
エドナが申し訳なさそうに言えば、フランシスが肩を竦める。
「すまないね。婚約者時代から、殿下はあの人がちょっと苦手で、二人っきりになりたくないとか言うから、僕が間に入っていたんだ。それで、どうやら僕が自分に気があると勘違いしてしまったらしくて。まあ、特に害もないから放っておいたんだが、君にあんな態度を続けるならば問題だと、殿下にも相談している」
そんな根回しをしてくれていたことに、エドナは驚いた。
「二か月、新婚に託けて君を王宮から引き離したのもそのせいなんだが、まったく改善されてないようなので、もう一度殿下には苦情を申し立てておくよ。だから、君は安心していい」
フランシスは待機していたエドナ付きのメイドに就寝の世話を命じると、頬に軽く口づけてから部屋を出て行った。
入浴を済ませ、エドナはフランシスに言われたとおり、先にベッドに入ってうつらうつらしていた。
キイ……とドアを開ける微かな音がしてふわりと風が流れる。部屋は枕元のランプの明かりだけで薄暗く、ベッドの周囲を覆う天蓋布で遮られてドアは見えないが、暗い部屋に廊下の明かりが差し込んでいるのは透けてみえた。
分厚い絨毯を踏みしめるかすかな足音。――足音が多い気がするけれど、使用人だろうか。
「エドナ、起きている?」
天蓋布をめくりあげてフランシスが真上から覗き込み、エドナに覆いかぶさるように両手を顔の左右についた。
「……フランシス様……」
まるで檻のよう――そう思いながら、眠い目をこするエドナの耳に、信じられない声が飛び込んできた。
「やあ、エドナ。クラリッサが申し訳ない。俺からちゃんと叱っておくから」
「あ……」
上から覆いかぶさるフランシスの肩越しに、エドナを見下ろすのは、王太子アンドリュー……?
「……殿下?」
こんな寝室に? エドナの頭が一気に覚醒する。明らかに、何か異常な事態が発生している。
フランシスがばさりと上掛けをはぎ取り、薄い夜着一枚の姿をさらされ、反射的に両手で胸を覆う。だがその細い手首をフランシスが両手でつかみ、頭上にあげてベッドに縫い留める。
「な、なに……?」
そう言いながらフランシスが迎えに来た時は、エドナは本当にホッとした。
「あら、まだお話を始めたばかりじゃない。エドナは王都に慣れないのだから、わたくしたちがいろいろと教えて差し上げようと思っていたのに」
クラリッサがエドナを引き留めるのを、フランシスがにこやかにいなす。
「いえ、ちょっと別のところにも挨拶に行かないといけませんので、また次の機会に」
「残念だわ……」
なんとか貴婦人たちから引きはがされ、エドナがほっと息をつく。フランシスが心配そうに言った。
「顔色がよくないね、ごめん、もっと早く迎えに来ればよかった」
「いえ、だいじょうぶ……」
「次からはこんなことがないように、殿下には釘を刺してあるから」
釘を刺す、と言われてエドナが驚いてフランシスを見ると、エドナに微笑みかけた。
「今夜はもう、部屋に戻ろう」
「殿下にご挨拶しなくてよろしいの?」
「ああ、事情はわかってくださっているから」
そのまま夜会会場を抜け、ウォートン侯爵家が王宮内に賜っている専用の控室に戻る。
代々、側近官を務める家柄で泊まり込むことも多いので、複数の寝室を特別に占有することが許されているのだった。
寝室は広く豪華で天井も高く、立派な装飾のある四本柱の天蓋付きベッドが備えつけられていた。
「疲れただろう、先に一風呂浴びてベッドに入っていてくれ。僕は一度戻って殿下と打ち合わせることがあるかあら」
「はい。すみません。早くに退出してしまって。王太子妃殿下はご不満そうでした……」
エドナが申し訳なさそうに言えば、フランシスが肩を竦める。
「すまないね。婚約者時代から、殿下はあの人がちょっと苦手で、二人っきりになりたくないとか言うから、僕が間に入っていたんだ。それで、どうやら僕が自分に気があると勘違いしてしまったらしくて。まあ、特に害もないから放っておいたんだが、君にあんな態度を続けるならば問題だと、殿下にも相談している」
そんな根回しをしてくれていたことに、エドナは驚いた。
「二か月、新婚に託けて君を王宮から引き離したのもそのせいなんだが、まったく改善されてないようなので、もう一度殿下には苦情を申し立てておくよ。だから、君は安心していい」
フランシスは待機していたエドナ付きのメイドに就寝の世話を命じると、頬に軽く口づけてから部屋を出て行った。
入浴を済ませ、エドナはフランシスに言われたとおり、先にベッドに入ってうつらうつらしていた。
キイ……とドアを開ける微かな音がしてふわりと風が流れる。部屋は枕元のランプの明かりだけで薄暗く、ベッドの周囲を覆う天蓋布で遮られてドアは見えないが、暗い部屋に廊下の明かりが差し込んでいるのは透けてみえた。
分厚い絨毯を踏みしめるかすかな足音。――足音が多い気がするけれど、使用人だろうか。
「エドナ、起きている?」
天蓋布をめくりあげてフランシスが真上から覗き込み、エドナに覆いかぶさるように両手を顔の左右についた。
「……フランシス様……」
まるで檻のよう――そう思いながら、眠い目をこするエドナの耳に、信じられない声が飛び込んできた。
「やあ、エドナ。クラリッサが申し訳ない。俺からちゃんと叱っておくから」
「あ……」
上から覆いかぶさるフランシスの肩越しに、エドナを見下ろすのは、王太子アンドリュー……?
「……殿下?」
こんな寝室に? エドナの頭が一気に覚醒する。明らかに、何か異常な事態が発生している。
フランシスがばさりと上掛けをはぎ取り、薄い夜着一枚の姿をさらされ、反射的に両手で胸を覆う。だがその細い手首をフランシスが両手でつかみ、頭上にあげてベッドに縫い留める。
「な、なに……?」
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