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8.神秘の薬
もう一人の眠り姫
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サリシュの方はもう問題ない。
俺の作った「調合薬」を与えておけば、早い内に目を覚ます事は間違いないからな。前世に身に付けておいた知識が役に立って、俺としては何よりだ。
もっと難しい調合は流石に無理だけど、これくらいの合成は俺にでも出来るし、そういったものを幾つか覚えておいたんだ。
……と言うよりも、グローイヤ達とのパーティでは、そういった“雑学”を覚えておくのも俺の役目だった訳で。
考えてみれば、えらい扱いだったんだなぁ……。
もっともそれは、お互いに利用し利用され、持ちつ持たれつだった訳だけどな。
とにかくサリシュの方の対処を終えた俺は、一旦マリーシェ達にその事を伝えに行った。
「本当っ!? 本当なのねっ!?」
眼に涙を浮かべて、マリーシェは俺に何度もそう確認して来たんだ。しがみ付いて嬉し涙を流す彼女に、俺は何度も頷いて答えてやった。
それを隣で聞いていたカミーラも、とても喜んでいたっけ。
でも、これで終わりじゃあない。いや……ここからが本番だと言って良いだろう。
マリーシェ達の部屋を出た俺は、そのまま1人でシャルルーの部屋を訪ねたんだ。
要件は……言うまでも無くエリンの事だ。
「……あらぁ……アレクゥ。……元気になったのねぇ」
彼女の部屋に入ると、そこには幽鬼の様に佇むシャルルーがいた。その姿に今までの快活さは無く、まるで亡霊みたいに今にも消え入りそうなほど存在感が無かった。
「……エリンがぁ……目覚めないのぉ」
俺が話し掛ける前に、彼女はベッドの方へ視線を向けたまま独り言の様にそう呟いた。
その視線の先には、まるで死んでいるみたいに顔色の悪いエリンが横たわっている。俺から見ても、その容態は安定しているとは言い難い。
今は落ち着いているみたいだけど、このままじゃあいつ急変するか分からないといった状態だ。
「……先生もぉ……エリンはぁ……もう助からないかもってぇ……」
そして彼女は話しながら、溢れ出てきた涙を拭おうともせずにただエリンを見つめていた。その姿を見れば、シャルルーがどれほどエリンを頼っていたのか……2人が本当に親友だったという事かが分かるってもんだ。
暫くの間、ただシャルルーのすすり泣く声だけが聞こえて来たんだが。
「……何でぇ?」
小さく……それでいてハッキリと、シャルルーが口を開き。
「何でぇ、エリンをぉ助けてぇくれなかったのぉ!? アレクゥ、あなたがいながら何でぇ!?」
彼女は俺の方へと顔を向けて……慟哭しだしたんだ。その顔には……いや、瞳には激しい怒りが込められている。
―――何故、エリンを助ける事が出来なかったのか……?
その命題には、俺は答える事が出来なかった。……いや、答えなかったというべきか。
確かにあの時……ゴブリンの集団に襲われた時、まさかオーグルが2体いるなんて思いも依らなかった。
しかもそのオーグルが後方の遊撃に回るなんて……まさかそんな裏を掻いて来るなんて、完全に想定外だったと言って良いだろうな。
後方を遮断する様に伏兵を送り込む事は、ある程度予測していた。でもそれは、ゴブリンを2、3匹くらいだと思っていたんだ。それくらいなら、バーバラとセリルの2人で食い止められる。退ける事が出来る筈だった。
でも実際は、強力な戦力であるオーグルが後方に出現し、見事に俺たちを混乱させる事に成功していた。
……ったく、まさかゴブリンにしてやられるなんて思いも依らなかったぜ。
そういう意味では、俺の油断がこの結果を招いたと言えなくも無い。
でもそんな不測の事態だった事を今のシャルルーに説明した処で、彼女がそれで納得する訳はない。
どれだけ俺たちに落ち度がなかったと話して聞かせても、今のシャルルーには理解出来ないだろう。
だから俺は、なぜエリンを助ける事が出来なかったのか……と言う疑問に対して、沈黙を持って応じるより他になかったんだ。
……でも。
俺を睨んでいたシャルルーは、ダッとその場を駆けだすと、俺の身体にぶつかって来た。……いや、抱き付いて来たと言うべきだろうか?
俺の胸に顔を埋めた彼女は、それでも泣き止む事は無く。
「何でぇ……何でよぉ……? あなたぁ、強いんでしょう? 何でぇ、エリンをぉ、助けてくれなかったのぉ……?」
まるで呪詛の様に……悔恨の様に呟き続けていた。
そんな彼女の頭を、俺はソッと抱いてやる。
こういう時、きっと何かに縋り付きたい気持ちで一杯だろうし、何よりも誰かに抱きしめて欲しいと思うもんだ。
俺も、何回かそういう気分になって咽び泣いた事があったもんなぁ。……俺の場合は、1人でだったけどな。
「うえ……うえぇ……うええぇん!」
あの場所から戻ってきて、初めて涙を見せたのか?
それとも、何度目かの号泣なのか?
ともかくシャルルーは、俺の胸で暫く泣きじゃくっていたんだ。
エリンが傷を受けた時の話は、すでにバーバラとセリルから受けていた。さっき調理場で薬草を煮詰めている時に、2人にその時の状況を聞いていたんだ。
「……突然現れたオーグルは、まず最初に……シャルルーちゃんを狙ったんだ」
珍しく重苦しい雰囲気で、セリルはゆっくりと話し出してくれた。
それもそうだろう。
自分の腕は斬り落とされて、しかもエリンを救えなかったんだ。
こいつに落ち度が無かったとはいえ、精神的に落ち込むのも無理はない事だった。
「俺は咄嗟に、シャルルーちゃんを護ろうと動いたんだけど……。腕に激痛が走って、そのままその場で蹲っちまったんだ」
そう語るセリルの身体は、その時の事を思い出しているのか小刻みに震えていた。
今はポーションの力で完治しているとはいえ、その時の痛みと恐怖が拭える訳じゃあない。彼が身震いするのも、それはそれで仕方がない事だった。
それとも、悔しいと考えているのかも知れないな。
「……セリルの腕を斬り落としたオーグルは……シャルルーに剣を突き刺そうとして……エリンがそれを庇って……」
エリンはシャルルーを突き飛ばし、その代わりオーグルの剣にその身を貫かれたと言う事だった。
そんな悲惨な現場であっても唯一運が良かったと言えるのは、エリンの受けた傷が即死性の致命傷じゃあ無かったって事だ。
オーグルの剣は、その巨体が持つに併せてかなり大きい。
そんな剣に華奢なエリンが貫かれても、急所をギリギリ避けていたんだからな。これを強運と言わずになんて言うってんだ。
シャルルーを仕留め損ねたオーグルだが、それ以上彼女に危害を加える事は出来なかったみたいだ。駆け寄ったバーバラが牽制に回り、オーグルの意識もそちらに向いたみたいだったからな。
その後はマリーシェ達も加わり、最後はカミーラも加わって奴を倒したって流れだった。
つまりエリンは、シャルルーの身代わりとなったって事だ。
しかも、セリルの腕を斬り落とすという現場もシャルルーは見ている。
もしかすれば、自分の責任ではないかと言う罪悪感が彼女の中に蟠っているんだろうなぁ。
誰も、自分が悪いという現実に耐えられるほど強くはない。責任を誰かに押し付けて、泣き叫びたいという気持ちも分かる話だった。
一頻り泣いて、シャルルーも少しは落ち着いたみたいだ。今はソファーに腰掛けて俺と対面していた。
「……恥ずかしい処を見せてしまってぇ……ごめんなさいぃ」
未だ眼を真っ赤にしたまま、鼻の頭と頬を赤らめて、落ち着きを取り戻したシャルルーが俺に謝罪した。
「……いや。誰にだって、思いっきり泣きたい時はあるからなぁ。役に立てたんなら良かったよ」
俺がそう答えると、シャルルーは更に真っ赤な顔をして俯いてしまっていた。
暫くは下を向き足の上で手を揉み所在無さげだった彼女なんだが、その動きがだんだんと小さくなり……ピタリと止まる。
「……ねぇ、アレクゥ。……本当にぃ……エリンは助からないのぉ?」
そして、絞り出す様な声でそう質問して来たんだ。
すでに、クレーメンス家の手配した医者がエリンを診ているだろう。そしてその結果は彼女が口にした通り、「手の施しようがない」だった筈だ。
医術の専門家がそう答えを下したんだから、今更俺に聞いた処でどうしようもない事は当の彼女が良く分かっているだろうに。
それでもシャルルーは、何か少しでも希望を得たかったんだろうな。
「……少し、エリンの様子を診せて貰うよ」
俺はシャルルーに断りを得て席を立ち、彼女も俺の後に付いて来る。
そして俺は、上から覗き込む様にしてエリンの顔を凝視した。
俺はもう、彼女の状態をすでに“視て”いる。エリンが今の段階でいつ頃目覚めるのか、もう知っているんだ。
ただそれには、この危篤状態を回復させて長期間生命を維持する必要があるんだけどな。
「……ふむ。もしかすれば、俺の家に伝わる“秘薬”で少しは改善出来るかも知れない」
「ほ……ほんとにぃ!?」
俺からのまさかの返答に、シャルルーはお嬢様らしからぬ大声で驚いたんだ。
俺の作った「調合薬」を与えておけば、早い内に目を覚ます事は間違いないからな。前世に身に付けておいた知識が役に立って、俺としては何よりだ。
もっと難しい調合は流石に無理だけど、これくらいの合成は俺にでも出来るし、そういったものを幾つか覚えておいたんだ。
……と言うよりも、グローイヤ達とのパーティでは、そういった“雑学”を覚えておくのも俺の役目だった訳で。
考えてみれば、えらい扱いだったんだなぁ……。
もっともそれは、お互いに利用し利用され、持ちつ持たれつだった訳だけどな。
とにかくサリシュの方の対処を終えた俺は、一旦マリーシェ達にその事を伝えに行った。
「本当っ!? 本当なのねっ!?」
眼に涙を浮かべて、マリーシェは俺に何度もそう確認して来たんだ。しがみ付いて嬉し涙を流す彼女に、俺は何度も頷いて答えてやった。
それを隣で聞いていたカミーラも、とても喜んでいたっけ。
でも、これで終わりじゃあない。いや……ここからが本番だと言って良いだろう。
マリーシェ達の部屋を出た俺は、そのまま1人でシャルルーの部屋を訪ねたんだ。
要件は……言うまでも無くエリンの事だ。
「……あらぁ……アレクゥ。……元気になったのねぇ」
彼女の部屋に入ると、そこには幽鬼の様に佇むシャルルーがいた。その姿に今までの快活さは無く、まるで亡霊みたいに今にも消え入りそうなほど存在感が無かった。
「……エリンがぁ……目覚めないのぉ」
俺が話し掛ける前に、彼女はベッドの方へ視線を向けたまま独り言の様にそう呟いた。
その視線の先には、まるで死んでいるみたいに顔色の悪いエリンが横たわっている。俺から見ても、その容態は安定しているとは言い難い。
今は落ち着いているみたいだけど、このままじゃあいつ急変するか分からないといった状態だ。
「……先生もぉ……エリンはぁ……もう助からないかもってぇ……」
そして彼女は話しながら、溢れ出てきた涙を拭おうともせずにただエリンを見つめていた。その姿を見れば、シャルルーがどれほどエリンを頼っていたのか……2人が本当に親友だったという事かが分かるってもんだ。
暫くの間、ただシャルルーのすすり泣く声だけが聞こえて来たんだが。
「……何でぇ?」
小さく……それでいてハッキリと、シャルルーが口を開き。
「何でぇ、エリンをぉ助けてぇくれなかったのぉ!? アレクゥ、あなたがいながら何でぇ!?」
彼女は俺の方へと顔を向けて……慟哭しだしたんだ。その顔には……いや、瞳には激しい怒りが込められている。
―――何故、エリンを助ける事が出来なかったのか……?
その命題には、俺は答える事が出来なかった。……いや、答えなかったというべきか。
確かにあの時……ゴブリンの集団に襲われた時、まさかオーグルが2体いるなんて思いも依らなかった。
しかもそのオーグルが後方の遊撃に回るなんて……まさかそんな裏を掻いて来るなんて、完全に想定外だったと言って良いだろうな。
後方を遮断する様に伏兵を送り込む事は、ある程度予測していた。でもそれは、ゴブリンを2、3匹くらいだと思っていたんだ。それくらいなら、バーバラとセリルの2人で食い止められる。退ける事が出来る筈だった。
でも実際は、強力な戦力であるオーグルが後方に出現し、見事に俺たちを混乱させる事に成功していた。
……ったく、まさかゴブリンにしてやられるなんて思いも依らなかったぜ。
そういう意味では、俺の油断がこの結果を招いたと言えなくも無い。
でもそんな不測の事態だった事を今のシャルルーに説明した処で、彼女がそれで納得する訳はない。
どれだけ俺たちに落ち度がなかったと話して聞かせても、今のシャルルーには理解出来ないだろう。
だから俺は、なぜエリンを助ける事が出来なかったのか……と言う疑問に対して、沈黙を持って応じるより他になかったんだ。
……でも。
俺を睨んでいたシャルルーは、ダッとその場を駆けだすと、俺の身体にぶつかって来た。……いや、抱き付いて来たと言うべきだろうか?
俺の胸に顔を埋めた彼女は、それでも泣き止む事は無く。
「何でぇ……何でよぉ……? あなたぁ、強いんでしょう? 何でぇ、エリンをぉ、助けてくれなかったのぉ……?」
まるで呪詛の様に……悔恨の様に呟き続けていた。
そんな彼女の頭を、俺はソッと抱いてやる。
こういう時、きっと何かに縋り付きたい気持ちで一杯だろうし、何よりも誰かに抱きしめて欲しいと思うもんだ。
俺も、何回かそういう気分になって咽び泣いた事があったもんなぁ。……俺の場合は、1人でだったけどな。
「うえ……うえぇ……うええぇん!」
あの場所から戻ってきて、初めて涙を見せたのか?
それとも、何度目かの号泣なのか?
ともかくシャルルーは、俺の胸で暫く泣きじゃくっていたんだ。
エリンが傷を受けた時の話は、すでにバーバラとセリルから受けていた。さっき調理場で薬草を煮詰めている時に、2人にその時の状況を聞いていたんだ。
「……突然現れたオーグルは、まず最初に……シャルルーちゃんを狙ったんだ」
珍しく重苦しい雰囲気で、セリルはゆっくりと話し出してくれた。
それもそうだろう。
自分の腕は斬り落とされて、しかもエリンを救えなかったんだ。
こいつに落ち度が無かったとはいえ、精神的に落ち込むのも無理はない事だった。
「俺は咄嗟に、シャルルーちゃんを護ろうと動いたんだけど……。腕に激痛が走って、そのままその場で蹲っちまったんだ」
そう語るセリルの身体は、その時の事を思い出しているのか小刻みに震えていた。
今はポーションの力で完治しているとはいえ、その時の痛みと恐怖が拭える訳じゃあない。彼が身震いするのも、それはそれで仕方がない事だった。
それとも、悔しいと考えているのかも知れないな。
「……セリルの腕を斬り落としたオーグルは……シャルルーに剣を突き刺そうとして……エリンがそれを庇って……」
エリンはシャルルーを突き飛ばし、その代わりオーグルの剣にその身を貫かれたと言う事だった。
そんな悲惨な現場であっても唯一運が良かったと言えるのは、エリンの受けた傷が即死性の致命傷じゃあ無かったって事だ。
オーグルの剣は、その巨体が持つに併せてかなり大きい。
そんな剣に華奢なエリンが貫かれても、急所をギリギリ避けていたんだからな。これを強運と言わずになんて言うってんだ。
シャルルーを仕留め損ねたオーグルだが、それ以上彼女に危害を加える事は出来なかったみたいだ。駆け寄ったバーバラが牽制に回り、オーグルの意識もそちらに向いたみたいだったからな。
その後はマリーシェ達も加わり、最後はカミーラも加わって奴を倒したって流れだった。
つまりエリンは、シャルルーの身代わりとなったって事だ。
しかも、セリルの腕を斬り落とすという現場もシャルルーは見ている。
もしかすれば、自分の責任ではないかと言う罪悪感が彼女の中に蟠っているんだろうなぁ。
誰も、自分が悪いという現実に耐えられるほど強くはない。責任を誰かに押し付けて、泣き叫びたいという気持ちも分かる話だった。
一頻り泣いて、シャルルーも少しは落ち着いたみたいだ。今はソファーに腰掛けて俺と対面していた。
「……恥ずかしい処を見せてしまってぇ……ごめんなさいぃ」
未だ眼を真っ赤にしたまま、鼻の頭と頬を赤らめて、落ち着きを取り戻したシャルルーが俺に謝罪した。
「……いや。誰にだって、思いっきり泣きたい時はあるからなぁ。役に立てたんなら良かったよ」
俺がそう答えると、シャルルーは更に真っ赤な顔をして俯いてしまっていた。
暫くは下を向き足の上で手を揉み所在無さげだった彼女なんだが、その動きがだんだんと小さくなり……ピタリと止まる。
「……ねぇ、アレクゥ。……本当にぃ……エリンは助からないのぉ?」
そして、絞り出す様な声でそう質問して来たんだ。
すでに、クレーメンス家の手配した医者がエリンを診ているだろう。そしてその結果は彼女が口にした通り、「手の施しようがない」だった筈だ。
医術の専門家がそう答えを下したんだから、今更俺に聞いた処でどうしようもない事は当の彼女が良く分かっているだろうに。
それでもシャルルーは、何か少しでも希望を得たかったんだろうな。
「……少し、エリンの様子を診せて貰うよ」
俺はシャルルーに断りを得て席を立ち、彼女も俺の後に付いて来る。
そして俺は、上から覗き込む様にしてエリンの顔を凝視した。
俺はもう、彼女の状態をすでに“視て”いる。エリンが今の段階でいつ頃目覚めるのか、もう知っているんだ。
ただそれには、この危篤状態を回復させて長期間生命を維持する必要があるんだけどな。
「……ふむ。もしかすれば、俺の家に伝わる“秘薬”で少しは改善出来るかも知れない」
「ほ……ほんとにぃ!?」
俺からのまさかの返答に、シャルルーはお嬢様らしからぬ大声で驚いたんだ。
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