奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

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4.霊と対峙する者

封印のリスク

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 沙耶は今までに、間宮悠人の家で感じた程の嫌悪を含む霊気と接した事が無かった。

 それはどす黒く、一切の何者をも寄せ付けない様な威圧感……。

 彼女はそれを、どうにか詩依良へ説明したいと思ったが、元々余り他者へ説明する事に慣れておらず上手く言葉に出来ずにもどかしく感じていた。

「沙耶、お前はどう……んだ?」

 こう聞かれると、元々話下手な沙耶にはとても有難かった。
 詳しく説明を求められると、今の沙耶では到底上手くいかないだろう。シドロモドロにチグハグで、支離滅裂な言い回ししか出来そうもないし、そうなる事は彼女自身分かっていた。
 しかし感じた事をと聞かれれば、感じたままを口にすれば良い。

「すごく……怖くて……その場に居たくなかった」

 沙耶は、その時の心情を素直に答えた。変に詳しく話したり、脚色したりしない。
 言葉が少なく、到底沙耶の心情を細部まで表現した言葉では無かったが、彼女が視た事に最も忠実で、最も簡潔に答えればこうなったのだ。

「そうか……。まずいな……」

 だが案の定、沙耶の僅かな言葉だけで、詩依良は何かを把握し少し考え込んだ。
 やはり沙耶には上手く説明出来ないが、詩依良は言葉から意味を探っているのではなく、言葉に含まれる何かを抽出してそれを理解している様に彼女には思えた。

「和俊さん、ひょっとしたら……戦闘になるかもしれない」

 僅かな間思案していた詩依良が、おもむろに顔を上げて、運転席に座る和俊にそう告げた。

「……畏まりました。結界空間の準備ですね?」

 彼女の言葉に、ハンドルを握る和俊は顔を前方に据えたままそう返答した。
 彼は詩依良がどんな提案や要望をしても、すぐに答える事が出来たのではないかと言う程の早い返答を寄越したのだ。声にも全くの逡巡が含まれていなかった。
 そして詩依良も、返って来た答えに異を唱えない。

「うん。結構広範囲になるかもしれないけど、宜しく頼むよ」

 和俊は見た目通り出来る秘書、または有能な執事なのだろう。
 本人は運転手兼助手と名乗ってはいたが。

「畏まりました」

 沙耶には彼等の会話がごく自然な、まるでありふれた日常的な話を交わしている様に見える。しかしその内容は、到底理解出来ないと言う程不思議な会話と言って良かった。
 特に「怪異との戦闘」だとか、「結界」だとか、所謂ファンタジーの世界で通用する用語がポンポンと出て来る。「奇獲の技法」にしても、それを目にした事の無い者が聞けば、どんな魔法だ特殊能力だと思ってしまうだろう。
 そして、真顔でこんな話をする現実離れした美しい女子高校生と、秘書だか執事に見える立派な成人男性を見れば、一笑に伏しているかも知れない。それこそ、どんなロールプレイだと小馬鹿にしている事だろう。


 実際、詩依良の隣に座る沙耶も、感覚としてはそう言った一般人に近いものがある。勿論、彼女の持つ能力は常人のそれと大きくかけ離れており、客観的に見れば詩依良達寄りのポジションだろう。
 詩依良の話では、霊が視える程度の能力を持つ者など意外に多く存在すると言う話だが、それでも比較的多いと言う話であって誰でも持っているとは言えない。そう言う意味では、沙耶も詩依良が居る世界側の人間であると言えた。
 だが沙耶は、霊が視える力を特別なものに感じた事が無く、本人に自覚がない以上、その感性が一般人寄りだとしても仕方ないのかもしれない。もし沙耶が、先程詩依良の「結界」を目の当たりにしていなければ、きっと彼女達の会話にも付いていけなかっただろう。
 しかし今は、彼女達が真剣に会話している事を理解出来ている。そしてそれが、決して危険が無いとは言えないという事も分かるのだ。

「詩依良ちゃん……。戦闘……って……」

 ただ沙耶は、戦いとなる可能性を考えていなかったのも事実だった。
 先程話をしたユウキは、少なくとも話の分かる霊だった。僅かな時間しか接しておらず、沙耶は殺されかけた経緯があるものの、信用出来ると考えていたのだ。
 その彼女が、本体と話す事を約束してくれた。彼女なら、事態が決して悪くならないよう取り計らってくれるに違いないと信じてもいる。

「ああ……。お前が視たもの……さっきの話から、思った以上に悪霊化が進んでる可能性がある。ユウキを信じない訳じゃないが、彼女と本体は意識が別物だ。ユウキの説得が失敗していれば、本体と戦闘になると言う可能性は低くない。それに……」

 そう言って彼女は、顔の前で両手を組んで顎に当てた。彼女が思案に更けるその姿は、息を飲むほど美しくもあり、事態の深刻さをより表現している様でもあった。

「……戻ったユウキはもう……本体に取り込まれている可能性がある。その場合、彼女の意志や考えに、もう意味は無い」

 その言葉に沙耶は絶句した。彼女はその事を、完全に分けて考えていたのだ。
 ユウキの温和な対応につい忘れがちだが、彼女も間宮悠人に憑りついている霊の一部なのだ。元々は1体の霊なのだから、再び1つになる事も十分考えられる。

「そんな……」

 ユウキを信じたい。今もその気持ちを沙耶は持ち続けている。
 しかし詩依良が言った通りになれば、もうユウキは存在しない事になる。

 ―――そして……。

 彼女が……一之宮詩依良が、ユウキを取り込んだ本体と戦う事になるのだ。
 詩依良と……ユウキを取り込んだ霊とが……戦う。沙耶はそんな事を考えたくはなかった。
 僅かな間であっても、間違いなくユウキと沙耶達は分かり合う事が出来た。理解し合う事が出来たはずだ。
 少なくとも沙耶はそう思っている。

 だが沙耶がどう考えようと、事態は進んでいく。

 詩依良と和俊はそんな沙耶の想いなど余所に、最悪の事態を想定して打ち合わせを進めて行く。

「和俊さん、『院』に『滅殺』の許可を取ってくれないか?」

 彼女がその言葉を発した時、間違いなく車内の空気が変わった。先程までも決して弛んだものでは無かったが、詩依良が発したこの言葉には今まで以上に張り詰めたものが含まれていたのだ。
 詩依良の決意、覚悟。そして冷徹な意志。
 初めて見る詩依良の、冷え切った氷のような眼差し。
 そんな彼女の表情から、沙耶でさえそれらを感じ取る事が出来た。

「詩依良さん、それは滅組に任せるべき……では……?」

 今日沙耶が和俊と初めて会った時から、常に彼はどこか余裕のある態度で振る舞う人物だった。
 しかし今の彼は明らかに狼狽している。それ程詩依良の発言は、彼にとって驚くべき事だったのだろう。

「……もう時間が無い。それにこれは……最終手段だよ」

 彼の進言を受け入れる事無く、詩依良は和俊に念押しした。発言を撤回するつもりが無い彼女の言葉には、有無を言わせぬものが込められている。

「……畏まりました」

 それ以上反論も異論も唱える事無く、和俊は短くそう答えて、運転席と後部座席を隔てるウィンドウを上げた。電動で静かにせり上がって来るそのガラスは、車内を前後に完全遮断する。
 和俊が受話器に向かって何事か話す姿が沙耶にも見えたが、何を言っているのか全く聞く事が出来なかった。ただ先程のやり取りから全てを把握できない沙耶でも、どれほど深刻な状況なのか分かった気がした。
 和俊が電話を掛ける姿を確認して、詩依良は深くシートにもたれ掛かった。腕を体の前で組み、足を組んで目を瞑る。
 その姿はまるで、黙想しているかの様でもあった。

「あ、あの……詩依良ちゃん……」

 本当は、声を掛けるのも憚られた。今、彼女が物思いに耽っているのを邪魔してはいけないという思いもあった。
 しかし今話さなければ、もう話す機会が訪れないとも沙耶は思ったのだ。
 スッと目を開けて沙耶を見る詩依良。その眼は、出来るだけ優しい眼差しになる様にとの気遣いが沙耶には感じられた。

「ああ……悪い。沙耶は和俊さんと一緒に待機しておいてくれ。俺が片を付けて来る」

 その声音も、妹を言い聞かせる姉の様に優しいものだった。

「ううん……違うの……。危ない事……なの……?」

 沙耶は自分の処遇が気になった訳では無く、何をすれば良いのか聞きたかった訳でも無かった。ただ純粋に、詩依良の事が心配だったのだ。

「ああ……ちょっとな。厄介な事になるかもしれん。もし悪霊になっちまってたら、大抵話が通じねぇ。そうなったら力ずくで封印するか……」

 沙耶の問いに対して、適当に誤魔化そうとしない詩依良だったが、そこで言い淀んでしまう。表情にも苦悶の色がありありと表れており、出来ればその先はあまり言いたくない様だった。

「封印にはされる側の同意が必要です。無理矢理封印された怪異は、その封印の中で怨念を募らせていく可能性が高いのです。そうなると後々厄介な事になり兼ねないと言うリスクがあります。それに強制封印は相手の怪異をある程度弱らせなければなりません」

 いつの間にウィンドウが開いていたのか、電話を終えた和俊が詩依良の話を補足する。

「そんなリスクを負うよりも……」

「和俊さん、『院』の回答は?」

 更に解説を続けようとした和俊の言葉を遮り、詩依良が電話の結果を彼に聞いた。流石に少し話し過ぎた事を気付いたのか、和俊は苦笑いを浮かべて答えた。

「失礼いたしました。『院』より了承の旨、降りました」

 沙耶は和俊に向けていた視線を詩依良に戻す。

「……わかった。ありがとう」

 それだけ告げると、詩依良は再び目を瞑った。

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