ギリギリ! 俺勇者、39歳

綾部 響

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5.犬猿の遭遇

一目会ったその日から

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 毎度毎度……って訳じゃあないけど、その日俺はマルシャンの店に泊った。
 積もる話……はありまくりだから、1晩や2晩で尽きる事は無い。
 こう言った機会でも無ければ俺もここに来る事は無いので、ここぞとばかりに夜遅くまで情報交換を行ったんだ。……勿論、飲酒込みでな。

「……なるほど。いよいよ嬢ちゃんたちは人界で修行って奴か……」

 顎に手を当てて、マルシャンは深く考え込むようにポツリと呟いた。その根底には、俺と同じ期待と不安が含まれているのが分かる。

「……ああ。本人たちもやる気だけど、いきなり魔界でって訳にはいかないだろうからなぁ……」

 そんな奴の独言に、俺も同意の意を示した。

 魔界に生まれたのだから、魔界で鍛えれば良い……と考えているのかも知れないが、それはかなり分の悪い賭けみたいなもんだ。
 魔族は長い年月を掛けて成長する。元より強い力を持っているが、成長すればその能力は更に向上していく。
 しかし人族同様、幼い時分にはそれなりの力しか持っていないんだ。人族と比べればそれでも遥かに強靭だろうけど、魔界の環境がそれでは足りないと雄弁に語っている。
 メニーナ達の成長をのんびり待っていられる状況にない。かと言って、彼女達に魔界の環境は手強すぎる。
 少しでもその強さを引き上げる為に、俺は人界での修行を決めた訳だが。

「ただ問題は……」

「うむ……。クリークたちとの相性ってやつだな?」

 俺の抱えている不安を、マルシャンは見事に言い当てやがった。この辺は、こんな荒くれ者みたいなオヤジでも長い付き合いだけはあるってやつだな。
 メニーナたちにさえ知らされていない課題が彼女達にはあるんだ。

 それは言うまでもなく、との邂逅を成功させるって事だった。
 もっともまだ最終的な目的は誰にも告げておらず、知っているのは俺と魔王リリアと魔王四天王くらいか。

 ―――つまり……第3世界に住む〝羅刹族〟の撃退。

 これこそが俺と魔王リリア、そして人界と魔界から選ばれた者たちの課せられた使命だと言って良かった。
 羅刹界の住人たちは、聞くところによれば人族と魔族がバラバラに対応したのでは全く太刀打ち出来ないとの事だ。
 だけど先の大戦の事もあって、すぐに双方が手を組むなんてあり得ない。もしも共通の敵が出現したとしてもそれは変わらないだろうな。
 だからこそ将来ある若者で見込みのある者たちを選抜し、育てると共に互いに共闘出来るように導かなければならない。
 とはいえ、一気に多くの者の面倒を見る事も至難だ。魔王リリアは基本的に自由が利かないから、動けるのは実質俺だけだしな。

「会わせてみない事には何とも言えないんだけどな。特に問題なのはクリークとメニーナ……か」

「はっはは! どっちも生意気そうだしな」

 マルシャンは可笑しそうに言うが、実際生意気なんて言葉は生ぬるい意地の塊みたいな奴らだからなぁ。よっぽど上手くお膳立てしないと、多分反目するだろう。

「まぁメニーナにはパルネ、クリークにはイルマが付いているからな。この2人が上手く取り成してくれれば……」

 比較的冷静だと思われるパルネだが、彼女はメニーナに依存している節がある。
 それでも、激情型のメニーナを止められるとするなら彼女だろうか? ルルディアはメニーナには全く興味がなさそうだしな。
 と言う事は、やはり最後の砦はイルマと言う事になるんだが……。
 スマン、イルマ。またお前に迷惑を掛ける事になるやも知れん。
 俺は心の中でイルマに謝罪しながら、その夜はマルシャンと男2人で飲み明かしたんだ。



 結局明け方までマルシャンの深酒に付き合わされた俺がマルシャン道具店を出たのは、昼も大きく過ぎようかと言う時間帯だった。

「……まぁ、また何かあったら来いよ。……ウプッ」

 完全に二日酔いとなっているマルシャンの激励を受けて、俺はそのままメニーナたちの待つ「オルミガ集落」へと転移魔法シフトを使ったんだ。

 集落から少し離れた場所に、ここへ来る為の転移石が安置されている。まぁそれだけでここに転移出来る訳じゃあ無く、この場所を確りと覚えておかなければならないんだけどな。
 集落の中へと入った俺は、早速メニーナたちの宿泊している宿へ向かおう……と思ってふと通りの一角に賑やかな場所を聞きつけた。……いや、これは喧噪? って言うか、喧嘩か?

「あんたなんか弱っちいんだから、引っ込んでなさいよねっ!」

 そして聞こえて来たその声は……メニーナだった!
 なんだなんだ!? なんなんだ!? メニーナの奴、誰と争ってるんだ!?
 まぁまさか、相手がクリークって事は無いだろう。

「お前こそ、ガキの分際でしゃしゃり出て来るなよっ! 邪魔だからどっか行ってろっ!」

 なんて思っていたら、続いて聞こえて来たのは予想通りと言うか……クリークだった。
 まだ騒動の中心からは距離があるんだけど、ここから見える範囲で言えばどうやら2人が言い争いをしているらしい。……ったく、どういう経緯でこうなったんだ?
 その周辺ではイルマ、ソルシエ、ダレン、パルネ、ルルディアが取り巻いている。2人の剣幕に、中々仲裁に入るタイミングがなく様子を見ていると言う処だろうか?
 そして少し離れた場所には冒険者と思しき大人が3人と、子供を守るように抱いている男が確認出来た。この2人は親子かもな。

「誰がガキって言うのよっ!? あんたの方がガキじゃないっ!」

「俺のどこが弱いってっ!? ああんっ!?」

 周囲の状況を観察している間にも、2人の口喧嘩はどんどん激しくなっていった。こりゃあ静観もしていられないな。

「きゃっ!?」「いてっ!」

「お前たち、こんな道の真ん中で何やってんだ?」

 だから俺は有無を言わせずメニーナとクリークの間に割って入り、2人の頭を押さえつけたんだ。
 不意に現れて抗えない力で頭を抑え込まれて、2人はお辞儀した様な姿勢で悲鳴を上げていた。

「せ……先生っ!?」「……ゆうしゃさま!?」

 そんな俺の登場に、イルマとパルネが驚いて声を発していた。他の者は唖然として声も上げられずにいる。
 そして俺は、ゆっくりと周囲を見やった。
 俺の出現に、誰も声を出せず動けもせずにいる。だからこそ、この事態を分析することが出来ていた。
 大体の理由は想像出来る。後は、事情を聴いて確認するだけだな。

「……イルマ」

「は……はい、先生! 実は……」

 俺がイルマに声を掛けると、彼女は俺が何を求めているのか即座に理解してこの状況に至った経緯を説明してくれたんだ。
 彼女の話は実に明確で、そこには私情や身贔屓などは一切含まれていない。場合によっては俺から叱られる事も考えられるだろうに、実に潔いと言うか正直とでも言おうか。
 まぁだからこそ、俺は彼女に問い掛けたんだけどな。

「……なるほどな。そこの子供がこの冒険者共にぶつかり、それにこいつ等が難癖をつけてその父親を脅し、それを見兼ねたクリークとメニーナが殆ど同時に助けに入ったと」

 イルマの解説を要約した俺に、彼女はコクリと頷いて肯定した。
 大体の事情はこれで裏付けが取れた。やっぱり、俺の想像した通りの展開だったみたいだな。
 でも、それで何でこいつ等が喧嘩する事になってるんだ?

「……そのすぐ後に、メニーナたちが……どっちが先に助けに入ったかでもめて」

 そんな疑問の表情が顔にでも出てたか? イルマの話を継いで、今度はパルネがその理由を口にしたんだ。
 まったくこいつ等は、そんなつまらない事で言い合いなんてしていたのか。

「……それで、その原因がこいつらって訳か」

 大きく漏れ出そうな溜息をグッと堪えて、俺は眼前で立ち竦んでいる男たちへと目を向けた。ただそれだけで、3人の肩がビクリと跳ね上がる。
 多分、俺から感じられる気勢に気圧されちまったんだろう。

 俺のレベルがカンスト目前って事や、俺が勇者だって事を差し置いても、重ねて来た経験はこの人界で比肩する者なんて居ない。何せ人界に居座る魔王を倒し、魔界にいる魔王にまで肉薄したんだからな。
 そんな種族として上位の存在を前にし凄まれれば、普通の男なら委縮して当然だろう。

「まだ文句があるんだったら俺が聞く。もう用事がないなら、とっととここから去れ」

「は……はいぃっ!」

 格上の俺がここから消えろと指示したんだ。男たちは体裁も何もなく逃げ出すようにその場から立ち去ったんだ。
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