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4.閑話 旧知の道具店
マルシャン、再び
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俺がやって来たのは、深い深ぁい森の中。そこにポッカリと出来上がった小さな広場に建つ、丸太で出来た立派な家屋……店舗だった。
もっともこんな深山の店に、誰も好き好んでやって来たりはしないだろうけどな。
しかもここは、ただの森って訳じゃあ無い。この場所は、以前人界を支配しようとしていた魔王の住んでいた巨城……「魔王城」の裾野に広がる「魔の森」と言われる場所なんだ。
勿論ここで言う「魔王」ってのは、今の魔界を治めている魔王リリアの事じゃあない。
長い戦乱の最中、人界方面の攻略を魔王リリアに任せられた魔族が魔王を名乗っていたんだ。
もっとも、その「人界側の魔王」はとっくの昔に俺が……俺たちが倒しちまったけどな。
でもその魔王城の主がいなくなったからと言って、そこに立ち込める禍々しい魔素までも霧散して消える事は無かった。
そして、それに吸い寄せられるように集まって来る魔獣もまた減る事なくこの森に住み続けていたんだ。
「こんちゃぁ。マルシャン、居るかぁ?」
俺はこの店の敷居を跨ぐと、中に居るであろう店主に声を掛けた。ここの主人は、俺の昔からの顔馴染みなんだ。
「おぉい、マルシャン。居ないのかよ?」
外観とは打って変わって、中はかなり小奇麗で手入れが行き届いていて、ガラスを使ったショーケースの中身も神経質なくらい整理されている。それだけで、ここの主の性格が伺い知れようってもんだ。
「おおおぉい。誰も居ないのかよ……」
「うぅるせぇなぁ! 聞こえてるってぇの!」
俺が三度声を掛けると、その台詞を遮って中から返答が来た。
それだけ……たったそれだけで、周辺の魔物たちは逃げ出した事だろう。それだけの気勢を奴は発していた。
でもそれは、何も俺に対して威嚇してのものじゃあ無い。奴が生来から持つ、そのガサツな性格から来るものだったんだ。
「相変わらず、ムサイ親父だなぁ……お前は」
「あぁん? 何だ……お前ぇか。何しに来やがった」
そしてその雰囲気同様に、何とも言葉遣いの悪い言葉が返って来た。
と言っても、こいつはこれで平常運転……怒っている訳でも俺を嫌っているって話でもない。……まぁ頑固で偏屈な訳だが。
こういう性格だから、こいつには親しい知人が極端に少ない。その極少の知己の1人な訳だけどな……俺は。
性格に難があり取っ付き難い気性……そのくせ腕っぷしが立つって言うんだから、ほんと厄介な親父だよなぁ……。
この世界でも屈指の実力を持つ戦士のマルシャンが、何で街中でもないこんな場所で道具屋をやっているかと言えば……希少なアイテムが手に入り易いからだそうだ。
こんな見た目とは裏腹にこいつはかなり器用で、様々なアイテムや武器を自分で作っている。何なら薬品の調合までしちまうんだ。
―――自分で素材を集めて、それを元に製品を作って売れば大儲けだろ?
これが奴の信条だった。だからこいつは、こんな所に店を構えたんだ。
俺が思うに、客が来なけりゃ儲ける云々の話じゃあ無いと思うんだけどなぁ。
「まぁた、魔法石でも欲しいってのかよ?」
「……まぁ、それもあるんだけどな」
「……ったく。そんなに簡単に、ホイホイと用意出来る代物じゃあねぇぞ。一体あれを何に使ってるんだぁ、魔王様はよぉ?」
マルシャンは面倒臭そうに呆れた風情でそう口にした。それに俺は、苦笑いを浮かべて応じるしかなかったんだ。
―――マルシャン道具店主、マルシャン=アチェッツ。
こいつは、俺と魔王リリアの関係を知る人界で唯一の存在だった。
「ああぁんっ!? 魔王と仲良くなった……だとうっ!?」
以前に俺がここへと訪れた際、俺は魔界での出来事をマルシャンに全て話した。悲しいかな、こいつがそうであるように俺にも人界で親しいと呼べる知り合いが殆ど居ないからな。
こいつは俺がパーティを組んでいた時から、そして独りになっても付き合いのある奴だ。
そして俺の話を聞いた奴は、凄まじい雰囲気を発して叫んだんだ。
その気配を感じて、かなりの広範囲に渡り潜んでいる魔物たちが死を覚悟した事だろう。
「……ああ。だから俺は魔王城攻略も、魔王を倒す事も止める」
そんなマルシャンに対して、俺は冷静に事の次第を語って聞かせた。勿論、新たな問題となっている「第3の世界」については今はまだ……秘密だが。
「へえぇ……。魔王ってのは、そんなにベッピンなのかよ。……惚れちまったか?」
「ば……馬鹿言ってんじゃねぇよ! あ……相手は魔界を統べる王だぞ! そん……な事ある訳ないだろ!」
「ほおぉ……」
マルシャンの下種な勘繰りに毅然として応えた俺へ向けて、奴はニヤニヤと嫌らしい下卑た笑いを向けて来た。
元々品の良い顔立ちと言えないマルシャンがそんな顔をすると、本当にただのならず者にしか見えない。
こういう時の奴は、何を言っても聞きやしない。いや……むしろ悪ノリしてくる傾向にある。長い付き合いで、俺にはそれが嫌って程分かってるんだ。
その後、散々揶揄ってくるマルシャンを俺は適当にあしらい続けた。
「んなぁにぃっ!? 魔王と嬢ちゃんたちが仲良くなった……だとうっ!?」
そして今回は、前回とはまた違った意味でマルシャンは大きな声を上げていた。
その余りの意気で、四方に生息する生きとし生けるものたちは例外なくその生命を諦めたかも知れないな。
でもこれは、叫んだ本人が直後に首を傾げる事となった。
「……んん? そりゃあ……悪い事なのか?」
自分の発言に疑問を持ったマルシャンは、鉤型にした親指と人差し指を顎に当てて頭上にハテナマークを浮かべていた。
「いや……仲の良い事は悪くは無いんだ。でも何て言うのかな……雰囲気が特殊と言うか、空気が刺すように鋭いというか……」
「ほう……」
俺の話を聞いて、マルシャンの目の色が俄かに変わり出した。当てていた指を掻く様に動かしだして、興味深そうに俺の方を見ている。
こういう顔をする時の奴は、絶対何か良からぬ事を考えているに違いない。この表情は、俺を揶揄って楽しもうとしている時のもんだからな。
しかし、それでも俺にはこいつしか頼る奴が……相談する相手がいないんだ。
しかもこいつは、驚くなかれ結婚経験があるんだからな! この風体で! 俺もまだなのに!
十数年前に奥さんは他界しちまってそれ以来ずっと独り身を通しちゃいるが、それでも女性経験は俺よりも遥かに多い。だから、俺には分からない女性の心理ってのにもまだ精通している筈だ。
「魔王リリアにしてもさ。態度や表情はいつも通りなんだよ。でも何ていうのか……顔は笑ってんだよ。でも、笑ってないって言うかなんて言うか……」
「ほほう……」
更に俺が話すと、マルシャンの顔にはニンマリとした笑みさえ浮かび出した。腹が立つ事だけど、こいつには何か分かっているって雰囲気だ。
「……なんだよ? 何か分かったって顔してんな?」
でも奴が何かに気付いても、それが何なのか俺には分からない。
そして悔しいかな、それを知る為にはこんな嫌らしい顔をしているマルシャンに聞くしかないんだ。
「……はぁ。お前ぇさんは、本当に朴念仁だなぁ」
わざとらしく盛大に溜息を吐いたマルシャンは、俯き首を左右に振りながらそんな事を言いやがったんだ。
ったく、唐変木にそんな事を言われたくないな。
だが、ここは我慢だ。こいつから何か情報を聞き出せれば……なんて考えていたんだが。
「まぁ……ゆっくり考えてみろや。どうせ戦う事しか頭の働かねぇお前ぇさんに、ヒントだけは与えてやるよ。これは、俺の優しさって奴だな」
俺が督促する前に、マルシャンは俺の肩をポンポンと叩いてぬかしやがった。何だよ、その上からの物言いは? 何だか知らないが、無性に腹が立つぞ。
「魔王リリアも嬢ちゃんたち……メニーナちゃんやパルネちゃんにその……ルルディアちゃんだっけか? 彼女達も〝女〟だって事だよ」
「……はぁ?」
それでも俺は僅かに期待して耳を傾けたってのに、こいつから齎された台詞は至極当たり前の事だったんだ。
魔王リリアにメニーナ、アカパルネやルルディアが「女性」だって? そんな事は言われるまでもない。こいつ……何言ってんだ?
「ま、確り考えてくれや」
訝しむように目を向けた俺に、マルシャンはニヤリと口角を上げてそう言ったんだ。
もっともこんな深山の店に、誰も好き好んでやって来たりはしないだろうけどな。
しかもここは、ただの森って訳じゃあ無い。この場所は、以前人界を支配しようとしていた魔王の住んでいた巨城……「魔王城」の裾野に広がる「魔の森」と言われる場所なんだ。
勿論ここで言う「魔王」ってのは、今の魔界を治めている魔王リリアの事じゃあない。
長い戦乱の最中、人界方面の攻略を魔王リリアに任せられた魔族が魔王を名乗っていたんだ。
もっとも、その「人界側の魔王」はとっくの昔に俺が……俺たちが倒しちまったけどな。
でもその魔王城の主がいなくなったからと言って、そこに立ち込める禍々しい魔素までも霧散して消える事は無かった。
そして、それに吸い寄せられるように集まって来る魔獣もまた減る事なくこの森に住み続けていたんだ。
「こんちゃぁ。マルシャン、居るかぁ?」
俺はこの店の敷居を跨ぐと、中に居るであろう店主に声を掛けた。ここの主人は、俺の昔からの顔馴染みなんだ。
「おぉい、マルシャン。居ないのかよ?」
外観とは打って変わって、中はかなり小奇麗で手入れが行き届いていて、ガラスを使ったショーケースの中身も神経質なくらい整理されている。それだけで、ここの主の性格が伺い知れようってもんだ。
「おおおぉい。誰も居ないのかよ……」
「うぅるせぇなぁ! 聞こえてるってぇの!」
俺が三度声を掛けると、その台詞を遮って中から返答が来た。
それだけ……たったそれだけで、周辺の魔物たちは逃げ出した事だろう。それだけの気勢を奴は発していた。
でもそれは、何も俺に対して威嚇してのものじゃあ無い。奴が生来から持つ、そのガサツな性格から来るものだったんだ。
「相変わらず、ムサイ親父だなぁ……お前は」
「あぁん? 何だ……お前ぇか。何しに来やがった」
そしてその雰囲気同様に、何とも言葉遣いの悪い言葉が返って来た。
と言っても、こいつはこれで平常運転……怒っている訳でも俺を嫌っているって話でもない。……まぁ頑固で偏屈な訳だが。
こういう性格だから、こいつには親しい知人が極端に少ない。その極少の知己の1人な訳だけどな……俺は。
性格に難があり取っ付き難い気性……そのくせ腕っぷしが立つって言うんだから、ほんと厄介な親父だよなぁ……。
この世界でも屈指の実力を持つ戦士のマルシャンが、何で街中でもないこんな場所で道具屋をやっているかと言えば……希少なアイテムが手に入り易いからだそうだ。
こんな見た目とは裏腹にこいつはかなり器用で、様々なアイテムや武器を自分で作っている。何なら薬品の調合までしちまうんだ。
―――自分で素材を集めて、それを元に製品を作って売れば大儲けだろ?
これが奴の信条だった。だからこいつは、こんな所に店を構えたんだ。
俺が思うに、客が来なけりゃ儲ける云々の話じゃあ無いと思うんだけどなぁ。
「まぁた、魔法石でも欲しいってのかよ?」
「……まぁ、それもあるんだけどな」
「……ったく。そんなに簡単に、ホイホイと用意出来る代物じゃあねぇぞ。一体あれを何に使ってるんだぁ、魔王様はよぉ?」
マルシャンは面倒臭そうに呆れた風情でそう口にした。それに俺は、苦笑いを浮かべて応じるしかなかったんだ。
―――マルシャン道具店主、マルシャン=アチェッツ。
こいつは、俺と魔王リリアの関係を知る人界で唯一の存在だった。
「ああぁんっ!? 魔王と仲良くなった……だとうっ!?」
以前に俺がここへと訪れた際、俺は魔界での出来事をマルシャンに全て話した。悲しいかな、こいつがそうであるように俺にも人界で親しいと呼べる知り合いが殆ど居ないからな。
こいつは俺がパーティを組んでいた時から、そして独りになっても付き合いのある奴だ。
そして俺の話を聞いた奴は、凄まじい雰囲気を発して叫んだんだ。
その気配を感じて、かなりの広範囲に渡り潜んでいる魔物たちが死を覚悟した事だろう。
「……ああ。だから俺は魔王城攻略も、魔王を倒す事も止める」
そんなマルシャンに対して、俺は冷静に事の次第を語って聞かせた。勿論、新たな問題となっている「第3の世界」については今はまだ……秘密だが。
「へえぇ……。魔王ってのは、そんなにベッピンなのかよ。……惚れちまったか?」
「ば……馬鹿言ってんじゃねぇよ! あ……相手は魔界を統べる王だぞ! そん……な事ある訳ないだろ!」
「ほおぉ……」
マルシャンの下種な勘繰りに毅然として応えた俺へ向けて、奴はニヤニヤと嫌らしい下卑た笑いを向けて来た。
元々品の良い顔立ちと言えないマルシャンがそんな顔をすると、本当にただのならず者にしか見えない。
こういう時の奴は、何を言っても聞きやしない。いや……むしろ悪ノリしてくる傾向にある。長い付き合いで、俺にはそれが嫌って程分かってるんだ。
その後、散々揶揄ってくるマルシャンを俺は適当にあしらい続けた。
「んなぁにぃっ!? 魔王と嬢ちゃんたちが仲良くなった……だとうっ!?」
そして今回は、前回とはまた違った意味でマルシャンは大きな声を上げていた。
その余りの意気で、四方に生息する生きとし生けるものたちは例外なくその生命を諦めたかも知れないな。
でもこれは、叫んだ本人が直後に首を傾げる事となった。
「……んん? そりゃあ……悪い事なのか?」
自分の発言に疑問を持ったマルシャンは、鉤型にした親指と人差し指を顎に当てて頭上にハテナマークを浮かべていた。
「いや……仲の良い事は悪くは無いんだ。でも何て言うのかな……雰囲気が特殊と言うか、空気が刺すように鋭いというか……」
「ほう……」
俺の話を聞いて、マルシャンの目の色が俄かに変わり出した。当てていた指を掻く様に動かしだして、興味深そうに俺の方を見ている。
こういう顔をする時の奴は、絶対何か良からぬ事を考えているに違いない。この表情は、俺を揶揄って楽しもうとしている時のもんだからな。
しかし、それでも俺にはこいつしか頼る奴が……相談する相手がいないんだ。
しかもこいつは、驚くなかれ結婚経験があるんだからな! この風体で! 俺もまだなのに!
十数年前に奥さんは他界しちまってそれ以来ずっと独り身を通しちゃいるが、それでも女性経験は俺よりも遥かに多い。だから、俺には分からない女性の心理ってのにもまだ精通している筈だ。
「魔王リリアにしてもさ。態度や表情はいつも通りなんだよ。でも何ていうのか……顔は笑ってんだよ。でも、笑ってないって言うかなんて言うか……」
「ほほう……」
更に俺が話すと、マルシャンの顔にはニンマリとした笑みさえ浮かび出した。腹が立つ事だけど、こいつには何か分かっているって雰囲気だ。
「……なんだよ? 何か分かったって顔してんな?」
でも奴が何かに気付いても、それが何なのか俺には分からない。
そして悔しいかな、それを知る為にはこんな嫌らしい顔をしているマルシャンに聞くしかないんだ。
「……はぁ。お前ぇさんは、本当に朴念仁だなぁ」
わざとらしく盛大に溜息を吐いたマルシャンは、俯き首を左右に振りながらそんな事を言いやがったんだ。
ったく、唐変木にそんな事を言われたくないな。
だが、ここは我慢だ。こいつから何か情報を聞き出せれば……なんて考えていたんだが。
「まぁ……ゆっくり考えてみろや。どうせ戦う事しか頭の働かねぇお前ぇさんに、ヒントだけは与えてやるよ。これは、俺の優しさって奴だな」
俺が督促する前に、マルシャンは俺の肩をポンポンと叩いてぬかしやがった。何だよ、その上からの物言いは? 何だか知らないが、無性に腹が立つぞ。
「魔王リリアも嬢ちゃんたち……メニーナちゃんやパルネちゃんにその……ルルディアちゃんだっけか? 彼女達も〝女〟だって事だよ」
「……はぁ?」
それでも俺は僅かに期待して耳を傾けたってのに、こいつから齎された台詞は至極当たり前の事だったんだ。
魔王リリアにメニーナ、アカパルネやルルディアが「女性」だって? そんな事は言われるまでもない。こいつ……何言ってんだ?
「ま、確り考えてくれや」
訝しむように目を向けた俺に、マルシャンはニヤリと口角を上げてそう言ったんだ。
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