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4.見知った過去、見知らぬ先へ
懐かしの再開
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馬車転倒事故のあった大通りを、人波に逆らって離れて行く。
もう随分と人の流れは緩くなり、歩くのになんの支障も無くなっていた。
「さて……。とりあえず……どうするか……」
俺は、今後の事を考えてそう独り言ちた。
フィーナの言った通り、とりあえず今持っているスキル「ファタリテート」は無い方が良い。
その為には、また死ぬ必要がある……。
勿論、このまま持っていたとしても使わなければ問題ないだけの話だ。
変な言い方になるが、死ぬ思いまでして死ぬ必要もない。
ただ、俺は再開を果たしてまだ間もないんだ。
今と条件さえ同等ならば、もう一度やり直したとしてもなんら問題が起こる訳じゃない。
しかし、一言に死ぬと言ってもそう簡単じゃない。
単純に、このまま自らの腹に刃を突き立てれば、アッサリと死ぬ事が出来るだろう。
ただしその場合、文字通り死ぬほどの激痛をまず感じなきゃあならないんだ。
正直、痛いのは嫌だし、何よりも致命傷をこの身に受けるというのは怖い。
それにそれは、俺の矜持が許せない事だった。
仮にも俺は、ついさっきまで上級冒険者であり、レベル85の勇者だったんだ。
……なんだか、もう何日も経過している気分だけどな。
そんな俺が、例え理由があるにせよ自害するだなんて、到底納得出来る話じゃあなかった。
なら、街を出て怪物に殺られるか?
戦士としては、それが一番腑に落ちる殺られ方だろう。
戦った結果としての戦死なら、冒険者としては寧ろ本望と言っても良かった。
ただこの街の周辺に現れる様な怪物では、弱すぎて話にならない。
今現在の俺は、既に登録を済ませたレベル5の冒険者だ。
この周辺の怪物程度なら、女神に祝福を受けていない一般人でも何とか勝つ事が出来るだろう。
そんな怪物にわざわざ殺られてやるなんて、やっぱり納得がいかない。
と言う事は、この街より少し離れた区域に生息する怪物を相手にするのが良いだろう。
どうせなら、思いっきり遠くに出向くのも良い。
本当ならばまず太刀打ち出来ない程の怪物を相手に、このレベルでどれだけ渡り合う事が出来るのか試してみるのも一興だ。
そう考えた俺は、とりあえず今日の宿を探す事にした。
気付けば太陽はもう西に傾いていて、あと数時間で夜が訪れる。
そんな事は関係なく一気に目的のエリアへ向かうと言う事も出来るけど、折角久しぶりにこの街へと戻って来たんだ。
一晩くらいこの街で過ごしても、フィーナだって文句は言わないだろう。
……だいたい、また死ぬ羽目になったのは、どう考えても彼女のミスが原因なんだからな。
俺は記憶を頼りに、酒舗のある通りへと足を向けた。
この街……だけじゃないけど、大抵は酒場と宿屋、そしてギルドは同じ店舗内に居を構えている。
冒険者の登録を行うギルド総本部やその支部はまた別にあるけど、多種の依頼を発行するのは冒険者の多く集まる酒舗でも行っているんだ。
だから、どの街にあるどんな酒舗でも結構な賑わいを見せているし、そこには多くの冒険者が集まり色んな噂が集まって来る情報交換の場にもなっている。
「……ここも……久しぶりだな―――……」
俺が訪れた酒舗「ギルガメシュ」は、通りから大きく奥へと入り込んだ一際ガラの悪い酒舗だった。
ここは見た目通り、一癖も二癖もある輩が集まる一流とは程遠い格安酒舗だ。
だが、俺にはどうにも懐かしい感じしかしない。
それは駆け出し冒険者として初めて泊まった宿屋であり、初めてパーティメンバーを見つけた場所でもあったからだ。
俺はここで、グローイヤやシラヌス達と巡り合い、あの冒険へと出かけたんだ。
……だけど……今なら分かる。
あの冒険は……以前の冒険は、俺のしたかった冒険じゃなかったって事を……。
確かに俺は、彼等と出会って強くなった。
レベルも最高峰まで上げる事が出来たし、何よりも「勇者」ってジョブに就く事も出来た。
―――でも……それだけだった。
楽しかったって思い出は、ほとんど残っていない。
いつも自分達が安全に、そして確実に生き残る事だけを考えていた。
その為には他者を陥れて、犠牲にする事も厭わなかった。
それは人間として、冒険者としては間違いじゃないかも知れない。
死んだら全てが終わりだ。
夢とか理想だけでは、強くなることも出来ないんだ。
でもそれは打算とか効率を重視した結果でしかなく、俺の気持ちを満たす様なものじゃ無かったんだ。
……そうだな。次はそう言うの、無しにしよう……。
改めて俺はそう誓い、酒舗「ギルガメシュ」のドアを開いた。
ドアを開けた途端、むせ返る様な独特の臭いが俺の鼻を突いた。
酒と食べ物は勿論、人の発する体臭や汗、煙草に香水、その全てが入り混じった独特の臭いだ。そして俺には、何とも懐かしい臭いだった。
冒険者も上級となると、クエストで得る金額も高額になる。
ダンジョンで見つけるアイテムも、街の道具屋で売れば高値で取引される物ばかりだ。
資金に余裕が出てくれば、こんな安宿に泊まる事なんてない。
どの街に行っても、高級宿屋の最上級部屋に泊まるのが常だった。
それに、高価アイテムとして「魔法の高級コテージ」と言う物がある。
これは、普段は掌に乗る程の小さなコテージの模型なんだが、一定の広さがある場所で展開してやると立派なコテージになると言う優れ物。
中は高級宿泊部屋と大差のない造りになっていて、街から遠く離れたダンジョンや塔を攻略する際には重宝したものだ。
そして今の俺には魔法の高級コテージを使う事が出来、この街一番の宿でビップ・ルームを借りてそこを拠点に冒険をするだけの資金がある。
そんな宿やコテージは、それはそれで快適だし不満も無いんだけど、改めてこんな場末の宿に足を踏み入れると昔を思い出して何とも言えない気持ちになった。
それに、こんな如何にも駆け出しの冒険者が、そんな場違いな所に宿を借りようものなら、そう遠くない内にトラブルへと巻き込まれてしまうだろう。
どのみち、今日一日の宿と言う事もある。
次にこの街を訪れる時には、もう少し良い酒舗を覗くのも悪くないな。
そんな事を考えながら、俺はぐるりと室内を見渡した。
新たに外から訪れた俺を、何人かの冒険者が眼光鋭く確認する。
でもこの姿を見た途端に興味を無くしたのか、それらの視線はすぐに俺から外れて誰も気にしなくなった。
確かこの酒舗は、駆け出し冒険者も多く利用している。
俺みたいな見るからに若造が来る事も、そう珍しくないんだろう。
俺の方もそんな事は気にせず、ズカズカと中に入って様子を見て回った。
もうすぐ日も落ちて夕飯時と言う事もあってか、酒場となっている一階の大広間は人混みであふれて席も空いてなかった。
酒場奥のカウンターにはこの酒舗にあるギルドの受付があるはずなんだが、今日はもう営業を終えているのか嵌め板がされている。
広間の奥には階段があり、酒場の二階席と宿の受付カウンターがあるはずだ。
俺は迷うことなくそちらの方へと向かい、階段を登って二階へと辿り着いた。
二階にはまだ幾つかの席が空いていた。
俺は早速宿の予約を入れ、空いている席へと向かったんだが。
「ようよう、兄ちゃん。1人かい?」
不意に後ろから、女の子の声でそう呼び止められた。
声は女の子なのに、何て粗野でガサツな物言いなんだ。
そう思いながら振り返ると、そこには赤い髪が印象的な女の子と、その後ろで付き従う様な余り存在感の無い男の子が立っていた。
少女の方はショートカットにした赤い髪が健康的で、如何にもボーイッシュと言う感じだ。
美人ではないが、健康的な可愛らしさがある。
身に付けている装備はビキニの様な、胸の部分と腰の部分だけを隠した露出度の高い鎧。
でもそれは、決して男を誘惑する為とか、踊り子だからと言う理由で身に付けている訳じゃない事を俺は知っていた。
それが証拠に、見た感じでも彼女は俺と大差のない年齢だ。
まだまだ発育も途中で、ビキニに隠した胸もそれ程大きくないし、腰だってそれほど括れていない。
―――彼女は、女傑族なんだ。
この街より遥か北の山奥に、女性だけの村がある。
そこでは、女性ながらに男性を上回る身体能力を持った戦士達が、女性上位の社会を築き上げているんだ。
俺も一度だけ行った事があるけど、そこでは基本的に女性が狩りをしながら村を守り、男性は家事をしながら畑作を行っていた。
一般的な村の出である俺にしてみれば、目を見張る光景だった事を覚えている。
そのアマゾネス達は、自らの肉体を誇示する事が強く美しいとされているんだ。
そんな彼女達だから、身に付ける物も布地が少なく、露出度の高い物が多い。
そしてもう1人、彼女の後ろに控えている陰気な少年。
新品のローブを纏っていながらどうにも陰気で薄汚く映るその少年は、顔の大半をフードに隠してその表情は見え難いものの、その値踏みする様な眼光は鋭く粘っこい。
彼は学者を多く輩出する町……「隠者の町」の出なんだが、その中でも特に陰気な雰囲気を纏っていた事も覚えていた。
やはり以前に訪れたその町中でも、こいつの重っ苦しい気配は群を抜いて酷かったっけ……。
―――そう……。彼女達は若かりし頃の、グローイヤとシラヌスだった。
筋骨隆々で女性らしさの欠片も無かったグローイヤと、今よりも尚も陰気となり更に厭らしさが感じられるシラヌスを考えれば、目の前の二人はなんて初々しいんでしょう。
「なあって? 聞いてんのかよ?」
そんな物思いに耽ってしまった俺を怪訝に感じたのか、グローイヤの声は少し訝しんでいる様だった。
一方シラヌスは、一切口を開かずに俺を観察している。
「あ……ああ……ゴメン。1人だけど……何?」
正直な話、彼女が何故俺に声を掛けてきたのか、その理由を俺は知っている。
「1人なら丁度良いや。あたい達、あと一人パーティメンバーを探してるんだ。中々良い奴って居なくてさ―――……。もう誰でも良いやって話になってるんだけど……良かったらどうだい?」
そう……彼女はパーティメンバーを探していて、たまたまそこにいた俺に声を掛けたんだ。
しかし……改めて彼女の勧誘を聞くと、何とも失礼な台詞だな。
もう少し理由を誤魔化して言えば良いものを、これほどストレートに人を馬鹿にしている言葉も余り無いだろう。
前回の俺は、彼女の言葉なんて殆ど聞いてなかった。
冒険者となって早々にパーティを組める嬉しさで、一も二も無くグローイヤの話に飛びついたんだ。
そんな事を思い出しながら、俺は苦笑を浮かべて彼女に返答した。
「いや、ごめんな……。今はパーティを組めないんだ」
俺の返答を聞いて、グローイヤの笑顔が人懐っこいものから詰らない玩具を見る様なものに変わった。
瞳にはどこかしら冷たいものが浮かんでいる。
ただ、グローイヤには悪いが、何度誘われてももう二度と彼女達とパーティを組む事は無いだろう。
今回に関して言えば、俺は明日には死んでしまうんだ。
ここでパーティを組む意味なんて、本当に無い。
そしてそれが無かったとしても、やはり俺は彼女達とパーティは組まないだろう。
何故なら、グローイヤ達とパーティを組めばどういった冒険になるか、もう知っているからだ。
「ふぅん……じゃあ、いいや。他を当たるよ。悪かったね」
声音だけは愛想の良い言葉を残して、グローイヤとシラヌスは俺の前から去っていった。
グローイヤは早々に俺には興味を無くしていた様だったけど、シラヌスはその姿が見えなくなるまで俺の方を気にしている様だった。
この頃から、奴は何とも不気味だったんだな―――……。
彼女達が立ち去ったのを確認して、俺は改めて空いているテーブルに着いた。
丁度俺が座った事で、二階の席も全て埋まってしまった様だ。
俺はメニューを手に取り注文する物を決めると、慌ただしく動き回っているウェイトレスに声を掛けようとした。
「あの……っ」
「ごめんなさ―――い、ここ……良いかしら?」
俺が声を発したのと、そう声を掛けられたのは殆ど同時だった。
俺の声は雑踏に掻き消されて、ウェイトレスには届かなかったようだ。
声の方を見れば、こちらに笑いかけて立っている2人の少女がいた。
「……はい?」
「ここ……空いてるよね? 座って良いかな?」
ウェイトレスを呼び止める事は出来なかったが、俺の意識はもう目の前の少女2人に向いていた。
「あ……ああ、どうぞ」
俺の座った席は4人掛けで、1人で座っている俺にしてみれば向かい側の席は当然空いていたのだ。
「ありがと。座ろ? サリシュ」
声を掛けてきた少女は、後ろに控えていたサリシュと言う少女にそう声を掛けて俺の前に座ったんだ。
もう随分と人の流れは緩くなり、歩くのになんの支障も無くなっていた。
「さて……。とりあえず……どうするか……」
俺は、今後の事を考えてそう独り言ちた。
フィーナの言った通り、とりあえず今持っているスキル「ファタリテート」は無い方が良い。
その為には、また死ぬ必要がある……。
勿論、このまま持っていたとしても使わなければ問題ないだけの話だ。
変な言い方になるが、死ぬ思いまでして死ぬ必要もない。
ただ、俺は再開を果たしてまだ間もないんだ。
今と条件さえ同等ならば、もう一度やり直したとしてもなんら問題が起こる訳じゃない。
しかし、一言に死ぬと言ってもそう簡単じゃない。
単純に、このまま自らの腹に刃を突き立てれば、アッサリと死ぬ事が出来るだろう。
ただしその場合、文字通り死ぬほどの激痛をまず感じなきゃあならないんだ。
正直、痛いのは嫌だし、何よりも致命傷をこの身に受けるというのは怖い。
それにそれは、俺の矜持が許せない事だった。
仮にも俺は、ついさっきまで上級冒険者であり、レベル85の勇者だったんだ。
……なんだか、もう何日も経過している気分だけどな。
そんな俺が、例え理由があるにせよ自害するだなんて、到底納得出来る話じゃあなかった。
なら、街を出て怪物に殺られるか?
戦士としては、それが一番腑に落ちる殺られ方だろう。
戦った結果としての戦死なら、冒険者としては寧ろ本望と言っても良かった。
ただこの街の周辺に現れる様な怪物では、弱すぎて話にならない。
今現在の俺は、既に登録を済ませたレベル5の冒険者だ。
この周辺の怪物程度なら、女神に祝福を受けていない一般人でも何とか勝つ事が出来るだろう。
そんな怪物にわざわざ殺られてやるなんて、やっぱり納得がいかない。
と言う事は、この街より少し離れた区域に生息する怪物を相手にするのが良いだろう。
どうせなら、思いっきり遠くに出向くのも良い。
本当ならばまず太刀打ち出来ない程の怪物を相手に、このレベルでどれだけ渡り合う事が出来るのか試してみるのも一興だ。
そう考えた俺は、とりあえず今日の宿を探す事にした。
気付けば太陽はもう西に傾いていて、あと数時間で夜が訪れる。
そんな事は関係なく一気に目的のエリアへ向かうと言う事も出来るけど、折角久しぶりにこの街へと戻って来たんだ。
一晩くらいこの街で過ごしても、フィーナだって文句は言わないだろう。
……だいたい、また死ぬ羽目になったのは、どう考えても彼女のミスが原因なんだからな。
俺は記憶を頼りに、酒舗のある通りへと足を向けた。
この街……だけじゃないけど、大抵は酒場と宿屋、そしてギルドは同じ店舗内に居を構えている。
冒険者の登録を行うギルド総本部やその支部はまた別にあるけど、多種の依頼を発行するのは冒険者の多く集まる酒舗でも行っているんだ。
だから、どの街にあるどんな酒舗でも結構な賑わいを見せているし、そこには多くの冒険者が集まり色んな噂が集まって来る情報交換の場にもなっている。
「……ここも……久しぶりだな―――……」
俺が訪れた酒舗「ギルガメシュ」は、通りから大きく奥へと入り込んだ一際ガラの悪い酒舗だった。
ここは見た目通り、一癖も二癖もある輩が集まる一流とは程遠い格安酒舗だ。
だが、俺にはどうにも懐かしい感じしかしない。
それは駆け出し冒険者として初めて泊まった宿屋であり、初めてパーティメンバーを見つけた場所でもあったからだ。
俺はここで、グローイヤやシラヌス達と巡り合い、あの冒険へと出かけたんだ。
……だけど……今なら分かる。
あの冒険は……以前の冒険は、俺のしたかった冒険じゃなかったって事を……。
確かに俺は、彼等と出会って強くなった。
レベルも最高峰まで上げる事が出来たし、何よりも「勇者」ってジョブに就く事も出来た。
―――でも……それだけだった。
楽しかったって思い出は、ほとんど残っていない。
いつも自分達が安全に、そして確実に生き残る事だけを考えていた。
その為には他者を陥れて、犠牲にする事も厭わなかった。
それは人間として、冒険者としては間違いじゃないかも知れない。
死んだら全てが終わりだ。
夢とか理想だけでは、強くなることも出来ないんだ。
でもそれは打算とか効率を重視した結果でしかなく、俺の気持ちを満たす様なものじゃ無かったんだ。
……そうだな。次はそう言うの、無しにしよう……。
改めて俺はそう誓い、酒舗「ギルガメシュ」のドアを開いた。
ドアを開けた途端、むせ返る様な独特の臭いが俺の鼻を突いた。
酒と食べ物は勿論、人の発する体臭や汗、煙草に香水、その全てが入り混じった独特の臭いだ。そして俺には、何とも懐かしい臭いだった。
冒険者も上級となると、クエストで得る金額も高額になる。
ダンジョンで見つけるアイテムも、街の道具屋で売れば高値で取引される物ばかりだ。
資金に余裕が出てくれば、こんな安宿に泊まる事なんてない。
どの街に行っても、高級宿屋の最上級部屋に泊まるのが常だった。
それに、高価アイテムとして「魔法の高級コテージ」と言う物がある。
これは、普段は掌に乗る程の小さなコテージの模型なんだが、一定の広さがある場所で展開してやると立派なコテージになると言う優れ物。
中は高級宿泊部屋と大差のない造りになっていて、街から遠く離れたダンジョンや塔を攻略する際には重宝したものだ。
そして今の俺には魔法の高級コテージを使う事が出来、この街一番の宿でビップ・ルームを借りてそこを拠点に冒険をするだけの資金がある。
そんな宿やコテージは、それはそれで快適だし不満も無いんだけど、改めてこんな場末の宿に足を踏み入れると昔を思い出して何とも言えない気持ちになった。
それに、こんな如何にも駆け出しの冒険者が、そんな場違いな所に宿を借りようものなら、そう遠くない内にトラブルへと巻き込まれてしまうだろう。
どのみち、今日一日の宿と言う事もある。
次にこの街を訪れる時には、もう少し良い酒舗を覗くのも悪くないな。
そんな事を考えながら、俺はぐるりと室内を見渡した。
新たに外から訪れた俺を、何人かの冒険者が眼光鋭く確認する。
でもこの姿を見た途端に興味を無くしたのか、それらの視線はすぐに俺から外れて誰も気にしなくなった。
確かこの酒舗は、駆け出し冒険者も多く利用している。
俺みたいな見るからに若造が来る事も、そう珍しくないんだろう。
俺の方もそんな事は気にせず、ズカズカと中に入って様子を見て回った。
もうすぐ日も落ちて夕飯時と言う事もあってか、酒場となっている一階の大広間は人混みであふれて席も空いてなかった。
酒場奥のカウンターにはこの酒舗にあるギルドの受付があるはずなんだが、今日はもう営業を終えているのか嵌め板がされている。
広間の奥には階段があり、酒場の二階席と宿の受付カウンターがあるはずだ。
俺は迷うことなくそちらの方へと向かい、階段を登って二階へと辿り着いた。
二階にはまだ幾つかの席が空いていた。
俺は早速宿の予約を入れ、空いている席へと向かったんだが。
「ようよう、兄ちゃん。1人かい?」
不意に後ろから、女の子の声でそう呼び止められた。
声は女の子なのに、何て粗野でガサツな物言いなんだ。
そう思いながら振り返ると、そこには赤い髪が印象的な女の子と、その後ろで付き従う様な余り存在感の無い男の子が立っていた。
少女の方はショートカットにした赤い髪が健康的で、如何にもボーイッシュと言う感じだ。
美人ではないが、健康的な可愛らしさがある。
身に付けている装備はビキニの様な、胸の部分と腰の部分だけを隠した露出度の高い鎧。
でもそれは、決して男を誘惑する為とか、踊り子だからと言う理由で身に付けている訳じゃない事を俺は知っていた。
それが証拠に、見た感じでも彼女は俺と大差のない年齢だ。
まだまだ発育も途中で、ビキニに隠した胸もそれ程大きくないし、腰だってそれほど括れていない。
―――彼女は、女傑族なんだ。
この街より遥か北の山奥に、女性だけの村がある。
そこでは、女性ながらに男性を上回る身体能力を持った戦士達が、女性上位の社会を築き上げているんだ。
俺も一度だけ行った事があるけど、そこでは基本的に女性が狩りをしながら村を守り、男性は家事をしながら畑作を行っていた。
一般的な村の出である俺にしてみれば、目を見張る光景だった事を覚えている。
そのアマゾネス達は、自らの肉体を誇示する事が強く美しいとされているんだ。
そんな彼女達だから、身に付ける物も布地が少なく、露出度の高い物が多い。
そしてもう1人、彼女の後ろに控えている陰気な少年。
新品のローブを纏っていながらどうにも陰気で薄汚く映るその少年は、顔の大半をフードに隠してその表情は見え難いものの、その値踏みする様な眼光は鋭く粘っこい。
彼は学者を多く輩出する町……「隠者の町」の出なんだが、その中でも特に陰気な雰囲気を纏っていた事も覚えていた。
やはり以前に訪れたその町中でも、こいつの重っ苦しい気配は群を抜いて酷かったっけ……。
―――そう……。彼女達は若かりし頃の、グローイヤとシラヌスだった。
筋骨隆々で女性らしさの欠片も無かったグローイヤと、今よりも尚も陰気となり更に厭らしさが感じられるシラヌスを考えれば、目の前の二人はなんて初々しいんでしょう。
「なあって? 聞いてんのかよ?」
そんな物思いに耽ってしまった俺を怪訝に感じたのか、グローイヤの声は少し訝しんでいる様だった。
一方シラヌスは、一切口を開かずに俺を観察している。
「あ……ああ……ゴメン。1人だけど……何?」
正直な話、彼女が何故俺に声を掛けてきたのか、その理由を俺は知っている。
「1人なら丁度良いや。あたい達、あと一人パーティメンバーを探してるんだ。中々良い奴って居なくてさ―――……。もう誰でも良いやって話になってるんだけど……良かったらどうだい?」
そう……彼女はパーティメンバーを探していて、たまたまそこにいた俺に声を掛けたんだ。
しかし……改めて彼女の勧誘を聞くと、何とも失礼な台詞だな。
もう少し理由を誤魔化して言えば良いものを、これほどストレートに人を馬鹿にしている言葉も余り無いだろう。
前回の俺は、彼女の言葉なんて殆ど聞いてなかった。
冒険者となって早々にパーティを組める嬉しさで、一も二も無くグローイヤの話に飛びついたんだ。
そんな事を思い出しながら、俺は苦笑を浮かべて彼女に返答した。
「いや、ごめんな……。今はパーティを組めないんだ」
俺の返答を聞いて、グローイヤの笑顔が人懐っこいものから詰らない玩具を見る様なものに変わった。
瞳にはどこかしら冷たいものが浮かんでいる。
ただ、グローイヤには悪いが、何度誘われてももう二度と彼女達とパーティを組む事は無いだろう。
今回に関して言えば、俺は明日には死んでしまうんだ。
ここでパーティを組む意味なんて、本当に無い。
そしてそれが無かったとしても、やはり俺は彼女達とパーティは組まないだろう。
何故なら、グローイヤ達とパーティを組めばどういった冒険になるか、もう知っているからだ。
「ふぅん……じゃあ、いいや。他を当たるよ。悪かったね」
声音だけは愛想の良い言葉を残して、グローイヤとシラヌスは俺の前から去っていった。
グローイヤは早々に俺には興味を無くしていた様だったけど、シラヌスはその姿が見えなくなるまで俺の方を気にしている様だった。
この頃から、奴は何とも不気味だったんだな―――……。
彼女達が立ち去ったのを確認して、俺は改めて空いているテーブルに着いた。
丁度俺が座った事で、二階の席も全て埋まってしまった様だ。
俺はメニューを手に取り注文する物を決めると、慌ただしく動き回っているウェイトレスに声を掛けようとした。
「あの……っ」
「ごめんなさ―――い、ここ……良いかしら?」
俺が声を発したのと、そう声を掛けられたのは殆ど同時だった。
俺の声は雑踏に掻き消されて、ウェイトレスには届かなかったようだ。
声の方を見れば、こちらに笑いかけて立っている2人の少女がいた。
「……はい?」
「ここ……空いてるよね? 座って良いかな?」
ウェイトレスを呼び止める事は出来なかったが、俺の意識はもう目の前の少女2人に向いていた。
「あ……ああ、どうぞ」
俺の座った席は4人掛けで、1人で座っている俺にしてみれば向かい側の席は当然空いていたのだ。
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