死霊術士むーたんのしあわせごはん~カーバンクル妻は不器用夫に「むぐぐ」と言わせたい

マロンちゃん

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第21話 幸運のつくね鍋③

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# 第21話 幸運のつくね鍋③

 景品交換所から戻ってきた私たちを見て、MR.ハウスマスターのホログラムが薄く笑った。

「おや、随分と偏った食材をお持ちのようですね。高級食材もいいですが、まとまりがある料理は作れそうですか?」

 その表情は、明らかに楽しんでいる。

「私は舌には自信がありませんが、高級食材をそのまま出された程度では負けを認めませんよ」

 これだけ大勝ちされたのに、なぜハウスマスターが笑っているのか。その理由はすぐに分かった。

「実は景品の交換には個数制限がありましてね」

 スタッフが申し訳なさそうに説明する。

「青コイン100枚以上で下級食材との交換不可、500枚以上で中級も不可...つまり、チココ様のように大勝ちされた方は、超高級景品しか選べない仕組みになっているんです」

「あんた、損得抜きに嫌がらせが好きなのね」

 私は呆れながらMR.ハウスマスターを睨んだ。

「ええ、お客様に喜んでもらえるのも大好きですが、それと同じぐらい悔しい顔も大好物です。だから、この街を数百年続けております」

 悪びれもせずに認める姿に、ある意味清々しささえ感じる。

 確かに、テーブルに並んだ食材を見ると、極端すぎる。

 片側には、ドラゴンの心臓、古代魚の卵、怪鳥の胸肉、Sランク豚のヒレ肉...どれも単品で一般家庭の年収を超える代物。

 もう片側には、挽き肉、タケノコ、昆布、白菜、豆腐...スーパーで買えるような普通の食材。

「これで一体何を作るおつもりですか? 高級食材は確かに美味しいですが、それぞれが主張が強すぎて、組み合わせるのは至難の業」

 MR.ハウスマスターの声には、勝ち誇った響きがある。

 クルーシブにジャックポットの景品を交換するように頼んでも、チココと同じような結果だろう。

「これらの食材を喧嘩しないようにしないといけない。ただ、どれも最高級の食材だから主張が強く、丁寧に調理しないといけない。そんなものはほぼ不可能...」

 私が悩んでいる様子を見て、ハウスマスターがニヤニヤ笑っている。挑戦者がもがき苦しみながらあれこれ考えるのが好きなんだろう。

 その時、ふと思いついた。

「いや、どうせなら食材たちに任せてやろう。なによりハウスマスターをプレイヤー側に引きずり込まないと面白くない」

「何を言って...」

「つくね鍋を作るわ」

---

 私は早速調理に取り掛かった。

 まず、昆布を水に浸けて出汁を取る。利尻昆布を贅沢に使い、60度の湯でじっくりと1時間。

「見て、この琥珀色」

 取れた出汁は、まるで上質な琥珀のように透き通っていながら、深い旨味を湛えている。一部は通常の3倍の濃度まで煮詰めて、後で使う「化粧用」に取っておく。

 次に、各食材の下処理を始める。

 ドラゴンの心臓は、まず丁寧に血抜きをする。氷水に30分浸けて、残った血を完全に抜く。その後、包丁で細かく叩いていく。

「ミンチにする時も、食感を残すのがポイントよ」

 粗挽きと細挽きを7:3の割合で混ぜ、歯ごたえと滑らかさの両立を図る。

 古代魚の卵は、薄い塩水で優しく洗う。一粒一粒が宝石のように輝いている。

「プチプチ感を活かすために、半分だけ軽く潰すの」

 残りの半分はそのまま残し、口の中で弾ける楽しさを演出する。

 怪鳥の胸肉は、筋を丁寧に取り除いてから叩く。野鳥特有の締まった肉質を、適度にほぐしていく。

「脂肪分が少ないから、Sランク豚の脂身を細かく刻んで混ぜるわ」

 豚の脂身は、さっと湯通ししてから刻む。これで臭みを取りつつ、ジューシーさを加える。

 そして、普通の挽き肉も丁寧に練り直す。スーパーの挽き肉でも、愛情をかければ極上の素材になる。

「ここからが重要な味付けよ」

 私は各肉に異なる調味料を加えていく。

 ドラゴンの心臓には、おろし生姜をたっぷりと白髪ネギ。

「生姜は皮ごとすりおろすの。皮の近くに香り成分が多いから」

 野性味を消しつつ、肉本来の力強さを引き立てる。さらに、隠し味に八角をほんの少し。

 古代魚の卵入りには、実山椒をすり潰したものと、柚子皮を細かく刻んだもの。

「山椒は香りが飛びやすいから、使う直前にすり潰すのよ」

 ピリッとした刺激と、爽やかな柑橘の香りが、魚卵の濃厚さを引き締める。

 怪鳥の肉には、フレッシュセージとタイムを刻み込む。

「ハーブは手で千切ると、香りがより立つの」

 指先で優しく千切りながら、ハーブの精油成分を肉に移していく。

 Sランク豚には、にんにくのみじん切りと粗挽き黒胡椒。

「にんにくは芽を取って、包丁の腹で潰してから刻む。これで甘みが出るの」

 王道の組み合わせだが、素材が良いからこそシンプルが一番。

 普通の挽き肉には、玉ねぎと人参の極細みじん切り。

「野菜は炒めてから混ぜるわ。甘みが凝縮されるから」

 バターでじっくりと炒め、野菜の水分を飛ばしてから肉に混ぜ込む。

「そして、全てのボウルに共通のつなぎを」

 卵、片栗粉、そして先ほど取った昆布出汁を少しずつ。これが味の統一感を生む秘密。

「さらに、もう一つの隠し味」

 私は日本酒を各ボウルに垂らした。アルコールは加熱で飛ぶが、米の旨味が残って全体をまとめる。

 よく練ったら、いよいよ成形。

「死霊術・精密成形」

 黒い靄が手を包み、完璧に同じ大きさの肉団子を作っていく。直径4センチ、重さ40グラム。誤差は0.1グラム以内。

「形が揃っていると、火の通りも均一になるの」

 成形した団子を、一度蒸し器で軽く火を通す。

「これで型崩れを防ぐのよ」

 蒸気が上がる蒸し器に並べると、すぐに良い香りが立ち上る。ドラゴンの野性的な香り、魚卵の磯の香り、ハーブの爽やかさ、にんにくの食欲をそそる香り、そして玉ねぎの甘い香り。

 5分蒸したら、いよいよ仕上げ。

「濃く煮詰めた昆布出汁を、刷毛で表面に塗るの」

 照り焼きのタレを塗るように、一つ一つ丁寧に。出汁が肉団子の表面で艶やかに光る。

「これで見た目を統一しながら、旨味のベールで包むのよ」

 全ての団子が、美しい飴色に輝いている。どれがどの肉か、もはや見分けはつかない。

---

 大きな土鍋を火にかける。新たに取った昆布出汁に、薄口醤油、みりん、酒を加えて味を調える。

「ベースは上品に。素材の味を活かすために」

 野菜の準備も丁寧に。白菜は軸と葉を分け、軸は斜めに、葉はざく切りに。

「火の通りを均一にするための工夫よ」

 タケノコは米ぬかで茹でてアクを抜き、食べやすい大きさに。豆腐は重しをして水切りし、崩れにくくする。

 春菊、えのき、長ネギも用意。彩りと食感のバリエーションを考えて。

「さあ、準備完了」

 テーブルの中央に土鍋を置く。ぐつぐつと沸き立つ出汁から、湯気が立ち上る。その湯気には、昆布と調味料が混ざり合った、優しく深い香りが漂っている。

 5種類の肉団子を美しく盛り付けた大皿を横に置く。照りのある飴色で統一された団子たちは、まるで宝石のよう。

「これは...」

 MR.ハウスマスターが興味深そうに覗き込む。

「つくね鍋ですが、ちょっとしたゲーム要素を加えました」

 私は説明する。

「5種類の肉団子、それぞれ違う食材で作ってあります。でも、どれがどれかは食べてみないと分からない」

 そして、にやりと笑った。

「ハウスマスター、あなたも一緒に食べましょう。ギャンブラーなら、自分が食べるつくねがどの肉か、賭けてみては?」

 MR.ハウスマスターのホログラムが、初めて本気の笑みを浮かべた。

「面白い...いいでしょう、その勝負、受けて立ちます」

---

 最初に白菜の軸を鍋に入れる。シャキッとした音と共に、野菜の甘い香りが加わる。

「まず野菜で鍋のベースを作るの」

 続いて豆腐、えのき。ぐつぐつと煮立つ音が、食欲をそそる。

「では、最初の一個」

 MR.ハウスマスターが箸で一つを選ぶ。つるりとした表面は、昆布出汁の照りで美しく光っている。

「見た目では全く分からない...これは普通の挽き肉だと予想します」

 熱々の団子を一口かじる。湯気と共に、肉汁が溢れ出す。

「熱っ...!」

 慌てて息を吹きかけるMR.ハウスマスター。

「でも、これは...ドラゴンの心臓!」

 噛んだ瞬間、まず昆布出汁の旨味が広がり、次に生姜の爽やかな辛味。そして奥から、ドラゴン特有の野性的で力強い肉の味が追いかけてくる。

「最初は出汁の優しさ、でも噛めば噛むほど肉の個性が...そして最後に八角のかすかな甘い香りが鼻を抜ける」

 MR.ハウスマスターが目を輝かせる。

「これは楽しい! 次は...」

 二つ目を鍋に入れる。ぷかぷかと浮かぶ団子が、出汁を吸ってさらに美味しそうに。

「今度こそ普通の挽き肉...いや、違う!」

 古代魚の卵入りだった。噛むとプチプチと卵が弾け、磯の香りが口いっぱいに広がる。山椒のピリッとした刺激が後から追いかけ、柚子の爽やかさが全体をまとめる。

「食感の変化が素晴らしい。プチプチ、もちもち、そしてジューシー」

 三つ目は怪鳥の肉。ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、しっかりとした肉の歯ごたえ。でも、豚の脂のおかげでパサつきは全くない。

「ハーブと野鳥の相性が完璧だ」

 エリアナも参加し始めた。

「私はこれ! ...わ、すごく濃厚!」

 Sランク豚の団子を当てたようだ。にんにくの香ばしさと黒胡椒のパンチ、そして豚肉の甘い脂が絶妙にマッチしている。

「でも、しつこくない。不思議」

「それは昆布出汁のおかげよ」

 私が説明する。

「グルタミン酸が肉の旨味と相乗効果を起こして、より深い味わいになるの。でも同時に、後味をさっぱりさせる効果もある」

 最後の普通の挽き肉も、決して他に劣らない。

「これは...なんて優しい味だ」

 チココが感動したように呟く。

「玉ねぎと人参の甘み、そして肉の素朴な旨味。高級食材の刺激的な味の後だと、ほっとする」

「そうなの」

 私は嬉しそうに説明する。

「全部が高級食材だと舌が疲れる。普通の食材があることで、味覚がリセットされて、また次の高級食材を新鮮に楽しめる」

 さらに面白いのは、複数の団子を一緒に食べた時。

「ドラゴンと普通の挽き肉を一緒に食べると...」

 MR.ハウスマスターが実験的に試す。

「野性味と家庭的な味が混ざって、まるで新しい料理みたい」

「古代魚の卵と怪鳥の組み合わせも面白いですよ」

 エリアナが発見する。

「山椒とハーブが意外に合う!」

 鍋の中では、野菜たちも良い具合に煮えている。肉団子から出た様々な旨味を吸った白菜は、噛むとジュワッと肉汁があふれ出す。

「この白菜、5種類の肉の味が全部する!」

 クルーシブも金塊アクセサリーを外して、真剣に食べ始めた。

「豆腐も...すごい、スポンジみたいに旨味を吸ってる」

 土鍋を囲んで、皆が夢中で食べている。どの団子が出るか分からないドキドキ感、そして必ず美味しいという安心感。

「もう一回ドラゴンを...あ、これは豚だ」

「次こそ古代魚...やった!」

 まるで宝探しをしているような楽しさ。

 しばらくして、MR.ハウスマスターが箸を置いた。

「...完敗です」

 彼の表情は、心から満足したものだった。

「高級食材の主張を殺さず、しかし協調させる。見た目で区別をつけなくすることで、先入観なく味わえる。そして何より...」

 彼は土鍋を見つめる。

「これは楽しい。食事が、エンターテインメントになっている」

 MR.ハウスマスターが指を鳴らすと、一枚のカードが現れた。

「約束通り、マロンの居場所をお教えしましょう。彼女は今、地下街の闇ブローカーのところにいます」

 カードには詳細な地図が描かれていた。

「ただし、あそこは危険です。私のスタッフを護衛につけましょう」

 イケメンスタッフたちが、すぐに準備を始める。

「ありがとう」

 私は素直に礼を言った。

「それと、ムウナ様」

 MR.ハウスマスターが付け加える。

「この鍋、もう少し楽しませてもらってもよろしいですか? 久しぶりに、純粋に食事を楽しめました」

「どうぞ。それと...」

 私は微笑んだ。

「〆の雑炊も用意してあるわよ。5種類の肉の旨味が全部溶け込んだ出汁で作る雑炊は、格別よ」

「それは楽しみだ」

 MR.ハウスマスターが嬉しそうに笑う。

 ついに、マロンに会える。息子に会える日が、もうすぐそこまで来ている。

 でも今は、この楽しい食事の時間を、皆で味わいたい。
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