21 / 29
第21話 幸運のつくね鍋③
しおりを挟む
# 第21話 幸運のつくね鍋③
景品交換所から戻ってきた私たちを見て、MR.ハウスマスターのホログラムが薄く笑った。
「おや、随分と偏った食材をお持ちのようですね。高級食材もいいですが、まとまりがある料理は作れそうですか?」
その表情は、明らかに楽しんでいる。
「私は舌には自信がありませんが、高級食材をそのまま出された程度では負けを認めませんよ」
これだけ大勝ちされたのに、なぜハウスマスターが笑っているのか。その理由はすぐに分かった。
「実は景品の交換には個数制限がありましてね」
スタッフが申し訳なさそうに説明する。
「青コイン100枚以上で下級食材との交換不可、500枚以上で中級も不可...つまり、チココ様のように大勝ちされた方は、超高級景品しか選べない仕組みになっているんです」
「あんた、損得抜きに嫌がらせが好きなのね」
私は呆れながらMR.ハウスマスターを睨んだ。
「ええ、お客様に喜んでもらえるのも大好きですが、それと同じぐらい悔しい顔も大好物です。だから、この街を数百年続けております」
悪びれもせずに認める姿に、ある意味清々しささえ感じる。
確かに、テーブルに並んだ食材を見ると、極端すぎる。
片側には、ドラゴンの心臓、古代魚の卵、怪鳥の胸肉、Sランク豚のヒレ肉...どれも単品で一般家庭の年収を超える代物。
もう片側には、挽き肉、タケノコ、昆布、白菜、豆腐...スーパーで買えるような普通の食材。
「これで一体何を作るおつもりですか? 高級食材は確かに美味しいですが、それぞれが主張が強すぎて、組み合わせるのは至難の業」
MR.ハウスマスターの声には、勝ち誇った響きがある。
クルーシブにジャックポットの景品を交換するように頼んでも、チココと同じような結果だろう。
「これらの食材を喧嘩しないようにしないといけない。ただ、どれも最高級の食材だから主張が強く、丁寧に調理しないといけない。そんなものはほぼ不可能...」
私が悩んでいる様子を見て、ハウスマスターがニヤニヤ笑っている。挑戦者がもがき苦しみながらあれこれ考えるのが好きなんだろう。
その時、ふと思いついた。
「いや、どうせなら食材たちに任せてやろう。なによりハウスマスターをプレイヤー側に引きずり込まないと面白くない」
「何を言って...」
「つくね鍋を作るわ」
---
私は早速調理に取り掛かった。
まず、昆布を水に浸けて出汁を取る。利尻昆布を贅沢に使い、60度の湯でじっくりと1時間。
「見て、この琥珀色」
取れた出汁は、まるで上質な琥珀のように透き通っていながら、深い旨味を湛えている。一部は通常の3倍の濃度まで煮詰めて、後で使う「化粧用」に取っておく。
次に、各食材の下処理を始める。
ドラゴンの心臓は、まず丁寧に血抜きをする。氷水に30分浸けて、残った血を完全に抜く。その後、包丁で細かく叩いていく。
「ミンチにする時も、食感を残すのがポイントよ」
粗挽きと細挽きを7:3の割合で混ぜ、歯ごたえと滑らかさの両立を図る。
古代魚の卵は、薄い塩水で優しく洗う。一粒一粒が宝石のように輝いている。
「プチプチ感を活かすために、半分だけ軽く潰すの」
残りの半分はそのまま残し、口の中で弾ける楽しさを演出する。
怪鳥の胸肉は、筋を丁寧に取り除いてから叩く。野鳥特有の締まった肉質を、適度にほぐしていく。
「脂肪分が少ないから、Sランク豚の脂身を細かく刻んで混ぜるわ」
豚の脂身は、さっと湯通ししてから刻む。これで臭みを取りつつ、ジューシーさを加える。
そして、普通の挽き肉も丁寧に練り直す。スーパーの挽き肉でも、愛情をかければ極上の素材になる。
「ここからが重要な味付けよ」
私は各肉に異なる調味料を加えていく。
ドラゴンの心臓には、おろし生姜をたっぷりと白髪ネギ。
「生姜は皮ごとすりおろすの。皮の近くに香り成分が多いから」
野性味を消しつつ、肉本来の力強さを引き立てる。さらに、隠し味に八角をほんの少し。
古代魚の卵入りには、実山椒をすり潰したものと、柚子皮を細かく刻んだもの。
「山椒は香りが飛びやすいから、使う直前にすり潰すのよ」
ピリッとした刺激と、爽やかな柑橘の香りが、魚卵の濃厚さを引き締める。
怪鳥の肉には、フレッシュセージとタイムを刻み込む。
「ハーブは手で千切ると、香りがより立つの」
指先で優しく千切りながら、ハーブの精油成分を肉に移していく。
Sランク豚には、にんにくのみじん切りと粗挽き黒胡椒。
「にんにくは芽を取って、包丁の腹で潰してから刻む。これで甘みが出るの」
王道の組み合わせだが、素材が良いからこそシンプルが一番。
普通の挽き肉には、玉ねぎと人参の極細みじん切り。
「野菜は炒めてから混ぜるわ。甘みが凝縮されるから」
バターでじっくりと炒め、野菜の水分を飛ばしてから肉に混ぜ込む。
「そして、全てのボウルに共通のつなぎを」
卵、片栗粉、そして先ほど取った昆布出汁を少しずつ。これが味の統一感を生む秘密。
「さらに、もう一つの隠し味」
私は日本酒を各ボウルに垂らした。アルコールは加熱で飛ぶが、米の旨味が残って全体をまとめる。
よく練ったら、いよいよ成形。
「死霊術・精密成形」
黒い靄が手を包み、完璧に同じ大きさの肉団子を作っていく。直径4センチ、重さ40グラム。誤差は0.1グラム以内。
「形が揃っていると、火の通りも均一になるの」
成形した団子を、一度蒸し器で軽く火を通す。
「これで型崩れを防ぐのよ」
蒸気が上がる蒸し器に並べると、すぐに良い香りが立ち上る。ドラゴンの野性的な香り、魚卵の磯の香り、ハーブの爽やかさ、にんにくの食欲をそそる香り、そして玉ねぎの甘い香り。
5分蒸したら、いよいよ仕上げ。
「濃く煮詰めた昆布出汁を、刷毛で表面に塗るの」
照り焼きのタレを塗るように、一つ一つ丁寧に。出汁が肉団子の表面で艶やかに光る。
「これで見た目を統一しながら、旨味のベールで包むのよ」
全ての団子が、美しい飴色に輝いている。どれがどの肉か、もはや見分けはつかない。
---
大きな土鍋を火にかける。新たに取った昆布出汁に、薄口醤油、みりん、酒を加えて味を調える。
「ベースは上品に。素材の味を活かすために」
野菜の準備も丁寧に。白菜は軸と葉を分け、軸は斜めに、葉はざく切りに。
「火の通りを均一にするための工夫よ」
タケノコは米ぬかで茹でてアクを抜き、食べやすい大きさに。豆腐は重しをして水切りし、崩れにくくする。
春菊、えのき、長ネギも用意。彩りと食感のバリエーションを考えて。
「さあ、準備完了」
テーブルの中央に土鍋を置く。ぐつぐつと沸き立つ出汁から、湯気が立ち上る。その湯気には、昆布と調味料が混ざり合った、優しく深い香りが漂っている。
5種類の肉団子を美しく盛り付けた大皿を横に置く。照りのある飴色で統一された団子たちは、まるで宝石のよう。
「これは...」
MR.ハウスマスターが興味深そうに覗き込む。
「つくね鍋ですが、ちょっとしたゲーム要素を加えました」
私は説明する。
「5種類の肉団子、それぞれ違う食材で作ってあります。でも、どれがどれかは食べてみないと分からない」
そして、にやりと笑った。
「ハウスマスター、あなたも一緒に食べましょう。ギャンブラーなら、自分が食べるつくねがどの肉か、賭けてみては?」
MR.ハウスマスターのホログラムが、初めて本気の笑みを浮かべた。
「面白い...いいでしょう、その勝負、受けて立ちます」
---
最初に白菜の軸を鍋に入れる。シャキッとした音と共に、野菜の甘い香りが加わる。
「まず野菜で鍋のベースを作るの」
続いて豆腐、えのき。ぐつぐつと煮立つ音が、食欲をそそる。
「では、最初の一個」
MR.ハウスマスターが箸で一つを選ぶ。つるりとした表面は、昆布出汁の照りで美しく光っている。
「見た目では全く分からない...これは普通の挽き肉だと予想します」
熱々の団子を一口かじる。湯気と共に、肉汁が溢れ出す。
「熱っ...!」
慌てて息を吹きかけるMR.ハウスマスター。
「でも、これは...ドラゴンの心臓!」
噛んだ瞬間、まず昆布出汁の旨味が広がり、次に生姜の爽やかな辛味。そして奥から、ドラゴン特有の野性的で力強い肉の味が追いかけてくる。
「最初は出汁の優しさ、でも噛めば噛むほど肉の個性が...そして最後に八角のかすかな甘い香りが鼻を抜ける」
MR.ハウスマスターが目を輝かせる。
「これは楽しい! 次は...」
二つ目を鍋に入れる。ぷかぷかと浮かぶ団子が、出汁を吸ってさらに美味しそうに。
「今度こそ普通の挽き肉...いや、違う!」
古代魚の卵入りだった。噛むとプチプチと卵が弾け、磯の香りが口いっぱいに広がる。山椒のピリッとした刺激が後から追いかけ、柚子の爽やかさが全体をまとめる。
「食感の変化が素晴らしい。プチプチ、もちもち、そしてジューシー」
三つ目は怪鳥の肉。ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、しっかりとした肉の歯ごたえ。でも、豚の脂のおかげでパサつきは全くない。
「ハーブと野鳥の相性が完璧だ」
エリアナも参加し始めた。
「私はこれ! ...わ、すごく濃厚!」
Sランク豚の団子を当てたようだ。にんにくの香ばしさと黒胡椒のパンチ、そして豚肉の甘い脂が絶妙にマッチしている。
「でも、しつこくない。不思議」
「それは昆布出汁のおかげよ」
私が説明する。
「グルタミン酸が肉の旨味と相乗効果を起こして、より深い味わいになるの。でも同時に、後味をさっぱりさせる効果もある」
最後の普通の挽き肉も、決して他に劣らない。
「これは...なんて優しい味だ」
チココが感動したように呟く。
「玉ねぎと人参の甘み、そして肉の素朴な旨味。高級食材の刺激的な味の後だと、ほっとする」
「そうなの」
私は嬉しそうに説明する。
「全部が高級食材だと舌が疲れる。普通の食材があることで、味覚がリセットされて、また次の高級食材を新鮮に楽しめる」
さらに面白いのは、複数の団子を一緒に食べた時。
「ドラゴンと普通の挽き肉を一緒に食べると...」
MR.ハウスマスターが実験的に試す。
「野性味と家庭的な味が混ざって、まるで新しい料理みたい」
「古代魚の卵と怪鳥の組み合わせも面白いですよ」
エリアナが発見する。
「山椒とハーブが意外に合う!」
鍋の中では、野菜たちも良い具合に煮えている。肉団子から出た様々な旨味を吸った白菜は、噛むとジュワッと肉汁があふれ出す。
「この白菜、5種類の肉の味が全部する!」
クルーシブも金塊アクセサリーを外して、真剣に食べ始めた。
「豆腐も...すごい、スポンジみたいに旨味を吸ってる」
土鍋を囲んで、皆が夢中で食べている。どの団子が出るか分からないドキドキ感、そして必ず美味しいという安心感。
「もう一回ドラゴンを...あ、これは豚だ」
「次こそ古代魚...やった!」
まるで宝探しをしているような楽しさ。
しばらくして、MR.ハウスマスターが箸を置いた。
「...完敗です」
彼の表情は、心から満足したものだった。
「高級食材の主張を殺さず、しかし協調させる。見た目で区別をつけなくすることで、先入観なく味わえる。そして何より...」
彼は土鍋を見つめる。
「これは楽しい。食事が、エンターテインメントになっている」
MR.ハウスマスターが指を鳴らすと、一枚のカードが現れた。
「約束通り、マロンの居場所をお教えしましょう。彼女は今、地下街の闇ブローカーのところにいます」
カードには詳細な地図が描かれていた。
「ただし、あそこは危険です。私のスタッフを護衛につけましょう」
イケメンスタッフたちが、すぐに準備を始める。
「ありがとう」
私は素直に礼を言った。
「それと、ムウナ様」
MR.ハウスマスターが付け加える。
「この鍋、もう少し楽しませてもらってもよろしいですか? 久しぶりに、純粋に食事を楽しめました」
「どうぞ。それと...」
私は微笑んだ。
「〆の雑炊も用意してあるわよ。5種類の肉の旨味が全部溶け込んだ出汁で作る雑炊は、格別よ」
「それは楽しみだ」
MR.ハウスマスターが嬉しそうに笑う。
ついに、マロンに会える。息子に会える日が、もうすぐそこまで来ている。
でも今は、この楽しい食事の時間を、皆で味わいたい。
景品交換所から戻ってきた私たちを見て、MR.ハウスマスターのホログラムが薄く笑った。
「おや、随分と偏った食材をお持ちのようですね。高級食材もいいですが、まとまりがある料理は作れそうですか?」
その表情は、明らかに楽しんでいる。
「私は舌には自信がありませんが、高級食材をそのまま出された程度では負けを認めませんよ」
これだけ大勝ちされたのに、なぜハウスマスターが笑っているのか。その理由はすぐに分かった。
「実は景品の交換には個数制限がありましてね」
スタッフが申し訳なさそうに説明する。
「青コイン100枚以上で下級食材との交換不可、500枚以上で中級も不可...つまり、チココ様のように大勝ちされた方は、超高級景品しか選べない仕組みになっているんです」
「あんた、損得抜きに嫌がらせが好きなのね」
私は呆れながらMR.ハウスマスターを睨んだ。
「ええ、お客様に喜んでもらえるのも大好きですが、それと同じぐらい悔しい顔も大好物です。だから、この街を数百年続けております」
悪びれもせずに認める姿に、ある意味清々しささえ感じる。
確かに、テーブルに並んだ食材を見ると、極端すぎる。
片側には、ドラゴンの心臓、古代魚の卵、怪鳥の胸肉、Sランク豚のヒレ肉...どれも単品で一般家庭の年収を超える代物。
もう片側には、挽き肉、タケノコ、昆布、白菜、豆腐...スーパーで買えるような普通の食材。
「これで一体何を作るおつもりですか? 高級食材は確かに美味しいですが、それぞれが主張が強すぎて、組み合わせるのは至難の業」
MR.ハウスマスターの声には、勝ち誇った響きがある。
クルーシブにジャックポットの景品を交換するように頼んでも、チココと同じような結果だろう。
「これらの食材を喧嘩しないようにしないといけない。ただ、どれも最高級の食材だから主張が強く、丁寧に調理しないといけない。そんなものはほぼ不可能...」
私が悩んでいる様子を見て、ハウスマスターがニヤニヤ笑っている。挑戦者がもがき苦しみながらあれこれ考えるのが好きなんだろう。
その時、ふと思いついた。
「いや、どうせなら食材たちに任せてやろう。なによりハウスマスターをプレイヤー側に引きずり込まないと面白くない」
「何を言って...」
「つくね鍋を作るわ」
---
私は早速調理に取り掛かった。
まず、昆布を水に浸けて出汁を取る。利尻昆布を贅沢に使い、60度の湯でじっくりと1時間。
「見て、この琥珀色」
取れた出汁は、まるで上質な琥珀のように透き通っていながら、深い旨味を湛えている。一部は通常の3倍の濃度まで煮詰めて、後で使う「化粧用」に取っておく。
次に、各食材の下処理を始める。
ドラゴンの心臓は、まず丁寧に血抜きをする。氷水に30分浸けて、残った血を完全に抜く。その後、包丁で細かく叩いていく。
「ミンチにする時も、食感を残すのがポイントよ」
粗挽きと細挽きを7:3の割合で混ぜ、歯ごたえと滑らかさの両立を図る。
古代魚の卵は、薄い塩水で優しく洗う。一粒一粒が宝石のように輝いている。
「プチプチ感を活かすために、半分だけ軽く潰すの」
残りの半分はそのまま残し、口の中で弾ける楽しさを演出する。
怪鳥の胸肉は、筋を丁寧に取り除いてから叩く。野鳥特有の締まった肉質を、適度にほぐしていく。
「脂肪分が少ないから、Sランク豚の脂身を細かく刻んで混ぜるわ」
豚の脂身は、さっと湯通ししてから刻む。これで臭みを取りつつ、ジューシーさを加える。
そして、普通の挽き肉も丁寧に練り直す。スーパーの挽き肉でも、愛情をかければ極上の素材になる。
「ここからが重要な味付けよ」
私は各肉に異なる調味料を加えていく。
ドラゴンの心臓には、おろし生姜をたっぷりと白髪ネギ。
「生姜は皮ごとすりおろすの。皮の近くに香り成分が多いから」
野性味を消しつつ、肉本来の力強さを引き立てる。さらに、隠し味に八角をほんの少し。
古代魚の卵入りには、実山椒をすり潰したものと、柚子皮を細かく刻んだもの。
「山椒は香りが飛びやすいから、使う直前にすり潰すのよ」
ピリッとした刺激と、爽やかな柑橘の香りが、魚卵の濃厚さを引き締める。
怪鳥の肉には、フレッシュセージとタイムを刻み込む。
「ハーブは手で千切ると、香りがより立つの」
指先で優しく千切りながら、ハーブの精油成分を肉に移していく。
Sランク豚には、にんにくのみじん切りと粗挽き黒胡椒。
「にんにくは芽を取って、包丁の腹で潰してから刻む。これで甘みが出るの」
王道の組み合わせだが、素材が良いからこそシンプルが一番。
普通の挽き肉には、玉ねぎと人参の極細みじん切り。
「野菜は炒めてから混ぜるわ。甘みが凝縮されるから」
バターでじっくりと炒め、野菜の水分を飛ばしてから肉に混ぜ込む。
「そして、全てのボウルに共通のつなぎを」
卵、片栗粉、そして先ほど取った昆布出汁を少しずつ。これが味の統一感を生む秘密。
「さらに、もう一つの隠し味」
私は日本酒を各ボウルに垂らした。アルコールは加熱で飛ぶが、米の旨味が残って全体をまとめる。
よく練ったら、いよいよ成形。
「死霊術・精密成形」
黒い靄が手を包み、完璧に同じ大きさの肉団子を作っていく。直径4センチ、重さ40グラム。誤差は0.1グラム以内。
「形が揃っていると、火の通りも均一になるの」
成形した団子を、一度蒸し器で軽く火を通す。
「これで型崩れを防ぐのよ」
蒸気が上がる蒸し器に並べると、すぐに良い香りが立ち上る。ドラゴンの野性的な香り、魚卵の磯の香り、ハーブの爽やかさ、にんにくの食欲をそそる香り、そして玉ねぎの甘い香り。
5分蒸したら、いよいよ仕上げ。
「濃く煮詰めた昆布出汁を、刷毛で表面に塗るの」
照り焼きのタレを塗るように、一つ一つ丁寧に。出汁が肉団子の表面で艶やかに光る。
「これで見た目を統一しながら、旨味のベールで包むのよ」
全ての団子が、美しい飴色に輝いている。どれがどの肉か、もはや見分けはつかない。
---
大きな土鍋を火にかける。新たに取った昆布出汁に、薄口醤油、みりん、酒を加えて味を調える。
「ベースは上品に。素材の味を活かすために」
野菜の準備も丁寧に。白菜は軸と葉を分け、軸は斜めに、葉はざく切りに。
「火の通りを均一にするための工夫よ」
タケノコは米ぬかで茹でてアクを抜き、食べやすい大きさに。豆腐は重しをして水切りし、崩れにくくする。
春菊、えのき、長ネギも用意。彩りと食感のバリエーションを考えて。
「さあ、準備完了」
テーブルの中央に土鍋を置く。ぐつぐつと沸き立つ出汁から、湯気が立ち上る。その湯気には、昆布と調味料が混ざり合った、優しく深い香りが漂っている。
5種類の肉団子を美しく盛り付けた大皿を横に置く。照りのある飴色で統一された団子たちは、まるで宝石のよう。
「これは...」
MR.ハウスマスターが興味深そうに覗き込む。
「つくね鍋ですが、ちょっとしたゲーム要素を加えました」
私は説明する。
「5種類の肉団子、それぞれ違う食材で作ってあります。でも、どれがどれかは食べてみないと分からない」
そして、にやりと笑った。
「ハウスマスター、あなたも一緒に食べましょう。ギャンブラーなら、自分が食べるつくねがどの肉か、賭けてみては?」
MR.ハウスマスターのホログラムが、初めて本気の笑みを浮かべた。
「面白い...いいでしょう、その勝負、受けて立ちます」
---
最初に白菜の軸を鍋に入れる。シャキッとした音と共に、野菜の甘い香りが加わる。
「まず野菜で鍋のベースを作るの」
続いて豆腐、えのき。ぐつぐつと煮立つ音が、食欲をそそる。
「では、最初の一個」
MR.ハウスマスターが箸で一つを選ぶ。つるりとした表面は、昆布出汁の照りで美しく光っている。
「見た目では全く分からない...これは普通の挽き肉だと予想します」
熱々の団子を一口かじる。湯気と共に、肉汁が溢れ出す。
「熱っ...!」
慌てて息を吹きかけるMR.ハウスマスター。
「でも、これは...ドラゴンの心臓!」
噛んだ瞬間、まず昆布出汁の旨味が広がり、次に生姜の爽やかな辛味。そして奥から、ドラゴン特有の野性的で力強い肉の味が追いかけてくる。
「最初は出汁の優しさ、でも噛めば噛むほど肉の個性が...そして最後に八角のかすかな甘い香りが鼻を抜ける」
MR.ハウスマスターが目を輝かせる。
「これは楽しい! 次は...」
二つ目を鍋に入れる。ぷかぷかと浮かぶ団子が、出汁を吸ってさらに美味しそうに。
「今度こそ普通の挽き肉...いや、違う!」
古代魚の卵入りだった。噛むとプチプチと卵が弾け、磯の香りが口いっぱいに広がる。山椒のピリッとした刺激が後から追いかけ、柚子の爽やかさが全体をまとめる。
「食感の変化が素晴らしい。プチプチ、もちもち、そしてジューシー」
三つ目は怪鳥の肉。ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、しっかりとした肉の歯ごたえ。でも、豚の脂のおかげでパサつきは全くない。
「ハーブと野鳥の相性が完璧だ」
エリアナも参加し始めた。
「私はこれ! ...わ、すごく濃厚!」
Sランク豚の団子を当てたようだ。にんにくの香ばしさと黒胡椒のパンチ、そして豚肉の甘い脂が絶妙にマッチしている。
「でも、しつこくない。不思議」
「それは昆布出汁のおかげよ」
私が説明する。
「グルタミン酸が肉の旨味と相乗効果を起こして、より深い味わいになるの。でも同時に、後味をさっぱりさせる効果もある」
最後の普通の挽き肉も、決して他に劣らない。
「これは...なんて優しい味だ」
チココが感動したように呟く。
「玉ねぎと人参の甘み、そして肉の素朴な旨味。高級食材の刺激的な味の後だと、ほっとする」
「そうなの」
私は嬉しそうに説明する。
「全部が高級食材だと舌が疲れる。普通の食材があることで、味覚がリセットされて、また次の高級食材を新鮮に楽しめる」
さらに面白いのは、複数の団子を一緒に食べた時。
「ドラゴンと普通の挽き肉を一緒に食べると...」
MR.ハウスマスターが実験的に試す。
「野性味と家庭的な味が混ざって、まるで新しい料理みたい」
「古代魚の卵と怪鳥の組み合わせも面白いですよ」
エリアナが発見する。
「山椒とハーブが意外に合う!」
鍋の中では、野菜たちも良い具合に煮えている。肉団子から出た様々な旨味を吸った白菜は、噛むとジュワッと肉汁があふれ出す。
「この白菜、5種類の肉の味が全部する!」
クルーシブも金塊アクセサリーを外して、真剣に食べ始めた。
「豆腐も...すごい、スポンジみたいに旨味を吸ってる」
土鍋を囲んで、皆が夢中で食べている。どの団子が出るか分からないドキドキ感、そして必ず美味しいという安心感。
「もう一回ドラゴンを...あ、これは豚だ」
「次こそ古代魚...やった!」
まるで宝探しをしているような楽しさ。
しばらくして、MR.ハウスマスターが箸を置いた。
「...完敗です」
彼の表情は、心から満足したものだった。
「高級食材の主張を殺さず、しかし協調させる。見た目で区別をつけなくすることで、先入観なく味わえる。そして何より...」
彼は土鍋を見つめる。
「これは楽しい。食事が、エンターテインメントになっている」
MR.ハウスマスターが指を鳴らすと、一枚のカードが現れた。
「約束通り、マロンの居場所をお教えしましょう。彼女は今、地下街の闇ブローカーのところにいます」
カードには詳細な地図が描かれていた。
「ただし、あそこは危険です。私のスタッフを護衛につけましょう」
イケメンスタッフたちが、すぐに準備を始める。
「ありがとう」
私は素直に礼を言った。
「それと、ムウナ様」
MR.ハウスマスターが付け加える。
「この鍋、もう少し楽しませてもらってもよろしいですか? 久しぶりに、純粋に食事を楽しめました」
「どうぞ。それと...」
私は微笑んだ。
「〆の雑炊も用意してあるわよ。5種類の肉の旨味が全部溶け込んだ出汁で作る雑炊は、格別よ」
「それは楽しみだ」
MR.ハウスマスターが嬉しそうに笑う。
ついに、マロンに会える。息子に会える日が、もうすぐそこまで来ている。
でも今は、この楽しい食事の時間を、皆で味わいたい。
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。
黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた!
「この力があれば、家族を、この村を救える!」
俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。
「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」
孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。
二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。
優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる