溶鉱炉の復讐者 〜最愛の妻の仇を討つため、私は灰燼の道を進む〜

マロンちゃん

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第15話 決戦への序曲

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# 第15話 決戦への序曲

俺たちは最深部へ向かった。
重い鉄扉を開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。薄暗い部屋の中央で、パールヴァティが退屈そうに壁にもたれかかっている。

「おっそいな、チョコクッキー」
パールヴァティが肩をすくめた。その仕草には、いつもの余裕と少しの苛立ちが混じっている。

「もう全部終わっちゃったよ」

床には都市連合の特級エージェントたちの死体が転がっている。
皆、一撃で急所を貫かれていた。首筋、心臓、延髄。それぞれが即死するポイントを、寸分の狂いもなく突かれている。血溜まりが、蛍光灯の光を鈍く反射していた。

「あいつら、自分たちが最強だと思ってたみたいだけど」
パールヴァティは死体を足で小突く。革靴の先が、死体の頬を無造作に蹴った。

「瞬殺だったわ」

彼女の服には返り血一つ付いていない。相手に反撃の隙すら与えなかったということだ。

彼女は重要そうな書類を掲げた。
機密文書の赤いスタンプが、はっきりと見える。

「これで任務完了。ボリスの奴、もっと貢がせないとな」

書類をアイテムボックスにしまいながら、彼女は満足げに微笑んだ。

「クッキー」
俺は静かに言った。声を低く、感情を押し殺して。

「先に外で待っていてくれ」

「え?でも...」
クッキーが不安そうに俺とパールヴァティを交互に見る。大きな瞳が、心配で揺れている。

何かを察したのか、彼の表情が曇った。

「大丈夫だ。少し話があるだけだ」
俺の声音に何かを感じ取ったのか、クッキーは渋々部屋を出て行った。

「じゃあ、僕は外で待ってるね...」

扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

静寂が部屋を支配する。
死体の血が、ゆっくりと床を伝って広がっていく音だけが聞こえる。

パールヴァティが眉を上げた。
「なんだよ、改まって。告白でもするつもり?」

彼女は冗談めかして言ったが、その目は笑っていない。
俺の異変に気づいているのだろう。

「ボリスからの非公式依頼...他の騎士団員は誰もこの場所を知らないんだったな」

俺はゆっくりと歩き始めた。靴音が、規則的に響く。

パールヴァティの表情が変わった。
警戒心が目に宿る。体重が僅かに前傾し、いつでも動ける体勢に移行している。

「...何が言いたい?」

彼女の声には、刃物のような鋭さが含まれていた。

「ここで何が起きても、誰も知らないということだ」

俺の体から黒い霧が立ち上り始めた。
妖精の力が、抑えきれずに漏れ出していく。床に触れた霧が、じわじわと広がっていく。

パールヴァティの表情が一変した。
遊びの時間は終わり、本物の殺意が彼女の瞳に宿る。暗殺者としての本性が、仮面の下から顔を出した。

「本気で私とやり合うつもりか」

彼女の声は静かだが、その中には刃のような鋭さがあった。
一瞬で間合いを詰められる距離。彼女の筋肉が、微かに震えている。

「ああ。お前を倒して、次はボリス。そしてチココだ」

俺の宣戦布告に、パールヴァティは深いため息をついた。
それは呆れと、僅かな悲しみが混じった吐息だった。

「やれやれ、本当に面倒くさいやつだな」

次の瞬間、彼女の姿が消えた。
いや、消えたのではない。人間の目では追えないほどの速度で動いているのだ。

空気が切り裂かれる音。
殺気が、首筋に向かって迫る。

俺の首筋に冷たい感触が走った。
触手が自動的に防御に入るが、一瞬遅い。短剣の切っ先が皮膚を掠め、血が滲む。熱い痛みが、首筋を走った。

「遅い」

声は背後から聞こえた。
もう移動している。まるで瞬間移動のような速さだ。

振り返る前に、脇腹に衝撃が走る。
パールヴァティの蹴りが俺の肋骨に食い込んだ。内臓が圧迫され、息が詰まる。

俺は吹き飛ばされ、壁に激突する。
コンクリートにひびが入り、埃が舞い上がった。

だが、妖精の力ですぐに体勢を立て直した。
傷は既に塞がり始めている。

「なるほど、確かに頑丈になってるな」
パールヴァティは短剣をくるくると回しながら言った。刃が照明を反射して、銀光を放つ。

「でも、当たらなければ意味がない」

彼女が再び消える。
今度は真上からの攻撃だった。天井を蹴って、重力を味方につけた一撃。

俺は触手を傘のように展開して防御する。
短剣と触手がぶつかり合い、火花が散る。金属と何か別のものがぶつかる、異質な音が響いた。

しかし、それは陽動だった。
本命は横からの蹴り。俺の膝を正確に狙ってくる。

関節への的確な攻撃。さすがは暗殺者だ。

「ぐっ...!」

バランスを崩した俺に、追撃の短剣が襲いかかる。
銀光が、複雑な軌道を描いて迫る。

俺は床を転がって回避し、同時に光線を放った。
暗赤色の光が空間を切り裂くが、パールヴァティは既にそこにいない。

「無駄撃ちが多いな」
今度は斜め後ろから声がした。彼女は部屋中を縦横無尽に移動している。

「そんなんじゃ私には当たらないよ」

俺は歯を食いしばった。
確かに速い。圧倒的に速い。
触手の防御すら間に合わないほどの、神速の動き。

『落ち着いて』
エリアナの声が響く。冷静さを保とうとする、理性的な声。
『パターンを読むのよ。必ず癖があるはず』

俺は防御に徹しながら、パールヴァティの動きを観察した。
左、右、上、後ろ...
確かにランダムに見えるが、微妙な傾向がある。彼女は右回りを好み、着地点は必ず死角を選ぶ。

「そろそろ慣れてきたか?」
パールヴァティが楽しそうに言った。戦闘を楽しんでいる。

「じゃあ、ギアを上げるよ」

彼女の速度が更に上がった。
もはや残像すら見えない。風圧だけが、彼女の軌跡を物語る。

俺の体のあちこちに切り傷が増えていく。
触手の防御が間に合わない。服が切り裂かれ、血が飛び散る。

「どうした?もう終わりか?」
パールヴァティの声があちこちから聞こえる。
まるで分身しているかのようだ。音が、壁に反響して方向感覚を狂わせる。

俺は苛立ちを抑えながら、全方位に触手を展開した。
部屋中を触手で埋め尽くし、彼女の動きを制限しようとする。黒い触手が、まるで森のように乱立する。

「なるほど、面積で勝負か」
パールヴァティは感心したように言った。

「でも、甘いな」

彼女は触手の隙間を縫うように移動する。
まるで水が岩の間を流れるように、最小限の動きで触手を回避していく。体をくねらせ、時には触手を踏み台にして跳躍する。

そして、俺の懐に潜り込んできた。
防御の内側、最も無防備な場所へ。

「終わりだ」

短剣が俺の心臓を狙う。
銀色の切っ先が、致命的な一撃を放とうとしている。

だが、俺は笑った。
唇の端が、不敵に吊り上がる。

「罠にかかったな」

俺の胸から黒い霧が噴出し、パールヴァティを包み込む。
妖精の瘴気だ。触れた者を内側から侵食する、死の霧。

「なっ...!」

パールヴァティは慌てて後退しようとするが、霧は彼女にまとわりつく。
粘着質な霧が、彼女の動きを阻害する。

「少しは大人しくなったか?」

俺は霧の中のパールヴァティに向けて光線を放った。
必殺の一撃。これで決着がつくはずだった。

しかし、次の瞬間、霧が切り裂かれた。

パールヴァティが短剣を振るい、瘴気を文字通り切り開いたのだ。
霧が真っ二つに割れ、彼女の姿が現れる。

「アノマリーの力に頼りすぎだよ」
彼女は涼しい顔で言った。額に汗一つかいていない。

「私のレベルなら、この程度の瘴気は物理的に切れる」

なんという技量だ。
瘴気を剣技で切り裂くなど、常識を超えている。
さすがはロイヤルパラディン。その称号は伊達ではない。

「そろそろ本気を出さないと、死ぬよ?」

パールヴァティが構えを変えた。
重心を低く、短剣を逆手に持つ。本気の構えだ。

今度は正面から突っ込んでくる。
短剣を逆手に持ち、低い姿勢で滑るように接近。まるで地を這う蛇のような動き。

俺は触手で迎撃しようとするが、彼女は触手を踏み台にして跳躍した。
空中で体を捻り、俺の死角から短剣を振り下ろす。アクロバティックな動きだが、一切の無駄がない。

間一髪、俺は横に転がって回避。
床に短剣が突き刺さり、石の床に亀裂が走った。コンクリートが、まるで豆腐のように切り裂かれる。

「避けるだけじゃ勝てないぞ」
パールヴァティは短剣を引き抜きながら言った。

彼女の目は、獲物を狩る肉食獣のように鋭い。

俺は立ち上がりながら、両手から同時に光線を放つ。
十字砲火でパールヴァティを狙う。左右から迫る破壊の光。

だが、彼女は信じられない動きを見せた。
光線と光線の間、わずか数センチの隙間に体を滑り込ませたのだ。
まるで、体が液体のように変形したかのような柔軟性。

「こんなもんか」

失望したような声と共に、パールヴァティの膝が俺の顎を捉えた。
顎が跳ね上がり、視界が揺れる。

俺の体が浮き上がる。
追撃の回し蹴りが脇腹に突き刺さり、俺は再び壁に叩きつけられた。

今度は壁を突き破り、隣の部屋まで吹き飛ばされる。

「ぐあっ...!」

肋骨が何本か折れた感触がある。
肺に血が溜まり、呼吸が苦しい。

『クルーシブ!しっかりして!』
エリアナの声が焦りを含んでいる。彼女の不安が、俺の意識を繋ぎ止める。

「はあ...はあ...」

俺は瓦礫の中から立ち上がった。
妖精の力で傷は徐々に回復していくが、ダメージは蓄積している。

「タフだな」
パールヴァティが壊れた壁から入ってきて、感心したように言った。

「普通なら、もう戦闘不能なんだけど」

彼女は懐に手を入れた。
そして、取り出したのは...

「これ、知ってる?」

パールヴァティの手には、黒い鉄球がいくつか握られていた。
表面には複雑な紋様が刻まれている。聖なる力を封じ込めた、特殊な武器。

『あれは...!』
エリアナの声が警戒心に満ちる。

「特製の対アノマリーグレネードさ」
パールヴァティが鉄球を弄びながら説明する。

「チココ団長や高位聖職者たちの魔力がたっぷり込められてる。アノマリーには特効があるんだ」

俺の背筋に冷たいものが走った。
チココの魔力...それは俺にとって最悪の相性だ。

「さて、どうする?」
パールヴァティが鉄球を構えた。殺意が、彼女の全身から放射される。

「降伏するなら、今のうちだよ?」

だが、俺は降伏する気など毛頭なかった。
むしろ、ある邪悪な考えが頭をもたげていた。

俺は答える代わりに、ある行動に出た。
床に手を突き、妖精の力を解放する。

黒い魔法陣が床に広がっていく。

「召喚か?無駄だよ」
パールヴァティが鼻で笑う。

だが、次の瞬間、彼女の表情が凍りついた。
床から現れたのは、アノマリーではなかった。

「えっ...?」

震える声が、小さく響いた。

「た、助けて...」

奴隷の少女たちだった。
12人全員が、恐怖に震えながら現れた。首輪が光り、彼女たちは俺の命令に逆らえない。

俺のアイテムボックスから、強制的に召喚されたのだ。

「てめぇ...!」
パールヴァティの声に怒りが宿る。彼女の顔が、怒りで真っ赤に染まった。

『上手いわ、クルーシブ』
エリアナが満足げに言う。
『彼女は偽善者。子供は見捨てられない』

俺は少女たちの後ろに回り込んだ。
人間の盾。最も卑劣で、最も効果的な戦術。

「さあ、グレネードを使ってみろ」

俺の挑発に、パールヴァティは歯を食いしばった。
奥歯を噛む音が、ここまで聞こえてきそうなほど。

「最低だな、お前...」

その声には、純粋な怒りと軽蔑が込められていた。

「戦いに綺麗事は不要だ」

俺は少女の一人の首に触手を巻きつけた。
細い首が、黒い触手で締め上げられる。

少女が小さく悲鳴を上げる。
「や、やめて...」

涙が頬を伝い、床に落ちた。
ポタポタという音が、静寂の中で響く。

パールヴァティの手が震えている。
怒りで、全身が小刻みに震えている。鉄球を握る手が、白くなるほど強く握られている。
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