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第一話
プロローグ
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森が騒いでいる。
風で木々がざわめく音は、そう称するのが相応しかった。ざわざわ、ざわざわと。騒いでいる。
周囲を闇が覆い始める時刻、一人の少女が自転車を漕いでいた。
緩やかな傾斜の道路の右手には、鬱蒼と茂る森。左手にはガードレール越しに町並みが見下ろせる。
少女は趣味の写真撮影のために、カメラを片手に郊外の森まで足を運び、ちょうど今し方、撮影を終えて帰るところだった。ストラップを付け、首にぶら下げたデジカメには、今日の成果が詰まっている。
いい写真が取れたという満足感に満たされていた少女は、不意に自転車を漕ぐ足を緩め、ブレーキをかけた。
この時間帯、この道にあまり車は通らない。人通りもまた少ない。いつもなら町の入り口あたりまで、誰ともすれ違わないことの方が多いのだが、今日は珍しく人がいた。
着物を着た女性が、道の端に蹲っている。
何か困ったことでもあったのだろうか、と少女は思った。
足でも挫いたのか、それとも気分が悪くなって動けないのか。もしそうなのだとしたら放っておけない。自他共に認めるお節介焼きの少女は、自転車から降り、女性に問いかけた。
「どうしたんですか?」
返事はない。もしかしたら答える余裕がないのかもしれないと思い、女性の傍にしゃがみ、もう一度尋ねようとした少女の耳に、
「…………は……しい」
か細い声が途切れ途切れに聞こえてきた。それは質問の答えではなく、独り言を呟くような調子だった。女性の言葉を聞き取ろうと耳をそばだてると、
「独りは寒い。独りは痛い。独りは悲しい。独りは恐ろしい。独りは……」
しきりに独りは、独りは、と繰り返している。顔を両手で押さえて延々と呟く様子を見て、少女は、この女性に何かよほど悲しいことがあったのだろうと感じた。
「……だから……」
唐突に、女性の声色が変わった。弱々しい声から一転して、硬く冷たい声へと。ゆらりと立ち上がり、少女を見下ろす。
意識を失う前に少女が見たのは、女性の顔の上半分を隠す狐の面と、妖しく艶めく赤い唇。
――――お前の身体を寄越せ――――
品の良い唇が吊り上がり、笑みの形を作った。
はっと目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
道端の木に寄りかかって眠っていたらしい。ぼーっとする頭を振って立ち上がるも、まだ意識がふわふわと宙に浮いているような感じがする。
上手く働いてくれない頭で少女は考える。
「あれ? なんで……」
なんで自分はこんなところで眠ってたんだろう?
思い出せない。しばらく突っ立ったまま考え込んでも、やはり分からない。
「そうだ……。とにかく、帰らないと」
とりあえず疑問を脇に置いておくことにした少女は、緩慢な動作ですぐそこにあった自転車に跨った。相変わらず人気のない道を、彼女はゆっくりと下っていく。
愛用のカメラが首にかかっていないことに、彼女が気付くことはなかった。
風で木々がざわめく音は、そう称するのが相応しかった。ざわざわ、ざわざわと。騒いでいる。
周囲を闇が覆い始める時刻、一人の少女が自転車を漕いでいた。
緩やかな傾斜の道路の右手には、鬱蒼と茂る森。左手にはガードレール越しに町並みが見下ろせる。
少女は趣味の写真撮影のために、カメラを片手に郊外の森まで足を運び、ちょうど今し方、撮影を終えて帰るところだった。ストラップを付け、首にぶら下げたデジカメには、今日の成果が詰まっている。
いい写真が取れたという満足感に満たされていた少女は、不意に自転車を漕ぐ足を緩め、ブレーキをかけた。
この時間帯、この道にあまり車は通らない。人通りもまた少ない。いつもなら町の入り口あたりまで、誰ともすれ違わないことの方が多いのだが、今日は珍しく人がいた。
着物を着た女性が、道の端に蹲っている。
何か困ったことでもあったのだろうか、と少女は思った。
足でも挫いたのか、それとも気分が悪くなって動けないのか。もしそうなのだとしたら放っておけない。自他共に認めるお節介焼きの少女は、自転車から降り、女性に問いかけた。
「どうしたんですか?」
返事はない。もしかしたら答える余裕がないのかもしれないと思い、女性の傍にしゃがみ、もう一度尋ねようとした少女の耳に、
「…………は……しい」
か細い声が途切れ途切れに聞こえてきた。それは質問の答えではなく、独り言を呟くような調子だった。女性の言葉を聞き取ろうと耳をそばだてると、
「独りは寒い。独りは痛い。独りは悲しい。独りは恐ろしい。独りは……」
しきりに独りは、独りは、と繰り返している。顔を両手で押さえて延々と呟く様子を見て、少女は、この女性に何かよほど悲しいことがあったのだろうと感じた。
「……だから……」
唐突に、女性の声色が変わった。弱々しい声から一転して、硬く冷たい声へと。ゆらりと立ち上がり、少女を見下ろす。
意識を失う前に少女が見たのは、女性の顔の上半分を隠す狐の面と、妖しく艶めく赤い唇。
――――お前の身体を寄越せ――――
品の良い唇が吊り上がり、笑みの形を作った。
はっと目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
道端の木に寄りかかって眠っていたらしい。ぼーっとする頭を振って立ち上がるも、まだ意識がふわふわと宙に浮いているような感じがする。
上手く働いてくれない頭で少女は考える。
「あれ? なんで……」
なんで自分はこんなところで眠ってたんだろう?
思い出せない。しばらく突っ立ったまま考え込んでも、やはり分からない。
「そうだ……。とにかく、帰らないと」
とりあえず疑問を脇に置いておくことにした少女は、緩慢な動作ですぐそこにあった自転車に跨った。相変わらず人気のない道を、彼女はゆっくりと下っていく。
愛用のカメラが首にかかっていないことに、彼女が気付くことはなかった。
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