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第一話
4.先人の知識と文明の利器
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彰の表情はいまいち優れなかった。
色々なことが気にかかって落ち着かないのだ。あの時は二宮が放つ、溢れんばかりの自信に呑まれて了承したが、彼と別れて時間が経つにつれ、不安がむくむくと頭をもたげてきた。
確かに二宮には何か特別な力があるのだろう。それは実際にこの目で見たので疑う余地はない。しかし、特別な力があるからといって、確実に問題を解決できるとは限らないのだ。
彰は自分と同い年の二宮が超常現象じみた問題を一人でどうにかできるのか、甚だ疑問だった。
そもそも狐憑きとはどういうものなのか。それすら知らない彰には二宮の判断が正しいのかどうかも分からない。
「う~ん……」
ならば調べてみようと思って訪れたのが集合場所から一番近いところにある図書館だった。
しんと静まり返っている図書館の書棚から、それらしき本を何冊か手に取ってぱらぱらとめくって見るものの、どの本もちらっと話題に出てくるだけで詳しい情報は載っていない。
「う~ん……」
席に付かず、あれこれと手を出してうんうん唸っている彰を、他の利用客は『何をそんなに悩んでるんだろうこの人』的な目でちらちら見ながら通り過ぎていく。本を書棚に戻した彰は、一歩下がって書棚をざっと見回した後、よしとひとつ頷いて左右を書棚に挟まれた貸し出しスペースから出た。
学校の図書室より遥かに広いこの図書館は、書棚がドミノ倒しのドミノのように並べられた貸し出しスペースと、書棚から持ってきた本を座って読むための長い机が置いてある読書スペースに分けられている。
彰は読書スペースの隅、壁際にぽつんと一つだけ隔離されている机に向かい、キャスター付きのイスを引いて腰掛けた。
この図書館には一台だけ、インターネットに繋げるパソコンが設置されている。一つの事柄をピンポイントに手早く調べるなら、インターネットの方がいいと彰は考えたのだった。
メインページに設定してある検索エンジンに、狐憑きと打ち込んで検索。ずらっと表示されたサイトから適当なものを選んでページを開く。彰は真剣な表情でそれを何度も繰り返していった。
「ただいま」
「ん? ああ、おかえり」
家に帰った智久は、父親の眠たげな声に出迎えられた。畳の敷かれた居間で、ポロシャツにスラックスという格好の智久の父親、俊也は、座布団を丸めて枕にしてテレビを見ていた。
畳から半身を起こした俊也は、眠たげな瞳で息子を見、
「遅かったな。昼飯は冷蔵庫に入れてあるぞ」
と言って木造りのテーブルに置かれた器から、饅頭をひとつ手に取った。
「ああ、ごめん、もう昼は食べたんだ。母さんは?」
「買い物にいったよ。……母さんに用事か?」
言葉の合間に饅頭を一口齧った俊也は、開いた方の手で饅頭をもうひとつ掴んで、言葉と一緒に智久に差し出した。
「ううん、そうじゃないよ。あ、そうだ、父さん。白札、まだ残ってる?」
差し出された饅頭を、首を振って断った智久は、ついでとばかりに尋ねた。
「白札か。この前けっこう使ったから、父さんが今書いて補充してるんじゃないかな」
「ふうん。おじいちゃんは自分の部屋?」
「たぶんそうだろう。これから妖怪退治か、智久?」
もくもくと饅頭を咀嚼しながら、俊也はごく当たり前のことのように言った。
「まあ、そんなとこ。もしかしたら夕飯におくれるかも」
「ふむ、そうか。じゃあ、母さんに伝えておくよ。気をつけてな」
うん、ありがとう、と礼を言い、智久は廊下に出た。板張りの廊下を歩いて祖父の部屋を目指す。
しばらく歩くと、縁側で本を読んでいる祖父、万作の姿が見えた。
「おじいちゃん」
「おお、智久か。どうした?」
呼びかけられた万作は本から視線を外し、智久を見た。眼鏡の奥の目が、笑顔とともに細められる。
「白札が二十枚ほど必要なんだけど、もう出来上がってる?」
「出来とるよ。ほら、あそこに置いてある」
万作は自身の後ろの和室を顎で示した。見ると、和室の真ん中に据えられた漆塗りの机の上に、筆や文鎮とともに白い紙が積まれている。
「今度は、何を相手にするんじゃ?」
必要な分の札を取って戻ってきた智久に、湯呑みの茶を啜りながら万作は訊いた。
「クラスメイトに狐が憑いてるみたい。今から行って、ちょっと祓ってくるよ」
「ほぉ、狐憑きとはまた珍しい。化け狐なんぞ、コンクリートやら鉄やらを嫌って、最近は人里に現れんもんだと思っとったが……」
本に目を落としていた万作が、意外な答えを聞いたとばかりに顔を上げた。
「おお、そうじゃ。化け狐といえば、こんな話が――」
「その話、長くなりそう? 人を待たせてるから、あんまり長い話は聞いてられないんだけど」
長話の予感を感じ取った智久は、先手を取って釘を差す。万作はそれに特に気分を害した様子もなく、
「そう時間はかからん。三十分で済むから、ま、聞いていきなさい」
と縁側の床をぽんぽんと叩いた。
まあ、三十分程度なら、時間には間に合うだろう。そう思った智久は縁側に腰を下ろし、祖父の話を聞くことにした。
「ありゃあ、この町がまだ村だった頃の話でな……」
黙々と並べられた情報を詰め込む作業を終えると、彰はイスの背もたれに寄りかかって情報を整理し始めた。
調べた狐憑きの症状の中で特徴的なものが、女性に多い、犬を怖がる、揚げ物を好む、というもの。話に聞いた菜央の症状とこの三つは合致する。
「でもなぁ……」
狐憑きは精神病の一種ではないか、という意見も書いてあった。常識的に考えればそっちの方が現実味があるのだが、菜央をそこまで追い詰める何かがあったとは思えない。
塞ぎ込んで部屋から出ないなんて、よっぽどのことがあったに違いないのに、先週の菜央にそれらしい兆候はなかった。
(やっぱり二宮の言う通りなのか?)
正直に言って未だに半信半疑の彰だが、自分から頼んだ以上は二宮のことを信用して任せるべきだ、という考えに落ち着くことにした。
思考を切り上げ時間を確認する。約束の時間が迫っていた。
「そんじゃ、行きますか」
立ち上がって伸びをした彰は、力の抜けた声を出して出口へと向かった。
色々なことが気にかかって落ち着かないのだ。あの時は二宮が放つ、溢れんばかりの自信に呑まれて了承したが、彼と別れて時間が経つにつれ、不安がむくむくと頭をもたげてきた。
確かに二宮には何か特別な力があるのだろう。それは実際にこの目で見たので疑う余地はない。しかし、特別な力があるからといって、確実に問題を解決できるとは限らないのだ。
彰は自分と同い年の二宮が超常現象じみた問題を一人でどうにかできるのか、甚だ疑問だった。
そもそも狐憑きとはどういうものなのか。それすら知らない彰には二宮の判断が正しいのかどうかも分からない。
「う~ん……」
ならば調べてみようと思って訪れたのが集合場所から一番近いところにある図書館だった。
しんと静まり返っている図書館の書棚から、それらしき本を何冊か手に取ってぱらぱらとめくって見るものの、どの本もちらっと話題に出てくるだけで詳しい情報は載っていない。
「う~ん……」
席に付かず、あれこれと手を出してうんうん唸っている彰を、他の利用客は『何をそんなに悩んでるんだろうこの人』的な目でちらちら見ながら通り過ぎていく。本を書棚に戻した彰は、一歩下がって書棚をざっと見回した後、よしとひとつ頷いて左右を書棚に挟まれた貸し出しスペースから出た。
学校の図書室より遥かに広いこの図書館は、書棚がドミノ倒しのドミノのように並べられた貸し出しスペースと、書棚から持ってきた本を座って読むための長い机が置いてある読書スペースに分けられている。
彰は読書スペースの隅、壁際にぽつんと一つだけ隔離されている机に向かい、キャスター付きのイスを引いて腰掛けた。
この図書館には一台だけ、インターネットに繋げるパソコンが設置されている。一つの事柄をピンポイントに手早く調べるなら、インターネットの方がいいと彰は考えたのだった。
メインページに設定してある検索エンジンに、狐憑きと打ち込んで検索。ずらっと表示されたサイトから適当なものを選んでページを開く。彰は真剣な表情でそれを何度も繰り返していった。
「ただいま」
「ん? ああ、おかえり」
家に帰った智久は、父親の眠たげな声に出迎えられた。畳の敷かれた居間で、ポロシャツにスラックスという格好の智久の父親、俊也は、座布団を丸めて枕にしてテレビを見ていた。
畳から半身を起こした俊也は、眠たげな瞳で息子を見、
「遅かったな。昼飯は冷蔵庫に入れてあるぞ」
と言って木造りのテーブルに置かれた器から、饅頭をひとつ手に取った。
「ああ、ごめん、もう昼は食べたんだ。母さんは?」
「買い物にいったよ。……母さんに用事か?」
言葉の合間に饅頭を一口齧った俊也は、開いた方の手で饅頭をもうひとつ掴んで、言葉と一緒に智久に差し出した。
「ううん、そうじゃないよ。あ、そうだ、父さん。白札、まだ残ってる?」
差し出された饅頭を、首を振って断った智久は、ついでとばかりに尋ねた。
「白札か。この前けっこう使ったから、父さんが今書いて補充してるんじゃないかな」
「ふうん。おじいちゃんは自分の部屋?」
「たぶんそうだろう。これから妖怪退治か、智久?」
もくもくと饅頭を咀嚼しながら、俊也はごく当たり前のことのように言った。
「まあ、そんなとこ。もしかしたら夕飯におくれるかも」
「ふむ、そうか。じゃあ、母さんに伝えておくよ。気をつけてな」
うん、ありがとう、と礼を言い、智久は廊下に出た。板張りの廊下を歩いて祖父の部屋を目指す。
しばらく歩くと、縁側で本を読んでいる祖父、万作の姿が見えた。
「おじいちゃん」
「おお、智久か。どうした?」
呼びかけられた万作は本から視線を外し、智久を見た。眼鏡の奥の目が、笑顔とともに細められる。
「白札が二十枚ほど必要なんだけど、もう出来上がってる?」
「出来とるよ。ほら、あそこに置いてある」
万作は自身の後ろの和室を顎で示した。見ると、和室の真ん中に据えられた漆塗りの机の上に、筆や文鎮とともに白い紙が積まれている。
「今度は、何を相手にするんじゃ?」
必要な分の札を取って戻ってきた智久に、湯呑みの茶を啜りながら万作は訊いた。
「クラスメイトに狐が憑いてるみたい。今から行って、ちょっと祓ってくるよ」
「ほぉ、狐憑きとはまた珍しい。化け狐なんぞ、コンクリートやら鉄やらを嫌って、最近は人里に現れんもんだと思っとったが……」
本に目を落としていた万作が、意外な答えを聞いたとばかりに顔を上げた。
「おお、そうじゃ。化け狐といえば、こんな話が――」
「その話、長くなりそう? 人を待たせてるから、あんまり長い話は聞いてられないんだけど」
長話の予感を感じ取った智久は、先手を取って釘を差す。万作はそれに特に気分を害した様子もなく、
「そう時間はかからん。三十分で済むから、ま、聞いていきなさい」
と縁側の床をぽんぽんと叩いた。
まあ、三十分程度なら、時間には間に合うだろう。そう思った智久は縁側に腰を下ろし、祖父の話を聞くことにした。
「ありゃあ、この町がまだ村だった頃の話でな……」
黙々と並べられた情報を詰め込む作業を終えると、彰はイスの背もたれに寄りかかって情報を整理し始めた。
調べた狐憑きの症状の中で特徴的なものが、女性に多い、犬を怖がる、揚げ物を好む、というもの。話に聞いた菜央の症状とこの三つは合致する。
「でもなぁ……」
狐憑きは精神病の一種ではないか、という意見も書いてあった。常識的に考えればそっちの方が現実味があるのだが、菜央をそこまで追い詰める何かがあったとは思えない。
塞ぎ込んで部屋から出ないなんて、よっぽどのことがあったに違いないのに、先週の菜央にそれらしい兆候はなかった。
(やっぱり二宮の言う通りなのか?)
正直に言って未だに半信半疑の彰だが、自分から頼んだ以上は二宮のことを信用して任せるべきだ、という考えに落ち着くことにした。
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「そんじゃ、行きますか」
立ち上がって伸びをした彰は、力の抜けた声を出して出口へと向かった。
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