気ままに陰陽師!

海月大和

文字の大きさ
10 / 25
第一話

9.油断、慢心、出し惜しみ

しおりを挟む
 
 時間にすれば一分にも満たなかったと思う。まばたきすることすら憚られる膠着状態は、唐突に終わりを迎えた。

 急に辺りの闇が濃さを増し、視界が悪くなる。何本かの蝋燭の火が消えたためだと彰が理解したときには、既に攻撃が始まっていた。

 蝋燭に意識が向いた一瞬を狙い、狐たちは放たれた矢のごとき速さと鋭さで二宮へ突進した。ジグザグな軌跡を描いて、絡み合うように目まぐるしく動きながら距離を詰めてくる二匹の狐。

 単純な速さよりも、軌道の読みにくさの方が厄介だ。こういう場合、焦って手を出すと隙が生まれるもの。二宮の前方を守っていた与一は、前傾姿勢を保ちつつ、狐が懐に飛び込んでくるのを待っていた。標的に牙を向く瞬間もまた狙うべき隙であると理解しているのだろう。

 上下二段から躍り掛かる二匹の狐を迎撃するべく、与一の体が僅かに沈み込んだとき、暗闇を切り裂いて左右後方から狐が飛び出した。

 複数を相手取る場合は、同時に仕掛けられたときより、タイミングをほんの少しずらして攻撃されたときの方が対応しにくい。タイミングが同じなら、どれか一つを突破すれば残りの攻撃をかわすことにもなる。

 問題となるのは手数の多さ、そして攻撃から次の攻撃までのタイムラグの短さなのだから。

 その点で考えると、狐たちの仕掛け方はベストだった。普通ならばタイミングを外されたことで意識が逸れ、対応が遅れるに違いない。ただ、与一と小次郎太にとってはその程度の遅れなど、その比類なき瞬発力をもってすれば十分にカバーできる誤差であった。

 前方の二匹は与一、後方の二匹は小次郎太が瞬時に撃破した。胴体を真っ二つにされた四匹の狐は断末魔を上げることさえ出来ずに消えていく。

 放たれた獣は全部で六匹。これで四匹が無力化された。残る二匹はというと。

「上だ!」

 二宮の頭上にいた。彰がそれに最も早く気付いたのは、ひとえに離れた場所で戦いを見ていたためだった。二宮たちは彰の声が耳に届く前に、気配を察して頭上を振り仰ぐ。

 与一と小次郎太が即座に迎撃するが、彼らの瞬発力をもってしても、頭上から襲い掛かる二匹に手傷を追わせるのみに留まった。

 白玲の顔が喜色に染まる。真に彼女が狙った瞬間はここだったのだ。厄介な攻撃を退けた直後の気の緩み。そこを死角から突き、仕留める。

「……っ!」

 彰に出来たのは、ただ息を呑むことだけだった。

 変化は一瞬。二宮の頭上に薄紫の帯が見えた。かと思うと、団扇で思い切り煽られた蝋燭の火のように、欠片も踏み止まることなく炎の狐は消滅してしまった。

「無駄だって言ったろう」

 右手に淡く光る札を持って、二宮は言う。自身の宣言通り、掠り傷ひとつ負ってはいない。彼は手にした札を無造作に振るっただけで、二匹をまとめて消し飛ばして見せたのだった。

「馬鹿なっ……!」

 衝撃を受けたのは白玲だ。完璧なタイミングで仕掛けた必殺の攻撃をあっさりといなされた。それも羽虫を払うがごとき僅かな力で。驚きのあまり怒りを忘れ、呆然と目の前の結果を見つめている。

 彰はほうと安堵の吐息を漏らした。二宮が噛み殺される。そう思った時は本当に背筋が凍りついた。今も手のひらがじっとりと汗に濡れている。

 意識の定まらない視線を漂わせていた白玲だったが、二宮の余裕に満ちた瞳を見て、ようやく自分の迂闊さに気付いたらしい。

「くっ……!」

 慌てて両腕を振り、再び六つの炎塊を作り出した。敵の前で致命的な隙を見せてしまったことに対する動揺と焦りが、動作と表情によく表れている。

 怒りとはまた違った感情によって険しさの増した目で、二宮をぐっと睨みつける白玲。

「行け!」

 塊のまま真っ直ぐに飛んでくる炎は、全て二宮に着弾する軌道だ。あれに当たったら大怪我どころでは済まない。避けろ。彰はそう考え、二宮へ注目した。

 だが彼は避ける素振りを見せない

 足を動かさない代わりに、右手を持ち上げ、素早く空を切った。札の放つ光が尾を引いて、線を宙に浮かび上がらせる。

 一筆書きで描かれたのは単純な構造の図形、五芒星。その中心に投げ入れられた札は、目に見えない壁に張り付いたかのようにピタリと静止し、弱々しかった光の線が力強さを増した。

 流れるような動作で作り出された輝く星が、六つの炎塊をまとめて受け止め、無効化する。炎の塊が弾けたときの音は、風船が割れた音にそっくりだった。

 攻撃の余韻にため息が重なる。

「いい加減にさ、気付いたらどう? そのままじゃ無理だって」

 気だるそうに言う二宮。白玲は訝しげに目を細めた。

「なんだと?」
「相手の力量も分からないほど馬鹿じゃないんだろう? それとも本当に分かってないのかい? いくらなんでもそんな筈はないよね。もしかして……」

 言葉を止め、悪戯っぽく笑う。

「他人の体に隠れてないと怖くて攻撃もできない、とか?」

 あからさまな二宮の挑発に、返答は無かった。何を言われたのか分からない、といった表情で白玲は固まっている。

 戦闘が始まってから何度目かの沈黙が下りた。だがこれは今までの沈黙とは違う。空気が凍りついた、という表現が正に相応しい。

「……ククッ……」

 くぐもった笑い声が漏れる。音の発生源は俯く白玲の口だ。こういう言い方はおかしいかもしれないが、白玲は何かに取り憑かれたかのように笑い続けた。

 しばしの間、不気味な笑い声がその場を支配する。彰は呆気に取られてその様子を見守った。

「まったく……」

 やっと笑うのを止めたかと思うと、白玲がゆっくりと顔を上げた。

「笑わせてくれる」

 表情は無い。感情がごっそりとこそげ落ちて、気味の悪さだけが残っていた。

「言うに事欠いてワシを臆病者の腰抜けとのたまうか。よう言うた。ようも言うたなこの小童が」

 平坦な口調で喋る白玲の、正確に言うと菜央の体に変化が訪れる。

「なるほどな。確かにお主は手強い。それは認めよう」

 遠目からでも分かった。菜央の身体に重なるように見える、菜央ではない誰か別の人物の姿が。おそらくはあれが白玲の本来の容姿なのだろう。

「ワシはお主を少々見くびっていたらしい」

 白玲の本体が、菜央の身体から抜け出るように宙へ浮かび上がる。白玲がほぼ全身を晒すと同時に、菜央の目から光が消えた。

「そうさな。もう出し惜しみはすまい」

 着物を着た妙齢の女性が空中に浮かんでいた。真っ白な髪を腰まで伸ばし、口元の開いた白い狐の面を被っている。

 彼女は口紅の引かれた薄い唇を、ひどく楽しそうに歪めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...