冷血青年

海月大和

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不穏な気配

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 時刻は昼を過ぎ、日が少し傾いたあたり。マイルズたちと別れ、エルシーとリチャードは徒歩でエルシーの住む村へと向かった。草原の分かれ道を森の方へ入ってしばらく歩くと、視界がひらけ畑が見えてくる。簡素な柵に囲まれたそれらには農作業に従事する人々の姿があった。

「おお、エルシー。帰ってきたんか。そっちの兄さんはどちらさまだい?」

 牛を連れた年配の男がエルシーを見て声を掛けてきた。

「こんにちは、トマスさん。この人はリチャードさん。旅人で私の命の恩人!」
「ほうかほうか。そらもてなしてやらんとな」

 トマスと呼ばれた男はじっとリチャードを見つめ、どこか複雑な表情をしていた。

「私がなにか?」
「……いいや、なんでもないよ。どうかゆっくりしていきなされ」

 取り繕うように笑ったトマスは鋤を肩にかけ、牛を促して森の方へ歩いていく。リチャードは多少のひっかかりを覚え、目を細めてその後ろ姿を見送った。

「リチャードさん? どうかした?」

 エルシーが不思議そうにリチャードの顔を覗き込む。

「いえ、なんでもありません。行きましょう」

 今は気にしても仕方がないと切り替え、リチャードはまた歩き出した。

 畑がある外縁を抜けると、小川にかかった橋の向こうに家々が並ぶ住居部分に入る。村の中心部には立派な井戸が備えられていた。
 エルシーに案内されて家のひとつの前に立つ。藁葺き屋根の、木と石と漆喰で出来た一軒家だ。

「ただいま、お母さん!」
「あらおかえりエルシー」

 エルシーが玄関の戸を開け家にいた女性に声を掛ける。エルシーの母親であろう女性は手仕事をやめ、こちらに歩いてきた。

「そちらの方は?」
「この人はリチャードさん。盗賊に襲われた私を助けてくれたの! お礼にうちに招待したんだよ!」
「まあ、そうなの? はじめまして、リチャードさん。私はエルシーの母でハンナといいます。ありがとうございます。うちの娘がお世話になったようで」

 ハンナがリチャードに向け深々と頭を下げる。

「いえいえ、たいしたことはありません。こちらこそお招きに預かり光栄です」

 頭を上げたハンナはリチャードの答えに表情を緩めた。その瞳には確かに感謝の念が現れていたが、ほんの少し憐れみが含まれていたのをリチャードは見逃さなかった。

「何もない家ですがどうぞ」

 ハンナに促され、リチャードはエルシー家に足を踏み入れる。

「お父さんと兄さんは?」
「お父さんはまだ畑にいるんじゃないかしら? アルは今朝森に狩りに出掛けたわよ。そろそろ戻ってくると思うわ」
「兄さん狩りに行ったの? じゃあ今日はお肉が食べられるんだ。やったね! リチャードさん」

 はしゃぐエルシーをまだ分からないわよと宥めたハンナは居間にリチャードを通し、椅子の背を引いた。

「今お茶を入れますからちょっとお待ちくださいね。エルシー、ちょっとひとっ走りして畑からぶどうを取ってきてくれない?」
「はーい!」

 元気よく返事をして走り出したエルシーは、玄関の手前でなにかを思い出したように立ち止まり、ハンナの元へ戻ってきた。

「お母さん、ちょっといい?」
「なあに? どうしたの?」
「いいから、ちょっと来て。あ、リチャードさんはゆっくりしててね!」

 エルシーはハンナを連れて外へ出ていく。その様子をリチャードは冷えた瞳で見送った。
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