1 / 23
プロローグ
しおりを挟む
男の背中から白い刃が生えていた。胸を貫く白刃がゆっくりと引き抜かれると、男は誰かの名前をかすれた声で呟きその場に伏した。
涙を流し絶命する男の体からは緑色の炎が湧き出し、炙られた全身が灰になっていく。それを見下ろしていた人物、フード付きの黒いコートを着て未だ息を荒げる女はどっかりと脱力するように座り込み、空を見上げる。
一帯を覆う血臭を空気と一緒に吸い込まねばならず、苦しげに顔を歪める。赤い髪、意思の強そうな切れ長の瞳の横には薄いが加齢による皺が見て取れた。
「こんなもん、引退間近のロートルにやらせる仕事じゃねぇだろ……」
憎々しげに吐き捨て、自身の周囲を見渡す女。日も高く昇った昼日中の森の中、彼女の周りには赤く染まった地面や草花、そして六人分の死体が転がっていた。
彼女の仕事は人外狩り。人間に害を成す可能性のある化け物を討伐することだ。ようやく息が整った女は生き残りと合流すべく立ち上がった。
陽の光を克服した吸血鬼、しかも体の一部を硬質化すら出来るとなればまず間違いなく齢は三桁を超すだろう。精鋭を集めた筈の味方も何人生き残ったのやら。壮絶な戦いぶりを見せた吸血鬼の男の姿を思い浮かべ、女は葉巻に火を着けた。
すると、どこからか赤子の鳴き声が聞こえてくる。はっとした女は急いで声の源に近づいた。大樹の根本、虚になっている部分に布にくるまれた赤子がいた。生まれて間もないだろうその赤ん坊はおそらく先程殺した男の子供だ。
殺さなくてはいけない。表情を消した女は手にナイフを持ち、赤子の心臓に狙いを定めた。
『なぜ殺す!』『俺たちは何もしていない!』『まだ子供だぞ!?』『生きていることすら許されないのか!』
二十年近い狩人生活のなか、殺してきた者たちの叫びや嘆きが脳に響く。刃を持つ手が震えた。
「オリヴィエ」
声を掛けられ、彼女、オリヴィエは我に返って振り返る。白髪混じりの短髪の男がこちらに歩いてくるところだった。長い付き合いになる仲間だ。生きていたのか。オリヴィエは安堵した。
「片付いたのか?」
「ああ、生き残りは俺だけだ」
「そうか」
その言葉を聞いてオリヴィエは決心した。
「お前、それ……」
「ああ……」
男が指差すものを見て、彼女は悪戯がバレた子供のような気まずそうな笑みを浮かべる。
「じじいどもには内緒にしてくれよ?」
オリヴィエの懐には未だ泣き止まぬ赤ん坊が抱かれていた。
涙を流し絶命する男の体からは緑色の炎が湧き出し、炙られた全身が灰になっていく。それを見下ろしていた人物、フード付きの黒いコートを着て未だ息を荒げる女はどっかりと脱力するように座り込み、空を見上げる。
一帯を覆う血臭を空気と一緒に吸い込まねばならず、苦しげに顔を歪める。赤い髪、意思の強そうな切れ長の瞳の横には薄いが加齢による皺が見て取れた。
「こんなもん、引退間近のロートルにやらせる仕事じゃねぇだろ……」
憎々しげに吐き捨て、自身の周囲を見渡す女。日も高く昇った昼日中の森の中、彼女の周りには赤く染まった地面や草花、そして六人分の死体が転がっていた。
彼女の仕事は人外狩り。人間に害を成す可能性のある化け物を討伐することだ。ようやく息が整った女は生き残りと合流すべく立ち上がった。
陽の光を克服した吸血鬼、しかも体の一部を硬質化すら出来るとなればまず間違いなく齢は三桁を超すだろう。精鋭を集めた筈の味方も何人生き残ったのやら。壮絶な戦いぶりを見せた吸血鬼の男の姿を思い浮かべ、女は葉巻に火を着けた。
すると、どこからか赤子の鳴き声が聞こえてくる。はっとした女は急いで声の源に近づいた。大樹の根本、虚になっている部分に布にくるまれた赤子がいた。生まれて間もないだろうその赤ん坊はおそらく先程殺した男の子供だ。
殺さなくてはいけない。表情を消した女は手にナイフを持ち、赤子の心臓に狙いを定めた。
『なぜ殺す!』『俺たちは何もしていない!』『まだ子供だぞ!?』『生きていることすら許されないのか!』
二十年近い狩人生活のなか、殺してきた者たちの叫びや嘆きが脳に響く。刃を持つ手が震えた。
「オリヴィエ」
声を掛けられ、彼女、オリヴィエは我に返って振り返る。白髪混じりの短髪の男がこちらに歩いてくるところだった。長い付き合いになる仲間だ。生きていたのか。オリヴィエは安堵した。
「片付いたのか?」
「ああ、生き残りは俺だけだ」
「そうか」
その言葉を聞いてオリヴィエは決心した。
「お前、それ……」
「ああ……」
男が指差すものを見て、彼女は悪戯がバレた子供のような気まずそうな笑みを浮かべる。
「じじいどもには内緒にしてくれよ?」
オリヴィエの懐には未だ泣き止まぬ赤ん坊が抱かれていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる