冷血青年

海月大和

文字の大きさ
2 / 23

旅に苦難あり

しおりを挟む
 よく晴れた昼下がり、馬車道の轍のすぐ横を一人の青年が歩いていた。紺のスラックスに白いシャツ、スラックスと同色のベストを身に付け、その上からフード付きの茶色いマントを羽織っている。

 肌は白く、陽光に照らされる頭髪は白に近い金色で、耳を半分ほど覆う程度の長さだ。やや垂れ目気味の瞳は薄い碧色をしていた。年齢は20の半ばあたりといったところか。

 青年は左右に広がる背の低い草原から風を受けながら黙々と歩を進めていたが、何かに気付いたように一度後ろを振り返り、また歩き始めた。

 しばらくすると青年の後ろの方から一台の馬車がやってきた。幌のある2頭立ての馬車で、車輪の音を大きく響かせていた。

「やあ兄ちゃん。一人旅かい?」

 幌馬車を青年の歩く速度に合わせ、御者の男が声を掛けてくる。

「やあどうも。そんなところです」

 人好きのする笑みで青年は応えた。

「どこまで行くんだ? 良かったら乗ってくかい?」
「いいんですか? 助かりますが…」

 御者の男は気さくに笑う。青年はちょっと驚いたふうに目を大きくさせた。

「なに、もう2・3人乗せてるんだ。1人増えたって変わらんよ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 馬車が完全に足を止める。後ろにある荷台の入り口に向かう青年に向けて、御者の男が問いかけた。

「兄ちゃん、名前はなんてんだい?」

 青年はわずかに微笑んで答える。

「リチャードといいます。どうぞよろしく」




 リチャードを乗せた馬車には籠や木箱に入った荷物の他に、3人の人間がいた。夫婦らしき男女と年若い少女だ。
 荷台の前の方は荷物が積まれ、人が座れるスペースは後方の限られた部分だけであり、片側は夫婦が二人で仲良く座っている。なので、リチャードは少女の隣に腰を下ろすしかなかった。

 赤茶の癖のない髪を肩の長さで切りそろえた少女は、隣に座ったリチャードににこりと笑いかける。

「こんにちは。私はエルシー。あなたは?」

 そう言って握手を持ちかけてくる。

「リチャードです。よろしく、エルシー」

 握手を返すとエルシーは薄茶の瞳を嬉しそうに細めた。

 くすんだワイシャツとスカート、洒落っ気のないその格好からするとどこか近くの村の娘だろう、とリチャードは考えた。農作業で荒れた手は少し土の匂いがする。

 リチャードはふとエルシーの顔をじっと見つめ、顎に手を添えて沈黙した。馬車がゆっくりと動き出す。

「どうしました? 私、なにか変ですか?」
「……いや、少しね。知り合いの女性に似ていると思ったけど、気のせいでした」

 リチャードが言うと、エルシーは気のせいですか?とやや困惑気味に首を傾げる。車体が揺れ、がらがらと車輪の音が響く。

「ええ、よく見ると全然違いますね」
「ふうん。どういう人なんです?」

 エルシーがリチャードに訪ねようとした矢先、急に馬車が速度を上げた。がたがたと揺れが大きくなり、乗っていた全員が何事かと浮足立つ。

 どうしたのかと幌が空いている後ろの出入り口を見ると、馬車の後ろに馬に乗った男が見えた。2,3メートルほど後方を追いかけてきている。動きやすそうなズボンとシャツ、帽子を身に付けた男の腰には反りの入った剣があった。

「と、盗賊だ!」

 馬車に乗っていた夫婦のうち、夫の方が緊張した声を上げる。それを聞いた盗賊の男がニヤリと笑った。

「そんな! この辺りに盗賊が出るなんて……!」

 エルシーが口を両手で覆って驚愕の声を出す。リチャードも最寄りの街で盗賊が出るなどという話は聞いたことがなかったので寝耳に水であった。

 御者席のほうで「ぎゃっ」と悲鳴が上がり、誰かが乗り移ってくる物音がした。すると馬車はみるみる速度を落とし、あっという間に止まってしまう。

 馬車の後ろを走っていた馬もそれに合わせて止まり、盗賊の男が慣れた様子で馬から降りた。腰の剣を抜き放ち、下卑た笑いを顔に浮かべながら近寄ってくる。

「ああまったく、面倒なことになったな……」

 リチャードは溜め息を一つついてゆっくりと立ち上がった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...