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覚悟が届く先
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静かだった草原はいまや騒乱の場になっていた。ぎこちない雄叫びを上げて斬りかかってくる男を、抜き放った長剣でケネスが斬りつける。石を手に殴りかかる女性にメイドのローラが短剣を突き刺し蹴り倒す。
三十対三の戦いは一方的であった。三人の吸血鬼は必死な村人たちを嘲笑うかのように縦横無尽に立ち回り、次々と切り刻んでいった。致命傷にならないように首や内臓を避けているのは彼らにとってこれが戦いではなく「仕置き」であるからだ。
混乱に紛れてエルシーを助けようとした父アントニーは、目ざとくそれを見咎めたメイドに太ももを深々と刺され、遠くに放り投げられてしまった。その隙に背中を狙った若者を、ケネスが蹴りの一つで吹き飛ばす。
怒号と悲鳴が入り混じり、鮮血が地面を赤黒く濡らしていく。ただ一人、リチャードだけはその場を動かず、倒れていく村人たちや血と他者を虐げる快楽に酔った吸血鬼たちを目に焼き付けていた。
ものの数分で騒ぎは静まり、勝敗は決した。辺りには傷つき、呻き声を上げる村人たちが折り重なるように倒れている。立っている者も圧倒的な力の差に尻込みして挑みかかれずにいた。
「終わりかな?」
ケネスが剣を一振りして血を払う。メイド二人は怖気づいた者たちを見て馬鹿にするように笑っていた。
磔にされたエルシーは親しい人々が次々と斬られていく様を見せつけられ、嗚咽を漏らして涙を流している。
「さて、どこにいったか」
ケネスは剣を鞘に収め、倒れている村人の顔を検めていった。
「あぁ、いたいた」
腹や腕、足を斬られ、満身創痍といった様子のデリックを見つけるとその髪を掴み、無理矢理に膝立ちにさせる。
「残念だったな、首謀者くん。反乱は失敗だ」
傷だらけになってなお自分を睨みつけるデリックを鼻で笑い、ケネスは言う。
「歯向かった罰として、これからあの女を殺す」
エルシーに目を向けさせ、宣言した。
「やめ……ろ……」
か細い声で抗議するデリックを無視してケネスは言葉を続ける。
「貴様らが悪いのだ。私に逆らおうとするから犠牲が出る。これは報いだ。お前の愚かな行動のせいで仲間が死ぬ。すべてお前が招いたことだ」
もはや言葉にならず、悔し涙を流して唸るしかできないデリックに「お前のせいだ」と責めるケネス。
「ローラ、そいつの首を刎ね飛ばせ」
「かしこまりました」
メイドのローラが落ちていた斧を拾う。「やめてくれ!」と叫ぶエルシーの父をもうひとりのメイドが踏みつけた。エルシーの母は「誰か! 誰か助けて!」と半狂乱になって他の村人に縋り付いている。
「何か言い残すことはある? お嬢ちゃん」
斧を首に添え、ローラが尋ねる。エルシーは目を閉じて息を整え、ぽつりと呟いた。
「……皆を殺さないでください。お願いします」
彼女が口にしたのは命乞いでも恨み言でもなく村人たちの無事を願う言葉だった。意識のある村人みながそれに涙する。
「あら残念。殺さないで、とか言われたら面白かったのに。ま、いいわ。さようならお嬢ちゃん」
本当に残念そうに零してローラが斧を振り上げる。雄叫びを上げながら死力を尽くしてデリックは足掻くが、ケネスによって簡単にねじ伏せられてしまった。
そして宙を舞う、首。
空を飛び、どさりと落ちたそれは、つい先程までの不満足そうな表情をしていた。
「あれ?」
ケネスのメイド、ローラの首がきょとんとした顔をする。ケネスを含め、みな何が起きたか分かっていなかった。斧を取り落したローラの体をリチャードの腕が刺し貫くまでは。
「ぎゃあああああああ!!」
恐ろしげな悲鳴を上げ、ローラの体が、首が燃えていく。緑色の炎に焼かれて灰になる。リチャードの腕に付いた彼女の血までも。
「どういうことだ!? 何故!?」
ケネスが初めて狼狽した声を出した。動揺して適切な問いかけが出来ていない。
「もう十分だ」
対してリチャードは静かにケネスを見据えていた。
「なに……?」
リチャードの言葉の意味が分からず、ケネスが怪訝そうな表情を作る。
「もう貴様の悪趣味には付き合えない」
平時とは打って変わって鋭く冷たいリチャードの物言いにケネスが鼻白む。ケネスが怯んでいる間にリチャードはエルシーを縛る縄を千切り、彼女を自由にした。
「リチャードさん……?」
「遅くなってすみません。あとは任せてください」
助けられたことに驚いているエルシーに優しく言い、リチャードはケネスやメイドから彼女を庇う姿勢を見せた。
「裏切るつもりか? 貴様ッ!!」
激昂して額に血管を浮き上がらせケネスが叫ぶと、生き残ったメイドはリチャードを敵になり得ると判断し、いつでも飛びかかれるように身構えた。
「そうだとも。いかに同族といえど貴様の行いは目に余る。残虐非道。人を人とも思わぬその振る舞い。これ以上見過ごすことなど私には出来ない」
「ふん。偽善者ぶりおって! 見過ごせないだと? だったらどうすると言うのだ。貴様に何が出来るというのかね!?」
リチャードへの反感を隠しもせずケネスは言い放つ。
「私に出来ることはひとつ」
リチャードは彼を指差してはっきりと告げた。
「ケネス・オルブルーム。貴様を殺す」
三十対三の戦いは一方的であった。三人の吸血鬼は必死な村人たちを嘲笑うかのように縦横無尽に立ち回り、次々と切り刻んでいった。致命傷にならないように首や内臓を避けているのは彼らにとってこれが戦いではなく「仕置き」であるからだ。
混乱に紛れてエルシーを助けようとした父アントニーは、目ざとくそれを見咎めたメイドに太ももを深々と刺され、遠くに放り投げられてしまった。その隙に背中を狙った若者を、ケネスが蹴りの一つで吹き飛ばす。
怒号と悲鳴が入り混じり、鮮血が地面を赤黒く濡らしていく。ただ一人、リチャードだけはその場を動かず、倒れていく村人たちや血と他者を虐げる快楽に酔った吸血鬼たちを目に焼き付けていた。
ものの数分で騒ぎは静まり、勝敗は決した。辺りには傷つき、呻き声を上げる村人たちが折り重なるように倒れている。立っている者も圧倒的な力の差に尻込みして挑みかかれずにいた。
「終わりかな?」
ケネスが剣を一振りして血を払う。メイド二人は怖気づいた者たちを見て馬鹿にするように笑っていた。
磔にされたエルシーは親しい人々が次々と斬られていく様を見せつけられ、嗚咽を漏らして涙を流している。
「さて、どこにいったか」
ケネスは剣を鞘に収め、倒れている村人の顔を検めていった。
「あぁ、いたいた」
腹や腕、足を斬られ、満身創痍といった様子のデリックを見つけるとその髪を掴み、無理矢理に膝立ちにさせる。
「残念だったな、首謀者くん。反乱は失敗だ」
傷だらけになってなお自分を睨みつけるデリックを鼻で笑い、ケネスは言う。
「歯向かった罰として、これからあの女を殺す」
エルシーに目を向けさせ、宣言した。
「やめ……ろ……」
か細い声で抗議するデリックを無視してケネスは言葉を続ける。
「貴様らが悪いのだ。私に逆らおうとするから犠牲が出る。これは報いだ。お前の愚かな行動のせいで仲間が死ぬ。すべてお前が招いたことだ」
もはや言葉にならず、悔し涙を流して唸るしかできないデリックに「お前のせいだ」と責めるケネス。
「ローラ、そいつの首を刎ね飛ばせ」
「かしこまりました」
メイドのローラが落ちていた斧を拾う。「やめてくれ!」と叫ぶエルシーの父をもうひとりのメイドが踏みつけた。エルシーの母は「誰か! 誰か助けて!」と半狂乱になって他の村人に縋り付いている。
「何か言い残すことはある? お嬢ちゃん」
斧を首に添え、ローラが尋ねる。エルシーは目を閉じて息を整え、ぽつりと呟いた。
「……皆を殺さないでください。お願いします」
彼女が口にしたのは命乞いでも恨み言でもなく村人たちの無事を願う言葉だった。意識のある村人みながそれに涙する。
「あら残念。殺さないで、とか言われたら面白かったのに。ま、いいわ。さようならお嬢ちゃん」
本当に残念そうに零してローラが斧を振り上げる。雄叫びを上げながら死力を尽くしてデリックは足掻くが、ケネスによって簡単にねじ伏せられてしまった。
そして宙を舞う、首。
空を飛び、どさりと落ちたそれは、つい先程までの不満足そうな表情をしていた。
「あれ?」
ケネスのメイド、ローラの首がきょとんとした顔をする。ケネスを含め、みな何が起きたか分かっていなかった。斧を取り落したローラの体をリチャードの腕が刺し貫くまでは。
「ぎゃあああああああ!!」
恐ろしげな悲鳴を上げ、ローラの体が、首が燃えていく。緑色の炎に焼かれて灰になる。リチャードの腕に付いた彼女の血までも。
「どういうことだ!? 何故!?」
ケネスが初めて狼狽した声を出した。動揺して適切な問いかけが出来ていない。
「もう十分だ」
対してリチャードは静かにケネスを見据えていた。
「なに……?」
リチャードの言葉の意味が分からず、ケネスが怪訝そうな表情を作る。
「もう貴様の悪趣味には付き合えない」
平時とは打って変わって鋭く冷たいリチャードの物言いにケネスが鼻白む。ケネスが怯んでいる間にリチャードはエルシーを縛る縄を千切り、彼女を自由にした。
「リチャードさん……?」
「遅くなってすみません。あとは任せてください」
助けられたことに驚いているエルシーに優しく言い、リチャードはケネスやメイドから彼女を庇う姿勢を見せた。
「裏切るつもりか? 貴様ッ!!」
激昂して額に血管を浮き上がらせケネスが叫ぶと、生き残ったメイドはリチャードを敵になり得ると判断し、いつでも飛びかかれるように身構えた。
「そうだとも。いかに同族といえど貴様の行いは目に余る。残虐非道。人を人とも思わぬその振る舞い。これ以上見過ごすことなど私には出来ない」
「ふん。偽善者ぶりおって! 見過ごせないだと? だったらどうすると言うのだ。貴様に何が出来るというのかね!?」
リチャードへの反感を隠しもせずケネスは言い放つ。
「私に出来ることはひとつ」
リチャードは彼を指差してはっきりと告げた。
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