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無能生産者編
第24話 ポエムは好きじゃない
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パワハラ現場監督の断末魔は周囲を失笑の渦に巻き込んだ。パワハラ現場監督の横暴はコミュニティー内でも広く知られており、誰一人して彼の事を好いている者は存在しなかった。パワハラ現場監督が地下労働へと誘われていった際、中には拍手をおくるものまで居た。
そのうちの1人が自分であることは言うまでもない。
地下労働は砂ぼこりがものすごいと評判で、そのほこりを吸い込みすぎると、呼吸器系等がやられて肺炎を患ってしまうらしい。また防護マスクも十分に支給されない環境の中で、作業をさせられることになるらしく、これから彼自身はそこで地獄を見ることになるかもしれない。
「長い間、お世話になりました。パワハラ現場監督」
散々現場では彼にいやな思いをさせられてきたが、いざこういった幕引きとなってしまい、そのことに対し彼を不憫に思ってか、不思議とパワハラ現場監督の去り姿に一礼をしていた。
「おい!くそ虫ども!だれか助けやがれぇぇ!!」
明らかに人にものを頼むときの態度ではない。結局彼は最後の最後まで、無能生産者のことをくそ虫と呼んでいた。
「それではこれから、武装班ホルスベルクとゴンザレスの葬儀を執り行うとする。コミュニティーのみんなは集団墓地に集まるように」
セバスティアーノの一声で、青空教室ならぬ青空集会に集まった数千ものコミュニティー民は、集団墓地の用地である丘の広場へと続々と移動をし始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コミュニティーのみんなが丘の広場にある程度集まってきたところで、セバスティアーノはコミュニティーの代表者として、さっそく追悼の言葉を述べはじめた。昨夜に建てられた2人の墓標の前で、紙に書かれた原稿をそのまま読み上げる。
そのスピーチの内容に関していうと、難解なフレーズがたびたび登場したことによって、耳を澄ませて傾聴したものの、まったく要領を得なかった。
小学校の時の朝の全校集会を思い出す。そのときの校長先生の無意味で長ったらしいポエムと同じくらい、セバスティアーノの追悼のスピーチは退屈極まりなかった。
死者を前にして、追悼の言葉を退屈極まりないとは、なんたることを考えているんだ!?恥を知れ!と思われるかもしれないが、こればかりは致し方ない。
長々としたセバスティアーノのポエムが終わったところで、続いては教会の神父によるポエムがはじまった。度重なる長ったらしいポエムの連続に、自分は辟易してきた。
横にいるグリアムスさんはというと、そのお経のような抑揚のない神父のお別れの言葉を真剣なまなざしで聞いていた。
なぜそんなに熱心に聞いてられるのか理解に苦しむ。
元ニートの自分に取って、これは耐えがたい時間だ。時間に束縛されるその瞬間がとてもいやでいやでたまらない。
自分はついに人目をはばかるようにして、そっとその人の集まりから抜け出すことにした。
一応グリアムスさんには、
「少し、ション便しに行ってきます」
と一言断ってから、その場をあとにした。そしてその場には2度と戻ることはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
追悼式の時間が過ぎていくのをただ待っていた。するとそこに1人の金髪の女の子が住宅街の狭い通りに、人目を忍んで隠れているところにやってきた。
その子はペトラルカご本人であった。
「あれれ?ベル坊やくんだよね?なんでこんなところで油を食っているのかな?」
最初にあのキャンプ地にて出会った時は、自分の事をベルシュタインさんとか呼んでいて、他人行儀でよそよそしかったのだが、しかし今この時になっては、いつの間にか自分のことを変なあだ名で呼びつけていた。
こんなところで油を食っている?あんたもじゃないかとツッコミを入れたいところだったが、あえて口には出さなかった。
それにしてもベル坊や?って。それはあの今は亡きパワハラ現場監督が、自分をそう呼んでたときのニックネームじゃないか!
どこでその俗称を耳にしたのだろう?っていうかそんなあだ名で自分のことを軽々しく呼んでほしくないものだ。ベル坊や!といった単語を聞くたびに、身の毛がよだつ。
「・・・あ・・あの時以来ですね・・・えっと・・・あの・・・」
コミュ障がここでも発揮されてしまった。自分の言いたいことを、うまく言葉に変換できない。
しかしそれにしてもなぜペトラルカさんがここにやってきたのか。そんな率直な疑問が急に降って湧いてきたため、それをそのまま訊たずねてみることにした。
「・・・ていうか、なんでペトラルカさんは葬儀に最後まで同席してないんですか?・・・・だって亡くなったのは、あのホルスベルクっていう人だったでしょ?・・・・最後まで居てあげなくていいんですか?」
するとさきほどのコミュ障が嘘みたいに、すらすらと言葉になって出てきた。女の子を前にしてこんなになめらかに言葉を発せられたのは、初めてな気がする。
「たしかに・・・そうだね。最後まで参列するべきだったんだろうけど、なんかそんな気分じゃなかったの」
「そうなんですか。・・・・長年連れ添っていただけに、さぞかし残念だったことでしょう」」
「え?」
ペトラルカは心外だといった表情を見せた。
「えっ?だってペトラルカさんとホルスベルクさんって、いわゆる婚姻関係?・・・っといった間柄だったんですよね?」
「なにかとてつもない誤解があるようだから、ここで訂正させてもらうけど、別にわたしは彼と婚姻関係とかそんなんじゃなかったからね。・・・ただのパートナーだったというだけ」
「パートナーだった。・・・・ってそれってそっくりそのままその意味じゃないですか」
「あー!違う違う違う!言い間違え!言い間違え!」
ペトラルカは自分の言い間違いに気づいた途端、思わず顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振り、必死にそのことを否定する。
「ただのチームの仲間だったってこと!別に付き合ってたわけでもないし、好きだったわけでもない!そこのところ勘違いしないでよね!」
そして腕を組み、ふんと顔をあさっての方向に向けた。ツンデレと呼んで差し支えない萌えの典型的なパターンであった。
「というかなんでベル坊やくんは、わたしたちのことをそんな風に勘違いしたわけ?」
あさっての方向に向けられた彼女の顔が、少しして間もない間に、再び自分の方に向けられてくる。
「いや・・・だって、ペトラルカさん・・・あのときホルスベルクさんの亡骸から目を離さないで、ずっと泣きじゃくっていたじゃないですか。それを見て、てっきり・・・」
「付き合っている間柄って思ったわけか・・・」
「はい・・・そんな感じです・・・」
「いや違うから!違うから!あんまりからかうと、あなたの大事なオットセイを蹴り上げるよ!?」
唐突に彼女は自分の大事なところを、今にも蹴り上げてこようとする構えを見せてきた。
「・・・すいませんすいません!そういうつもりじゃないです!」
からかったつもりは微塵たりともなかったので、慌てて否定のそぶりを見せた。
「そういえば自分たち、元々何の話をしていたんでしたっけ?なんか途中から話が脱線しちゃって、何を話していたか、忘れてしまいました」
「たしかに何を話してたんだっけ?えっと・・・・・」
2人の間にしばしの沈黙が流れる。
「う~~~ん」
「む~~~ん」
そして彼と彼女はそのまま会話が続くことはなく、それから何十分間も無言のまま、時間が過ぎ去っていった。
そうして2人の間に気まずい空気が流れている間に、葬儀の方も終えたらしく、続々とコミュニティーの人達が引き上げ、また街全体の人の流れが盛んになっていった。
ちょうどその人の流れの中に、クラック隊長がいた。そして彼は、ベルシュタインとペトラルカが同じ空間にいたのを発見し近づいてきた。
「お~2人とも!昨日ぶりだな!白昼堂々と、こんなところで仲良くあいびきかい?うらやましいね!」
と上機嫌でニッコニコな笑顔で寄ってきた。当然その失礼極まりない一言に対して、ペトラルカが黙っているはずもなく・・・
「ぶしつけにハレンチなことを言うな!クラック!」
ペトラルカが隊長のオットセイをめがけて、ローブローが放たれる。
ドーーン!
「ふがっ!」
「相変わらず節操がないったらありゃしない。そんなんだから40歳になっても童貞なの!わかってるの!?」
「やめろよ・・・・いきなり来やがって・・・」
クラック隊長は悶絶して、その場に倒れ込んでしまった。そのただならぬ様子を見てその道を偶然通っていた数名の人たちが駆けつけてきた。
「ちょっと大丈夫?なにがあったの?」
真っ先に声をかけてきたのは、クッキーの入ったバスケットのかごを両手に持った、ふくよかなおばさんだった。
しかしそのおばあさんが心配して声をかけにいった対象は、地面をはいつくばり、もがき苦しんでいるクラック隊長ではなく、金髪の美少女のペトラルカであった。
「ケガはない?」
「あははは・・・別に私はなんともないよ、カステラおばさん・・」
騒ぎを起こした発端はペトラルカ本人であるため、いらぬ心配をかけられてしまったことに、若干の後ろめたさと申し訳なさを感じる彼女。
「本当に!?誰かに襲われたりしなかった!?ねえ?ねえ?」
「ダイジョーブ!ダイジョーブ!・・・・ダイジョーブだから~」
目をカッと見開いたまま、顔を寄せてくる過保護気質なカステラおばさん。どんだけペトラルカのことが心配なのだろうか。怖い怖い。
「そう。ダイジョーブなら安心したわ~おばさん。心配して損しちゃった!」
そう言うと、ふくよかで恰幅の良いそのクッキーおばさんは、ペトラルカの元から離れていった。
「それよりも・・・このクラックのことを心配してあげた方がいいと思うけど・・・」
「あら!まあ大変!・・・気絶してるじゃないの!」
ようやくクラック隊長の存在に気がつくカステラおばさん。
「そこのあなた!このクラックさんを大至急クラーク先生の元まで運んで行ってあげて!」
「はい!ただいま!」
そしてその1人の野次馬はクラック隊長を担いでいこうとするが、どうやらものすごく重たいらしく、1人では担げないとみて、彼はその男に無情にも、地面に引きずられながら運び出されていった。
そしてその場に残されたのは、ベルシュタイン、ペトラルカ、そのカステラおばさんの3人だけだった。
「あの~~・・・」
「どうしたの?ベル坊やくん?」
「このおばあさんっていったいどなたですか?」
唐突に現れたこのクッキーおばさんのことを聞いてみた。少々やばめな空気を感じるこのおばさんが、さっきから気になりだしていて、聞かずにはいられなかった。
「え?知らないの!?」
ペトラルカはおっかなびっくりした。まさか今流行りのこの歌を知らないなんて!レベルのびっくりした顔をされた。
「あの人はカステラおばさん。毎日コミュニティーのみんなのためにおいしいクッキーを焼いてくれて、分け隔てなく配ってくれてるとても面倒見のいい人なの」
そんなおばあさんがいるなんて、今まで全く知らなかった。分け隔てなくクッキーを配ってくれていたそんなおばさんがいたとは。でも自分は一度もクッキーの類を誰にも分けてもらった経験はない。あったとしたら覚えているはずだ。
そんな彼の雰囲気を悟ってか、ペトラルカが次のことを言った。
「でもそうか・・・あのパワハラ現場監督のせいだ。だってこのカステラおばさんは、いっつも無能生産者のみんなに近寄っては、クッキーを分け与えようとしていたのに、あのパワハラ現場監督はいっつもそれを突っぱねていたもんね」
だから一度も自分たちは、そのクッキーを口にする機会が訪れなかったのか。たしかにたびたび妙にバスケットのかごを持って、自分らの集団に近づいてきていたおばあさんがいたような気がする。
毎日16時間も労働をさせられ、動かされっぱなしだったからそんな出来事すら、疲労がたまっていたこともあって、あまり覚えていなかった。
「でもたしか無能生産者がお菓子などの嗜好品って口にしてはいけなかったような・・・」
「そんなのあのセバスティアーノが決めたことでしょ!あいつの決めた決まり事なんかに、そう律儀に従わなくていいよ!」
「その通りよ~ベル坊やくん。ほらここにクッキーがいっぱいあるから、好きなだけお食べ」
カステラおばさんはそう言って、そのクッキーの入ったビスケットを差し出してくる。クッキーの香ばしいにおいに思わず、手を伸ばしそうになるが、無能生産者の決まり事もあってか、ブンブン!と首を振ってそれを拒んだ。
「そんなに卑屈になる必要なんてないよ!あなたたちが無能生産者って呼び名にくくりつけられて、日々苦しめられていることは知ってる。本当に見てられないよ。あなたたちを無能だからって言って、何から何まで自由を奪われるなんて到底許せない」
そうはペトラルカさんが言っていても、仕方のないことだ。この世界で生きるには、このコミュニティー以外の選択肢がないのだから。無能だからといって追放されるわけでもなく、ただの労働力としてこき使われる。自分たちには五体満足で肉体労働が出来るといった最低限の価値しかないのだから。
自分の置かれている立ち場をこの2人は憐れんでくれた。そのことが余計自分の心に刺さった。
「ほらほらベル坊やくん。そんな暗い顔はしないしない」
「いいからわたしのクッキー、お食べなさいな。わたしのクッキーはみんなを健康に導くのよ~」
なんのためらいもなく、自分の前に差し出された焼きたてほやほやのクッキー。
「でも・・・自分は無能生産者だし。こういったものは口にしてはいけないので・・・」
それでも丁重に断ろうとする。このカステラおばさんのご厚意は素直にうれしいが、無能生産者である以上、いくら温情をかけてもらっても、そのお言葉に甘えてはいけない。
するとカステラおばさんは、何度も断る姿勢を見せてくるベルシュタインに対し、ついにしびれを切らした。
「なにを言ってるんだか!このだほが!!わたしの真心がこもった渾身のクッキー!ほら遠慮せず、口に詰めな!」
カステラおばさんは、バスケットに入った盛りだくさんのクッキーをベルシュタインの口の中に、次々と放り込むといった強硬策に出た。
「ぐわっ!うっ!!」
素早い手さばきで、クッキーが口に押し込まれていく。
「ちょっと!カステラおばさん!やりすぎ!それ以上やっちゃうと喉を詰まらせちゃうよ!」
ペトラルカがそう言うとまもなくして、ベルシュタインはのどをつまらせてしまった。胸を強くたたき、苦しむベルシュタイン。
それを見たカステラおばさんは、
「あら大変!ペトラルカ!大至急お水を持ってきて!」
「だから言わんこっちゃない!すぐ持ってくる!」
そしてペトラルカは近くの家の家主にペコペコと頭を下げて、事情を説明し、一杯の水をいただきにいく。
うむ、このカステラおばさんと言った方。超ド級のクッキーバカである。クッキーに対する愛情の度が過ぎている。そんでもってペトラルカさんに対する愛情もだ。
だがそんなおっちょこちょいな一面があり、ちょっとやばめなおばさんかもしれないけど、自分に対し、情けをかけてくれたことには感謝している。
そのうちの1人が自分であることは言うまでもない。
地下労働は砂ぼこりがものすごいと評判で、そのほこりを吸い込みすぎると、呼吸器系等がやられて肺炎を患ってしまうらしい。また防護マスクも十分に支給されない環境の中で、作業をさせられることになるらしく、これから彼自身はそこで地獄を見ることになるかもしれない。
「長い間、お世話になりました。パワハラ現場監督」
散々現場では彼にいやな思いをさせられてきたが、いざこういった幕引きとなってしまい、そのことに対し彼を不憫に思ってか、不思議とパワハラ現場監督の去り姿に一礼をしていた。
「おい!くそ虫ども!だれか助けやがれぇぇ!!」
明らかに人にものを頼むときの態度ではない。結局彼は最後の最後まで、無能生産者のことをくそ虫と呼んでいた。
「それではこれから、武装班ホルスベルクとゴンザレスの葬儀を執り行うとする。コミュニティーのみんなは集団墓地に集まるように」
セバスティアーノの一声で、青空教室ならぬ青空集会に集まった数千ものコミュニティー民は、集団墓地の用地である丘の広場へと続々と移動をし始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コミュニティーのみんなが丘の広場にある程度集まってきたところで、セバスティアーノはコミュニティーの代表者として、さっそく追悼の言葉を述べはじめた。昨夜に建てられた2人の墓標の前で、紙に書かれた原稿をそのまま読み上げる。
そのスピーチの内容に関していうと、難解なフレーズがたびたび登場したことによって、耳を澄ませて傾聴したものの、まったく要領を得なかった。
小学校の時の朝の全校集会を思い出す。そのときの校長先生の無意味で長ったらしいポエムと同じくらい、セバスティアーノの追悼のスピーチは退屈極まりなかった。
死者を前にして、追悼の言葉を退屈極まりないとは、なんたることを考えているんだ!?恥を知れ!と思われるかもしれないが、こればかりは致し方ない。
長々としたセバスティアーノのポエムが終わったところで、続いては教会の神父によるポエムがはじまった。度重なる長ったらしいポエムの連続に、自分は辟易してきた。
横にいるグリアムスさんはというと、そのお経のような抑揚のない神父のお別れの言葉を真剣なまなざしで聞いていた。
なぜそんなに熱心に聞いてられるのか理解に苦しむ。
元ニートの自分に取って、これは耐えがたい時間だ。時間に束縛されるその瞬間がとてもいやでいやでたまらない。
自分はついに人目をはばかるようにして、そっとその人の集まりから抜け出すことにした。
一応グリアムスさんには、
「少し、ション便しに行ってきます」
と一言断ってから、その場をあとにした。そしてその場には2度と戻ることはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
追悼式の時間が過ぎていくのをただ待っていた。するとそこに1人の金髪の女の子が住宅街の狭い通りに、人目を忍んで隠れているところにやってきた。
その子はペトラルカご本人であった。
「あれれ?ベル坊やくんだよね?なんでこんなところで油を食っているのかな?」
最初にあのキャンプ地にて出会った時は、自分の事をベルシュタインさんとか呼んでいて、他人行儀でよそよそしかったのだが、しかし今この時になっては、いつの間にか自分のことを変なあだ名で呼びつけていた。
こんなところで油を食っている?あんたもじゃないかとツッコミを入れたいところだったが、あえて口には出さなかった。
それにしてもベル坊や?って。それはあの今は亡きパワハラ現場監督が、自分をそう呼んでたときのニックネームじゃないか!
どこでその俗称を耳にしたのだろう?っていうかそんなあだ名で自分のことを軽々しく呼んでほしくないものだ。ベル坊や!といった単語を聞くたびに、身の毛がよだつ。
「・・・あ・・あの時以来ですね・・・えっと・・・あの・・・」
コミュ障がここでも発揮されてしまった。自分の言いたいことを、うまく言葉に変換できない。
しかしそれにしてもなぜペトラルカさんがここにやってきたのか。そんな率直な疑問が急に降って湧いてきたため、それをそのまま訊たずねてみることにした。
「・・・ていうか、なんでペトラルカさんは葬儀に最後まで同席してないんですか?・・・・だって亡くなったのは、あのホルスベルクっていう人だったでしょ?・・・・最後まで居てあげなくていいんですか?」
するとさきほどのコミュ障が嘘みたいに、すらすらと言葉になって出てきた。女の子を前にしてこんなになめらかに言葉を発せられたのは、初めてな気がする。
「たしかに・・・そうだね。最後まで参列するべきだったんだろうけど、なんかそんな気分じゃなかったの」
「そうなんですか。・・・・長年連れ添っていただけに、さぞかし残念だったことでしょう」」
「え?」
ペトラルカは心外だといった表情を見せた。
「えっ?だってペトラルカさんとホルスベルクさんって、いわゆる婚姻関係?・・・っといった間柄だったんですよね?」
「なにかとてつもない誤解があるようだから、ここで訂正させてもらうけど、別にわたしは彼と婚姻関係とかそんなんじゃなかったからね。・・・ただのパートナーだったというだけ」
「パートナーだった。・・・・ってそれってそっくりそのままその意味じゃないですか」
「あー!違う違う違う!言い間違え!言い間違え!」
ペトラルカは自分の言い間違いに気づいた途端、思わず顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振り、必死にそのことを否定する。
「ただのチームの仲間だったってこと!別に付き合ってたわけでもないし、好きだったわけでもない!そこのところ勘違いしないでよね!」
そして腕を組み、ふんと顔をあさっての方向に向けた。ツンデレと呼んで差し支えない萌えの典型的なパターンであった。
「というかなんでベル坊やくんは、わたしたちのことをそんな風に勘違いしたわけ?」
あさっての方向に向けられた彼女の顔が、少しして間もない間に、再び自分の方に向けられてくる。
「いや・・・だって、ペトラルカさん・・・あのときホルスベルクさんの亡骸から目を離さないで、ずっと泣きじゃくっていたじゃないですか。それを見て、てっきり・・・」
「付き合っている間柄って思ったわけか・・・」
「はい・・・そんな感じです・・・」
「いや違うから!違うから!あんまりからかうと、あなたの大事なオットセイを蹴り上げるよ!?」
唐突に彼女は自分の大事なところを、今にも蹴り上げてこようとする構えを見せてきた。
「・・・すいませんすいません!そういうつもりじゃないです!」
からかったつもりは微塵たりともなかったので、慌てて否定のそぶりを見せた。
「そういえば自分たち、元々何の話をしていたんでしたっけ?なんか途中から話が脱線しちゃって、何を話していたか、忘れてしまいました」
「たしかに何を話してたんだっけ?えっと・・・・・」
2人の間にしばしの沈黙が流れる。
「う~~~ん」
「む~~~ん」
そして彼と彼女はそのまま会話が続くことはなく、それから何十分間も無言のまま、時間が過ぎ去っていった。
そうして2人の間に気まずい空気が流れている間に、葬儀の方も終えたらしく、続々とコミュニティーの人達が引き上げ、また街全体の人の流れが盛んになっていった。
ちょうどその人の流れの中に、クラック隊長がいた。そして彼は、ベルシュタインとペトラルカが同じ空間にいたのを発見し近づいてきた。
「お~2人とも!昨日ぶりだな!白昼堂々と、こんなところで仲良くあいびきかい?うらやましいね!」
と上機嫌でニッコニコな笑顔で寄ってきた。当然その失礼極まりない一言に対して、ペトラルカが黙っているはずもなく・・・
「ぶしつけにハレンチなことを言うな!クラック!」
ペトラルカが隊長のオットセイをめがけて、ローブローが放たれる。
ドーーン!
「ふがっ!」
「相変わらず節操がないったらありゃしない。そんなんだから40歳になっても童貞なの!わかってるの!?」
「やめろよ・・・・いきなり来やがって・・・」
クラック隊長は悶絶して、その場に倒れ込んでしまった。そのただならぬ様子を見てその道を偶然通っていた数名の人たちが駆けつけてきた。
「ちょっと大丈夫?なにがあったの?」
真っ先に声をかけてきたのは、クッキーの入ったバスケットのかごを両手に持った、ふくよかなおばさんだった。
しかしそのおばあさんが心配して声をかけにいった対象は、地面をはいつくばり、もがき苦しんでいるクラック隊長ではなく、金髪の美少女のペトラルカであった。
「ケガはない?」
「あははは・・・別に私はなんともないよ、カステラおばさん・・」
騒ぎを起こした発端はペトラルカ本人であるため、いらぬ心配をかけられてしまったことに、若干の後ろめたさと申し訳なさを感じる彼女。
「本当に!?誰かに襲われたりしなかった!?ねえ?ねえ?」
「ダイジョーブ!ダイジョーブ!・・・・ダイジョーブだから~」
目をカッと見開いたまま、顔を寄せてくる過保護気質なカステラおばさん。どんだけペトラルカのことが心配なのだろうか。怖い怖い。
「そう。ダイジョーブなら安心したわ~おばさん。心配して損しちゃった!」
そう言うと、ふくよかで恰幅の良いそのクッキーおばさんは、ペトラルカの元から離れていった。
「それよりも・・・このクラックのことを心配してあげた方がいいと思うけど・・・」
「あら!まあ大変!・・・気絶してるじゃないの!」
ようやくクラック隊長の存在に気がつくカステラおばさん。
「そこのあなた!このクラックさんを大至急クラーク先生の元まで運んで行ってあげて!」
「はい!ただいま!」
そしてその1人の野次馬はクラック隊長を担いでいこうとするが、どうやらものすごく重たいらしく、1人では担げないとみて、彼はその男に無情にも、地面に引きずられながら運び出されていった。
そしてその場に残されたのは、ベルシュタイン、ペトラルカ、そのカステラおばさんの3人だけだった。
「あの~~・・・」
「どうしたの?ベル坊やくん?」
「このおばあさんっていったいどなたですか?」
唐突に現れたこのクッキーおばさんのことを聞いてみた。少々やばめな空気を感じるこのおばさんが、さっきから気になりだしていて、聞かずにはいられなかった。
「え?知らないの!?」
ペトラルカはおっかなびっくりした。まさか今流行りのこの歌を知らないなんて!レベルのびっくりした顔をされた。
「あの人はカステラおばさん。毎日コミュニティーのみんなのためにおいしいクッキーを焼いてくれて、分け隔てなく配ってくれてるとても面倒見のいい人なの」
そんなおばあさんがいるなんて、今まで全く知らなかった。分け隔てなくクッキーを配ってくれていたそんなおばさんがいたとは。でも自分は一度もクッキーの類を誰にも分けてもらった経験はない。あったとしたら覚えているはずだ。
そんな彼の雰囲気を悟ってか、ペトラルカが次のことを言った。
「でもそうか・・・あのパワハラ現場監督のせいだ。だってこのカステラおばさんは、いっつも無能生産者のみんなに近寄っては、クッキーを分け与えようとしていたのに、あのパワハラ現場監督はいっつもそれを突っぱねていたもんね」
だから一度も自分たちは、そのクッキーを口にする機会が訪れなかったのか。たしかにたびたび妙にバスケットのかごを持って、自分らの集団に近づいてきていたおばあさんがいたような気がする。
毎日16時間も労働をさせられ、動かされっぱなしだったからそんな出来事すら、疲労がたまっていたこともあって、あまり覚えていなかった。
「でもたしか無能生産者がお菓子などの嗜好品って口にしてはいけなかったような・・・」
「そんなのあのセバスティアーノが決めたことでしょ!あいつの決めた決まり事なんかに、そう律儀に従わなくていいよ!」
「その通りよ~ベル坊やくん。ほらここにクッキーがいっぱいあるから、好きなだけお食べ」
カステラおばさんはそう言って、そのクッキーの入ったビスケットを差し出してくる。クッキーの香ばしいにおいに思わず、手を伸ばしそうになるが、無能生産者の決まり事もあってか、ブンブン!と首を振ってそれを拒んだ。
「そんなに卑屈になる必要なんてないよ!あなたたちが無能生産者って呼び名にくくりつけられて、日々苦しめられていることは知ってる。本当に見てられないよ。あなたたちを無能だからって言って、何から何まで自由を奪われるなんて到底許せない」
そうはペトラルカさんが言っていても、仕方のないことだ。この世界で生きるには、このコミュニティー以外の選択肢がないのだから。無能だからといって追放されるわけでもなく、ただの労働力としてこき使われる。自分たちには五体満足で肉体労働が出来るといった最低限の価値しかないのだから。
自分の置かれている立ち場をこの2人は憐れんでくれた。そのことが余計自分の心に刺さった。
「ほらほらベル坊やくん。そんな暗い顔はしないしない」
「いいからわたしのクッキー、お食べなさいな。わたしのクッキーはみんなを健康に導くのよ~」
なんのためらいもなく、自分の前に差し出された焼きたてほやほやのクッキー。
「でも・・・自分は無能生産者だし。こういったものは口にしてはいけないので・・・」
それでも丁重に断ろうとする。このカステラおばさんのご厚意は素直にうれしいが、無能生産者である以上、いくら温情をかけてもらっても、そのお言葉に甘えてはいけない。
するとカステラおばさんは、何度も断る姿勢を見せてくるベルシュタインに対し、ついにしびれを切らした。
「なにを言ってるんだか!このだほが!!わたしの真心がこもった渾身のクッキー!ほら遠慮せず、口に詰めな!」
カステラおばさんは、バスケットに入った盛りだくさんのクッキーをベルシュタインの口の中に、次々と放り込むといった強硬策に出た。
「ぐわっ!うっ!!」
素早い手さばきで、クッキーが口に押し込まれていく。
「ちょっと!カステラおばさん!やりすぎ!それ以上やっちゃうと喉を詰まらせちゃうよ!」
ペトラルカがそう言うとまもなくして、ベルシュタインはのどをつまらせてしまった。胸を強くたたき、苦しむベルシュタイン。
それを見たカステラおばさんは、
「あら大変!ペトラルカ!大至急お水を持ってきて!」
「だから言わんこっちゃない!すぐ持ってくる!」
そしてペトラルカは近くの家の家主にペコペコと頭を下げて、事情を説明し、一杯の水をいただきにいく。
うむ、このカステラおばさんと言った方。超ド級のクッキーバカである。クッキーに対する愛情の度が過ぎている。そんでもってペトラルカさんに対する愛情もだ。
だがそんなおっちょこちょいな一面があり、ちょっとやばめなおばさんかもしれないけど、自分に対し、情けをかけてくれたことには感謝している。
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