タマリのワダカマリ

田中 月紗

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第一話 退屈

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占いも予言も、俺は信じない。
あの類いのものは、他人に人生の舵を預けているのと同じだと思う。
約束された未来なんてものは、この世には存在しない。

***

寒くて長い冬が終わり、街いっぱいのこぼれ桜を、暖かい風が優しく撫でる。
大学を卒業し、就職して2年目の春。毎日代わり映えのない仕事を淡々とこなし、悠々と閑日月かんじつげつを送る俺の名前は「須藤尚希すとうなおき」。今年の9月で24歳を迎える、何の取り柄もないごく普通の成人男性だ。
いつも通り勤務時間を終え、大学時代から住み続けているワンルームのマンションに直帰する。玄関の扉を開け、暗く静まり返った部屋に電気を点ける。

俺は一体、何の為に生きているのだろうか?
平々凡々の日常が、一日また一日と無事に幕を下ろそうとする度に、ふとこんな事を考える。
これといった夢や目標も持たず、適当に上京して適当に大学に通い、適当に就職した俺には、生きがいというものがなかった。
仲の良かった友人とも、少しずつ会う機会が減っていき、気づいたら疎遠になってしまったし、実家に帰省する度、両親に「彼女は作らないのか」「早く孫が見たい」と言われ続ける始末。けれど、俺は何処吹く風と聞き流している。
学生の頃はクラスの女の子数人から毎日のように話しかけられたし、最近コンビニに行く途中、家の近くの裏道で知らない女性によく声を掛けられる。一応彼女を作ろうと思えばすぐに作れる...なんて淡い期待を膨らませる自分が馬鹿らしい。
何かに心血を注げるような熱のこもった人生を送る人々と、「なんでもない毎日」を送り続ける自分を比較しながらも、喧騒や情動の溢れる世界で平穏に過ごせればそれでいい、と結論がいつもそこに落ち着くのは、心のどこかで現状に満足している証拠なのだろう。

スーツのジャケットを脱ぎ、ソファに放り投げる。冷蔵庫を開け、昨日の夕食で余った、モッツァレラチーズとアボカドを和えてドレッシングをかけただけの簡単なサラダを取り出す。
「あ...」
俺とした事が、明日から三連休だというのに、お気に入りの缶ビールを切らしてしまっていた。あれが無いと「なんでもない毎日」の中でも特に大切にしている「なんでもない休日」が、御粗末な休日になってしまう。
床に脱ぎ捨てていた黒色のパーカーを急いで羽織り、財布と貴重品をポケットに突っ込むと、自宅から一番近くのコンビニへ足早に向かう。


「いらっしゃいませー」
レジに立つ女の子の、明るく弾んだ調子の声に迎えられる。
他の売り場には目もくれず、目的のビールを数本カゴに入れてレジへと並ぶ。
いつの間にか、春限定のデザインに変わったのか。ピンク一色の缶に、白色に薄く灰色を混ぜたような淡い色の桜が大きく描かれている。こうしてじっと見ていると、新しい出会いの季節に、期待と不安で胸を踊らせる人々の気持ちを理解できた気がした。
そう。あくまでも、気がしただけだ。
「ありがとうございましたー」
コンビニから出て1つ目の信号を左に曲がり、家までのショートカットでよく使う街頭の少ない裏道に差し掛かった瞬間、横から飛び出してきた小さな影とぶつかった。
「あっ、すいません」
目の前の影が、ベタリと尻餅をつく。
髪の毛で隠れて顔はよく見えないが、ワンピースを着ているので女の子だろう。夜中ではないとはいえ、夜にこの道を一人で歩いてるなんて無用心だな。
「あの、立てますか?」
俺の問いかけには答えず、のそりと起き上がる。怪我していないかと心配だったが、見たところ外傷はないし大丈夫そうだ。女の子は自分の身体を払いながら、ゆっくりと俺を見上げる。
顔がよく見えなかったのは、鼻の辺りまで伸びる前髪のせいだったのか。揺れる髪の僅かな隙間から覗く目が、上目遣いでこちらを睨んでいるように見える。
「......」
そのまま数秒間の沈黙が続き、次第にこの女の子自身も、今流れているこの時間も不気味に思えてきた。一刻も早く家に帰りたい。
「大丈夫そうなら、俺はこれで...」
と女の子の横を通り過ぎようとした瞬間、小さな手が俺のネクタイめがけて勢いよく伸びる。そのままグッと引き寄せられ、よろける俺の耳元に顔を近付けて、艶気を含んだ低い声で囁く。

「ねぇ貴方、とても退屈そうな顔してる」

見た目の雰囲気からはイメージのつかない、なんとも大人びた声で言い放たれた、あまりにも突飛な言葉。動揺で思考が追いつかなくなり、今度は俺が黙ってしまった。
間近で見て初めて気付いたが、陶器のように白く透き通るような透明感のある肌に、二重の線がパッチリとした丸くて大きな瞳。その端麗な顔立ちは、まるでビスク・ドールが生きているかのようだ。
「私はね、この世に生きる全ての人の命が分かるの。貴方は、2日以内に死ぬ」
俺の驚いた表情などお構いなしにツラツラと言葉を並べる女の子に、不気味さを通り越して恐怖すら感じ始める。
「あ、それはどうも...」
女の子の手を引き剥がし、じりじりと距離を取る。
「話を聞いて。私ね、守れる命はこの手で守りたいの」
「...つまり、俺の事を守りたいと?」
「そう」
「...どうして俺を?」
女の子はキョトンと首を傾げる。
「今、ここで出会ったから」
俺は確信した。これは明らかに関わってはいけないタイプの人種だ。
「悪いけど、俺はそんなの信じない。この道暗くて危ないから、アンタも気をつけて」
「お願い、待って」
彼女の言葉を遮るようにきびすを返す。このまま帰れば家まで後をつけられるのではないかと思い、大通りから帰る事にする。振り返る事はせず、ただひたすら前を向いて歩き続けた。

マンションはもう目の前だ。今起きた非日常的な出来事は全部悪い夢だ。きっとそうだ。疲れているだけだ。早く綺麗サッパリ忘れよう。
玄関の前に立ち、ポケットに入れた鍵を漁る。
と、その時だった。
ガツンッ。
脳が揺さぶられるような、重く、鈍い音。
首の付け根辺りに強い衝撃を受け、その場に倒れこむ。何が起こったのかを理解する間もなく、俺はそのまま気を失ってしまったーー...。
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